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跨線橋の時間

作者: ヤブ

 跨線橋(こせんきょう)とは、橋の一種で、鉄道線路をまたぐもの。歩道橋に似たようなものであり、反対側のホームへ向かいたい時に誰もが使用する橋。

 私は、いつもその橋を利用している。

 その橋を一段、一段と上がる度に、私は他の人とは違う時間へと向かう。

 一時間に一本程度しか電車が通らないこの駅。そのため、遅れると遅刻は決定である。そうならないように、電車出発十分前には駅で待っているようにしている。

 中学生の時よりも家を出る時間が早くなり、足取りが重い。

 だが、跨線橋とならば話は別である。重かったはずの足が、楽々と上がってくれるのである。からだ全体で、私は階段を上ることを楽しみにしているのである。

 一段一段が何かを表しているとしたら、それは何だろうか。

 一分、十分、一時間、一日……。

 追い越せるはずの無い時間を追い越す感覚は、癖になる。今から自分よりも上の存在になれるような。いや、自分だけではない。他の誰よりも、偉大で、それでいて小さいような。

 自分しか分かることの出来ないであろうこの時間が、私は好きだ。

 階段を全て上りきる。

 跨線橋には、両側にトタンで落下防止用の簡単な壁が作られている。このような作りなのは、この辺りが栄えていないからであろうか。

 その隙間から見えるのは、空のみ。

 今日の空は、雲が多い。段々と連なる雲の間から、太陽の光だけが漏れている。数々の隙間から太陽の光を探し出すのは、宝石探しのようでわくわくする。

 空がいつも違うのは当たり前のこと。だが、どれも同じ雲である。それは、人間と変わりない。

 太陽に恋をする。

 太陽を思い出す度に、その言葉も思い出してしまう。

 恋愛小説で、太陽のような人に恋をしたときなどの題名に用いられそうな言葉。

 だが、それをよく考えてみれば、叶わぬ恋だということが分かる。誰にだって恋はできる。誰かのことを気になって、いつのまにか好きになって。気づいたら好きになっていたという場合はあり得る。

 太陽が自分を好きになってくれるだろうか。

 この質問は、命題だ。誰もが同じ答えを出すことが出来る。

 答えはノーだ。

 太陽に感情はない。それなのに、自分のことを好きになってくれるはずがないだろう、いや、必ず無い。

 もしあったとしても、太陽は他の誰かに恋をするに決まっている。世界中にどれだけの人数がいるのか、それを思えば叶う確率はほぼゼロに近い。

 私ならきっと、太陽ではなく雲に恋をするだろう。

 同じ彼はいない。どれも違うけれど、どれも同じ彼だ。様々な表情を見せてくれる彼に、私は必ず惹かれる。

 いつまでも、私は彼を見つめることができる。

 恋をする人間の心情は、こうなのだろう。

 だが、いつまでも続くわけではない。

 いつの間にか、私は階段を下らなければならなくなってしまった。良い時間は、必ず儚いのである。

 また明日、私はここの階段を上る。それは、もう運命としか言いようがない。


 私は階段を一段下りた。



***



 今日も、私は跨線橋を上る。

 今日の空は、一面灰色の雲で覆われている。太陽の光さえ通させないその雲は、誰を太陽から守っているのだろうか。

 午後から雨が降る予報だ。きっと、雲は何か嫌なことがあって、それを今日の午後に撒き散らすのだ。

 跨線橋から見える雲は、少し違って見えた。何が違うかと聞かれてもはっきりと答えることはできない。今のこの空模様は、きっと私だけが知っている。そう思うと、嬉しさで胸が張り裂けそうになる。

「……空が近いから、か」

 跨線橋に上ると、空がいつもより近くなる。きっと、それが原因だろう。

 空が近くなったから、私はより雲に近づくことができた。それによって私は、雲と同じ気持ちになったのだろう。

 そう分かると、一層雲の気持ちが心の中に現れる。

 一体何があったのだろうか。私は小さな声で言う。

「何かあったのか?」

 そう言っても、答えてくれる人はいない。だけどきっと、この声は雲に届いている。

 足を止め、目を閉じる。そうすると、雲の声が理解できる気がしたのだ。

「……そうか。そうだったのか」

 私は目を開け、雲の見上げる。

「お前は、失恋してしまったんだね。そりゃあ、悲しいよ。誰に失恋いたんだい? …………なるほど、雪か。雪への思いが溶けて、雨になるんだね」

《まもなく列車が参ります。危険ですので――》

 電車が来ることを告げるアナウンス。私はそれを聞き、急いで階段を降りる。一段降りて、振り返った。そして、こう言った。

「……私も、同じ気持ちだよ」


 私は今日も、跨線橋を通る。いつか、通らなくなったとき、それは、きっと私の巣立ちであろう。

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