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研究日誌  作者: 山石尾花
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九月十三日

 九月十三日


 研究棟の機器が一斉メンテナンス期間に入るとのこと。


 今日は六階……私の研究室があるフロアの点検日だ。菌の状態の確認だけ行い、今日は休みとなった。

 

 一日何をして過ごそうか、と悩んだ結果、私は今までこの研究に携わってきた人に話を聞きに行こうと思い立った。

 何人かは、私が分析依頼のために出入りしている研究室の研究員になっていた。

 幸い、六階以外のフロアでは今日も研究が行われている。訪ねるならば、今日より他にない。


 私は数名の先輩方に、L-13の研究についてお聞きしたいことがある、と声をかけた。が、彼らは私から目を背け、忙しいからと私との会話を拒絶した。

 本当に忙しかったからかもしれない。けれども、私にはそう思えなかった。なぜなら、皆、L-13の名を出した途端、顔色を変えたからだ。


 その後も断られ続けたが……私は運よく、分析化学研究室のT先輩に話を聞くことができた。T先輩は、二ヶ月で私の研究室を去った方だ。

 共に食堂で昼食でも食べながら話をしようと誘われる。昼食には少し早い時間だったが、喜んでご一緒させてもらった。


 私は先輩にL-13の研究を離れた理由を尋ねた。

 先輩はふと目を伏せ、日替わりランチのトレーに箸を置いた。そして、一口水を飲み、ゆっくりと語った。

 

 自分が自分じゃなくなる。


 先輩はそう言った。

 配属されたばかりの頃は、先輩も私のように、やる気に満ち溢れていたと言う。Y教授は別の海洋生物から、医薬品のシーズニング化合物を発見しており、私のように教授に傾倒していたそうだ。

 

 初めはなんて事のない変化だった。


 ぽつりと先輩は語る。両の掌をじっと見つめながら。

 研究に熱中し、準備室に泊まり込むこともしばしばだったらしい。それでも一向に疲れを感じなかったとのこと。それは、心底研究に没頭していたからだと思っていたそうだ。

 さらに、とても腹が減るようになったと言う。食べても食べても満腹感を得られなかった、と。

 そして、先輩は私を指差し、こう言った。


 そう、今の君のように、と。


 先輩の指の先を辿る。

 私は自分のトレーを見て、唖然とした。


 いつの間に、こんなに食べ物を頼んでいたのだろうか。


 私の前には色とりどりの皿が所狭しと並べられていた。気づかぬうちに、何品も注文していたようで、さらに驚いたことに、その大量の料理はすべて私の胃の腑におさまってしまっていた。

 私はどちらかと言えば、食の細い方だった。その私が。


 古い傷跡が消えたり、髪の伸びる速度が速くなったり、体を動かしたくて堪らなくなったり……と、先輩は次々と自身の体の変化を語る。

 それらの変化は、気のせい、の延長のようなものだったが、次第に先輩の体に積もり積もっていった。挙げ句の果てには幻聴まで聞こえ始めたという。

 自分が自分でなくなる……。研究を始める前は、このようなことはなかったそうだ。先輩は恐怖を覚え、研究室を去った──。


 研究室を離れてからは、特に体に異常はないとのこと。

 やはり、L-13が鍵を握っているのか。


 私はT先輩に丁重にお礼を述べた。最後に先輩が私に忠告した。


 悪いことは言わない、君もあの研究からは手を引いた方がいい……。


 私は軽く会釈をし、その場を後にした。



 手を引く? 今更?

 やっと、やっと、巡り会えたというのに。


 あぁ、愛しい──。


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