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オーバーセンス  作者: 茜雲
二章 真実を求めて
54/71



「お、おいおい……勝っちまった、ぞ……?」


「みたいですね」


 周りの傭兵達が口々にミラに賞賛の声を掛ける中、ジルバが声を掠らせながら呟く。


 それに応えるティオの口調はずいぶんあっさりしたものだ。


「……それだけかよ? あんまり意外でもなさそうだな」


「ミラの実力は知っていましたし、可能性はあると思っていましたから」


 そんなティオの態度を意外そうに見るジルバだったが、ティオの言葉を受けてそんなものかと一応の納得を示した。


(まぁ、本当に勝てるとは思ってなかったけど。勝因は……ミラの実力というより、ダランの方(・・・・・)にあるな)


 そう、ティオの見ていた限り、今回の戦いでのダランの動きは鈍かった。


 ほとんどの者は気付かずに見過ごしてしまう程度のものだが、ルミナ・ロードを持つティオから見ればそれは明らかだった。


(多分、フィアと戦った時の、あの最期の身体強化らしきなにか。あれの後から動きが鈍い。副作用か反動か、切り札の代償ってとこか)


 ティオは試験場で起き上がるダランを眺めながら考察する。


 あの、極端な身体強化。あれは脅威でもあり弱点でもある。戦う時は、間違いなくあれが勝敗を分かつだろう。


(いずれ、戦う時があるなら……な)


 ティオは既に一線を越えている。


 もし、イワン・クルーガーの件がバレれば、或いはこの先(・・・)下手でも打てば、ティオは追われる立場となる。憲兵に、或いは傭兵達、ダランやジルバからも。


(それは避けたいけど、仮にそうなっても……)


 もう止まれない、戻れない道を歩んでいる。そう自分を叱咤しながら、拳を握りこむ。


(でもまずは、そうならないようにしないとな。こいつらもいるし――)


「ティオーっ!」


「ぐふっ!?」


 突然襲った衝撃に、意識が飛びかける。


 下手人は言うまでもなくミラだ。子供の様にティオ抱きついている。


 戦いの余韻か、結構な勢いでの抱きつき(攻撃)だった。


「お、まえ……」


「えへー♪ 勝ったよ!」


 あくまでも悪気のなさそうなミラに毒気を抜かれる。


 ティオはいつものことだと諦め、ぽふぽふとミラの頭を撫でた。


「はいはい。よくやったよ……」


「むふっ♪」


 ミラは満足そうに笑みを浮かべる。


 そして今度はすぐ隣のフィアへと矛先を向けた。


「フィアお姉ちゃんも褒めて~」


「ああはいはい。よくやったですよ。それと誰がお姉ちゃんですか」


 恒例となってきたミラの抱きつき癖に、フィアも半ば適当に対応する。


 一応呼び名を諌めてはみるが、どうせ言っても聞かないだろうと諦めている。


「よおティオ。いい御身分だな?」


 そんなティオ達にダランが歩み寄ってきた。


 今のミラとのやり取りのことを言っているのだろう。にまにまと面白がるような笑みを浮かべている。


「正直代わって欲しいくらいだけどな。で? これで試験は終わりか? ミラ(子供)に負けたダランさん?」


 ティオの言葉に、ダランがピクリと目元ひくつかせた。意外と堪えているようだ。


「んんっ! ああ、これで試験は終わりだ。各人の昇格はこれから審査員2人と協議して決める。まぁすぐ結果は出るだろうからギルド内で待っていてくれ」


 一つ咳払いをした後、周囲にも聞かせるように言い放つ。


 ダランの言葉を聞き、傭兵達がぞろぞろと歩き出した。


 そのほとんどが、途中すれ違ったティオ達に視線を向けるが、実際に声を掛ける勇気はないようだ。


「んじゃ、俺らも行こうぜティオ」


「……ええ、そうですね」


 唯一声を掛けてきたジルバに追従し、ティオ達はギルドの広間へと戻った。






 ティオ達が適当にクエストボードに貼り出された依頼を眺めながら時間を潰していると、広間にダランの声が響く。


「昇格試験の結果が出たぞ! 受験者は集まれ!」


 言われるがままにダランの方へと向かう。しっかりと広場全体に伝わっていたようで、受験者の他に興味本位での野次馬が多数みられた。


「よし、それじゃあ発表するぞ。まず、ジルバ・シェザード、Dランクだ」


「うっし!」


 ティオの視界の端でジルバがガッツポーズを取る。


 ジルバは新しく傭兵になったばかりの為、Fランクだ。つまり、この試験で2ランク昇格したことになる。


「よし、次!」


 そんな調子で次々と昇格結果が発表されていく。


 結果だけ言えば、Dランクまで昇格したのはジルバのみで、あとはEランク止まりか昇格無しばかりだった。


 ティオ達を除いて。


「よし、次は……フィアの嬢ちゃんだな」


 ようやくティオ達の順番が回ってくる。


 そして、息を呑んで結果に聞き耳を立てる受験者たちと、もう終わったとばかりにその場を後にし始める野次馬達。だが彼らの足は次の言葉を聞いて止まる。


「フィアの嬢ちゃんは……Cランクだ!」


 瞬間、周囲がざわめき出す。受験者はやっぱりか、と納得を示し、野次馬は耳を疑った。


 そして当の本人は……


「Cですか……まぁ何でもいいです」


 と、何とも興味なさげだ。


 その反応にも周囲のざわめきが増すが、ダランはそれを意に介さず発表を進める。


「んで、次はミラの嬢ちゃん。同じくCランクだ」


「んむ?」


 ミラはギルドの売店で買った果物を頬張っている。


 名前を呼ばれて振り向いたものの、すぐに興味を失ったように果物の咀嚼に戻る。もしかしたら今発表しているものが何なのかも分かっていないのかもしれない。


「おいおい、あんたを負かしたってのにCランクかよ?」


 受験者の1人が悪戯じみた表情で言ってみせる。案の定、周囲は更にざわめいた。


「はぁっ? あのガキが? 冗談だろ……?」


「いや、でも一緒にいる銀髪は昨日デブリの野郎をぶっ飛ばした奴だぜ?」


「はっ! あんな馬鹿とダランを一緒にすんなっての!」


 周囲から疑いの言葉や奇異の視線が浴びせられる。


 それに混じって敵意にも似たプレッシャーがティオ達を襲うが、本人たちはどこ吹く風だ。


「うっせぇよ外野ぁ! お前も余計なこと言うな、嬢ちゃん達のランクは状況や経験なんかを加味した結果だ!」


 ダランの一括で周囲が静まり返る。流石にBランク、それもAランク並の力を持つと言うだけあって、傭兵達から一目置かれているようだ。


「ったく……。んで、次は保護者のティオ」


「誰が保護者だ」


 ダランの言い分にティオが突っ込む。


 しかしティオも否定しきれないと思い至り、それ以上は口を噤んだ。


「ティオのランクは……」


 フィア達と同じだろう、とティオは予想する。内容は異なれど、相応の力を示した自覚はあった。


(Cランクか……まぁそれなら稼ぎのいい依頼がそれなりに……)


 そこまで考えたところで、ダランが宣言する。


「――Dランクだ!」


「……は?」


 ティオは思わず聞き返した。


「おいちょっと待て、Dランクって、そう言ったか?」


「おうそうだ。Dランクだぜ?」


 ダランがにやっと、先ほど余計なことを言った傭兵の様に悪戯じみた表情を浮かべて答えた。


「そう怖い顔すんな。お前がCランク以上の力を持ってるのはよく分かってる。だがなぁ……」


 ダランはふとフィアとミラの方へと視線を投げる。


「お前さんはまぁ、良くも悪くも無難に立ち回ったからな。それに比べて嬢ちゃん達のインパクトがデカかったから審査員2人がそっちに靡いちまってなぁ。そんでどうにもお前さんの印象が薄くなっちまったらしい。あっはっは!」


 そんなことをのたまって大笑いするダラン。


 確かに後ろの2人に比べて地味だった自覚はあるので、ティオは反論出来なかった。イラッとはしたが。


 とは言え今更言っても覆るものでは無いのはティオも解かっている。ティオは頭を掻き、諦めたようにため息を一つ吐いた。


「はぁ……。分かったよ。特にランク(それ)にこだわりもないしな」


「そうかよ。なら……ほら」


 ダランはそう言って、3枚の札を手渡してくる。


「これは?」


「登録証だ。それで晴れて、お前さん達も傭兵だ」


 言われて、札を見る。そこにはティオ、フィア、ミラの名前と、識別番号らしきものが印字されていた。


「ああ、ありがとう」


「よし、これで昇格試験は終わりだ! 各自、今後の飛躍と健闘を祈る! クソみてぇなとこでくたばんじゃねぇぞてめぇらあっ!!」


 ダランの豪快で下品な激励を受け、その場は解散した。


「よし、早速俺らもクエスト受けるか」


「分かりましたです。さっきの戦いでちょっとむしゃくしゃするので討伐系を希望するです」


「ミラはなんでもいいよ~」


 どこまでもマイペースな2人を従えて、ティオはクエストボードへと向かった。






「で、どういう事なんです」


「うおっ!? なんだフェリスか。何の話だ?」


 突然ダランの後ろからフェリスが話しかける。


「分かってるでしょう? ティオ様のランクの件です。あれでDランクは有り得ません。流石に審査員の2人もそんな判断はしないと思いますが」


「ああ、やっぱ解かるか」


 言いながら、ダランはティオ達の背中を見据える。


「まぁ戦闘能力だけで言やぁCどころかBでも通用するだろうな。しかもまだなんか隠してやがるし……」


「でしたら、なぜ?」


「なんつーか、ちぐはぐ(・・・・)なんだよなぁ」


「はい?」


 ダランの言い分が理解できず、フェリスは首を傾げる。


「実力はあるんだが、なんか真っ直ぐというか、真面目というか素直というか。なんだろうな、大した経験を経ずに、一足飛びで手に入れた強さに思えてな。強さは一線級なのに、そこらで商人や農民でもやってそうな、そんなちぐはぐ感を感じたんだ」


「はぁ……」


 砕いて話してくれたのだろうが、それでもまだフェリスには理解が及ばなかった。


 一足飛びだろうがなんだろうが、強さが伴うのであれば問題ないのでは無いかと。


「んーまぁ、俺の経験というか、感覚の話だ」


「それでランクを落されたんじゃ、ティオ様も納得しないと思いますけど……」


 フェリスが少し不満そうに文句をつける。


「はっはっは! あいつならどうせすぐ上がって来るだろ! ただ、その前に経験だけは積んどいた方がいいと思ってな」


「それで無理矢理ランクを落したんですか。では、フィア様とミラ様は? なぜあの2人はCにしたんです?」


「嬢ちゃん達は意外とそのへんしっかりしてそうだったからな。それに、あれぐらい言わないと、Dランクにした説得力が無いだろう?」


「貴方という人は……考えているのかいないのか」


 フェリスはそう呆れ気味に言い捨てて、受付業務へと戻っていった。


「ま、あいつらならどうせBランクぐらいまではすぐ来るさ。――待ってるぜ」


 誰にともなく呟き、ダランもまた、ギルド内部へと引っ込んでいった。






「なるほど、ね」


 ダランとフェリスのやりとりは、ティオの耳にも届いていた。


 2人が何やら話しているのに気付き、意識を向けていたのだ。集中さえすれば、あの程度の距離なら聞き取るのも容易い。


(しかし、耳が痛いな。確かに経験不足は気になるところだ)


 常夜の森での一週間も、王都での数日も、決して容易いものではなかった。


 そういう意味では、相応の経験を積んでいるとも言えるのだが、急速に得た力に比べ、日が浅いと言うのも確かだ。


 実際、以前にはゼノスにいいようにやられてしまった事実もある。


(正直、資金繰り以外に考えてなかったけど。この際、経験の(そういう)場としても考えてみるか)


 現状、今調べさせているディノ・ライセン以外にめぼしい手がかりは無い。


 それが空振りに終わった場合、自身を釣り餌にするという思惑もある。ならばその時(・・・)に備えるのも必要なことだろう。


(――もう、後悔はしたくないしな)


「はい? 何か言ったですか?」


「んん?」


 フィアとミラが反応する。


 ティオとしては口にしたつもりは無かったのだが、どうやら少しばかり漏れ出してしまったらしい。


「いや、何でもないよ。それより、適当なクエストでも受注しよう。出来れば報酬がいいやつをな」


 話を逸らす為にそう言ってやれば、フィアが1枚の依頼書をクエストボードから剥がして持ってくる。


「じゃあこれとかどうです? ”グリズリーマザーの討伐”です」


「ふぅん?」


 フィアの持ってきた依頼書を眺める。


 依頼内容は動物型の魔物、グリズリーマザーの討伐。場所は近郊の森で、報酬は金貨1枚。


「悪くは無いな」


 グリズリーマザーはランク4の魔物であり、リスクは少ない。報酬も、日の稼ぎとしては良い方だ。


 ティオ達はその依頼に決め、依頼書を受け付けへと持ち込んだ。


「ああ、これはティオ様」


「先ほどぶりです、フェリスさん。早速ですが、クエストの受注処理をお願いします」


「承知しました」


 ちょうど受付にいたのはフェリスだった。


 試験の時もそれなりに会話を重ね、知らない間柄でも無くなった為に気楽に接することが出来る相手だ。


「グリズリーマザーの討伐ですね。早速Dランクのクエストですが、ティオ様方なら問題ないでしょう」


 フェリスはそう言って受注処理を進めていく。


 そして、十数秒ほどでそれは完了した。


「はい、クエスト受注完了しました。それから、遅くなりましたが昇格、おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 ティオはそう言って軽く答える。


「それから、パーティの名前は決まりましたか?」


「ああ……」


 フェリスに言われてようやく、ティオはパーティ名を保留にしていたことを思い出す。


 だが名前は既に決まっていた。


「――“暁”、でお願いします」


 “暁”。それはティオ、フィア、ミラの3人で決めた名前だ。考えたのは実質2人だが。


 ティオ達は常夜の森で出会い、共に常夜(そこ)を飛び出した。だから常夜の明ける時、夜明けを意味する“暁”だ。


「……そうですか、良い名前ですね。では貴方方のパーティ名はそれで登録しておきます。貴方方に幸大からんことを……」


「ありがとうございます」


 フェリスはそう言って頭を下げた。それを受け取り、ティオ達はギルドを出る。


「さて、俺たちの、“暁”の最初のクエストだ。気合い入れてくぞ」


「はいです」


「はーいっ♪」


 そうしてティオ達の初クエストは始まった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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