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オーバーセンス  作者: 茜雲
二章 真実を求めて
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取引




 胡散臭い男。それが、ライセンのゼノスに対する第一印象だった。顔には能面の様な笑顔を貼り付け、眼鏡の奥は一切笑っていない。そんなゼノスに、ライセンは表面上では友好的な態度をとったものの、内心では最大限の警戒を強いていた。


 ライセンは今でこそ富裕街に身を置いているが、元は平民の出であり、幾多の困難や経験を経て今の地位に就いている。生来の性格からか人は良いのであろうが、単なる善人と言うには腹に抱える物が多く、清濁併せ持つ彼は海千山千の猛者とう表現がしっくりくる。当然、対人交渉の経験も多く、人を見る目はあるつもりだった。


(所作、立ち振る舞いに淀みはなく、模範的と言ってもいい。だがそれ故に、感情が読めん。……いや、隠しているのか)


 ゼノスの模範的とも言えるような仕草を見て、ライセンは警戒と疑念を深める。物怖じどころか緊張すらまるで見せないゼノスに、言い知れぬ不安を感じ取った。


「……よろしく頼む。ゼノス殿」


 形式的に握手を交わすと、満足した様にゼノスが微笑む。その笑顔すら能面的で、一切の感情を読み取らせない。視界の端で不快な笑顔を浮かべるクルーガーとは雲泥の差だった。


「ふむ。打ち解けたところで本題に入ろうか」


 打ち解けたという表現が皮肉でないのならば、この男の観察眼は虫と同等だ。そんな感想が頭を過るが、本題とやらを邪魔しない様、ライセンは口を噤む。


 自分の言葉を待つ2人を見てクルーガーは満足気な笑みを浮かべて話し始めた。


「そちらのゼノス殿はとある御仁からの使者でな。私に依頼を持って来られたのだ」


 ライセンは話を聞きながら疑問を浮かべる。そんなことを何故自分に言うのかと。当然の疑問だ。


 そんなライセンの反応が愉快だったのか、或いは予想通りだったのか、クルーガーは意地の悪い笑みを浮かべながら、こんなことを言い出した。


「時にライセン殿。例の件(・・・)、順調かね?」


 その言葉に、ライセンは眉をひそませた。


「……何のことですかな?」


 ライセンはクルーガーの意図が読めず、疑問で返す。


 “例の件”とやらに心当たりが無い訳ではない。それはつい最近、商会の長であるイグスからライセンとクルーガーの2人に対して出された指示だ。


 曰く、天球宝珠(てんきゅうほうじゅ)なるものを探せと、そういう指示だった。そしてそれは、他言無用という条件のものだった。


 天球宝珠(てんきゅうほうじゅ)。それは別名、魔晶石(ましょうせき)と呼ばれる珍しい宝石で、滅多に市場に出回らない一品であるらしかった。ライセンとクルーガーでさえ、見たことも無い希少品だ。


 唐突にそれを探せという指示もそうだが、他言無用という条件に当初の2人は首を傾げた。いずこかの顧客の要望か、或いは個人的なものかは知らないが、商会として希少な宝石を探すことに不審や不可解はない。言ってしまえば堂々と探せば良い。


 にも係わらず、わざわざ他言無用とした意味を、2人は量れなかった。


 ライセンとしては、それで問題なかった。恩のあるイグス直々の頼みであるし、これまで生きてきて自身に理解できない、理解の必要のない出来事などいくらでもあった。いちいち気にするのも野暮というものである。


 ともあれ、この2人の間で“例の件”などと言葉を濁すのはそのくらいのものである。故に今、第三者(ゼノス)がいる状況でそれを口にしたクルーガーに、ライセンは非難の目を向けた。


「安心しろ。ゼノス殿も、この件をご存じだ」


「ええ、我々も探しているのですよ。天球宝珠を」


「――なっ……!」


 クルーガーが“例の件”と口にした時点で、既に予測はついていた。そしてゼノスの口からその言葉を聞いた時点で予測は確信に変わる。


「何故口外したのだ! イグス殿から他言無用と言われていたのを忘れたかッ!」


 ライセンは激高し、クルーガーを問い質す。だがクルーガーはどこ吹く風で、受け流すようにライセンを諫める。


「まあまぁ、落ち着け。悪い話では無い」


 悪いも何もあるか、とライセンは射殺しそうな目線をクルーガーに向ける。流石のクルーガーも一歩後退し、どこまでも軽い態度を少し改めた。


「こほん……。――取引だ。ゼノス殿がおっしゃるには、天球宝珠(それ)を見つけたら、ゼノス殿の主が高額で買い取って戴けるそうだ」


「それがどうした! 商会への明確な裏切りでは無いか!」


 ライセンにとって、イグスと商会は恩人だった。それ故に、裏切りといえる行為に走ったクルーガーの事を許せなかった。


「落ち着いてください、ライセン殿。今回の件は僕から話を持ちかけたのです」


「だとしてもだ! そもそも直接調べていた部下にも他言無用を強いていたはず……! ならば何故情報が漏れたと言うのか!」


 ライセンは、この取引はクルーガーから持ちかけたものだと考えていた。当然だ、誰かが口外しない限り、商会が宝珠を探しているなど知られないはずなのだ。だと言うのにゼノスが話を持ちかけてきたも何もないだろう。


 おそらくクルーガーを庇う為に、それと自分の怒りを静める為にそんなことを口にしたであろうゼノスを、ライセンは睨み付ける。


 その時、ゼノスの表情には、これまでに無かった感情が浮かんでいた。


「――っ……!?」


 ゼノスは変わらず笑みを浮かべていた。怒り心頭のライセンの背筋を凍らせるほど、恐怖すら抱かせるほど、不気味な笑みを。


 それは“愉しさ”を感じさせた。酷く歪んではいるが、何か愉快だったことを思い出している。そんな笑みだ。


 ライセンは察した。この男はまとも(・・・)ではないと。ひいてはこの男を裏で操っている人物もだ。そして、その笑みの意味を考え、最悪を想像した。


「……まさかッ」


 ライセンはこの件に関わる全員に他言無用を強いていた。直接宝珠を探す部下も含め、全員だ。故に誰かが口外しない限り、商会が宝珠を探しているなど知られないはずだ。そう、無理矢理にでも(・・・・・・・)口を開かせない限りは。


 ライセンが事実を(・・・)察したであろうことを察したゼノスは、その昏い笑みを更に深めた。それによって確信を得たライセンはすぐさま踵を返す。


「っ……! 失礼する!」


「ドルム」


「あいよ」


 クルーガーが声をかけた瞬間、扉が開き、部屋に男が入ってくる。ライセンに立ち塞がる形だ。


「まあ待ちたまえよ。ただ宝珠を見つけたらゼノス殿に流すだけの話だ。それだけで大金が貰えるのだから悪い話では無いだろう?」


「断る! イグス殿を裏切ることは出来ん!」


 クルーガーの誘いを、ライセンは一切の迷いなく突っぱねる。それに対してクルーガーは呆れた表情を浮かべた。


「全く……かつて裏市場を牛耳った男の言葉とは思えんな。“ライセンと二度敵対出来た者はいない”とまで謂われ、同業者にも恐れられていたというのに……」


「なんと言われようと、私はこの話には乗れん」


 頑なに協力を拒むライセンに、クルーガーは業を煮やす。一触即発の空気にもなり始めた頃、ゼノスが変わらぬ笑顔を携えながら割って入った。


「落ち着きください。ライセン様」


「やかましい! 貴様らがなんと言おうと、宝珠はイグス殿に渡す!」


「よろしいのですか?」


「何……?」


 ライセンはゼノスの言い方に疑問を抱く。するとゼノスはあの不気味な笑みを再び浮かべながら宣告した。


「お察しの通り、我々はやや(・・)特殊な手段でマグナー商会様の動向を掴みました。我らの主はそれほどまでに本気、と言う訳です。……この先、宝珠(それ)を持つ者を殺して奪う程度には、ね」


「――ッ!? 貴様……!」


 それは明確な脅迫であった。イグスに宝珠が渡れば、イグスを殺してでも奪い取ると。それは断じて、ライセンが許容できるものでは無かった。


 あまりのことにライセンが絶句していると、ゼノスが追い打ちの様に耳元で囁く。


「確か商会長殿には若い息子さん達がいらっしゃるそうで。人望の厚い方の様ですし、その方面(・・・・)から攻める手も有効そうですね」


 ライセンは沸きあがる怒りを抑えながら歯噛みする。今にもクルーガーとゼノスを殴り殺しそうな形相だ。それでも怒りに身を任せない辺り、賢明な人物である。


 ゼノスは満足した様にライセンから離れ、なんでもなかったように続ける。


「――とはいえ、我々もわざわざそのように面倒なことをしたくはありません。ですので、お2人に宝珠を売っていただければ、それがお互いに最善と確信致します」


 そんな甘言の様な、脅迫の様なことを言ってのけるゼノスはどこまでも楽しそうな笑みを浮かべていた。


 ライセンは俯き数秒黙りこくった後、握り拳に血を滲ませながらそれを了承したのだった。








「……良かったのですか? あの方は我々にとって邪魔にしかならないと思うのですが」


 会談を終え、怒りを漲らせたライセンが馬車に乗って去っていく。それを窓から眺めながら、ゼノスがポソリと呟いた。


「そうだな。あそこまで頑なだとは思わなかったが、予想通りでもある。どちらにせよ、今この場で手を出す訳にもいかん。私に疑いが掛かるからな」


 確かに、今回はライセンを公にここへ招いた。もしそれ以降の消息が途絶えれば、真っ先に疑われるのはクルーガーだろう。それもどうとでも出来るが、やはり手間は必要だし、ある程度のリスクは避けられない。


「ですから、下手に引き入れようとせずに放置した方が良いと申し上げたのですが……」


「それだと奴が先に宝珠を見つけ、会長に渡る可能性があるだろう? そうなってはさらに面倒だ」


 それならそれで、その時に奪えば(・・・)いいだろうに、とゼノスは思う。


(結局、小物なんだろうね。あまり大それたことをする度胸は、この男にはない。精々横流しが限度という訳だ)


 ゼノスは内心でクルーガーという男を品定めする。結果はさもありなんと言ったところか。


(まあどう転ぼうがこちらに不利はないか。念の為に(ライセン)には監視を1人付けておくとして、こっち(クルーガー)は……どうでもいいか)


 ゼノスはクルーガーのことを残念な眼で見るが、既に宝珠で大金を得た気になっているクルーガーは気付きもしなかった。


 ゼノスは呆れたように息を吐いて再び窓の外を見る。


(……どうせ、彼らは宝珠を見つける手段の一つだ。むしろ問題は、宝珠を欲しがっている商会長の方……)


 何故宝珠を探しているのか。単なる蒐集か、それに準じた依頼に拠るものならばいい。ただ諦めて貰うだけだ。


(けど、もし本当の(・・・)価値を知っているのなら、その時は……。いずれにせよ、調べる必要がありそうだ)


 そしてゼノスは、現状判明しているイグスの情報を思い起こし、ぶつぶつと小声で反芻する。


「……イグス・マグナー。妻子持ちで人望は厚い。過去に剣を取った経験があるらしいが、実力の程は不明……ふむ」


 ライセンへの脅しは冗談のつもりであった。だが、本当になるかもしれないと、ゼノスは笑みを浮かべた。


「……子供は確か、トリウス君、オルト君。それに、ティオ君……だったかな。一度、見て(・・)おこうか。愉しめそうならいいんだけどね」


 ゼノスは何を想像してか、舌なめずりをしてクルーガーの部屋を後にした。




ここまでお読みただき、ありがとうございます。



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