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射場所を求めて  作者: 今田ずんばあらず
2/7

髭を剃る生意気小学坊主

「久しぶりっす、美苗さん。こんなとこで働いてたんすね」


 大窪学。

 近所に住んでいて、私の母校である鴫立(しぎたつ)高校の二年生だ。

 私の弟と学の兄が同い年の親友で、私も活動的な子どもだったから、

 小さい頃は四人でよく遊んだものだった。



 去年の今頃会ったときは、弓道部に入部したといっていた。

 直接関わってるわけじゃないけど、弓道部の後輩でもある。


 でも、そのときはまだ的前に立たせてもらえなくて「つらい」といってたから、

 もう辞めちゃってるのかもしれない。

 的前に立つ前に辞めてしまった私の同輩もたくさんいる。



「さっき変な客に怒鳴られて顔真っ青になってましたよね」

 恥ずかしいところを見られていた。

 でも平然といってやる。


「なら、私と変わってみる? 学も真っ青になれるよ」

「つらそっすから、遠慮しときやす」



 そう、新人パートタイマーはつらい。

 的前に立てるまでの弓道以上につらい。

 レジのおばさんたちの悪い噂にならないように働かなくちゃいけない。


 上から無茶な業務を任されることもあるし、

 お客様の世間話に付き合うこともしばしばだ。

 しかも昇進はない。

 半永久的にこれが続く。


 つらいけど、辞めたら他にアテはない。

 綱渡りだ。



 でも、学に愚痴は洩らしたくなかった。


「それで、何を買いにきたの?」

「え、ああ、充電式の単三電池を」


「充電式の電池ですね。ご案内いたします」

 形式ばって返答すると、学は「あざっす」と、いかにも運動部らしい礼をした。



「ちなみに、何に使われるんですか?」

 電池売り場に向かう間に、

 よりお客様のニーズに合った商品を薦められるよう、話を深めていく。


「髭剃りに使うんす」


 髭剃り。

 売り場に着き、用途に合った充電池を選ぶフリをしながら、

 学の成長に時の流れを感じていた。



 もう髭を剃る年頃なのか。

 すっかり大人になっちゃったんだなあ。

 ちょっと前まで、ブラコンで生意気な小学坊主だと思ってたのに。



「充電式の電池買うの、初めて?」

「そっすね。初めてっす」

「特にこだわりがないなら、これがいいかなあ」


 オーソドックスな充電式単三電池を手に取る。

 それから他の製品との違いを中心に特徴を教えた。



「あ、それからなんすけど」

 学が私の薦めた充電池のパッケージ裏を読みながらつぶやいた。


「明日、弓道の練習があるんすけど、来ませんか?」

「弓道? 練習?」

 意外な誘いに、思わず聞き返してしまった。


 学はまだ弓道を続けているらしい。



「明日も仕事あるんすか?」

「いや、ないけどさ」

「デートは……ないっすよね」

「余計なお世話でございます、お客様」


 明日は日曜日だけど、仕事もないしデートもない。

 悔しいことにデートに誘う彼氏もいない。



 日曜の休日は一か月ぶりだ。


 有意義に過ごしたいとは思うけど、

 どうせ三時過ぎに起きて、

 動画サイトで適当に時間を潰すだけの一日になるだろう。


 無駄に過ごしてるように思うかもしれないけど、

 他に何かをしようとも思わなかった。


 ゾンビみたいな生活をしている。



「唐突だってことはわかってます。

 でも、先輩たちも引退して、ここで一度ピシッと気合入れたいんすよ。

 だから、お願いします」


「わかったわかった」

 なだめるようにいい、自分の髪を撫でた。


 もう五年は弓に触れていない。

 この髪も引退してから伸ばしはじめた。

 まあ、たまには弓道もいいかもしれない。



「明日、遊びに行くよ」

「まじすか!」

「まじでございます」


 私は営業スマイルで答えた。



「それじゃあ、これ買ってくんで」

 学は充電式単三乾電池を揺らした。


「ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」

 腰を四十五度折る。

 深めのお辞儀で学を見送った。



 充電池。

 お辞儀をしながら考える。


 私の電池残量はどのくらい残ってるのだろうか。

 いつの間にか、どんなに充電しても

 電気を蓄えられなくなってしまったような気がする。



 あの年老いたクレーマーの対処をしてくれた社員さんが近くを通った。

 お礼をいうと「しばらく話したら落ち着いたよ」と笑った。


 正確な年齢はわからないけど、

 この社員さんは私より十歳は年上だと思う。


 でも、この社員さんのほうが

 人生のバッテリー残量はたっぷりある感じがする。



「それから、広告チラシはちゃんと読んでおいてな。

 ほら、ここに『数量には限りがございます。在庫切れのときはご容赦ください』って

 書いてあるだろう? これ読めば大抵は納得してくださるから」


「あ、はい……」

「それでもダメだったら、呼んでくれ!」



 あくまで口調は軽いけど、その軽さが逆に怖かった。

 チラシの内容は知ってたけど、そのときになると忘れて説明できなくなる。

 こういう失敗ばかりだからフリーターになってしまったのだろうか。


 それとも、私がゆとり世代だからなのかなあ。

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