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オーバーセンス  作者: 茜雲
二章 真実を求めて
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夢の中で




「これが君の結末だ、ティオくん」


 ティオに剣を突きつけるゼノス。その剣は、既に血で赤く染まっている。


「ミラ……フィア……ネスレ……」


 ティオの視界の端には血の海に沈むミラ達。彼女達はもう、ティオの呟きにも何の反応も示さない。


「ゼ……ノスッ……!」


 ティオはゼノスを睨みつける。既にティオ自身も血に染まり、それ以外に抗することはできなかった。


「自業自得だよ。君は両親の事を忘れ、商会の事を忘れ、その奇跡的に拾った命を大事にすればよかったのさ。相手の強大さを見誤り、愚かにも歯向かった結果がこれだ」


 ミラ達だったモノの更に奥。そこに転がるミネアやライセン。更にその奥は父や母、そして兄達がいた。


「身の程を弁えず、悲劇のヒーローにでもなった気でいたかい? そんな君の独善、妄想に巻き込まれて逝った彼らには同情するよ」


「…………!」


 ティオはゼノスの言葉に歯軋りするが、言い返さない。言い返す事が出来ない。


 ティオが、みんなを巻き込んだことは事実だ。


「……まだ間に合う。諦めるんだ、全てを。復讐を。商会を。想いを。……これまでの全てを」


「諦めろ……だって……?」


 頷ける訳がない。そう簡単に諦められるほど、軽い想いではないのだ。むしろ、己の全てを捨ててでも果たすつもりですらいる。


 しかし……


(俺だけで済まなかったら……? 無関係の人達を大勢巻き込んで……)


 今回、ティオ達はゼノスと交戦した。正直言って、全員が生き残れたのは奇跡に近い。それほどゼノスは強く、そのゼノスを擁するほど、敵は強大なのだ。


 ティオの中で、諦めた方が良いのではないかという考えが浮かぶ。


 幸か不幸か、1人で生きるのに問題ないほどの力は得た。傭兵なり、なんなら何処かに隠れ住んでも、生き抜けるだろう。


 もう一度、周囲を見る。


 それはティオにとっての地獄絵図。血に塗れた、仲間達が斃れた景色。その現実(未来)に、ティオは俯いた。


「目を瞑るといい。目の前の現実から。きっと、皆もそう願っている」


 頭上からゼノスの言葉が降る。ティオはまるで巨大な重りでも背負ったかのように身動きが出来なかった。




 ――違うよ。


 ふと、声が耳に届く。つい最近、よく聞くようになった声だ。


 声に誘われ、ティオは顔を上げる。


「何度も言わせんな、です。私達は巻き込まれた(・・・・・・)覚えは無いのですよ」


 それはさっきまで血塗れで倒れていたはずのミラとフィアだった。


「一緒に戦うと、そう言ったはずですよ」


「ミラも、ティオを守るよ……!」


 呆れた物を視る様なフィアと、いつもの笑顔で力の籠った声を上げるミラ。いつもと変わらない。何一つ。


(……ああ、そうだったな……)


 皆、自分の意志でついてきてくれたのだ。巻き込んだ(・・・・・)なんて考えたら、また手痛い一撃を貰ってしまう。


 ……割と、本気で痛かったあの一撃を思い出し、ティオは笑みを零す。


「……で? いつまでそこで転がってるですか」


「ミラがおんぶしてあげよっか?」


 それは勘弁してくれ、と思わず口にしつつ、少し慌てて立ち上がる。気付けば、鉛の様だった体は自由になっていた。


 そんな自分を満足そうに見る2人。その奥からミネア達も同じ様にティオを見つめていた。


「そうだな。決めたはずだった。こんな(現実)は絶対に来させないって……!」


 もう迷いはなかった。ゼノスも何やら残念そうな、しかし愉快そうな表情を浮かべつつ霞の様に姿を消した。


 そして、すぐ後ろから人の気配を感じ取る。


「――そうだよ、ティオくん」


 懐かしい声だ。


 それは、出会ってからずっと近くにいた、支えてくれた少女の声。もう自分とは、道が違ってしまった少女の声。


「……アリ――」


 反射的に振り向いたティオの視界は、明るい光に包まれた。





   ***





「あ、起きられましたか」


「…………」


 突き刺すような光に、思わず目を細める。するとすぐ傍でカーテンを開けるメイド姿の女性が辛うじて見えた。


 どうやら自分はベッドに寝かされていたらしいと理解したティオは体を起こす。その際、鈍い痛みが身体を奔るが大事はない。


 窓から降り注ぐ陽光は、未だ覚醒し切らない頭を容赦なく責め立てる。なるほど、その光量は夢見を覚ますのに充分すぎた。本日快晴なのは間違いなさそうである。


「お加減はいかがですか?」


 ティオの返事がないのを訝しく思ったのか、メイドがやや心配そうな表情で問いかけてくる。


 ティオは手を振りながら問題ない事を示した。


「いえ、すいません。身体の方は特に問題ありません」


「そうですか、それは何よりです。改めて、おはようございます。(あるじ)様」


「……え? ……あ、ああ。おはよう、ございます」


 違和感を抱きつつも、ティオは挨拶を返す。次いでその違和感を問いかけようとしたところで、扉の外から近付いてくる気配に気づく。


 どたどたとみっともなく走る音と、それに隠れて静かに速足で駆ける音。犯人の予想はつく。なんだかんだでもう10日以上共に過ごした相手だ。


「――ティオっ!」


 まず最初はミラだ。扉を壊しそうな程激しく開き、勢いそのままで飛び込んできた。比喩ではない。


「待て馬鹿っ……!?」


 ベッドに向けて勢いよく飛び跳ねたミラはそのまま弾丸の如くティオに突っ込む。雷迅(トール)を発動していないだけマシだと思うべきなのか。


 再度の負傷を覚悟して身構えるティオだったが、思わぬ助けが入った。


「――っと……。ミラさん、はしゃぎ過ぎです。主様にまた怪我させるつもりですか」


「えへへ……ごめん、スーちゃん」


 いつの間にやらミラとティオの間に位置取っていたメイドが、ミラの突進を当然の様に受け止める。


(……結構な勢いに見えたんだが……気のせいか?)


 トドメでも刺しに来たのかと錯覚するほどの勢いだったミラを、そこらのメイドが受け止められるとは思えない。


 ミラが思いの外ちゃんと加減していたのか、或いはこのメイドが只者でないのか。今のティオには分かりかねた。


「起きて早々、喧しいですね」


「俺のせいみたく言うな」


 ミラに続いて室内に入ってきたフィアは呆れた声で随分なことを言い放つ。


「傷の具合は大丈夫なのです?」


「ああ。問題ないみたいだ。ところで……ここは?」


 応えながら、周囲を見渡す。少なくとも、ティオの記憶には無い部屋だった。


 そして、視界に映るものでもう一つ、疑問に思う事がある。


「……それと、その格好は……?」


 そう、2人の服装は貴族家における家事使用人が着るエプロンドレス、所謂メイド服だった。ティオにはそんな代物を2人に買ってやった記憶は無い。


 ティオの疑問に答えたのは、ミラにスーちゃんと呼ばれたメイドだった。


「先の戦いで2人の服も随分な有様になってしまいましたので、ライセン様に頂いた服です」


「ああ……」


 ティオは理解を示す。考えれば当然だ。


 刺されたり燃えたり、今までの戦いも考えれば、あの服もむしろ良く持ったものだと思う。


 それでも何故メイド服なのかと思わないでもないが、それはあとでそれを贈った張本人にでも聞いた方がいいだろう。


「似合ってるー?」


「…………」


「はいはい。似合ってるよ2人とも」


 少々適当にそう返せば、ミラは頬を緩ませる。フィアは表面上は仏頂面だが。


 魔物の感性に似合うも似合わないも無いと思うのだが、それを気にし始めたということは、2人は“人”に近付いてきたという事だろうか。それが良い事なのかどうかは今のティオには解からない。だが、少なくとも悪い兆候には思えなかった。


「それから、ここは富裕街にあるライセン様のお屋敷です。主様の治療の必要もあり、むしろ人の多いこちらの方が安全だろうと……」


「なるほど……」


 ミラ達の反応に薄く笑みを浮かべていたティオだったが、メイドの説明に反応し、表情を真面目なものに戻す。


 敵方が人目の過多(それ)を気にするかはわからないが、状況を考えれば妥当の判断だと思える。堂々と警備を厳重に出来るのも利点だ。


「……ところで主様って……?」


 とりあえずの疑問が解消された為、ティオは先ほどから気になっていたことを問いかける。彼女にとって“主様”はライセンであり、ティオは“客人”にしか過ぎないはずなのだ。確かに以前はメイドを雇うような家柄であったが、それでも主でなく、“坊ちゃん”だった。


「……?」


 ティオの疑問に、メイドは何を言っているのか解からないとでも言うように首を傾げる。


「主様は主様ですが……主様に拾われてからずっと」


 拾った覚えは無い。そう口にしようとして、ティオは1つ足りないものに気付く。この場において、何故かいない1匹を。


 そこに気付けば、この不可解な状況を解するのはすぐだった。


「…………ネスレ?」


「はい。主様」


 メイド姿の女性、ネスレはそう言って恭しく頭を垂れた。





ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


なんとなく、過去に書いた別作を改稿中。

後日投稿するかも。ちなみにそれはほぼ完結まで執筆済みですのでこちらの更新には影響ないはずです。

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