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オーバーセンス  作者: 茜雲
零章 星が灯す道
6/71

決意


「僕、魔術を習おうと思います」


 ティオが決意のこもった表情でそう宣言した。テーブルを挟んだティオの向かいにはイグスが難しい顔をして鎮座している。そしてわざとか不可抗力か、ティオに聞こえるほどに大きくため息を吐いた。


 夕刻。ティオがトリウス達と別れて数時間と言ったところか。


 ティオは商隊の会議用テントにイグスを呼び出した。大事な話があると言って。


 イグスは例のセンスに関わる事だろうと察していた。だがこの言い分は予想外だったのだろう。イグスの表情がそれを物語る。しばらくそのまま硬直した後、再び深いため息を吐き、真剣な表情でティオを睨めつける。


「はぁ……、傭兵か、兵士にでもなりたいのか? 家は継がないと?」


 イグスも、ティオが商隊から離れる選択をとる可能性を感じていたのだろう。やはり、というような苦み走った表情だ。


「――いえ、家を継ぐのが僕かどうかはともかく、僕は商人になるのが夢です。それは今も変わりありません」


 イグスは少し意外そうな顔をする。あっさり否定したこともそうだが、迷いや引け目が感じられなかったからだ。ティオの性格を考えれば、常にリスクを意識し、選択への迷いや、商隊への引け目を感じるはずだ。


 決心したのだと察する。文字通り、“心を決めた”のだと。迷いはないほどに。

イグスは少し口角を上げ、続きを促す。


「――ほう。では、何のためだ?」


 イグスの問いに、ティオは真っ直ぐに応えた。


「――守るために。みんなを」


 簡潔な答え。だがイグスはこれ以上ないほど、真剣に聞いていた。


 10になったばかりの、幼ささえある少年の言葉ではない。ほとんどの人間は一笑に付すだろう。だがイグスはそうしない。


 商人とは、見る目が大事だ。商品を見定める目、流行を読む目。そして、人を見る目だ。これまでの人生で培った目が、勘が告げている。少なくとも今現在の、目の前の“男”は見た目通りの“子供”ではないと。


(一丁前なことを言う……。ティオの言いたいことも、気持ちも解かる。だが、しかし……)


 ティオの考えていることは大方察している。決心の強さを見るに散々悩み抜いた結果なのだろうことも。だが、そう簡単に首を縦には振れない。


 単純に護身術として魔術を習うのはいい。イグスも多少、剣術の覚えがあるし、護衛を雇う前提だとしても護身の心得があるのは大きい。


 だが、ティオにとってそれは護身の粋を大きく逸脱することになるだろう。力と言うものは大きければいいというものでは無い。類稀な才覚が、諸刃の剣となる事は想像に難くない。そしてティオの性格上、必要な場面ではそれを迷いなく行使するだろう。

 

(……だが、問答無用で否定するのも憚られる。ティオの想いを踏みにじることになるし、ここまでの決意ならば、自力でどうにかしそうだ。ならばいっそ、自分の管理下に置いた方が……)


 イグスが考え込んでいる間も、ティオはただじっと答えを待っていた。そんな息子に、応えてやりたいと思う一方、可能な限り危険に晒したくないという親心もある。


(わかってはいる。ティオの力は商隊を守る上で大いに役に立つということも。危険から離し、庇護下に置きたいのは大人達(われわれ)のエゴであるということも……)


 イグスとて、この状況を楽観視しているわけではない。ルミナ・ロードを、ティオを巡って起きうる様々な事態に対処できるように対策を考えていた。だが、根本を絶つことが出来ない以上、あくまで対策であって解決ではない。


 なればこそ、ティオに修練を積ませるのは悪くないのではないか。ルミナ・ロードの一件を除いても、ティオを守る力になるのではないか。


 考えながら、ティオの視線を受け止める。一見、睨み合っているようにも見えるほど、二人の表情は真剣だ。しばらくすると、イグスは諦めたように、納得したように目蓋を閉じた。


「…………条件がある。一つ。当然だが、センスで知り得たことは、信頼できる者以外には口外しない事。二つ。これまで通り、商隊の会議には出席し、また、勉学を怠らない事。三つ。師事するのはラステナに対してのみ。通常の魔術も、センスに関してもな。四つ。ラステナへはお前自ら話を通すこと。そして断られればこの話はなしだ」


 イグスは指を順に立てながら捲したてる。条件と言うよりは、ティオのことを気遣ってのものであることはティオにも伝わった。ティオもこくりと頷いている。


「そして五つ目。力を得たからと言って、訓練以外で決して戦いの場には出るな」


「え?」


 ティオは唖然とする。それでは何の為に力をつけるのか分からない、と目で訴える。ティオの視線を受け止めながら、イグスは撤回するつもりはないことを示すように、強い口調でティオからの無言の反発を撥ね退けた。


「守るなどと一丁前なことを言えるのは、最低限自分の身を守れるようになってからだ。第一、お前はセンス保持者である前に俺の息子だ。お前を守るのは俺の仕事だ、これは譲らん!」


 高らかに言い放つ。どうだ、と言わんばかりの表情である。対してティオは守られる立場だとはっきり言われたからか、ムッとした表情だ。拗ねているようにも見える。とは言え、現時点では反論できないのは確かだった。


「悔しければ、強くなる事だな。俺が守る、と言わせないほどに」


 これはイグスなりのエールであった。息子を戦わせることなど決して望まない、イグスの、父親からの精一杯のエールだった。当然、それをわからないティオではない。多少の悔しさも噛み殺し、スッと頭を下げる。


「わかりました。その条件、すぐに撤回させて見せます」


 顔を上げ、ふん、と鼻を鳴らす。イグスは苦笑いしながらも、心なしか楽しそうだ。


「期待しているぞ? さっきも言ったが、まずラステナに許可を貰わないと論外だからな?」


「ああ、ラステナさんになら先に話は通してあります。商隊長の意向に従うそうですよ?」


 ティオの答えにイグスの頬が若干引きつる。


「……根回しが良いな?」


「父さんの息子ですから」


 仕返してやった、とばかりにティオは笑顔だった。



   ***



「ティオ様、魔術の事はどれほどご存知ですか?」


 明くる日、商隊の停泊地の一角で、ティオは早速ラステナに教えを乞うていた。無論、商事の勉強や会議のない空き時間である。必然的に遊びの時間を削ることになり、アリンがとある魚類の様にぷっくり膨れていたのは別の話だ。


 ラステナの質問に対して、ティオは首を横に振る。ほとんど知らないという意思表示だ。


「そうですか。では、まずは魔術の基礎から覚えていきましょう。“星”の勉強は基礎を完璧にしてからです」


 少し考えながらラステナはそう提案した。ほとんど解明されていないとは言え、センスは一応魔術の延長線上にあると言われている。まず魔術の基礎からと言うのは正しいだろう。


 ちなみに“星”とは、言うまでもなく星の導き(ルミナ・ロード)の事を指す隠語である。毎回“センス”などと言っていては隠せるものも隠せない。イグスとの相談の結果、“星”という隠語を用いることで落ち着いた。


「はい、師匠!」


「し、師匠はやめてください……」


 顔を赤くしながら手を振って拒否する。遠慮などではなく、ただ恥ずかしいのだろう。


「じゃあ、先生で」


「そ、それなら……まぁ」


 ラステナの反応を予想していたのか、あっさりと呼び名を変える。本来は先生でも嫌がりそうなものだが、“師匠”と比べれば、と思わず了承してしまうラステナ先生。


 ティオが悪戯の成功した子供の様に(実際そうだが)、にまにまと笑みを浮かべているのに気付いていないのか、ラステナ先生は落ち着くために深呼吸をして仕切り直した。


「――ふぅ。さて、魔術の基礎について、でしたね。まずは魔術とは何か、から話しましょうか」



 ――魔術。


 それはこの世界――空気や水、木々や花々、果ては大地など、自然に宿る“魔素”を操り、様々な現象を引き起こす技術(・・)の事である。


 そう、技術だ。特別な才能は必要なく、極端なことを言えば魔素さえあれば誰でも行使することが出来る。とは言え、魔素を操るのは術者自身の為、そこには個人の差が出る。極少数だがいくら訓練しても魔素を操れず、魔術を使えない者もいる。だが大多数の人間はある程度の訓練を積めば行使できる。それがこの世界における“魔術”というものであった。


 訓練をしていない故に、一般的な平民のほとんどは魔術を使えない。使えても生活に使う程度が精々だ。逆に、傭兵や兵士など、戦闘を生業の一部とするものは全員習得していると言っても過言ではない。多少の訓練さえ積めば使える武器が増えるのに、それをしないのは早死にしたい奴だけだ。


「では、試しに私が魔術を使います。ティオ様は、よく見ていてください」


 ティオはこくり、と頷く。ラステナはそれを合図に詠唱を始める。


「大地の欠片よ、飛翔せよ! ストーンバレット!」


 通常、魔術を使う際はそれに伴った呪文を詠唱する。それはより強力な魔術を使うほど、長く複雑な呪文となってくるのだ。


 ラステナの詠唱によって発動した魔術、ストーンバレットは、周囲の小石十数個を浮き上がらせる。そのまま、ラステナが近くの木に向けて手を振るえば、その木へ向かって小石が放たれた。カカカカカッと小気味のいい音を響かせて小石が木に命中し、そこでラステナは手を降ろした。


 ティオがおーっと声を上げながら拍手する。ラステナは少し恥ずかしそうにしながら佇まいを直し、ティオに向き直る。


「今のが魔術です。と言っても、最下級の初歩ですが。さて、もう一度同じ魔術を使いますので、今度は――」


「ねぇ、先生」


 ラステナの言葉はティオに遮られる。そして次の言葉に耳を疑った。


「今、“何か”が小石に集まっていった様に感じたのですけど、もしかしてそれが魔素ですか?」


「……え?」


 魔素は目に見えないし、音も無く、匂いもしない。ましてや触ることなどありえない。味は……わからないが、ただ言えるのは、かつて試したことがある人間も、試すことが出来た人間もいなかっただろうということだけだ。


 ではどうやって魔素を感知し、操るというのか。それは、“感じる”としか言いようがない。比喩でも、精神論でもなく、魔素の存在を第六感、文字通りの六つ目の感覚で感じ取るのだ。その感覚は、そのまま“第六感”や“魔術感覚などと呼ばれている。


(まさか……ただの一回で魔素を感じ取るなんて……。普通はそれだけで数日かかるのに)


 魔術感覚は全ての人間に備わっている。しかし、それまで何の魔術的訓練を受けてこなかった者が魔素を感じ取るには、錆びついた魔術感覚を研ぎ直す必要がある。それは、錆びた刀を打ちなおすことに等しく、それなりに時間を要するのが普通であった。年齢を重ねた者ほどそれは顕著である。ティオはまだ10歳とはいえ、一度魔術を見ただけで感じ取れるものでは無い。


 しかし、あり得ない訳でもない。普段から魔術と縁近い者は無意識に感覚を掴んでいたり、そうでなくても、この訓練で比較的楽に感覚を掴めるのである。魔術と接する機会が多い故に魔術感覚が自然と養われている為だ。


(ティオ様はもう何度も行商に同行している。ならそれなりに護衛の魔術を見る機会があったかもしれない。それでもいささか納得しきれないけど、あとは個人の才能かしらね)


 基本的に誰でも扱える魔術だが、魔術感覚の鋭さという点で個人の才能が現れる。魔素に対する感覚が鋭いということは、魔術を操る上で絶対的な優位性を持つ。ぼんやりした視覚でパズルを解くか、しっかり視覚を確保した上でパズルを解く。どちらが速度、正確さ、パズルの質が優れるか、論ずるまでもないだろう。


 ティオがこれまでに魔術と接する機会が多いとしても、才能が無ければこの結果はありえない。それを知っているラステナは、ティオは魔術感覚が非常に優れていると評価することは当然のことだった。


(真面目に傭兵を目指したらどれほどになるのかしら。……嫉妬しちゃいそうね)


「先生?」


「えっ。あ、ああ。そうです。それが魔素と呼ばれるものです」


 黙ってしまったラステナを不審に思い、ティオが声を掛ける。ラステナは考え事をやめて話を戻しながら取り繕う。


「こほん。まぁ、もう魔素を感じ取れるのなら話は早いですね。実際に魔術を使ってみましょう」


「え、もう、ですか?」


 予想以上に早い展開に、思わず聞き返す。実際に魔術を使うということへの多少の不安も見て取れる。


「はい。ご存知でしょうが、魔術は誰にでも使えるほど簡単なものです。だから、習うより慣れてしまった方が早かったりするのですよ」


「そんなものですか……」


 そんなものです、と返すラステナ。ティオはその楽さと適当さに複雑な気持ちを抱きながら一応の納得を示す。そしてラステナと同じように詠唱を開始……しようとはするが、ふと疑問が浮かんだ。


「先生、ただ呪文を唱えるだけでいいんですか?」


 ティオが疑問を呈する。確かに当然の疑問である。呪文だけで魔術が使えるのなら、訓練など必要ないし、もっと一般人にも浸透していていいはずである。


 ラステナはいいところに気が付いた、とそこはかとなく嬉しそうに説明を始める。


「そうですね、とりあえず魔素を意識しながら唱えてみてください」


「意識、ですか」


 意識しろ、と言われてもこれもあいまいな話である。だがラステナも言っていた、習うより慣れろと。ティオは意を決して呪文を唱える。


「大地の欠片よ、飛翔せよ! ストーンバレット!」


 ティオの声に反応したように、周囲の小石がぴくり、と動く。だがそれだけだった。その結果を見て、ティオは考察する。


(魔素は反応してた……ならあと足りないのは……)


 考え込むティオに、ラステナからのアドバイスが入る。


「初めてとしては見事でした。ただ、呪文は私と同じでなくて結構です。大切なのは魔術で起こす事象をはっきりと想像することですので、自分なりに想像しやすい呪文を唱えてください。コツを言うなら、各工程をしっかり意識することですかね。小石が浮かぶ工程、飛んでいく工程、と言う風に。これを魔術構築と言います」


 ラステナの言う通り、呪文そのものに大きな意味はない。魔術とは魔素を操ってイメージする事象を起こさせる技術だ。呪文はそのイメージの補佐である。


 たとえ話をしよう。この国で魔術を教える際、よく用いられるたとえ話だ。


 自身の周りに数多の魔素がいる。魔素は意志疎通の難しい(・・・・・・・・)動物のようなものだと仮定して、その動物達を目的地に辿りつかせることで魔術が発動する。そして、魔術名が目的地の目印だとでもすれば、そこへ誘導するのが魔術構築だ。呪文は、いわば道の整備と言ったところか。関係なさそうではあるが、意志の通じない、しかも多数の相手を誘導するには分かり易い()というのは重要だろう。


 先ほどのティオはと言えば、呪文だけを意識しすぎて、魔術構築がおろそかだった。いくら道があっても、術者の誘導がなければ目的地へは辿りつけない。


「はい!」


 ラステナのアドバイスに、ティオは大きく返事する。やる気は充分の様だ。再び構え、集中の為に目を瞑る。


(大事なのは想像、構築か。それならいっそ呪文は簡単に、その分魔素と魔術に集中して……)


 この時点で、ラステナは異常を感じていた。ただそれが何かわからなくて、行動できなかっただけだ。


(―なに? 魔素の動きがおかしいような……)


 そしてそうこうしている間に、ティオがそれを完成させる。――初めての魔術を。


「――往け! ストーンバレット!」


 ティオがそう叫んだ瞬間、小石が3つほど浮かび、ラステナの時と同じように正面の木へ向かって飛んでいく。その速度はラステナと同じか、それ以上。


 ガガガッと激しい音を立てて激突する。後に残されたのは大きな痕を残した木と、茫然とする2人だった。


「……でき、た?」


「……でき、ましたね……」


 2人して似たようなことを呟くが、その内心は全く異なっていた。


(出来た? こんなあっさり? なんだ、簡単……誰にでも扱えるくらいなんだから当然か。なんにせよ、これで少しは父さんも認めてくれるかなぁ)


(いやいや! おかしいでしょう!? いくら初歩の魔術でもこんなに早く、というか1回や2回で出来るわけない……! 呪文も短すぎるし、それに魔素の動きもなんだかおかしいし!)


 ラステナの動揺と狼狽が激しい。ティオは非常にあっさりと発動した魔術の余韻に浸っていて隣が茫然としていることに気付いていない。しばらく静寂が流れるが、ラステナは場慣れしている故か、動揺の割に比較的早く落ち着きを取り戻した。


「ん、んんっ。ティオ様、石が3つしか浮かばなかったのはわざとですか?」


「えっ、ああ、はい。とりあえず成功率を上げたいなと思って数を絞りました。とりあえず正面の3つに狙いを定めて……」


「…………」


 ティオの言い分に、ラステナは表情をより一層厳しくする。ラステナには一つの推測があった。出来れば外れて欲しい、と思いながら周囲に人がいない事を確認し、ティオに指示を出す。


「……ティオ様。もう一度お願いします。ただし、今度は特に数を絞らず、使う小石に狙いもつけなくて結構です」


「あ、はい。わかりました」


 ラステナの指示にティオが頷く。ティオは当然の様にこなしたが、魔術の素体、この場合は弾の小石を正確に選んで使用するのはそれなりに難しい技術である。その事実がラステナの推測をより確信に近づかせた。


 目を瞑り、再び意識を集中させ始めるティオ。ラステナも決して見逃さないよう、視線を鋭くする。


「行きます。――往け! ストーンバレット!」


 ティオが叫べば、周囲から2,30はあろうかと言う数の礫が浮かび上がる。内心仰天するティオだが、構築を乱さないよう動揺を抑え込む。そして手を振るえば数多の礫が解き放たれた。


 再び激しい衝突音を響かせて、礫が木に殺到する。一つ一つの威力は先ほどまでと大差なく、今度はメキメキと木の悲鳴も聞こえてくる。


 それを見たラステナの目が見開かれる。予想通りか、それ以上の結果に。そして推測は確信へと変わった。


(やはり、ティオ様は魔素への影響力が異常に高い。才能という言葉では片付けられぬほどに……)


 ラステナの額を汗が伝う。初めはティオの魔術感覚が非常に優れているという見解だったが、思い直す。優れているどころではなく、異常だと。そしてその原因に、思い当たるのは一つだけだった。


(もし、もしもルミナ・ロードによって魔術感覚さえも強化されているのだとしたら。ティオ様にとって、魔素は意志疎通の難しい動物などではないのだとしたら……。それを他人に気付かれたら……まずいわね)


 今、この国は魔術によって栄えていると言って過言ではない。兵士、傭兵は当たり前の様に魔術を繰り、国の研究、開発の中核にも魔術が関わってくるほどの魔術大国なのだ。もし、そんな中、魔術感覚を圧倒的に高めるセンスを持つ人間が見つかればどうなるか。


 よくてティオの囲い込み、悪ければ奪い合いだろう。それも直接的な行動を多分に含んでの。ただ単に珍しいだけのセンスを持つ場合とはそれこそ規模と被害が桁違いになるだろう。


(まだ大丈夫、基本方針は変わらないはず。でもティオ様が魔術を使うのは極力避けた方がいいわね。これ以上はイグス様と相談して……)


 そこまでで一旦思考を落ち着かせる。後はイグスと話した方がいいと判断し、意識を訓練へと戻す。


「お見事です、ティオ様。魔術は成功です。非の打ちどころもありません」


「はい! ありがとうございます!」


 極めて順調な滑り出しに、ティオは思わず声を大きくする。そしてやる気にも満ち溢れたその眼は『次! 次の魔術!』と語っている。


 『ある意味非の打ちどころはあるんですけどね! 能力が高すぎるという非が!』と内心では愚痴と嫉妬を叫びながら、ラステナは表情を厳しくする。


「ティオ様、今日はここまでにしましょう」


「……え? ぼ、僕はまだ大丈夫ですよ?」


 ラステナからの突然の言い分に、ティオは首を傾げる。実際、訓練を始めて十数分というところだ。疑問に思うのは当然のところだろう。


「いえ、初めての魔術ですから、実感は無くてもこのまま続けるのは危険なのです。なので、次回の訓練の時まで、一切の魔術行使や訓練の類を禁止します。これを破ればもう私がティオ様に魔術を教えることはないと思ってください」


 ラステナは早口で捲し立てる。言っていることは嘘ではないが、流石に初めての魔術だとしても下級魔術の1発2発でどうにかなることはない。ティオの魔術が他人の目に触れないための方便である。


「……はい、わかりました」


 ティオは納得出来ない様だったが、魔術を教わる師にそう言われれば頷くしかない。ラステナの事を信用している為に敢えて言い募ることはしなかった。


 ラステナは逆にティオの素直さに不安を感じる。今だって不自然さには気付いているだろうに、一度信用した相手だと多少納得出来なくてもその言葉を簡単に信用してしまう。そんなティオに悪意を持つ者が近づけばどうなるのか。年齢の割に聡いティオがそう簡単に騙されることはないとわかっているが、万が一そうなれば……。


 頭を振って考えを振り払う。そうならない為に自分たちがいるのだと。自分たちが守ればいいし、偶然にもティオを育てる立場になってしまったことでそれを教える機会もあるだろうと。


 自分を家族の様に扱ってくれるティオ達に対して、ラステナもまた家族の様に思っていた。家族の様に、弟の様に思うティオを危険に晒す訳にはいかない。そう、思えた。


「では、私はこれから所用がありますので失礼します。ティオ様はトリウス様たちのところへ顔を出してはどうです? おそらく寂しがっていますよ」


「あはは……」


 ラステナが悪戯じみた笑みを浮かべてそう言うと、ティオは苦笑いで返す。あるいはティオ自身も内心では寂しいと思っていたのか、さっさと片付けを終えて駆けて行ってしまった。


 残されたラステナはイグスにどう説明したものか悩みを抱えながら歩き出す。すると後ろから声が掛けられた。


「ラステナさん!」


「え?」


 そこには先ほど駆けて行ったはずのティオが佇んでいた。ラステナがどうしたのか聞く前にティオは頭を下げる。


「ありがとうございましたっ!」


「…………ふふっ。明日もまた訓練しますので遊び過ぎて怪我しないようにしてくださいね」


 ラステナが言うと、ティオは大きく返事した後、今度こそトリウス達のところへ向かって駆けて行った。後に残されたラステナはティオを守るという決意を新たにしてイグスのいるテントへ向かって歩き出すのだった。


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