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射場所を求めて  作者: 今田ずんばあらず
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明治神宮至誠館弓道場の熱気

「本当は、美苗さんの射を見たかったから、

 今日来てほしかったんすよ。


 昨日、美苗さんを見つけて、今しかないって思ったんす。

 俺も関東に行きたいんすけど、

 部の空気があれじゃあないですか。


 美苗さんもわかりますよね?」



 現鴫立高校弓道部からは、

 高みを目指すエネルギーを感じ取ることはできなかった。


 いつの代からか向上心を忘れてしまったのだろう。



「なら、学が弓道部を変えてみたらいいんじゃないの?

 学が一番あててるみたいだし、

 慕われてるように見えたけど」



「あててるって、そんなのタカが知れてますよ。

 皆中は練習中に二、三回やっただけですし。


 それに俺、引っ張ってく度胸なんてねえっすよ。

 みんなはみんなで、楽しけりゃいいってノリっすからね。


 俺が空気読まずに関東目指そうっつったって、

 空回りするに決まってるじゃないっすか」



 今の弓道部は、部という名目上のサークルっすよ。

 そういって学は自嘲気味に笑った。


「団体で行けなくても、せめて個人でいいから、美苗さんと同じ場所に立ちたいんす」


「個人っていってもね、一人の力で行けるわけじゃないんだよ?」

「そんくらい、わかってますよ」


 でも、何というか……と、学は唸りながら言葉を吐き出した。


「俺が弓道を始めたきっかけは、

 美苗さんの射を見たことだって、言いましたよね?」


 私は頷いた。



「俺が関東個人に行きたいのは、

 つまりですね、美苗さんみたいな射をして、

 美苗さんと同じところで引きたいからなんすよ」


 本当に、それだけなんです、といった。

 学の悩みは単純だった。


 単純で、形のない難しい問いだった。



「俺、あのとき見た美苗さんの射を、

 だんだん思い出せなくなってきちゃったんです。


 あれっす、弓道部の現状を見ちゃったら、

 理想がどっか吹っ飛んじゃったんすよ。


 でも、もう一回美苗さんの射を見れば、

 頑張れる気がするんです」



 美苗さんの射が見たい。それはまるで小さな子どもの抱く夢みたいだ。

 だからこそ、私のなかに戸惑いがあった。


 たぶん私が弓を引いたところで、理想をぶち壊すだけだ。




 五年前。

 六月の関東大会本戦。


 会場は、関東の高校弓士が一度は立ちたいと思う場所、

 明治神宮至誠館弓道場だった。


 それだけを聞けばあらゆる人から感心されるし、もてはやされる。



 でもその結果は散々たるものだった。


 一射目で弦が切れてしまったのがいけなかった。

 いや、弦が切れてもケロリとしていればよかったのに、

 それで緊張して「だめだ」と思ったのがいけなかった。



 矢所が定まらなくなって、

 二射目と三射目を外すと、涙がこみ上げてきた。

 ここまで頑張ってきた部員や恩師に申し訳が立たなくなってしまった。


 個人戦だって団体戦なのだ。

 それなのに、報いられない。

 四本目の矢をつがえるときには的が見えなくなっていた。



 関東大会本戦が、私の引退試合になった。



 しゃくりあげながら退出した弓道場の前で、

 恩師に「まだまだだな」といわれた。


 その通りだった。




「美苗さん、お願いします」

 学の懇願は続いていた。



「射形とか矢飛びとか、そういうのを見たいんじゃないんすよ。

 美苗さんが、射場で、的だけを見つめている姿を見たいんです。


 そしたらきっと、何かわかるんだと思います」



 学は悩んでいた。

 判然としない問いに対して、

 なんとか答えを見つけようと足掻いているような気がした。


 まったく、とため息をつく。




 今までずっと、ゾンビのような生活を送っていた。


 そりゃ当たり前だ。

 働いたら弓道をする時間なんて無くなっちゃうし、

 当然仕事に関東大会なんてない。


 絡み合う人間関係が私の首を絞める。



 なんで生きてるんだろう?


 その答えなんて、ゆとり世代の私には出てこない。

 浮かびあがるのは、否定か拒絶だ。


 それでも私は働きつづけるしかないのだ。

 その程度のことしか考えられない。




 だからこそ、私を乗り越えてほしい。


「しょうがないなあ」

 ちょっと呆れた風を装って笑みをもらし、髪をうしろで結ぶ。


「道具一式、貸してくれない? 胸当ても朝練用のがあるでしょ?」



 もう一度、的の前に立ってみよう。

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