十月一日
十月一日
午後からY教授とS講師、出張。
研究室には私一人だ。早めに研究を切り上げ、部屋を施錠するよう指示があった。
教授のサインが必要となる、特別な機材や試薬を利用する予定はなかったので、特に不自由することはない。
今日は人工海水培地の準備のため、一階にある蒸留水タンクと研究室を何度も往復した。
私はいつものようにガロン瓶に液体培地を流し込み、高圧蒸気滅菌器のスイッチを押した。
喉が乾く。腹が減る。昼食を食べた直後だというのに、だ。
アラームが鳴るまでの間、準備室で軽食を採ったがやはり満たされない。私は再び研究室に戻った。
手が、体が、勝手に動く。
私はバケツ一杯に、人工海水培地を作っていた。たぷん、と水面が波打つのを、取り憑かれたように見つめる。
そして……私はバケツに口をつけ、培地を飲み込んだ。
口の端から培地が垂れるのも構わず、私はひたすら嚥下した。細胞一つ一つに沁み渡る感覚。体が歓喜している。
腹が膨れ、吐き戻しそうになるのも構わず、私は培地を一滴残らず食した。
あれほど空腹であったのが嘘のようだ。久方ぶりの満腹感を得た気がする。
残りの作業を済ませてしまおう。私はやる気に満ち溢れていた。
教授たちが留守の間にしかできないことを。
私はクリーンベンチの電源を入れ、種菌の入っている試験管を取り出した。
研究過程で得たL-13を自分に使用するわけにはいかない。研究数値に誤差が生じるからだ。
それならば、私の体で菌を培養すればいい。
菌に含まれるその他の成分も摂取されてしまうが……まぁいい。その代わり、菌に含まれるL-13も余すことなく私の体内に吸収することができる。何グラム摂取できたか、という正確な記録を残すことはできないが、仕方がない。
ガスバーナーに点火し、持参したカッターナイフをかざした。これで消毒はできる。
私は熱されたカッターの刃先を……自分の二の腕にめり込ませた。ズク……と肉が裂ける。痛みにほんの少し、顔を歪めた。
白金線を同じく熱し、試験管から菌をかき出す。線の先に付着した菌を、傷口に植えつけた。
キムワイプで血を拭う。ガーゼ代わりに傷口に当て、サージカルテープで貼り付けた。拍動痛が心地よい。今頃菌の欠片は血流に乗り、私の体内という新たな世界を巡っていることだろう。
小さな種が芽吹き、大きく花開く日まで……君と共にあろうと願っている。