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オーバーセンス  作者: 茜雲
二章 真実を求めて
59/71

帰還




「ティオ様! よかったっ……!」


 王都に戻ったティオ達はまずギルドに寄った。無事と、キングピードの件を報告する為だ。


 ギルドに入ってすぐ、受付のフェリスがティオに気付き、声を上げながら駆け寄ってくる。初クエストだということもあり、王都を発って丸一日戻ってこなかったティオ達を心配していたようだ。


「心配を掛けて申し訳ありません。少々トラブルがあったもので……」


「おうティオ! 生きてたか!」


 次いでダランが大きな声を響かせながら近寄ってくる。


「グリズリーマザーの討伐くらいすぐ終わるだろうと思ったが、案外手こずったのか? それとも道にでも迷ったか?」


討伐(それ)はすぐ終わったんだけどな。ちょっと厄介なのと出くわしてな」


 そして、キングピードの件を簡潔に話した。









「巨大化したキングピード、か。本来なら信じがたい話だが、これを見せられるとな……」


 ダランは巨大な槍のような針をしげしげと眺めながら呟く。それはティオが凍結させていたキングピードの尾針だ。


 王都に戻る途中、キングピードとの戦いの場を通りかかり、それを回収してきたのだ。証明の為と、素材として売却する為である。


「尾針のサイズから考えて、通常の倍……いえ、3倍はありますね。ティオ様、本当に良くご無事で……」


「ありがとうございます、フェリスさん。それで、そういった事情でグリズリーマザーの討伐証明になるものは持って来れなかったのですが、クエスト失敗ということになるんですかね?」


 討伐などのクエストであれば、討伐したことの証明として獲物の一部を持ってくる必要がある。討伐証明というものだ。しかし今回はキングピードのどさくさでグリズリーマザーの素材を回収するタイミングを逸してしまったのだ。


 不運だったとは言えティオの失敗である。クエストも失敗なら失敗で構わないが、挽回の余地が有るのならそうしておきたいところだった。主に懐事情の問題で。


 しかしてフェリスの回答はティオにとってありがたいものだった。


「いえ、正式には本部の判断待ちになりますが、やむを得ない事情もありますし、おそらくクエストは成功として認定されるかと思います。討伐対象とは違いますが、キングピードの討伐証明もありますし、まず問題ないでしょう」


「そうですか。ところで、その尾針を素材として売却したいのですが」


「わかりました。キングピードの尾針は強度的にも良質の素材ですし、これだけの大物ですからね、結構な金額になるでしょう。査定に回してきます」


 そう言ってフェリスは尾針を持って行……こうと尾針に手を掛けるが、あまりの重さに動かせなかった。


 それはそうだ。何せ、長さ2メートルはあろうかという巨大な代物である。少なくとも、そこいらの女性に持てるものでは無い。


 フェリスはこれを軽々と持ってきたティオに若干の戦慄を覚えながら、応援を呼び、なんとか受付の奥へと運び込んでいった。


「……しかし、あのサイズだ。ランク5クラスの強さだったろ? よく勝てたな」


「まぁ苦労はしたな。あいつ馬鹿みたいに硬かったし」


「だろうな。普通の相手でも、奴の甲殻は剣や魔術を弾く。普通は火で焼き殺すんだが、あのサイズじゃ、燃やすにはそれこそ森ごと燃やさんとならんだろうしな」


 尾針の査定を待つ間、ティオ達は適当な話で時間を潰す。


 ミラとフィアは退屈したからか、いつの間にか席を外していた。今はクエストボードを眺めているようだ。


「ところで、さっきから気になってたんだが、そいつ(・・・)はどうしたんだ?」


 ダランがそう言って、視線をティオの隣で佇むネスレに投げる。


 ネスレはあれからずっと、付き従うようにティオの傍にいる。無論、ギルドの中でもだ。


 ガルムは魔物だが、その高い知能と戦闘能力を買われ、番犬として人間に飼われる個体もいる。とは言え、戦闘能力の高さ故に野性のガルムを捕まえるのも容易ではなく、知能の高さ故に飼われる事を良しとしない。ティオのように認められないと決して協力しないという扱い難さも併せ持つのだ。その為、実際にそれを拝む事は少ない。


 ともあれ番犬としての有能さは名高く、ネスレはここまで問題なく連れてくることが出来た。通行人に驚かれはしたが。


「キングピードの時に共闘してな。その時の縁だ」


「ほう? ガルムに好かれるとはな。相変わらずお前さんには驚かされる」


「ティオ様。査定が終わりました」


 ちょうど話の区切りがついたところでフェリスから声がかかる。そして料金の受け渡しの為に受付に赴いた。


「例の尾針ですが、金貨5枚で買い取らせていただきます」


「……え」


 思わずティオが言葉に詰まる。


 金貨5枚と言えば、贅沢さえしなければ1,2か月は暮らせる大金だ。ティオ達の泊まる宿が格安だといっても、それの100泊分と言えばその額の大きさがわかるだろうか。


「なぜそんな金額に? 普通のキングピードの尾針で小金貨1枚だったと記憶していますが……」


 小金貨は金貨の半値の価値。つまりは相場から10倍の値が着けられたことになる。いくら通常より倍近いサイズとはいえ、法外に過ぎる値段だ。


 ティオの反応を予想していたのか、フェリスがそれに応える形で説明する。


「確かに、素材自体の値としては金貨1枚程度の値です。ですが、今までに類を見ない巨大なキングピード、その素材は研究資材としての価値を見出されました」


 その説明にティオは頷き、理解を示すが納得はまだしていない。それを考慮しても額が大きすぎると感じたのだ。


 それを察したフェリスが、さらに説明を続ける。


「それから、依頼こそありませんでしたが、巨大キングピードを討伐したことに対するギルドからの褒賞も含まれております。それほどの魔物であれば、後々大きな脅威となっていた可能性も高かったですから……」


「ああ、成程……」


 そこでようやくティオが納得を示す。


 確かにあれほどの大物だ。並みの傭兵や狩人では歯が立たないだろう。ギルドも把握していなかった魔物だということもあり、ただ通りすがった運の悪い者が犠牲になる可能性は大いにあった。


 それを事前に防いだという意味では、確かに適切な報酬なのかもしれない。


「分かりました。正直助かります。懐が心許なかったもので……」


「おいおい、女2人侍らせといて甲斐性無しとか、笑われちまうぜ?」


 いつの間にいたのか、後ろにいたダランが人の悪そうな笑みを浮かべる。


「仕方ないだろ、最近出費が重なったんだよ……。あと侍らせてはいない」


 そもそも、ついこの間まで無一文どころか剣と身の着しかなかったのだ。それでもフィア達にそう不自由はさせていないのだから、むしろよくやっている方だろう。


 ……そのお金も、ほとんどミネアからの貰い物なので大きな顔は出来ないが。


「冗談だ。お前ならこの稼業で飢えることは無いだろうしな。侍らせてないってのは説得力に欠けるが、まぁそれはいい」


 そう言ってダランは言葉を区切る。言い回しからも、他に何か伝えたいことがあるのだと察せられた。


 ティオが真面目な表情を浮かべると、ダランが小声で囁く。


「――ティオ……いや、お前ら“暁”に忠告だ。昨日の昇格試験の顛末、それから、このキングピードの討伐の件も周囲に直ぐに伝わるだろう。お前らはまだ若い。今後、邪な考えを持った輩が近付いてくるだろう。気を付けな」


 突然現れた、高い実力を持つ若者ばかりのパーティ。それが、どれほどの注目、関心を得るのか、解からないティオではない。


 ティオはダランの言葉を受け取り、その意味を飲み込んだ上で、呟いた。


「……上出来だな」


 ティオが傭兵になった目的の一つは名を売ることだ。ティオはここにいると連中(・・)に示し、おびき寄せた魚を情報ごと釣り上げることだ。


 ダランの忠告はそれの成功を示していた。


「……お前にどんな目的があるかは知らんが、忠告はしたぞ? 下らんことに負けてくれるなよ」


 ティオの呟きをどう受け取ったのか、ダランは真剣な表情で告げた。ティオはそれに頷いて応える。


「解かってる、忠告はちゃんと受け取るさ。礼を言うよ」


「ま、余計なことだったかね。慣れないことはするもんじゃねぇな」


 満足したのか、そう言ってダランはギルドの奥に引っ込んでいった。


「……私も、ダランさんと同意見です。ティオ様の実力が高いことは承知していますが、そういう輩(・・・・・)は大抵、力ではどうしようもない手を使ってきます。どうか、お気を付け下さい」


 言いながら、フェリスが尾針の報酬を差し出してくる。


 ダランもフェリスも、経験豊富なギルド員だ。その2人がこぞって心配するのだ。それだけ客観的に見て悪目立ちしているのだろう。


「フェリスさん……ありがとうございます」


 それだけを返し、報酬を受け取る。


 確かに、狙われるのが目的だからといって、警戒をしない訳にはいかない。むしろ、最大限するべきだ。


 最終的な目的はその先、釣り上げた魚から情報を得て、敵の喉元に喰らい付く。むしろ、これからが本番である。


「では、これで」


「はい。今後の更なるご活躍をお祈りしています」


 ティオはそのまま、クエストボードのところにいたフィアとミラを捕まえてギルドを後にした。


「さて、金も確保出来たし、夕飯食って宿に戻るか」


 ギルドを出たティオ達は都の大通りを歩きながら話し合う。


「そうですね。ティオさんの魔素もしばらく貰ってませんし、私達もお腹空いたです」


「ミラもー……」


 フィアの言葉にミラも同調し、お腹を抑えながら答える。


「ん? 俺が倒れてる間に魔素は摂らなかったのか?」


「小屋の近くで多少は摂っていたのですが……やはり、ティオさんのものと比べると質が落ちるのです」


「ティオのが100倍おいしーよ!」


 ふと疑問に思ったことを問いかけると、2人は臆面も無くそう言ってのける。


 それを聞いたティオは微妙な表情を浮かべる。自分が食材といて扱われていそうで複雑だった。


「それは……喜んでいい、のか……?」


「ええ、光栄に思うといいのですよ」


「ですよー♪」


「ヴォ……?」


 ティオの疑問に2人は仲良くそう答え、脇では話について行けないネスレが首を傾げていた。











「あー……ようやく人心地か……」


 宿に戻ったティオは、部屋に着くなりベッドに転がり込んだ。


 ちなみに1日戻らなかったらか、宿屋の主人に驚いた眼で見られた。どうやら、逃げたか、のたれ死んだと思われていたようだ。


 そして、主人と話し、ティオは部屋を替えて貰った。より大きい、3人部屋に。


 ティオとしてはキングピードの報酬で懐が温かかったこともあり、2部屋取ることを考えていたのだが、フィアとミラに止められた。


 なんでも魔素を貰う度に部屋を移動するのが面倒だし、その必要も感じないから、だそうだ。横着な理由であるが、それを否定できるだけの言葉をティオは持っていなかった。


「ティオさん、寝る前に魔素をくださいです」


「はやくー!」


 休日に睡眠欲を満たそうとする父親を追い詰める子供の如く、2人がティオの身体を揺する。


「ああもう! さっき飯食っただろうが!」


「人間の食物を食べてもあまり魔素は得られないです。魔素が得られないということは、食事をしていないも同然なのです」


「なのです!」


 真顔で当然の様に言い募るフィアと、キリッと笑みを浮かべながらそれを真似るミラ。ティオはイラッとした!


「なら、なんでさっき一緒に飯食ったんだよ……」


「ティオさんは、連れにご飯も食べさせない甲斐性無しに見られたかったですか?」


「ご飯、美味しかった~♪」


 さも気を遣ってあげたのだと上から目線なフィアと、何も考えていなさそうに見えて、実際何も考えていないミラがそう言い放つ。


 ティオとしてもフィアの言葉には非常に反論し辛いものがあった。


「はぁ……わかったよ。こっち来い」


 ティオは諦めて2人と1匹を手招きする。


「ネスレ。お前も、こっちに来い」


 少し離れたところで佇んでいたネスレだが、ティオの言葉を合図に近寄ってくる。


 随分とティオに忠実な印象を受ける。懐かれたのとも異なるそれに、ティオは疑問を浮かべる。


(ミラが助けたって話だけど……それだけって訳でもなさそうだな。まあ、信用は出来そうだけど)


 ティオは右手に集中して魔素を生み出す。


 そしてその魔素はティオの手を離れてふわふわと宙空を漂い、最終的にフィア達の正面まで移動した。


「……制御能力が上がったです?」


「ああ。キングピードとの戦いでだろうな」


 ティオは魔素を生成して魔術を行使する度にその能力を向上させている。身体がより魔物に近付いているのか、或いは、ルミナ・ロードが成長しているのか。


 それはティオにすら解からない。だが、やるべきことがあるティオには好都合なものだ。ただ、それだけで十分だった。


「きゅいっ♪」


 いつの間に元の姿に戻っていたのか、アルミラージの姿をしたミラが嬉しそうな鳴き声を上げながらティオの魔素をパクッと頬張った。特に頬張る必要はないのだが。


 そしてそれにギョッとしたのがネスレである。それが魔素であることは解かっているだろうが、(ティオ)魔素(それ)を出したということが信じがたいのだろう。


 その事実がネスレを警戒させているようだ。


「大丈夫ですよ」


 魔素に手を当てて取り込みながら、なんでもないようにフィアが囁く。そして、ミラがネスレの上に飛び乗った。


「きゅーい! きゅいきゅい♪」


 何を言っているのかは解からないが、人間の言葉で言うなら「ほーら! 飲め飲め♪」だろうか。あくまでニュアンスでの判断だが。


「グル……」


 ネスレはまだ警戒はしているようだが、ティオや、フィア、ミラの言葉を受けとり、やがて意を決してそれを取り込んだ。


「…………――ッ!?」


 まるで味わうかのようにゆっくりと取り込み、やがてそれ(・・)を体感したネスレは驚愕を浮かべる。


「どうです? 身体に力が漲って来るでしょう? ティオさんの魔素、というのが少々不満ですが質の良い魔素なのです」


「……まぁ、そういうことらしい」


 フィアの吐いた毒もスルーし、まるで他人事のようにティオが肯定する。そして、さらに生み出した魔素を弄ぶように周囲にいくつも浮かべていく。


 瞬く間にティオ達の周囲を光る魔素が埋め尽くした。幻想的な光景だ。


「質の高い魔素は魔物としての能力も向上させるらしい。ま、ちょっとくらい魔素出した程度で倒れたりはしないから、好きなだけ食うといいさ」


「きゅいっ!」


 言うが早いか、ミラが次々と浮かぶ魔素を捕えていく。およそ2日ぶりであるためか、待ちきれないようだ。


 表には出さないがそれはフィアも同じ様で、正面に浮かぶ魔素に添えるように手を出し、取り込んでいった。


 そしてそれを見て吹っ切れたのか、ティオの言う通り遠慮なく魔素を喰らい始めるネスレ。


 魔素の取り込みに間が空いた為かいつも以上の食欲を見せるフィアとミラに加え、初めてそれを味わったネスレは夢中で魔素を取り込んでいく。


 フィア達が満足したころには、ティオは疲れ果ててベッドに倒れ伏していた。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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