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射場所を求めて  作者: 今田ずんばあらず
1/7

蒸し殺しクレーマー

 あなたはけんかをしにこの店に来たんですか、と問いたい。



 老年のお客様に、しわくちゃになったチラシを突きつけられて、そう思った。

「なあ、ここが扇風機の売り場なんだろう、おねえさん?」

 目の前の売り場に、商品は一つも置かれていなかった。


 ただ「広告の品」と書かれたA4のポップが垂れさがっているだけで、

 扇風機の見本すらない。完売だ。



「そちらの商品は切らしておりまして」

「次入ってくるのは?」

 お客様の口振りは今にも爆発しそうな怒りを胃のなかに押し込んでいるみたいだった。



 三ヶ月前の事故のせいで電気不足が心配され、

 世間では節電の夏と騒がれている。


 クーラーより扇風機、扇風機よりうちわ。

 でもうちわを扇ぐのは片手が塞がるし疲れるので、

 こぞって扇風機を欲しがるのだ。



 いやな人につかまってしまった。

 だからこそ、いかにも温和な店員を演じようと思う。


「メーカーさんの生産が追い付いていない状況でして。次の入荷は未定なんです」


「入荷未定のものをどうしてチラシに載せるんだ。

 チラシにある商品ってのは、この店の武器として力を入れてるもんなんだろ?

 だったら売り切れないくらいの在庫を持ってるのが当然じゃないのか? え?」


 得意顔でごもっともなことをいわれる。



 でも売り手側だって言い分はある。

 チラシに扇風機を載せたのは、ずっと入荷してこなかった扇風機が

 ようやく入ってきて、しかも一台や二台じゃなく、二十台も来たからだ。


 お客様の仰る通り、扇風機はこの店の武器だった。


 それがこの一日であっけなく売れてしまったのだ。



 でも、そんな内部事情は洩らしちゃいけないものだと思う。

 私は正規社員ではなく、非正規雇用、いわゆるパートタイマーだ。


 でも、まだ三ヶ月しか働いてないから、

 どこまでが正しい情報なのかもわからない。



 どうにかお客様を納得させなければいけないけど、

 そんな機転の利く頭を持っているわけでもないし、

 混乱して焦ってるからどうしようもない。


「申し訳ございません」

 理由もなしに謝るのはいけないことだというのは理解しているつもりだし、

 何度か注意されたこともあるけど、

 実際の場に立たされると謝罪最優先の接客になってしまう。



「お前は、そう言って、俺を蒸し殺す気か!」


 突然お客様の語気が荒くなった。

 買い物カートを押す家族連れのお客様が私たちを一目見て早足に消えていった。



 蒸し殺すって、私のせいじゃない。

 当然お店のせいでもないしメーカーさんのせいでもない。


 キレる人を見て、ヒューズが切れるように冷静になった私は、

 ここでようやく最善の方法を思い出した。


「担当を呼びますか?」

「早く呼べ、早く」



 急かされながらPHSでエアコン・扇風機担当の社員を呼ぶ。

 数回のコール音だけなのにやけに長く感じられた。


 空っぽの売り場を見つめてお客様の顔は見ないようにした。

 社員さんが出て、用件を伝える。

 クレーマーです、とはいわないものの、

 ことのあらましと、対応をお願いしますということを簡単に伝えた。



 三十秒とたたないうちに担当社員さんがのんびりやってきた。

「今野さん、あとは僕に任せて、業務に戻ってください」


 社員さんは、お客様を一目見るなり、私にいった。

 ようやく解放されるのだ。


 老年のお客様に頭を下げ、そこから早足で離れた。




 私は悪くない。

 いきなり怒鳴り散らしたあの爺ちゃんが悪いんだ。


 そう思えたらどれだけ楽なんだろう。

 実際、ベテランのパートさんとお喋りしてると、

 お客様を何かの害虫みたいに見ながら仕事をしている、という話をよく聞く。


 全員がそう思ってるわけじゃないだろうけど、

 それが稀な考え方でもないことは、三ヶ月働けばわかる。



 でも、どうしても私にはできなかった。

 怒るのだって、何かしらの理由があるからだと思う。


 本当は扇風機の有無なんてどうでもよくて、

 日頃のストレスが溜まっていただけかもしれない。


 妻と生き別れてしまっていて、誰かと話をしたかったけど、

 不器用だからけんか腰でないと話せない可能性もある。


 そんな妄想みたいなことばかりがぐるぐる巡って離れない。



 ものごとを何でも抱え込んでしまう性格。

 高校のとき、そんな性格をなおしたくて弓道部に入ったけど、


 二十三歳になってもずるずると引きずってしまっている。

 弓道じゃなくて、コンビニかファーストフードの

 アルバイトをしてたほうが役立ったんじゃないだろうか。



 今年の春に大学を卒業した。

 実家で暮らしながら、近所にあるショッピングモールの家電量販店で働いている。


 ただなんとなく働いている。


 一人暮らしできるだけのお給料は貰えるけど、

 親がいなくなったら綱渡り状態になると思う。

 大きな病気にかかったら人生のアウトになりそうな気がする。


 そんな、なんだかよくわからない将来をぼんやり思いながら、

 お給料が入ればとりあえず半分は貯金して、また働く。



 「なんで生きてるんだろう?」という自問はしないようにしている。

 「あなたはゾンビですか?」と問われたら

 「かもしれない」と答えてしまうんじゃないかとも思う。


 考えだすと嫌になるから、気を紛らわすように電球を並べる作業を続けている。



「すみません」

「はい、いらっしゃいませ」

 声をかけられて、振り返った私は、

 思わず小さな悲鳴のようなものを上げてしまった。


 声からして三十あたりの男性だと思ったんだけど、

 実際は校章のついた真っ白いYシャツと制服の黒いズボンを着た少年で、

 その顔に見覚えがあったからだ。



「学、だよね?」

 おそるおそる尋ねてみた。


 すると少年はにんまりと笑った。

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