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オーバーセンス  作者: 茜雲
二章 真実を求めて
58/71

遺志を継いで


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ヴェルミス歴568年 3月


 王宮で古代史の研究をしていた私は、■■■■■■に声を掛けられた。私の知識を借りたいそうだ。

 ここで結果を出せば、予算の追加も期待できる。この依頼は完遂したいものだ。




 ■■■■■■の指示で、渡された古文書の解読を進める。実に興味をそそられる内容だ。しかし彼はどうやってこれほどの書物を入手したのか。この道に生きる者としてぜひとも教えていただきたいものだ。




 彼との関係は、内密にと指示された。そう人目を憚るような内容ではないはずだが。

 私には測りかねるが、おそらく上層部とのしがらみでもあるのだろう。こちらとしてもそれを断る理由はないので了承した。

 心配のし過ぎかもしれないが、この日誌からも彼の名は消しておくことにした。


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(なるほど、元王城の考古学者か。本棚に古代史に関連した書物が並んでいるのも頷ける)


 ティオは日誌を読みながら、この家の主に当たりをつける。


 氏に依頼を持ちこんだという人物の名は、ご丁寧に墨で塗り潰されており、到底読み解くことは出来ない。


 気にすることでもないかと、ティオは日誌の続きに目を通した。




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ヴェルミス歴568年 4月


 このところ忙しく、日誌を記すことが出来なかった。だがその甲斐あって、古文書の解読が終わった。

 結論から言うと、それは古代の兵器に関わる書物だった。だが古代の武器技術などたかが知れている。書かれているものは、技術的に現代では使い物にならないか、或いは存在そのものが怪しいような突拍子もないものばかりだった。

 だが、その結果を報告すると、彼は大層喜んでいた。彼はそこまでして一体何を求めているのだろうか。単純に古代史に対する興味であるのならいいのだが。




 彼から新たな依頼を受けた。新しい古文書だ。いったいどこから手に入れて来るのか。

 こちらとしては好きな古代史の研究ができ、この上給金まで貰えるのだから文句を言うつもりもないが。




ヴェルミス歴568年 6月


 彼から次々と古文書の解読依頼が舞い込む。休む暇もないほどだ。

 いったい何が彼をそこまでさせるのだろうか。急激に頻度が上がったのはあれからだ。あの、■■■の資料が見つかった時から。まさかあの荒唐無稽なものを信じている訳でもあるまいに……。


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「また文字が消されてる? ってことは、これが核心か……」


 再び掻き消された不自然な文言。このタイミングで書いたということは依頼主の名ではないだろう。


 そして、消されているということは、消す必要が出てきた、つまりは核心に近い事柄ということだ。おそらくそこに、この考古学者がここに移り住んだ理由がある。


 ティオはさらに読み進めるが、なかなかそれ以上の情報は出てこない。後半は愚痴や、解読した古文書に関しての所感ばかりだ。


「流石に、深い内容は読み取らせないようにしてるな……ん? 急に随分日付が……」


 日誌のページがいくつか飛び、その先に書かれた日付は、1年ほど飛んだものだった。



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ヴェルミス歴569年 5月


 彼に依頼されていた研究が、遂に実を結んだ。いや、結んでしまった。

 この結果に、彼はなんと言うだろうか。彼とはもう1年近い付き合いだ、想像はつく。

 彼はおそらく、いや確実に、狂喜するだろう。狂喜して、実行に移すのだ。この恐ろしい魔術、否、呪術を。

 それだけは避けねばならない、なんとしても……。




 例の件、彼にはまだ研究中だと伝えている。だが彼は聡い。私の嘘に気付くのも時間の問題だろう。

 あまり時間は残されてはいない。覚悟を決めねば……。


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(研究の成果……呪術、か。それを依頼主に知られない為に、わざわざこんなところに移り住んだって訳か)


 何者かの依頼を受けて知った、古代の呪術。日誌での言い回しからして、おそらく人道的に躊躇われる内容なのだろう。


 そして、その依頼主はそれを躊躇いなく実行できる人物。さらに言えば、その人物は王城でも地位が高い人物。


(思ったより大事だな……)


 自分の国の上層に、そんな危険人物がいるというのは気持ちのいいものでは無い。だが、それをどうにかする力も、意義もティオにはない。


 冷たい言い方をすれば、所詮他人事だ。ましてやティオの境遇を考えれば、そんなことに首を突っ込んでいる余裕もない。


 ティオに、この件に関わるつもりはない。そのはず、だった。


 次のページを開くまでは。




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ヴェルミス歴569年 6月


 以前の研究成果から、その力(・・・)を行使するには、“天球宝珠(てんきゅうほうじゅ)”という宝石が必要だということが解かっている。彼はそれを部下に探させているようだ。

 それを阻止すれば、彼の凶行を止められるかもしれない。そう考えた私は、信頼できる者を通じて密かにそれを探していたのだが、一向に見つからない。

 代わりに、他にもそれを探す者がいるという情報を得た。

 調べさせたところ、彼らはマグナー商会(・・・・・)と名乗ったという。その真意までは量れなんだが、彼らもその宝石を探しているのは事実のようだ。

 マグナー商会が彼と通じているのかは解からないが、もし、彼とは別の勢力だとするならば、些か危険かもしれない。商会にそれを伝えてやりたいところだが、下手をすればそこから私の真意を彼に悟られる恐れもある。そうなれば、全て水の泡だ。

 何もできない自分がもどかしい。気休めだが、何事もない事を祈るばかりだ。


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「ティオっ!?」


 ふらついたティオを、咄嗟にミラが支える。


「っ……! すまん……大丈夫だ」


「どうしたですか? 急に……」


 ハッとしてすぐに体勢を戻すティオだが、フィアとミラが心配そうな目を向ける。ティオは頭を振って意識を切り替える。


「いや、少し……驚いただけだ」


 言い訳の様に呟き、日誌から得られた情報に考えを巡らせる。


(……まさか、ここで手掛かりを得られるとはな。偶然か、或いは……。なんにせよ、尻尾を掴んだ……!)


 予想外の展開に、思わず口元を歪める。


(けど……“天球宝珠(てんきゅうほうじゅ)”? そんなもの知らないし、商会がそれを探してたってことも初耳だ……。父さんの指示か? だとしたら何のために……)


 情報が不足している。


 まだ得られたのはきっかけとなるものに過ぎない。商会の零落(れいらく)とは無関係の可能性もある。


 だが、この時点で日誌の日付は今から2カ月前である。タイミングとしては、関係している可能性は高い。


 詳細を探る為、真実を求める為、ティオはさらに日誌を読み進めた。




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ヴェルミス歴569年 7月


 王都から近い森の奥地に、外からは限りなく見つかり難い一角がある。昔、私が研究の為に各地を巡っていた際、偶然見つけた場所だ。

 記憶が正しければ、そこに簡易な小屋が建っていた。過去に誰かが住んでいたのか定かではないが、少なくとも当時既に家主はおらず、荒らされた後だったために大して気にもしていなかった。

 そこならば、彼の目も届かないだろう。そこを、私の終の場所とするのだ。




 例の小屋の様子見へと赴いた。最期に見たのは十数年前だ。廃墟となっていておかしくない。

 そして結果から言えば、限りなく廃墟に近かった。だが、造りがしっかりしているためか、辛うじて住むことは出来そうだ。

 修復する必要がありそうな箇所も多少見られたが、それはおいおい私自身の手でしていこうと思う。


 ところで、その際、とある出会いがあった。ガルムという、狼犬の魔物だ。狩人にでもやられたのか、手酷い傷を負っていたので回復魔術をかけてやった。

 無論、危険な行為だ。回復した狼犬に噛み殺されても全く不思議でない。或いは、そうなればいいと、心のどこかで考えていた。

 だが幸か……不幸か、そうはならなかった。狼犬は私への感謝の為か、私を守る様に、私に迫る魔物を屠り始めた。ガルムは頭の良い魔物だと聞いたが、それは確かなようだ。

 とは言え流石に王城まで連れて帰る訳にはいかない。少し悩んだ末、小屋へと連れて行き、ここで待っておくようにと伝えた。

 正しく伝わったのかは定かではないが、狼犬はその小屋に留まってくれた。

 もし、私が無事にその小屋に移り住めた時、まだ待っていてくれるのであれば……残りの余生を共に生きるパートナーとなりたいものだ。微かな希望ではあるが、その時に向けて狼犬の名を考えておこうか。

 そう……、寄り添うという意味を込めて、“ネスレ”などはどうだろうか。



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「……ネスレ?」


「ヴォンッ」


 日誌に出てきた名前を呟く。


 すると、隣で佇んでいたガルムがようやく声を上げた。やはり、日誌で出てきた狼犬はこのガルムで間違いないようだ。


 そして、ネスレと、名付けてもらったのだろう。


「そっか……ちゃんと、寄り添ったんだな。最期まで」


 ティオはその事実に、少しだけほっとしたような気持ちを抱き、笑みを浮かべた。




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ヴェルミス歴569年 8月


 この研究日誌を記すのも、今日が最後だ。

 今日、私は王城を抜け出し、例の小屋へと移る。既に研究資料の移送も済ませた。見つかればただでは済むまい。


 本当は、研究資料を全て燃やし、私もこの命を絶った方がいいのだろう。だが、研究の成果を、人類の智を、灰にするのは気が引ける。

 所詮私は、他の何よりも自分と、自分の愛したこれらが大事なのだ。そんな私に彼を責める資格などないだろう。故に、私は身を隠すことで精一杯の抵抗を試みる。

 彼を裏切る私が言えたことでは無いが、願わくは、また彼と盃を交わせる日が来ることを……。


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「…………」


 日誌はそこで終わっていた。後は空白のページが続くだけだ。


 だがこれがここに在ると言うことは、移住自体は成功したのだろう。結果としては不幸なことになってしまったが。


「――もう少し、早く辿り着けたなら……」


 ティオは首を振る。今考えても栓のないことだ。


「ん……?」


 手掛かりはないかとページをめくるティオの手が止まる。最後のページ、そこに少しだけ何かが書かれていた。



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 私以外の誰かがこの日誌を読むとすれば、それは私を捕えた彼か、或いは偶然これを手に取った誰かか。前者であれ後者であれ、どのみち私は無事ではないだろう。

 後者であることを願うが、が何者だとしても、そこにあるであろう研究資料を託す。利用するのも焼き払うのも、好きにしてくれて構わない。


 自分の責任を放棄して他人に頼る卑怯者の言葉など、聞き流すのが当然だろう。だが、それでも聞いてくれるというのならば、どうか彼を止めて欲しい。

 我が友を、どうか……。


 ――ウィルソン・デカルト


==============================================



 ウィルソン・デカルト。それが、この家の主の名前だろう。その言葉を受け取り、ティオは日誌を閉じた。


「託す……か」


 ティオは本棚にある大量の資料を眺める。考古学者、ウィルソンの半生とも呼べる代物だ。


 本人も言っているが、託すというのは責任放棄に他ならない。そんな願いを聞き届ける必要もないのだが、今回は話が別だ。


「結局、日誌の方には大した情報は無かったからな。――いいだろう、ウィルソン・デカルト。あんたの半生(遺志)は俺が継ごう。せいぜい、利用させて貰うさ」


 誰に宛てるでも無く、一人言のように呟く。


 商会が探していたという“天球宝珠(てんきゅうほうじゅ)”。それは真実を知る為に重要な情報だ。まずはそれが何かから探るべきだろう。


 そして、ウィルソンの研究成果を知れば、それは切り札になる。黒幕であろう研究の依頼主に辿り着く為の、ジョーカーに。


(皮肉だな……ウィルソンが生きていればもっと情報を得られただろうに、生きていれば俺がここに辿り着くことさえも無かった)


 ウィルソンの死を喜ばしく思うつもりはないが、こうも出来過ぎていると運命かと勘ぐってしまう。


 ティオは頭を振って邪な考えを振り払った。


(ともあれ、研究資料(これ)をどうするかだ。1日やそこらで読める量じゃ無いしな……)


 顎に手を当てて考え込む。そして1つ思い出す。


「……フィア、俺が寝てたのは1日だよな?」


「はいです。キングピードと戦ったのは昨日の話なのです」


「そっか……なら、情報屋との約束は明日か」


 そう、敵方の協力者と思われるディノ・ライセンの調査を依頼している情報屋。その調査結果を受け取る期日が明日だ。


 それも重要なことだ。すっぽかすなどあり得ない。


(高い金も払ってるしな。どのみち、一度王都に戻る必要があるか)


 そう考え、ティオは日誌と、研究資料を2,3冊手に取った。


「お前の主人、ウィルソンにこれらを託された。いくつか持って帰らせて貰うぞ」


「ヴォン」


 そう、ガルム、ネスレに話しかけると了承の意を示すように一声吠えた。


「よし。一旦王都に戻るぞ」


「わかりましたです」


「ティオは大丈夫なの?」


「ああ。お前らのおかげでもう大丈夫だよ」


 2人の頭をさっと撫でたあと、家を出る。またすぐに戻ってくるであろう場所だ。惜しむ必要は無い。


「じゃあな。世話になった」


 見送るようについてきたネスレに謝意を示す。するとネスレはティオ達に近づき、一声吠える。


「……ヴォン」


「ん……? どうした?」


 ネスレの行動に、ティオは首を傾げる。その疑問に答えたのは目の前のネスレではなかった。


「ティオ、わんちゃんも一緒に行きたいって」


「……わかるのか?」


「んー……なんとなく?」


「流石、感覚で生きてるミラは違うのです」


 フィアが呆れたように呟いた。ティオも概ね同意見である。


「この家はいいのか?」


「…………」


 ティオがネスレに問いかけるが、答えは無い。問いかけの意味を分かっていないのか、その答えを当人も持っていないのか。


 単純に言葉が通じていない可能性も大いにあるのだが。


「……まぁ、構わないさ」


 ティオは諦めたように了承する。既に似たようなのが2人いるのだ。1匹増えたところで大した問題では無い。


「ヴォン!」


「えへへ、よろしくねぇ~」


 ティオが了承したのをきっかけに、ミラが嬉しそうにネスレに抱きつく。随分仲良くなったものだ。一方通行かもしれないが。


「さて、王都に戻るか」


「はいです」


「おお~!」


「ヴォンッ!」


 今まで以上に賑やかになりそうだと、ティオは苦笑を浮かべながら王都へと向かった。





ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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