表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーバーセンス  作者: 茜雲
零章 星が灯す道
7/71

一時の別れ そして…

 夜、ティオはイグスに呼び出され、商隊の会議で使われている大きなテントに来ていた。よもや魔術の件でやっぱり駄目だとでも言われるのかと、不安に思いながら入り口をくぐる。


「失礼します」


「ああ、来たか。呼び出してすまないな」


 会議机の一番奥、いつもの定位置にイグスは座っていた。隣にはラステナの姿も見える。


「いえ……」


 ティオの反応が鈍い。心なしか緊張しているようだ。


 このテントは普段、商隊に関わる大事な用で使われる。今日、ここを指定したのはただ単にここしか空きがなかったからか、それとも、話が相応の内容なのか。緊張するのも当然かもしれない。


「安心しろ。一度した約束を反故にするつもりは無い」


「そ、そうですか。では、何の用でしょう?」


 イグスの言葉に、少し安心したように息を吐く。それでも若干の緊張を残して呼び出した意図を確認する。


「お前の魔術に関してだ。魔術の修練をやめさせるつもりは無い。が、少しその扱いに気をつけねばならんようだ」


 ティオは黙って聞いているが、何のことかわからないのだろう、表情に疑問符が浮かんでいる。イグスは構わず続けた。


「ラステナに聞いたが、魔術を1、2回で成功させたそうだな。お前は知らんだろうが、それは凄まじいほどの才能を意味する。普通は、そうだな……初めての魔術を扱えるまでに1週間ほど要するだろう」


「え?」


 ティオは驚きに目を見開く。そんな大それたことをしたつもりは無いし、ラステナに聞いた通りのことを実践しただけだと。


「…………自覚がない時点で異常なのだ……」


 ティオの心中を正確に察したイグスはため息を吐きながら指摘する。


「それで、その魔術についてだが、基本的に不特定多数の人目に付く場所での訓練は禁止する。少なくとも魔術の制御に関してラステナが問題ないと判断するまではな。それから、習得の早さを誤魔化す為に過去に魔術訓練の経験があるということにする。もし聞かれたらそう答えなさい」


「……不用意に目立たない為、ですか?」


 ティオはイグス達の考えを察して確認する。それにイグスは頷きながら答えた。


「そうだ。それと、ないとは思うが制御に失敗した時に周りに被害を出さない為だな。まぁ、普通は制御も出来ないうちに強力な魔術など使えないのだが、お前は少々特別だ」


「ほ、本当に僕にそんな才能があるんですか……?」


 ティオは未だ信じられないのか、怪訝そうに尋ねる。


「ラステナによると、1か月ほど修練すればすぐに傭兵として引く手数多だそうだ」


「え、えぇ……」


 あんまりな評価にティオは茫然とラステナを見る。ラステナはいつでも歓迎しますよ、とでも言いたげな笑顔だ。


「ティオ?」


「はい?」


 唐突にイグスに呼ばれる。なぜか声に怒りのようなものが含まれているようにも感じた。


「私が約束を守って訓練の継続を許可したんだ、お前も自分が言ったことに責任を持ちなさい」


 ティオは一瞬何のことかわからなかったが、すぐにティオの夢の事だと思い至る。ラステナに視線を向けたことで傭兵への鞍替えを考えているとでも思ったのだろうか。


「い、今でも商人になりたいのは変わりありませんっ!」


「ん……そうか。すまん」


 焦りを滲ませながらそういってやれば、イグスは杞憂だったことに気づいて平静を取り戻す。本人も思わず言ってしまった、といった風で頬が少し紅潮している。ティオは期せずしてイグスに商人として望まれていることを再確認し、思わず頬を緩めた。


「……なんだ?」


「いえ」


 横でティオと同じく笑みを浮かべていたラステナはイグスに軽く睨まれて佇まいを治した。矛先が変わる前にティオもそれに倣う。


「はぁ……。それで? この件で何か言いたいことはあるか?」


 イグスがため息一つ漏らした後、話を元に戻す。ティオはしばし考える仕草をし、首を横に振った。


「特には。……あ、母さん達にはどうします?」


「ふむ。あいつらも多少は察しているだろう。敢えて言うことは無いが、聞かれれば話して構わん」


 ティオは頷く。それからラステナの方を見て一つ問題を思い出した。


「ああ、そうだ。ラステナさん、今の仕事が終わった後、定期的にまた魔術を教えてください。依頼と言う形で、お金は出しますので」


 ティオがそう言えば、イグスはため息を吐きながら会話に割って入る。


「その話ならもうしている。そもそも護衛の依頼中とはいえ、今回の訓練の様に別の仕事を頼む時点で普通は追加金が要る。お前もいずれ商人となれば傭兵と直接雇用関係になるんだ、覚えておきなさい」


 イグスの言葉にはっとする。考えれば当然のことだ。気づかなかった自分に反省する。


「まぁ、ラステナの様に気安い関係だからこそ考えなかったんだろうが、商人ならばそう言った感情と金銭問題は切り離して考えねばならん。……説教は後にするか。ラステナには今日から継続的な訓練教師を依頼している。ラステナに傭兵としての用事がない時に限っての話だが」


「とはいえ、継続的に充分な依頼金をいただきますので、あまり他の仕事をすることは無いかと思います。強いて言えば今回のような護衛ぐらいですね」


 イグスの言葉に続いてラステナが補足する。ティオは自分で思っているより大きな話になっていたことに驚いていた。同時に、また迷惑を掛けたという想いがめぐる。


「と、父さん。僕の言いだしたことですから、依頼料は……」


「お前の話に乗った時点で、これは商隊の問題だ。どうしてもというなら、一人前の商人になってから返してくれればいい」


 有無を言わせないイグスの言い分に、ティオは一瞬泣きそうな顔をした後、頭を下げる。どこまでも自分は守られている、早く自身にも守る力が欲しい、と決意を新たにした。




「あれでよかったのですか?」


 ラステナがイグスに問う。ティオをテントから退室させた後、仕事の話があると言って2人は残っていた。


「ああ。あまり気負わせん方がいいだろう。目標を見つけたからか平気そうな顔をしているが、内心はそう簡単に割り切れていないはずだ。今はまだ言う必要はない」


「……過保護ですね」


 笑みを浮かべながら答える。それだけで彼女も同意見なのは見て取れた。


 ラステナはもちろんイグスに全てを報告している。ティオの才能がおそらくルミナ・ロードによるものであること。そしてそれによる問題や危険性も。だがイグスはそれをティオに隠すことを選んだ。


「あいつは放っておいても抱え込む性質だからな。過保護なくらいがちょうどいい。お前には苦労を掛けるが……」


「いえ、家族の為ですから」


 イグスは思わずラステナを見る。あのラステナがティオを、自分たちを家族だとはっきり言ったのだ。ラステナ自身は自覚が無いようで、きょとんとしている。


「……本当に、将来が楽しみだな」


 イグスはラステナにも聞こえない程小さな声で呟いた。


 商人にとって、人から信頼を得る術は大事だ。商売は信頼無くして成立しえない。自分が信頼されていなかったとは思わないが、ティオはラステナから最大級の信頼を勝ち取ったのだ。将来が楽しみだと思うと同時に、若干の嫉妬すらも覚える。


「何かおっしゃいましたか?」


「なんでもないっ」


 イグスは立ち上がり、テントを出る。そして家族を1人引きつれて、夕食の準備を進めている家族の待つテントへ向かっていった。



 ***



 ティオが訓練を始めてから数日経ち、商隊のティリアムにおける交渉はひと段落した。それによりマグナー商会は一部の行商人達を残して故郷トーライトに向けて出立することになった。


 その反応は様々で、『娘の誕生日に間に合う!』と喜ぶ商隊員や、『もっと滞在しろ』と冷や汗を掻きながら引き止める領主と、その背後から無言の圧力をかける領主の娘など、賑やかなものだった。


「本当にもう発つのかね?」


「ええ。商人にとって行動は早ければ早いほどいいのです。名残惜しいのは確かですが、出会いがあれば別れもあり、そして再会もありますから」


 出立の日、準備を進める商隊のところへ領主一家がやってくる。イグス達は事前に領主家へ挨拶に赴いていたのだが、それだけでは満足いかないのか見送りにまで駆けつけてくれたようだ。


「そうだな。君たちほどの商隊を私の我儘で縛りつける訳にはいかないだろう。ただ、機会があればいつでも寄って行ってほしい。領主として、友として待っているよ」


 オルデスがそう言って右手を差し出す。イグスは一瞬驚いたような表情を浮かべた後、それに応じた。それぞれの傍らではソルチェとイーシャが柔らかく微笑んでいた。



「トリウスくん、オルトくん、……ティオくん。本当にありがとう。また、会えるかな」


「ああ、もちろんさ」


「次来たときは絶対数札で勝つからな!」


 どうやらオルト達は最後までアリンに勝つことは出来なかったらしい。負けず嫌いのオルトはしばらくトリウスやティオ相手に特訓を重ねることだろう。


「アリン……。ごめんね、結局あまり遊べなくて」


「ううん。ティオ君が頑張ってたのは知ってるから」


 謝るティオにアリンが優しく微笑む。


 アリンには詳細は説明していない。魔術の訓練も知らないはずである。それでもアリンは時折見るティオの表情や言葉の端々からティオには大事なことがあると察していた。


「いつか、私にも話してくれると嬉しいな……」


「……うん、そうだね。いつか、話すよ。必ず」


 そう言って見つめ合う。そこには確かに2人の絆があった。


 アリンはもじもじと体を揺らせ、言葉を詰まらせながらも我慢できないという様にティオに問いかけた。


「あ……あの、ティオくん。……私のこと、どう、思う?」


 ティオは唐突に投げかけられた言葉にどう返せばいいのか思い悩む。その言葉の真意も、アリンの気持ちも、察するにはティオは些か幼かった。


 アリンもこの数日でティオがまだそういったことに興味も理解もないことはわかっていた。それでも聞かずにはいられなかった。


 どこからか息を呑む音がする。いつの間にか大人組も聞き耳を立てていたようだ。


 本人だけそんな空気に気付く様子もなく、いつも通り(・・・・・)に無邪気に爆弾を落とした。


「――天使みたいだなって、そう思ったよ」


「え?」


「んなっ……むぐ」


 大胆な告白だとでも思ったのだろうか。聞き耳を立てていたオルデスから緊張の含んだ叫び声が聞こえる。だがすぐさまイーシャに口を塞がれた。こういった場面を邪魔されるのはやはり女性としては許しがたいものがあるのだろう。


「……天、使?」


「うん。ほんと、なんとなくだけど。初めてアリンを見つけたあの時、なんとなく光って見えて、天使みたいだなって思ったんだ」


 アリンは茫然としたようにティオの言葉を反芻する。もともとティオが問いかけの真意に気付くとは思っていなかった。精々、『可愛い』ぐらいの評価でも貰えればいいところだと。だが帰ってきたのは随分と切れ味のいい変化球だった。


 ティオはそういったことを理解していない。だからこそ、掛け値なしのティオからの評価であることは確かであった。


「あ、あぅ……。にゃ、にゃにを……」


 もはや言葉にもならない。顔をどんどん紅潮させてふらつくアリンを、いつの間にか回り込んでいたイーシャが支えた。そして耳元でそっと呟く。


「……よかったわね」


「うん……」


 急に挙動不審になったアリンに心配な目を向けるティオと、そんなティオに畏怖と呆れの目を向ける他全員が対照的だった。


「隊長! 準備出来やした!」


 そうこうしている間に商隊の準備が整ったようだ。後はイグスの指示待ちである。イグスはオルデスに向き直ると深く礼をする。


「お世話になりました。今後、また来ることも多いと思いますが、よろしくお願い致します」


「ああ、その時はまた宴でもしよう」


 イグスに倣い、ティオ達も頭を下げる。いよいよとなった別れにアリンは佇まいを治す。そして、領主家の娘として、毅然とした表情で真っ直ぐにティオ達を見つめる。


「皆様。此度は貴方方のおかげで命を救われました。心より感謝しております。ぜひ、またいらしてください」


 言いながら、頭を下げる。ティオ達は初めて見る、アリンの領主家としての立ち振る舞いに一瞬驚くが、顔を上げたアリンは悪戯っぽく舌を出しており、いつも通りの様子に苦笑いを浮かべた。


「では、これで」


「ああ」


 イグスはアリンに優しい笑みを向けた後、オルデスに視線を戻し、最後に一礼する。オルデスからの返事を聞き、ソルチェを連れて商隊の馬車へ向けて歩き出した。


「――またね。アリン」


「うん。また……」


 言って、ティオはイグスと同じ様に馬車へ向かう。やけにあっさりした別れは、それが一時の別れでしかないことを想起させる。


「またな、アリン」


「次までに数札強くなっておいてやるからな!」


「うん。トリウスくんもオルトくんも、また……」


 ティオに続いて2人も背を向ける。お前はそればっかりか、とトリウスが呆れの視線を向けながら。


「よく、泣かなかったわね」


「……うん。泣いたらティオくんたちが心配するし」


 イーシャが褒めたことでアリンの目尻に涙が浮かぶが、流れないよう必死に留めていた。アリンの言葉を聞いたイーシャが優しくアリンを撫でる。もう、アリンは涙を抑えられなかった。




「ティオ君」


「え? オルデスさん?」


 いざ馬車に乗り込もうとしていた時、後ろから声がかかる。そこには予想外の人物が立っていた。


「すまない、ひとつ確認したくてね。先ほどアリンに言っていた言葉だが、どうしてそう思ったのかな」

「い、いやあれは本当になんとなくで……。第一印象と言うか、なんというか……」


 オルデスの質問に対してしどろもどろになりながら答える。ティオにも理由なんてわからないのだろう。そう判断したオルデスは一つ息を吐いて引き下がる。


「そうか。すまないな、変なことを言って」


「いえ、気にしないでください」


 オルデスは馬車から離れながら御者に合図する。御者はオルデスが離れたことを確認し、馬車を出発させた。


「またティリアムへ来たときはアリンと遊んでやってくれ!」


 言いながらオルデスは馬車へと手を振る。ティオはオルデスの言葉への返答も含め、手を振り返した。


「でも、なんであんなこと聞きに来たんだろう? 何か気に障ったのかな?」


「あのおっさんも親馬鹿だってことだよ。あんまり気にすんな」


 ティオはふと呟けば、オルトが呆れた表情をしながら適当に返す。ティオは意味が分からなかったが、気にしないことにした。


 かくして、マグナー商会は一路トーライトに向けて出立した。思えば色々を実入りが多く、考えさせられることも増えた行商だった。イグスは商隊の、家族のこれからを想い、ため息を吐きながら笑みを浮かべた。



   ***



~5年後~



 王都ベルナートへ向かう商隊一行。彼らはとある森の側で停泊していた。その場所から少し離れた小高い丘、そこにいくつもの黒い影があった。


「いい月だなぁ、遠くまでよく見えらぁ。…………今夜決行だ。2時間後に攻める、準備しておけ」


 先頭の影が口を開いた。初めのどこか気の抜けた声は途中から無くなり、威厳と、ひやりとする冷気を纏った声で後方の影に指示を飛ばす。言い終わった次の瞬間には、影は先頭のそれ一つになっていた。


「天下のマグナー商会さまだ。相応の護衛を雇ってるんだろうなぁ。ひひっ、今夜は楽しめるといいが――」


 言い終わると同時に軽い突風が吹く。それが去った後、声の主はもうそこにはいなかった。


次回から本編です。本編もどうかよろしくお願いします^^

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ