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オーバーセンス  作者: 茜雲
二章 真実を求めて
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大怪蟲



「ところでフィア、なんでこのクエストだったんだ? グリズリーマザーのこと知っていたのか?」


 グリズリーマザーの出没地に向かう途中、ティオが尋ねる。


「知らないですが、依頼書に簡単に書いてあったです。なんでも、群れで行動する種だとか」


「そうだ。1頭の母熊(グリズリーマザー)を中心に、それを守るように数頭の(グリズリー)が囲んでいる。単独の戦闘力も結構なもんだから、油断すると危ないぞ」


 ティオがそう忠告すると、フィアがこくりと頷いた。その向こうではミラが明後日の方を向いて反応しない。


「おい、聞いてんのか? ミラ」


「……来た」


 ティオの問いに答えることなく、ミラは呟く。


 その言葉を聞いて、ティオも直ぐに意識をミラの視線の先へと集中させる。


「――重い足音が7、8……グリズリーマザーか? ……にしては出没地より随分手前だが……」


 言いながらティオは剣を構える。フィアとミラもそれに倣い、すぐ動けるように構えた。


 そして、木々の向こうから駆けてくる一団が姿を見せた。


「――グリズリーの一団だ! 一番デカい奴が母熊(グリズリーマザー)だ、そいつを狙うと取り巻きがこぞって迎え撃ってくるぞ! まずは数を減らす!」


「了解です」


「はーい」


「ガアァアッ!」


 やがて向こうもティオに気付いたようで、獰猛な咆哮をあげた。


 そのまま先頭のグリズリーがティオに迫り、その鋭い爪を振り回した。


 対してティオはその全てを受け流す。


(妙だな……。こっちと接触するより前から既に戦闘体勢、というより……怯えている……?)


 ティオの言う通り、グリズリー達は現れた時から既に牙を剥き、敵意を剥き出していた。


 それはつまり、自分たちと戦う前から何者かと戦っていた証拠に他ならない。


(他の傭兵か狩人? いや、今は考えても埒が明かない。まずは目の前の敵だ)


「ガアアッ!」


 ティオはグリズリーが振りかざした爪を紙一重で避け、その腕を斬り落とす。


 自分の腕を斬り落とされ、グリズリーが驚愕で動きを止める。ティオはその隙だらけの首元に剣を振るい、あっさりと首を刎ねてみせた。


「次、エアストラッシュ!」


 そのまま動きを止めず、後ろに控えていたグリズリーに向けて風の刃を放つ。


 ダラン戦のそれと同じように地面を抉りながら迫り、それを受けたグリズリーを縦に割った。


「ガォアアッ!」


 瞬時に同胞2頭を殺られたことで頭に血が上ったのか、グリズリー1頭がティオに迫る。だがそれはあまりにも遅すぎた。


「グレイブランス」


 呟く様にティオが唱える。その瞬間、地面から土の槍が何本も飛び出し、グリズリーの命を貫いた。


「――ふう……」


 周囲のグリズリーを殲滅し、ティオは他の2人に視線を投げる。






「エアリアルバレット!」


「「ガ――」」


 フィアから放たれた2つばかりの風弾が2頭のグリズリーに命中し、反応する間もなく上半身を吹き飛ばした。






「ほっ!」


「ガァッ……!」


 ミラがその駿足でグリズリーの側面に迫り、そのまま蹴り飛ばす。


 吹き飛んだ先でもう1頭を巻き込み、2頭で折り重なるように倒れ込んだ。


 そして、いつの間にかその上まで移動していたミラは、重力と勢いを乗せた一撃を叩き込む。


「せりゃああっ!」


「ガアアアアアッ!?」


 豪快な音を立てて地面が割れるほどの一撃を見舞う。無論、直撃を受けた2頭は既に絶命していた。





 圧倒的。


 そう言わざるを得ない程の実力を見せたティオ達に、未だ健在な群れの長、グリズリーマザーは1歩後ずさった。


 もう自身を守ってくれる子供達はいない。眼の前の3人に瞬く間に屠られてしまったのだ。


 その事実に、もう一歩、後ずさる。それがグリズリーマザーの最期となった。




 ――ズシャッ……!




「ガ――?」


 あっけない音を立てて、グリズリーマザーは上下に分かたれた。


 その表情は痛みや恐れより、困惑の色に満ちていた。何が起きたのか、理解できずに逝ったのだろう。


 何が起きたのか。それを知るのは一部始終を見ていたティオ達だけだ。


「――キングピード……!」


 グリズリーマザーの亡骸の後ろに潜む巨大な影。その正体は巨大な大百足だった。


 2メートルほどにもなる頭部を除き、胴体は森の闇に紛れている。耳に届くガサガサという音が、その胴体の巨大さを想起させる。


 キングピードは頭部から生える鋭利な4本の鋏をカチカチと擦り合わせ、次の獲物(ティオ達)を狙ってその巨大な複眼を光らせる。


 そして、闖入者はキングピードに留まらなかった。


「ガルルァッ!!」


 咆哮と共に黒い影がキングピードの頭部にぶつかり、ティオ達とキングピードの中間地点に着地する。


「――ガルムッ!」


 それは漆黒の狼犬。


 ブラックウルフと大差ない体躯だが、その身から発せられる迫力は桁が違う。ガルムは単独でランク4に評されるほどの魔物だ。


「この2匹の喧嘩に巻き込まれたってことか……ったく」


 ティオが冷や汗を掻きながら警戒を強める。


 幸い2匹が協力関係と言う訳ではなさそうだが、争うには危険がすぎる面子だ。


 とは言えこれで逃げる隙が出来るかと、周囲に意識を向けたが、既に遅かった。


「――ッ!! 気を付けろっ! 囲まれてる!」


 囲まれている、と言っても敵は複数ではない。たった1匹の大百足。だが、その長く、巨大な胴体を蛇の様にしならせ、ティオ達の周囲を囲いこんでいた。


(デカいッ! こんなのがいるなんて聞いてないぞっ……!)


 その常識外の体躯に、内心で毒づいた。


「うぇえ~、気持ち悪いぃ……」


「同感です。それで、どうするです? ティオさん」


 1か所に固まるべきだと判断したフィアとミラがティオの傍へと集まり、キングピードに嫌悪感を示す。


 フィアに促され、ティオは取るべき行動を模索する。


(キングピードは確かランク4だったはずだが、これほど成長してるとなると、ランク5はくだらないか。真正面からやり合うのはリスクが大きいが……)


 ちらりと左右を見る。


 ギシギシと蠢く様に周囲を囲むキングピードの胴体。避けて通れない訳ではない。


 だが、逃げるということは敵に背を向けるという事。後ろを取られるのは危険だ。ガルムという、不確定要素もいる。


 果たして、それは最善手か。


「――やるぞ。 相手はランク5クラスだ、油断するな。手加減(・・・)も無しだ」


 そのティオの言葉を聞いて、フィアは笑みを浮かべる。


「ここなら思いっきりやってもよさそうです。言葉遊びもいい加減、鬱陶しかったですし」


「えぇー……」


 ミラは嫌そうな、というより面倒そうな声をあげる。


「それと、とりあえず狙いはキングピードだ。あのガルムには警戒だけして、こっちからは手を出すなよ」


「面倒ですが、了解したです」


 先ほどの行動からして、ガルムとキングピードが対立しているのは明らかだ。だがこちらに対しては特に行動を起こしていない。


 それにガルムは頭の良い魔物だ。そんな魔物が、わざわざ状況をややこしくするとも思えなかった。


「いくぞっ!!」


 ティオがそう合図した瞬間、フィアとミラはその場を跳び退き、同時に多数の石礫がキングピードに向けて撃ちだされた。


 様子見のストーンバレット。だがしかし、それは様子見の役目すら果たせなかった。


 ティオの合図に反応したのはフィアとミラだけでなく、キングピードも同時に動き出していた。それにより石礫は頭部を外し、胴体の堅い外殻に弾かれてしまう。


 キングピードはその身をくねらせながらガルムを迂回し、ティオにその鋏を向ける。その巨大さに似合わない俊敏さを見せたキングピードは、数瞬でティオとの距離を詰めた。


「――ちッ!」


 ティオは寸前で跳び、鋏を回避する。そのままキングピードの頭上に身を躍らせたティオは剣に風を纏わせて振るう。


「はあぁっ!」


 空を切り裂く風刃はキングピードの頭部に命中するも、先ほどの石礫となんら変わらず弾かれて消えた。


(頭部も胴体も、外殻がまるで鎧だな。生半可じゃ意味ないか)


 ティオは地面に降り立ちながら冷静に観察する。そのティオを両断せんと、キングピードが反転する。が、その途中で胴体を風の槍が貫いた。


「なんだ、お腹はそうでもないですね」


 銀槍(シルヴィムハウアー)を繰るフィアがそう淡々と言ってのける。


 キングピードの腹部は強固な外殻に覆われておらず、攻撃は通りやすいようだ。


 風の槍によってキングピードの胴体が断たれ、あとは頭部に止めを刺すだけかと思われた。


「――ッ! まだだっ!」


「え? っ!?」


 一瞬気を緩めたフィアは、ティオの警告とその光景(・・・・)を見て、再び気を張り詰める。


 胴体を構成する体節(たいせつ)の1節を貫かれたキングピードだが、その1節を捨てた(・・・)


 貫かれた体節を自ら切り離し、残された体節同士が再び関節を繋ぐ。あっと言う間にキングピードは元の姿を取り戻した。


「おもちゃみたいな奴だ、なっ!」


 ティオはグレイブランスでキングピードの体節を腹部から貫く。


 だが結果は同じ、キングピードは体節を捨て、数秒で体勢を立て直した。


(このまま少しずつ削っていくか? だが全長100メートル近くありそうな怪物だ、あと何十回繰り返せばいい?)


 再び自身に迫るキングピードの鋏を回避し、考える。正攻法ではじり貧になるばかりだ。


「せりゃああっ!」


 ミラの掛け声と同時にキングピードの頭部を稲妻が奔り抜ける。


 だがキングピードは何事も無かったかのようにそのまま蠢き続けるだけだった。


「ううー……効いてないのぉ?」


(蟲に痛覚は無いんだったか? いずれにせよ、電撃も効かないか)


 一手、また一手とこちらの手を潰されていく。


 それでもティオ達の瞳に諦めの色は全く見えない。


「ガアァッ!」


 ガルムがキングピードの体節を食い破る。だが残された胴体が再び繋がろうと蠢く。


 ティオはそこに勝機を見た。


「今だ! 再生させるなっ!」


 言いながら撃ち放った氷の槍が、今まさに繋がろうとしていた体節を穿つ。


 それでティオの狙いを察した2人がそれに続いた。


「はあっ!」


「うりゃあっ!」


 フィアの風弾が、ミラの蹴撃が、繋がろうとするキングピードの体節を次々と撃ち抜いて行く。


 流石のキングピードも、頭部と短く残された体節だけではどうすることも出来ず、為すがままとなる。


 これですぐに決着かと思われた時、ティオは周囲を囲うキングピードの胴体、その向こうに違和感を感じ取った。


 そしてその位置は……


「――ッ!! フィア! 後ろだッ!!」


「――え?」


 ティオがそう叫ぶと同時に、森の奥から何かが飛び出した。


 それは間違いなく、フィアを貫く軌道だった。だが直前にティオが叫んだことと、フィアの咄嗟の直感、超反応でその場を飛び退いていた。


「――つあっ!!」


 しかし、それでも完全に回避するには至らず、フィアの腿を掠った。


「尾かッ!」


 そう、それはキングピードの尾だった。その先端には鋭利な針が付いている。いや、体躯の巨大さも相まって、それは槍ほどの大きさだった。


 そしてその尾は、空中で体勢を崩しているフィアに再び向けられる。


「フィアっ!」


「フィアお姉ちゃんっ!」


 咄嗟にティオは氷槍を放って尾の軌道を逸らし、ミラがフィアを抱きとめてその場を離脱する。


「フィア、大丈夫か!」


「この程度……あぐっ!」


 ティオはフィア達に駆け寄り、傷口を確かめる。


(傷自体は大したことない。けどこの傷口に付着した液体……毒かっ!)


 毒と痛みに苛まれるフィアを診ていると、突然影に覆われる。


 見上げると、そこには胴体との結合したキングピードがいた。ティオ達が一時的に戦線を離れたことにより、無事に体節を繋げたようだ。


(解毒の魔術は使えるが、集中する必要がある。ここでは無理だ。……だが)


 ちらり、と視線をフィアに向ける。その顔色が見る見るうちに悪くなっていく。


(……迷ってる時間も、ないか)


 ティオは意を決してミラに囁いた。


「ミラ。1分、持たせられるか」


「まっかせて!」


 ミラは一瞬も迷わず、言ってのける。


 普段のミラなら、何も考えていないのかと疑うところだが、今回ばかりは信用するしかない。


「――頼んだぞ」


「うん。フィアお姉ちゃんをお願い」


 それには答えず、答えるまでもなく、ティオはミラを抱え、包囲の外に向けて駈け出した。


 それを見たキングピードがその後ろを取ろうと動き出したところで、上から(・・・)強烈な一撃を受けた。


 激しい音を立てながら、キングピードが地面に叩きつけられる。


 その横に、右足に稲妻を纏ったミラが着地した。


「ティオとフィアお姉ちゃんのとこには行かせないよ?」


 キングピードはそれ(・・)を無視は出来ないと判断し、その鋏を広げて戦闘態勢に入った。






「フィアっ……!」


 包囲していたキングピードの胴体が見えなくなった辺りで、ティオは抱えたフィアを降ろし、呼びかける。だが、返事はない。


 荒く呼吸はしている為、死んでこそいないものの、危険な状態であることは明らかだった。


「――ふぅ……」


 ティオは集中し、魔術で解毒を始める。


「……はぁ……はぁ……くっ、うぅ……」


 フィアは辛そうに声を漏らす。もはや一刻の猶予も無い。


「くそっ。お前のことはガルドから頼まれてるんだ。こんなとこで死ぬんじゃねぇよっ……!」


 ティオは解毒魔術を掛けながら、フィアの傷口に口づけ、毒を吸い上げる。


「んっ……あぅっ……」


 痛みからか、違和感からか、フィアが声を漏らす。


 だが、ティオはやめるつもりは無かった。


「ガルドの隣に立つんだろうがっ……! 気合、入れろっ!」


 ティオは一心不乱に、想いのままに、解毒魔術と毒の吸い上げを続けた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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