美苗を越えてやる
*妻手:めて。右手のこと。弦を持つ方の手。
学が弓道部に入ったのは、私の影響もあったんだと思う。
高校三年の四月だった。
当時小学六年生の学が、
私の出場する関東大会予選を観戦しに来たのだ。
私の弟と学の兄が連れてきたらしい。
二人とも同じ弓道部で、私の一つ下の後輩だった。
男子の試合と女子の試合は別の日に行われるんだけど、
家族(あるいは親友の姉)の試合を観にいくという合法的な理由で、
袴姿の女子高生を観察するのが二人の目的のようだった。
学は「合法的な理由」の証拠として引き連れてきただけなのだろうが、
とにかく、学は私の姿を見て弓道をやろうと決心したのだ。
予選の二回戦で四射皆中をした。
一回戦の成績も含めると八射七中。
試合ではよく緊張しちゃうけど、
今回は落ち着いて引けたし、妻手が下がることもなかった。
弓と体が一体になる感触を味わえたし、
あたる前から的中する予感もつかんでいた。
「あてる」じゃなくて「あたる」なのだ。
団体戦は負けちゃったけど、
個人戦では五位になり、六月に開かれる本戦への切符を手に入れたのだった。
「俺、弓道やる。弓道やって、美苗を越えてやるんだ!」
生意気な小六坊主らしい、
強気で幼い意気込みを私に聞かせてくれた。
「そうかいそうかい。やってみなよ」
その頃は学の決意を本気にしてなかった。
というより、弓道に限らず、学が決めたことなら
突っ走ってくれたらいいと思っていたのだ。