ふたりの国守
携帯型端末の画面を小気味よいリズムで叩く黒軍服。
隣で抵抗することなく座り込んでいるニワはその全身をぎっちりと鎖で巻かれ、項垂れていた。やがてその膝に一羽の鴉が近づく。
___否。正しくは、抵抗する気力をすっかり削がれた様子で膝をついている___と、近づいた鴉はやつれきったニワの顔を見て思った。
「……あァ」
黒軍服は突然、合点のいったような声を上げる。その声に首をもたげた鴉だったが、弾みでじゃらりと鳴ったニワの鎖に驚き飛び立つ。
「通りで文字が打てんと思ったら、手袋を外してなかった」
「……え……今までなにしてたんスか……」
「応答しない画面に向かって使えねぇって思ってた。って、あんまり喋るとアバラが折れるぞ。きつく巻いてんだから……ま、もう死んでるから、極論体の骨全部へし折っても死なないけどな」
「……」
「なにが不服だ? 最っ高の気分だろう」
「……え?」
思わず仰ぎ見た軍服の顔___その時ニワは初めて、彼が笑うのを見た。
三味の音響く日本屋敷、ここは『極楽浄土』。
1人奏する和服の青年の瞳はいつも静かに閉じられている。長いまつげは白い頬に影を作り、端整な顔立ち故に凛と涼やかな雰囲気を漂わす。
若くして『極楽浄土』を治める智神、極楽。
彼は1人、極楽浄土に訪れる善人を三味の音で迎える。
その甘美な音色に誘われてか否か___踵の高い漆黒の編み上げブーツが、屋敷の石畳を叩いた。
「よぉ」
「……喧しいのが来たな。獄」
「そんな冷たいこと言ってくれるな、兄弟」
黒の軍服、彼は極楽浄土と対をなす国『獄落鎖土』の長、戦神獄落。
異国風の見目麗しい風貌と仕事に打ち込む真面目な姿勢、それから戦神と呼ばれる所以となった怪力。故に、彼は世間で『黒王子』などとも呼ばれていた。
死後の世界で双璧をなす2名極楽と獄落は双方同じゴクラクという音の名故に、互いを楽、獄と呼び合う。
いわゆる仲良しである。
「私はその煙が苦手なんだ、控えてくれ」
「おおそうだったな、悪い。煙草も長年吸うと、癖でな……病に等しい。それに……」
煙管の火種を手のひらで握り潰す獄。
彼の言葉の続きを待つ楽であったが、ふと獄の頬の赤みと上がった息を認め、眉をひそめて口元を袖で覆った。
「いやぁ、ひっっっさしぶりに興奮した……近頃は戦争も減って善人ばかり、しかも閻魔庁の裁判も煉獄の奴らの設備警護もどんどん良くなって逃走して俺を楽します悪人が不足して、専ら書類整理ばっか、今日は存分に楽しめ……」
ぺェん、と強く弦を弾く。
じんじんとした余韻はしばらく止まず、止む前に楽はため息をついた。
「もういい、分かった」
「なんだ、まだ話は終わってないぞ」
「止めねばいつまでも喋り続けるだろう。もう充分だ。その穢らわしいモノを見れば分かる」
汚物を見るように、獄の股間の膨らみを指す。
初な彼の反応を面白そうに眺めながらも獄は首を傾いだ。
「穢らわしいって、アンタも男なんだから、マスターベーションぐらいするだろ」
「便所は向こうだ」
「女は?」
「帰れ」
「冗談だ。こんな軽い刺激じゃ俺も逝かねぇ、まぁ……」
ぺろりと舌なめずり。
どこから出したか、ガシャン、と二人の間に長い鎖が放られた。
「それで縛られでもすりゃ、一発なんだがな」
そう。獄は決して、噂されているような見目麗しい黒王子ではない。
彼は、縛られることで快楽を感じる、生粋のドマゾなのだ。