森の奥の隠れ家
「ん……」
ティオが眼を開けると、見慣れない天井が目に入る。
起き上がり、周囲を見渡す。しかし何度見てもティオの記憶に該当するものはない。
「俺は……確か……」
僅かに痛む頭を押さえながら、漠然とする記憶を探る。
数秒程度そうして、ようやく思い出した。
「そっか、キングピードを倒して……また、意識を失ったのか」
魔物の力を、ルミナ・ロードを最大限使い込んだ代償。
身の丈に合わないあの力は、ティオの身体を著しく疲弊させる。
「……まあ、仕方がない、か。それにしてもここはどこだ? ……ん?」
布団の中に異物を感じ、布団をめくってみる。そこには白い毛玉が丸くなっていた。
「きゅ……」
「ったく……ま、心配してくれたのか?」
ティオは呆れながらも苦笑し、さらりとしたその背中を撫でる。
良い夢でも見ているのか、ミラは気持ちよさそうな寝息を立てた。
すると、扉の向こうからとことこと足音が聞こえる。
「あ、起きたですか。体調はどうです?」
扉を開けて室内に入ってきたのはフィアだった。
その後ろにはあのガルムも追従している。
「フィアか。ああ、もう体調は問題ない。……ところで、そいつは?」
ティオがガルムを指差しながらフィアに問いかける。
ガルムはティオをじっと見つめていた。
「ここにこうしていられるのはこの子のお蔭なのです。ですが……そうですね。あの後の話をしましょうか」
そう言ってフィアは椅子を持ってきて座る。直ぐに終わる話でもなさそうだ。
「ああ、頼む」
ティオは静かに、フィアの話に耳を傾けた。
***
「ティオっ!?」
「ティオさんっ!」
キングピードを圧殺し、ティオは倒れ伏す。
それを見て2人がすぐさまティオに駆け寄った。
「……大丈夫、気を失っているだけなのです。多分、あの時と同じ……」
「あの時って、常夜の森の時?」
フィアとミラの脳裏に過る、常夜の森での出来事。
センスを酷使した代償で、ティオが2日間意識を失った、あの時の記憶だ。
「多分そうです。だとしたら……大事はないでしょうけど、直ぐには起きないのです。このままここにいては……」
言いながら、フィアは周囲を探る。
「……とにかく、いつまでもここにいる訳にはいかないのです」
幸いにも直ぐ近くに魔物はいない様だが、こんな危険地帯でのん気にしている訳にはいかない。
「じゃあミラが運べばいい?」
言いながらミラがティオを持ち上げる。……俗に言うお姫様抱っこで。
「…………言いたいことはあるですが、まぁ体格的に私がやるよりはましですね。それより、町に連れて行っていいものか……」
フィアは顎に手を当てて考える。
おそらくティオは数日で目が覚める。特に治療の必要もないはずだ。しかし、下手に町に連れて行って人に見られると、治療院に連れて行かれるかもしれない。
そうなれば、要らぬ邪推をされる可能性も無いとは言えない。
とりあえず1日か2日、誰にも見られない場所で匿うのが一番ではあるのだが……
(そんな都合のいい場所、ある訳ないですね。こうなれば夜を待って、誰にも見られない様に町に……)
「ん? なぁに?」
考え込むフィアの後ろでミラが呟く。
何事かと振り向くと、ミラの服の裾をガルムが咥えて引っ張っていた。
「ダメだよー、ミラも遊びたいけど、ティオが先っ!」
フィアはミラの言い分に少し呆れながら、ガルムに視線を向ける。
ミラはともかく、ガルムは頭の良い魔物のはずだ。意味も無くそんな行動をしたとは思えない。
「なんです?」
ガルムに向かって問いかける。
それを受けたガルムはミラから口を放し、ある方向に向かって歩き出す。そしてある程度進んだところでフィア達の方へ振り返り、一声吼えた。
「……もしかして、ついて来いって言ってるですか?」
フィアの問いに答えず、ガルムは歩を進める。
それを見てフィアは逡巡するも、信じる価値はあるとガルムに追従することを選ぶ。
「行くですよミラ」
「え? なに? どういうこと?」
1人何もわかっていないミラを連れ、フィアはガルムを追って森の奥へ進む。
もしかしたらガルムの住処か、身を隠すのにちょうどいい洞窟でもあるのかもしれない。そう期待してガルムに追従した先で見た光景は、予想を裏切るものだった。
「――これは……」
「家だーっ!」
それを見たミラが楽しそうに騒ぐ。
そう、それは間違いなく、人が住まう家だった。
ミラは抱えたティオを家の傍に降ろす。まずは家の主を探さなくてはならない。
「くぅん……」
そこで、ガルムの鳴き声が耳に届く。先ほどまでとは随分異なるその甘え声に、何事かとフィア達がガルムの方へ向かった。
「――ッ! ……そういう、ことですか。その人が、あなたの……」
「わんちゃん……」
そこでフィアとミラが見たもの。それは、身体を両断され、事切れていた老人の亡骸だった。
鋭利な何かで両断された痕。そしてつい先ほどまでガルムが争っていた相手。それだけで察するには十分だった。
「…………っ」
ミラは何かを言おうとするが、言葉にならず、代わりにとでも言う様にガルムに抱きつく。
ミラに纏わりつかれてもガルムは何も言わず、目の前の躯を眺め続けた。
「……とりあえず、ティオさんを家の中に。その後、その人を弔ってあげるです。構わないです?」
フィアはガルムに問いかける。
無神経だとは解かっていたが、フィア達にとっては大事なことだ。
ガルムはそれを気にした様子も無く、フィアとミラを主のいなくなってしまった家へと案内した。
***
「――というのが、昨日の話です」
「……そっか、ここはお前の……お前達の家か」
ティオがガルムに向けて呟く。ガルムはただただそこにいて、ティオを見つめるだけだった。
「それで、その人は?」
「裏手に埋葬したです。知識はありませんので、あまり大したことは出来てないですが……」
「そっか、よくやってくれたな」
言いながら、ティオはフィアの頭を撫でる。
それにフィアは一瞬身体を震わせ、安堵のため息を吐いた。
ティオが倒れてから、一番気を張っていたのは間違いなくフィアだ。その緊張の糸を、ようやく解くことが出来た。
「…………心配、させんなです」
「心配してくれてたのか……いでっ」
悪びれる様子のないティオの額を風弾が打つ。制裁か、照れ隠しか。
「んゆ? きゅっ! きゅ~い♪」
一連の騒ぎでようやくミラも起きたようで、ティオに飛びつく。
ティオが病み上がりだということに対しての遠慮はまるでみられない。むしろ気付いても無さそうだ。
「さて、と」
ティオがベッドから出て立ち上がる。
「もう起きて大丈夫ですか?」
「ああ。まだ少し痛むけど、前と比べたらマシかな」
ティオは身体を確かめながら答える。
実際、調子が悪そうには見えない。前回は2日眠ってもなお辛そうにしていたことを考えると、今回は軽度だったのか。
或いは、変わったのはティオの方か。
「まずは、その人に手を合わせてくるよ」
「わかりました。案内するです」
一行は家を出て、裏手に向かった。
「……ここです」
フィアが案内した場所には、一部盛られた土と、それに添えられた花があった。
「…………」
ティオは手を合わせ、匿ってもらった家の主人へと感謝と黙祷を捧げた。
それに倣い、フィアも手を合わせる。それを、ガルムが後ろからじっと見つめていた。
「……もう昼かな」
ティオが空を見上げて呟く。
辛うじて木々の隙間に見える太陽はほぼ頂点にあり、それぐらいの時間であることを示していた。
「食材、貰ってもいいか?」
ティオはただ1匹残ったこの家の主に確認を取る。
ガルムは答えず、ただついて来いと言わんばかりに背を向けた。
それに追従すると家の台所に案内される。好きに使えという事だろう。
「ありがとう」
ティオは残っていた食材で適当な料理を作り、食事をとる。
ある程度腹が膨れたところで、ふと呟いた。
「――どうして、こんなところに住んでいたんだろうな?」
「んにゅ?」
「なんです? 急に」
興味本位で料理をつまんでいたミラ達が反応する。
「こんな魔物も出る森の中に、何の目的があって住んでいた? こんな家も建てて、ただの世捨て人にしてはおかしいと思わないか?」
ティオの言う通り、ここは魔物も出没する危険域の森だ。
滅多にないがランク4すら出没するこの森で、老人が一人で暮らすには危険が過ぎる。
ガルムと老人の馴れ初めは知らない。もしかしたら当時から懇意にしていたガルムが、護ってくれるからと考えていたのかもしれない。
だが、例えガルムの保護が前提だったとしても、もっと他にいい場所はあるだろう。
それはつまり、ここである必要が、理由があったということ。
「さっき外に出た時に気付いたけど、ここの周囲は崖に囲まれてるんだな。ガルムの案内がなけりゃ、そうそう見つけられないだろうな」
そう、この場所は三方を崖に囲まれた、天然の隠れ家だ。唯一森と通じる場所も、鬱蒼と茂った森の中。探そうと思って探せる場所ではない。
それが、理由なのではないのか。とティオは思う。
例えば、絶対に見つかる訳にいかない相手から逃げる為に。わざわざ危険に身を置いてまで。
「……まあ確かに、疑問が無いではないです」
「みゅ?」
フィアは一応の同意を示す。ミラは話を理解できずに首を傾げるが、ティオは期待もしていなかったので軽く無視した。
「だろう? 個人的にも興味はある。少し、調べてみるか」
「ですが……」
フィアが迷いを見せるように、ガルムの方を見る。
詳細は不明だが、ガルムと老人が懇意にしていたのは間違いないだろう。
その老人の秘密を探る行動を、見逃してくれるかどうかだ。
「……お前の主人が遺したモノを調べてみたい。構わないか?」
ティオはガルムに向けて問いかける。
伝わるかどうかは分からない。伝わらなければ、ティオは諦めるつもりだった。
どんな意図があるにせよ、自分達を助けてくれたこの狼犬に、仇なすつもりは毛頭ない。
ガルムはティオの言葉を受け、相も変わらず何も言わない。ただ、ついて来いと背を向けるだけだ。
「……信用してくれてありがとうな」
ガルムに追従し、囁く。
主人の遺志を継いで欲しいからか、遺物に興味がない故の行動かはわからないが、ティオ達のことをある程度信用しての行動であることは間違いないだろう。
それに感謝を示しつつ、ティオはガルムに追従した。
「ここは……書斎、か?」
案内されたのはいくつかの本棚が置かれた小部屋。
書斎と言うには些かこぢんまりとしているが、貴族の屋敷の様な場所ではないのだ。当然だろう。
「古代語の本……、それに古代史の記録書なんかもあるな」
「これが……“本”というものですか」
フィアが感心しながらそのうちの一冊を手に取る。
その眼は強い好奇心が灯っていた。
「フィアお姉ちゃん、読めるの?」
ミラが興味津々で問いかける。
それを受けたフィアは、顔を引き攣らせながら必死に表紙の文字を読み取った。
「え、えっと……戦乙女に……関、する……考察?」
読み終え、チラリとティオに視線を向ける。
合ってるよ。という意思を込めてティオは頷いた。
「へぇ~。ねぇ、戦乙女ってなに?」
「うぐ……そ、それは……」
「戦乙女ってのは、幾千の術を繰り、光る翼を持つと云われる伝説上の戦士だ。1000年以上前の古代史なんかで良く出てくるが、突拍子もない上にその素性も明らかでないとかで空想の産物だと言われてる。だが、実際多くの古代史に出てるから、実在したという意見も少なくないな」
フィアに助け舟を出す形でティオが説明する。フィアはほっとした表情を浮かべ、ティオの説明に聞き入っていた。聞いた本人は理解できずに首を傾げるばかりだが。
よくある神話の様な話だ。ティオとてそれを信じてはいない。
(しかし、戦乙女、ね。また妙なのが出て来たもんだ。古代史に関する書物も多いし、偶然か?)
ティオは顎に手を置いて考える。
こんなところにも持ちこんでいることを考えれば、趣味の本とも考えにくい。だが信じるには、あまりにも突拍子もない話だ。
「じゃあこれは?」
ティオが考えている間にも、ミラが次々とフィアに本を差し出す。
本自体に興味がある訳でもなさそうで、フィアも呆れながらその相手をしていた。
「え……と……。ああ、これは“日誌”ですね」
「日誌?」
「はい?」
思わず反応したティオに、フィアが疑問符を浮かべる。
間違えたかと思い、不安そうな表情を浮かべたフィアだが、その反応を無視してティオはフィアの手からそれをスッと奪い取る。
「日誌、か。核心に迫れそうではあるけど……」
呟きながら、ティオはガルムの方を見る。
日誌は、極端な話、老人の分身だ。その意志を綴り、想いを綴ったものだ。
“日誌”の意味を知っているかはともかく、ガルムを無視して開く気にもなれなかった。
ガルムはティオの視線を受け取るが、やはり、ただそこに佇むだけだった。
それを受け取ったティオは、意を決してその日誌を開いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
活動報告に記載しましたが、1週間休載させていただきます。
楽しみにしてくださっている方には申し訳ありません。
次回は10/21(土)に更新予定です。