王の血族
空から、星が堕ちる。
否。それは星では無く、ティオの魔術によって形成された礫土である。しかし果たして、その威容を見上げるゼノスの目にそれはまさに星が堕ちてくるように映ったろう。
キングピードの時と比べればかなり小型ではあるが、それでも人を1人潰すには十分すぎる大きさだ。
ゼノスの周囲を守るのは、周囲に重圧の壁を作る魔術であるエアプレッシャー。強固、堅牢と言って過言ではない強大な防御魔術だが、それは元々堕ちるべき攻撃には無力である。
かと言って、これでゼノスが斃せるなど、それこそ過言である。
「くはははっ! 射し穿て! イグニッシャーパイル!」
ゼノスは礫土に向け、剣で宙を衝く。剣が風を纏い、その風はまるで噴火の如く指向性を持って爆裂する。その風と衝撃は墜落する礫土を他愛も無く貫いた。
中核を撃ち抜かれた礫土は2つに割れ、細かい欠片をばら撒きながらゼノスを避ける様にして轟沈する。その中心で、ゼノスは心底愉快そうに笑い声をあげていた。
「あははっ! 最高だよティオ君っ! もっと……もっと魅せてくれ! 君の色をッ!」
割れた礫土の間を駆け抜けるゼノス。その眼にはもはやティオしか映っていない。
その事に意義を唱える様に、横合いから風の刃が飛来した。
「……! ふんっ……」
ゼノスはそれをただの剣撃で造作も無く斬り払う。
斬り裂かれた風刃が烈風を生むが、意に介した様子はない。冷めた目で風刃の向こうを睨みつけていた。
「……君か。今は君に用はないんだ、下がっていてくれないかい?」
「そういう訳には、いかないのです……!」
風刃を放った張本人、フィアに向けて言い捨てる。口調は普段通り丁寧だが、その眼も、発する空気も、眼鏡を外してからは一貫して悪魔染みている。
それは、フィアをして恐怖で体を震えさせるには十分だった。しかし……
「……ティオさん、ここは私に任せて治癒に集中してください」
「フィア……」
フィアは恐怖を押し殺し、ゼノスと対峙し続ける。震える身体は誤魔化しようがないが、その気迫には一切の引け目を感じさせない。
ティオは一瞬、迷いを浮かべた。
(フィア1人じゃゼノスには……。とは言え、この傷じゃ俺も……)
ミラを庇ったことで、ティオは肩から腰に掛けて裂傷を負っている。それは決して軽くはない。それでいて何故動けるのか、何故、生きていられるのか。
その理由を指し示す様に、ティオの傷口は淡く光っていた。
(咄嗟に魔素を集中させたけど、流石に戦いながらだと回復が遅いな。それでも死んでいないだけ上等、か)
ティオは傷口に可視化するほどの密度で魔素を注ぎ込み、強引に治癒させている。しかし元が致命傷な上に、戦いながらでは治るものも治らない。むしろ命を繋いでいるだけ、僥倖と言える。
問題はそれだけではない。いくら治癒魔術でも、失った血液は戻らない。そしてティオの傷口からは、最初と比べれば僅かとはいえ未だ出血しているのだ。
既に貧血になっておかしくない量の血を流した。これ以上の出血は問答無用で意識どころか命を失うことになりかねない。そうすれば、全てが終わる。
今、フィアにこの場を任せて数十秒でも治癒に集中できれば出血は止められるだろう。だがおそらく、フィアが無事では済まない。
義憤や意地でフィアを下がらせるのは簡単だ。だが、その結果自分が倒れては、結末は何も変わらない。今必要なのは自己満足ではないのだ。
いや、そもそもそんな建前などどうでもいい。何より心を動かすのはついさっき繋げた手と、絆だ。
(“一緒に“って、言ったしな……)
ティオはふと笑みを零し、能力が許す限り全ての魔素を傷口に集中させる。
「っ……!」
それは傷口を麻痺させていた魔術も解くことになり、それによって抑えられていた痛みがティオを襲う。
ティオは意識を失いそうな激痛に耐えながら、歪ながらも再び笑みを浮かべ、声を張り上げた。
「頼んだぞ……フィア……!」
「……! ――はいですっ!」
ティオの言葉が意外だったのか、フィアは一瞬驚いたような表情を浮かべる。しかし最後にはティオと同じように口元を緩め、力強く応えた。
「いくら強がったところで、君がこの僕をどうにか出来るとでも?」
「……知ったこっちゃねーです。貴方がどうであろうと、私は私のすべきことをするだけです」
ゼノスの下に見る様な言葉にも怯まず、フィアは一歩踏み出す。
それに対してゼノスは言い募ることはしなかった。言っても無駄だと、フィアは動じないと察していた。
「っ!」
先手はフィアだった。フィアの得意とする風の槍が、ゼノスを囲い込むようにして襲い掛かる。
フィアの目的はティオが治癒する時間を稼ぐこと。ただ時間を稼ぐだけならば、ゼノスの出方を待っても良いだろう。だが最終的な目的はあくまでティオの治癒だ。それには、ゼノスがティオに手を出さないように抑えなければならない。
目の前の化け物相手に、守りながら戦うのは下策だと判断したフィアは、逆に攻め立てることを選んだ。
攻め続け、ゼノスの行動を抑え込む。言うは易いが、無論、そう易い相手ではない。
「温い」
ゼノスは迫る風槍を完璧に見切り、その隙間を縫って回避する。さらに、そのままフィアとの距離を詰めんと風槍の嵐を駆け抜ける。
そしてその凶刃を振るい、フィアを血の海に沈める……つもりだったのだろう。だが、フィアの予想外の行動によって、それは阻止された。
「――ッ!」
フィアも地を蹴り、ゼノスとの距離を詰めていた。これまでの戦闘からフィアを遠距離の魔術師タイプだと思っていたゼノスは完全に意表を突かれる。
既にフィアとゼノスの距離は身体一つ分。それは戦闘においては致命の距離だ。
それでも偶然の行動か、或いは歴戦の経験の為せる反射か、ゼノスは剣を構えて防御態勢をとる。
それすらもあざ笑う様に、フィアは小さい体躯を活かしてゼノスの防御を避け、風を纏わせた拳をがら空きの腹部に叩き込んだ。
「はあああッ!」
「かっ……!」
腹部を貫く衝撃と、それと同時に生まれた烈風に呑まれ、ゼノスが吹き飛ぶ。そのまま、木々を薙ぎ倒して森の奥へと沈んだ。
「ミラほどじゃないですが、私も体術には自信があるのですよ」
森の奥に消えたゼノスに向け、そう吐き捨てるように呟く。
戦況は一見すればフィアの優位だ。むしろこれで決着だとしてもおかしくないほどの威力だった。だがフィアは警戒を緩めない。これで終わる訳がなく、精々が一瞬競り勝った程度のこと。むしろここからが正念場だと正しく理解していた。
それを証明する様に、森の奥からゼノスの声が届く。
「……なるほど。流石は“嵐の王”の血族だ。見た目で侮ると痛い目を見そうだ」
そんなことを呟きながらゼノスは森から歩み出る。
腹部に確かな傷跡は残っているが、そう効いた様子は見られない。
「やっぱり気付いていたですか。参考までに、どうやって私の正体に気付いたか教えて貰えるです?」
「君の血統に関しては僕の推察さ。人化魔術を見破ったのは……まあ、秘密ということにしておこうか」
(やっぱり……エグジスタのことも知っていたのか……)
ティオは治癒に集中しながら、2人の会話に耳を傾ける。
痛みに耐えながらも治癒は続けているが、やはり限りなく致命傷に近い傷を治すのはそう容易い事ではなかった。
(……まだだ。あと少し……フィア、頼む)
ティオはただ、祈るようにフィアの戦いを見守っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
さてと、遊者道の方でも気持ち土下座しましたが……改めて申し訳ありませんm(__)m
1月放置する形になりましたが、小説の更新を再開したいと思います。
とりあえず以前と同じように水、土曜日の0時前後更新予定です。次回は2/4(土)ですね
では、次回もよろしくお願いいたしますです(`・ω・´)ゞ