獄落鎖土
「ほぉ……『ニワマサト』、死因はひき逃げ後に気が動転、運転を誤り崖から車両ごと転落……なるほど、とんだ間抜けだな」
『___……_……』
「ふっ……焦るな」
『……___』
「当然だ、楽。任せろ」
スマートフォンに酷似した携帯型端末の画面をタップする細長い指。コキッと首を鳴らし立ち上がると、伸びをしてから携帯型端末をポケットに押し込む。
黒の軍服は着崩されることなく、青年は男らしくもどこか背徳的で、扇情的な色香を漂わす。
「さァて、仕事だ」
ぺろりと舌なめずり___覗く歯は、妙に鋭い。
男は狂気に晒されていた。それは狂気であり、瘴気であり、あるいは凶気___とりあえず、逃げ専ニワは『2度目の死』を目の前にしていた。
薄暗い、鉄塔の並ぶ廃れた街。目つきの鋭い鴉が頭上で鳴き、また別の鴉は野良犬の腐敗した死体を漁っている。
一本の鉄塔の根元に両のこめかみを握るように掴まれ押し付けられているニワに、逃げる術も余力も、残ってはいない。
「逃げるんならもっとちゃんと逃げろよ……興が醒めただろ、ワニ」
「わ、ワニ……?」
細いため息。軍服の内ポケットから取り出した文庫本サイズの本の表紙には『獄落帳』の文字が記され、片手で器用にバララッと捲る。留めた頁をまじまじと見つめてから、軍服の『彼』はふぅん、と大して興味もなさげにまた本を仕舞った。
「ニワマサト。違いないな?」
「お……おう」
「ひき逃げとはアンタもいい趣味してる」
ニワは罰の悪そうな顔で視線を背ける。が、もちろん頭を動かすことはできず、乱れた金髪と細く大きな手の隙間から見える相手の顔から視線を外すだけに留まる。
「……なに、恐ることはない。むしろ喜べ、ワニ」
「いや、だからニワって……」
「閻魔の判決を逃れ、煉獄にも逝かず、“こちらのゴクラク”の扉を開いて来たアンタに逃げる場所なんかねぇ。だから俺の仕事は……」
ニワは確かに、軍服の目が冷酷且つとろけるように細められたのを見た。
「___アンタに、『ご褒美』をやることだ」