夏
蒸し暑い毎日に嫌気がさしていた。いつになったら終わってくれるだろうかとばかり思いながら過ごし
て、それはいつものことで、なんの変哲もなかった。そんな変哲もない毎日を送っていた俺はある日から夏が来るのを楽しみに過ごすようになった話をしよう。
「…だれだ」
それは、いつもの蒸し暑さが増して気怠さ満載で夏なんて終わってほしいと強く思いながら涼しい場所を探して一人森を探索していた時だった。本当にいきなりだったんだ。
「―――」
水辺に立っていた一人の女の子に夏の蒸し暑さも気怠い気分もがすべて一瞬にして吹き飛んだ。女の子の黒髪が風に靡いてかシャンプーの香りが俺へと飛んでくる。
「…いい香りだ」
「え?」
「!」
彼女が俺を不思議そうな顔で見つめる。
「…」
「あ、えっと…」
俺はなんといっていいかわからず口をつぐんだ。
「…」
「…」
お互い沈黙が続く。改めて見ると女の子は普通だ。黒髪は艶があって水辺に立っているからだろうか、色っぽく見える。それ以外はどこでもいるような普通な女の子だ。なのにとても魅力的だからだろうか、目を合わせられない。
「ごめんなさい。ここでは涼んでいたの」
女の子が口を開いた。
「そう、なんだ…俺もなんだ」
「ここ、とっても涼しいから一緒に涼みましょう」
「おう」
女の子から少し離れて座る。
「もう少しこっちに寄ってきてもいいよ?」
なんて大胆なことを言うんだろう。
「あ、じゃあ」
そして俺も少しばかし女の子へと寄る。
「私、なつこ。君は?」
「俺は、ゆう」
「ゆう君ね。よろしく!」
「うん」
差し出されたなつこの手はとても柔らかかった。
「なつこ!」
「ゆう君!」
それから毎日あの森へ入ってはなつこと毎日遊んだ。あれほど夏が嫌いだったのが嘘のようで、これもなつこのおかげだなと思いながら毎日を楽しんだ。
「祭り俺と行かね…」
「行く!」
無邪気な笑顔で笑うなつこを見ていると、夏が終わるのが寂しいなと思うようになった。
「よく食うな」
「だって、楽しくてお腹すいちゃうんだもん!」
「そうかよ」
なんてそっけなく言ったけど、内心は心臓バクバクしてだった。
「ゆう君、花火始まるって」
「あー、なつこちょっと歩くぞ」
「ゆう君?」
なつこの手を引いて俺は祭り会場から少し離れあの水辺へと向かった。あそこから見える花火は綺麗なんだ。なつこにも見せてやりたい、そればかり思いながら歩みを進めていた。
「ここ…」
「座ろうぜ」
ポケットからタオルを出しなつこを座らせカウントダウンをした。
「3、2、1――!」
夜空には色鮮やかに入りきらないんじゃないだろうかという花火が水面に映る。
「すごーい、きれーい!」
なつこの嬉しそうな顔を見れてそれが嬉しくて、俺はなつこの肩に頭をそっと置いた。
「ゆう君、花火みて!」
「見てるよ」
見えるよ。ちゃんと見てるよ。
「なつこ」
「ありがとう、ゆう君!」
夏の蒸し暑さも気怠い気分全部吹き飛んでしまう。なつこがそうするんだ。そっとなつこの色っぽい髪を撫でる。
「いい香りだな」
ほのかに香るシャンプー。初めて会ったときもそうだった、黒髪が風になびいてシャンプーの香りを運んで、最近のことなのにな、昔みたいに感じるのはなんでだろうな。なつこ、ずっと俺といてくれよ。
「ありがとう、ゆう君――」
花火の音でなつこが最後に何かを言っていたのに聞き取れなかった。まさか、それが最後だなんて思いもせず。夏が終わってしまうまで、気づかなかった。
「ゆう君!」
特に何の進展もないまま俺たちは普段と変わらず、水辺で涼んでいた。
「もうすぐ、夏が終わるな」
「そうだね」
夏が終わったら、もうこうしてが過ごせなくなるんだな。結構気に入ってるんだけどな。
「ゆう君、夏が終わったら、私東京へ帰るの」
なつこの肩を強く掴み怒鳴った。
「どういうことだよ!」
「…私は夏の間だけ、ここで過ごして、夏が終わったら東京へ帰るのがいつものことなの」
「なんだよ…それ」
俺はあまりの事に何も言えなくなった。
「ごめんね、もっと早く言ってあげたらよかったよね…楽しすぎて言えなかったの」
なんでだよ、ずっとここにいろよ。
「ごめんなさい……さよなら!」
なつこが去っていくのに口も体も動かない。走って追いかけて――
「どうするんだよ」
どうせ、なつこは夏が終わればいなくなっちまうのに、何を言うんだよ、しようとしてんだよ。なつこと話したのはその日が最後だった。
「いねーのか」
毎日水辺に来てはなつこを待っている。
「なつこ」
名前を呼んで少し寂しさを紛らわしている自分がなんともいえない痛い奴に思える。
「なつこ…」
聞いた話でなつこはこの町の大名子孫で本来は東京に住んでいるが夏にだけ、この町で過ごす。
「いつも、一人で…」
こうして水辺にたった一人で、俺と出会う前からここでずっと一人過ごしてたんだよな。
「…」
もう夏が終わった。結局なつこと会えることはなかった。ただ水辺に置いてあったモノがあった。
「これ」
それは手紙だった。
「なつ、こ…!」
俺はその場で泣いた。手紙には、なつこはもうここへ来ることはない事、遠いところへ行くと書いてあった。どうして、言えなかったんだろう。ちゃんと伝えておけばよかった。
「うぁぁぁぁ!」
きっと俺は夏が来るたび待ち続けるだろう、なつこがここに来るまで、待ち続けるよ。
「それが、俺の夏を好きになった理由」私はおじさんの話を聞いて、心が苦しくなった。でも、理由はそれだけじゃない。おじさんは夏に恋をしたから今でも待ち続けているんだ。夏が来るのを毎年。これからさきも――。
おわり




