堕星
「えいやっ!」
紫電を撒き散らしながら、ミラはキングピードの体節を蹴り飛ばす。
「つぎぃっ! ――うわっと!」
ミラはそのまま次の体節を狙うが、キングピードもされるがままではなく、尾を振り回してミラの動きを阻害する。
辛うじて毒針を回避したミラはそのままキングピードから距離をとった。
「……はぁ……はぁ」
ミラは肩で息をする。
ティオの魔素で急激に力を得たミラだが、体がそれについていっていない。戦闘の経験も殆ど無く、拙い。心身の負担は量りしれないだろう。
「お姉ちゃん、大丈夫かなぁ……」
ちらりとティオとフィアがいるはずの方向に目を向ける。
状況的に人の心配をしている場合ではないのだが、ミラにとって家族と言っていい2人だ。気にするなという方が無理な話だろう。
ガチンッ!
ミラを狙ったキングピードの鋏が空を切る。
一瞬前までそこにいたはずのミラは、既にキングピードの頭上。そして再びその脚に稲妻を纏う。
「ああああっ!!」
それは正しく雷の如し。
雷鳴を轟かせながらの踵落としは、キングピードの頭部を地面に埋める。
キングピードはギチギチとその身を軋ませるが、すぐに何事も無かったかのようにそこから這い出した
「はぁっ……けほっ……」
ミラは安定しない呼吸を抑えながら再び距離を取る。
今は自分一人しかいないのだ。休んでいる場合でも、面倒くさがっている場合でもないと。
だが、心身の疲労はミラから動きのキレと集中力を遠慮なく奪う。
「――あっ!?」
これまでの戦闘で出来た地面の窪みに足を取られ、ミラはその場に尻餅をついた。
それを待っていたかのようにキングピードはミラとの距離を詰め、ミラを両断せんとその鋏を大きく開く。
ミラであればその状態からでも回避出来るほどの身体能力はあるのだが、極度の疲労でそれも出来そうになかった。
そうこうする間にキングピードの巨大な鋏が目の前に迫る。
どこか他人事のようにそれを見るミラに鋏が触れる、その寸前、黒い影がキングピードの頭部を弾き飛ばした。
「――わんちゃんっ!」
その驚異的な筋力と脚力によってキングピードに一撃を加えたわんちゃん、もといガルムは、ミラの隣に着地する。
「ありがとうっ!」
ミラはガルムに抱きつく。
ガルムの瞳に真意は見えない。そもそもそれを察せられるほど、ミラは聡くはない。だが、だからこそ、今は味方だと、裏を読むこともせずにただ単純に信頼を寄せた。
「うん、こんなとこでへこたれてちゃ、お姉ちゃんに怒られちゃう……。怖いんだよ? フィアお姉ちゃん」
「グル……」
そんなことは聞いていない。とガルムは声を漏らす。だがそれを察せられるほどミラは聡くないのだ。
「よぉしっ!」
気合を入れながら、ミラは立ち上がる。その視線の先には、気のせいか不機嫌そうに見えるキングピード。
そのキングピードが再びミラ達へと迫った。
「おっそい!」
構えてさえいれば、ミラにとってそれを避けるのは造作もない。
瞬時にキングピードの下に潜り込み、稲妻と共に蹴り上げる。
「せりゃあっ!」
「ガアアッ!」
腹の下から蹴り上げられたキングピードが、吹き飛ばされた体節を繋ごうとしたところを、ガルムが飛びかかり、さらに食い破る。
だが、それはキングピードの狙い通りだった。
体節を食いちぎったガルムの視線の先、そこにはガルムに狙いをつけるキングピードの尾があった。
「――!」
嵌められた。それにガルムが気付いた時には遅かった。
身体能力に優れるガルムも、空中では回避は出来ない。
足掻く間もなく、毒針がガルムに迫る。そこで白い影がガルムを掻っ攫った。
「えへ、さっきのお返しだよ」
飛び込んだミラがそのままガルムを抱き抱えたのだ。それによって毒針は狙いを外し、空を切った。
だが、それでは終わらないと、キングピードは尾を操りミラ達を再度狙う。
今度こそ2人とも空中であり、それを避ける術はない。
「――っ!」
無防備な2人に毒針が迫る。
が、途中でそれは巨大な氷の槍で貫かれた。
豪速で飛来したそれは、尾を体節ごと引きちぎり、地面に縫い付ける。
「――ティオ、遅い~!」
「ああ、悪かったよ……」
氷槍が飛来した方向を見れば、ティオが、少しバツが悪そうに頭を掻いていた。その隣にはもちろん、フィアもいる。
「お姉ちゃんっ! 大丈夫?」
「はい、もう大丈夫です。心配かけて悪かったです」
地面に着地したミラは直ぐに2人の元に駆け寄る。傍らにガルムを抱えたまま。
「……短い間に随分仲良くなったな?」
「グルル……」
ミラががっしりと掴んで離さない為に身動きが取れず、ガルムは心外そうな唸り声をあげる。力ずくで抜け出さない辺り、ティオの言葉がそう外れている訳ではなさそうだ。
「うん。わんちゃんに助けられちゃった」
「わんちゃん……。ん?」
ティオがミラの言葉に呆れていると、ガルムの足から血が流れていることに気付く。おそらくミラを庇った時にでもキングピードの鋏に掠ったのだろう。
ティオはさっと魔術でそれを癒した。
「うちの馬鹿が世話になったな。ていうか早く降ろしてやれ、ミラ」
「グル……」
一瞬で治った足とティオを交互に見る。信用できるかどうか決めかねているようだ。
だがそれを考えている時間はない。視界の向こうでは既に胴体を繋いだキングピードが、切り離された尾も回収しようとしている。
「っと、させるかよ!」
ティオは右手に青い光を生み出し、地面に縫い付けられた尾に向けて撃ち放つ。
それは着弾した瞬間まばゆい光を放ち、瞬時に尾を氷の中に閉じ込めた。
「これで、回収できないだろ」
挑発するように、ティオが言ってのける。
言葉の意味は解していないはずだが、キングピードは憤怒を込めて、複眼を紅く染めた。
「ようやく本気か。……けど、こっちもだ」
言いながら、ティオは一歩踏み出す。
怒りと戦意に触発され、その眼が紅く灯る。
「フィア、ミラお前らはここにいろ」
「……私はまだ、やれるです」
ティオの言葉にフィアが反論する。
だがフィアの額には汗が浮かび、まだ全快でないのは明らかだ。
「お前もだけど、ミラも結構疲れてるみたいだ。護ってやってくれ」
「う……分かりました、です」
実際、ミラは肩で息をして疲労感を露わにしている。
それを見たフィアは渋々了承した。
「ですが、あれを一人で相手出来るですか?」
「問題ないさ。一応、あのガルドを追い詰めたんだぜ? 俺は」
運が良かっただけだが、と内心で呟きながら、ティオは一人、キングピードの前に進み出た。
「もう油断も、手加減も、遠慮もない。全力で行くぞっ!」
それだけ呟き、ティオは駆けだした。
全力の身体強化によってダランとも競るほどの身体能力を発揮し、一瞬でキングピードの目前に迫る。
キングピードは咄嗟に鋏でティオを挟み込もうとするが、それは空振りに終わる。その一瞬前にティオはキングピードの頭上に躍り出ていた。
そこでティオは、剣に炎を纏わせる。
「ダランのは……確かこんなんだったか? はぁっ!!」
そのまま、炎の斬撃を頭部に見舞う。だが斬撃は弾かれ、炎は燃え移ることも無くあっさりと掻き消された。
「燃えもしない、か。ほんとに堅いな」
呆れたように呟き、地面に降り立つ。
当然ながらこれで終わりではない。手加減なしでルミナ・ロードを解放したティオは、もはや魔素の制御を超え、支配する。
そこに、“打つ手がない”などということはありえない。
「なら次は、その胴体だ」
瞬間、地面から何本もの土の槍が飛び出す。今までのグレイブランスの様に1本や2本ではない。
視界を埋めるほど、数えきれないほどだ。
その土の槍はいくつもの体幹を貫き、キングピードの動きを止めた。
それでも残された胴体と繋がろうと、馬鹿の一つ覚えの様にキングピードがそれに向かっていく。
「もう、見飽きたよ」
キングピードの頭部を含む一塊を取り囲むように、土の槍が形成される。
それは止まらずに生成され続け、ついにはキングピードを閉じ込める檻となった。
「尾が無い今、頭さえ押さえればどうしようもないだろ?」
言いながら、ティオは剣を上に翳す。
すると剣の先に、その上空に、周囲から吸い込まれるように土が集まってくる。
それはだんだんと量を増していき、すぐに2メートルを超える塊となった。
「……まだ、まだっ……!」
さらにティオま魔素を込め続け、それに伴い集まる土は増え続ける。土だけでなく、さらには岩や木までも巻き込み始めた。
これは周囲の土を集約して固めるアースアグリゲイションという魔術だ。しかし、もはやそれと同じ魔術であると言えるかは疑問である。
相当の魔素を消費しているようで、ティオの額に汗が浮かぶ。
全力の魔術。この一撃で終わらせるつもりなのだ。
やがて一点に集められた数多の物体は、10メートルにもなる巨大な塊と成った。それはただの塊でなく、超圧力によって1つの大岩の様に圧し固められていた。
流石にまずいと思ったのか、土の檻の中で、キングピードが必死に足掻いている。
だが満足に鋏を振るえるほどの隙間も無く、僅かに土を削る音を響かせるだけだ。
「……お前には随分てこずらされたな。けど……これで――」
ティオは最後に牢の隙間から見えるキングピードと視線を交わす。そして、勝ち誇ったように口角を上げ、宣告した。
「――終わりだっ……堕星ッ!!」
ティオが剣を振り下ろす。そうすれば、その星はキングピードに向けて堕ちた。
それは本当に星が堕ちたかのように、大地を揺るがす。
キングピードは自身を閉じ込める檻ごと、大地に沈んだ。
「くっ……やった、です?」
舞い上がる砂埃から身を守りながら、フィアが呟く。
砂埃が晴れた後、視界に入ったのはその身を半分ほど地面に沈めた巨大な塊だけだった。
確認は出来ないが、あれの下敷きになったモノはもはや原型を留めていないだろう。仮にキングピードがその強固な外殻で生き残っていたとしても、あそこから抜け出すのは不可能だ。
そう、間違いなく。これで、決着だった。
「やったーっ! ティオーっ!」
「いだっ!? ミラ、お前なぁ……」
ミラが歓喜してティオに抱きつく。
疲れていたのではなかったのかと指摘したくなるほどの元気さだ。それでこそのミラといえるかもしれないが。
「お疲れ様です。ティオさん」
「ああ、お前らは大事ないか?」
「大丈夫だよ~」
「ええ、私も。毒はちゃんと抜けたようなのです」
「そっか……」
――ツキンッ
「ぐっ……」
ティオは突然の頭痛に襲われる。
忘れもしない、ガルドとの戦いの後に襲われたあの痛みだ。
「ティオっ!」
「ティオさんっ!?」
突然に呻くティオに、フィア達は心配そうにのぞき込む。
心配するなと、そういってやりたいところだが、生憎と痛みは増していく一方だった。
――大丈夫。その一言も言葉にならず、ティオは意識を落とした。
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