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オーバーセンス  作者: 茜雲
二章 真実を求めて
53/71

ミラ VS ダラン -雷神-



「うぅ~……」


 頭頂部を抑えながら苦悶の表情を浮かべるミラ。


 その傍で拳を構えるティオは呆れた表情だ。


「ったく……。ほら、お前の番だぞ」


「ふぇ? 何が?」


 ミラの返答にティオが僅かに拳を震えさせる。


 それを見かねたフィアがため息を吐きながら、ミラに助け舟を出した。


「傭兵ランクの昇格試験ですよ、忘れたですか?」


「え……ああ!」


 思い出した、と言わんばかりに両手をぽんっ、と合わせる。


 それでもどこか納得いかないように首を傾げ、問いかける。


「あれ? ティオとフィアお姉ちゃんのは?」


「もうとっくに終わったです。……ていうか誰がお姉ちゃんですか」


「お前が最後だ。みんな待ってるからさっさと行け」


 周囲を見ると、傭兵達や司会のフェリスは黙ってミラを待っていた。文句が出ないのは、ミラの性格によるものか、それともティオ達への畏怖か。


 ダランだけは大層愉快そうに笑っているが。


「はーいっ♪」


 ミラはぱっと起き上がり、まるで遊びに行くかのように試験場へと駆けていく。


「くくっ……元気な嬢ちゃんだな?」


「振り回されるこっちの身にもなって欲しいものですけどね」


 笑いを堪えながら話しかけてくるジルバに、ため息を吐いて返す。


「あの嬢ちゃんも、お前らみたいにとんでもない力持ってるのか?」


「それは……まぁ見ていればわかりますよ」


 ティオの適当な返しにジルバはそりゃそうだと笑い、最前列で観戦する為に前へと出て行った。


「……どう思うよ? フィアお姉ちゃ――いだっ!」


 ジルバが離れたところで、ティオが隣のフィアに話しかける。が、小さな風弾がティオの額を打ち、最後の言葉を遮った。


 周囲に気付かれない程抑えられた風弾だ。犯人は言うまでもない。


「次言ったら銀槍(シルヴィムハウアー)食らわせるですよ? あの子は……まあ読めないですね……」


「だよなぁ……」


 ティオとフィアは心配そうにダランと向かい合う仲間(ミラ)を眺める。


 常夜の森で共に戦い、ミラの戦い方や特性(・・)を把握しているものの、それは魔物の姿の時だ。


 今の姿ではどうなるか、そしてティオの魔素でどれほどレベルアップしているか。不安は尽きない。


「最低限のことは指示しておいたし、そもそもミラが使えるのはあの2つ(・・・・)だけだし、滅多なことにはならないと思うけど……」


「あのミラですよ?」


 フィアの言葉にティオは難しい表情を浮かべる。


 彼らがミラをどう見ているかは、今の言葉に集約されていると言えるだろう。


「まぁ……なるようにしかならない、か」


「そうですね。もしかしたら、案外あっさり終わるかもですよ」


 ティオ達は最後にふと笑い合い、ミラを見守る為に前へと進み出た。






「嬢ちゃんも手ぶらか。魔術師か? 随分偏ったパーティだなぁ?」


「ふぇ? なにが?」


 ダランの質問、というか探りにミラは首を傾げる。


 その反応にダランは毒気を抜かれ、肩を竦めた。


「いや、すまん。忘れてくれ」


 ダランは一つ苦笑して剣を構える。


「さて、始めるか。準備はいいか?」


「いいよーっ」


 どこまでも軽く、ミラが言い放つ。


 が、ダランの放つ気迫を感じてはいるのか、その眼は真剣だ。


 その眼を受け止めたダランが獰猛に笑む。


「それでは……始めっ!」


「……さぁっ! 行くぞ嬢ちゃ――」


 合図と同時に一瞬、ほんの一瞬だけ、ダランは瞑想するように目を閉じて感覚を研ぎ澄ませた。


 だが、再び目を開けたそこに、ミラの姿はなかった。


「な――ッ!?」


 心の底からの驚愕に、ダランと言えど対処を鈍らせた。


 が、半ば本能的に、自身の右側に大剣を構える。


「ぐおぁっ!?」


 次の瞬間、盾にした大剣ごと、体を突き抜けるような衝撃に襲われる。


 あまりの威力にその巨体が吹き飛ばされそうになるが、大剣を地面に突き刺して数メートル地面を滑るに留めた。


 そして己を蹴り飛ばした(・・・・・・)張本人に半分愉悦、半分呆れを込めた視線を投げかける。


「ったく……ほんとにお前らは飽きさせねぇよな」


「うぅ、防がれたぁ。思いっきり蹴ったのに……」


 ダランの視線の先、ミラは蹴り抜いた姿勢で残念そうな表情を浮かべていた。


「なんでこんなに地面がぼこぼこなの? 遊び(・・)辛いよぉ……」


 ミラの言う通り、試験場はあっちこっちに穴や削れた跡が残っている。フィアの魔術の跡である。


 先ほどの一撃も、緩くなった地面に足を取られ、蹴撃に力を伝えきれなかったようだ。


 ちなみにギルド側が地面を直さなかったのは、時間や人手による都合と、これはこれで実戦形式という主題に沿うからである。


「文句ならフィアの嬢ちゃんに言いな。ほとんどあの嬢ちゃんの仕業だ」


「フィアお姉ちゃんのバカァーッ!」


 試験場にミラの叫び声が響き渡る。そして待機エリアでは頬をひくつかせながら青筋を浮かべるフィアに、隣のティオが戦々恐々としている。


 ダランはくつくつと笑いながら、仕切り直すように再び剣を構えた。


「さぁ続けるぜ。今度はさっきみたいにはいかねぇ」


「そう? それじゃあいっくよ~」


 言葉の軽さとは裏腹に、ドンッと重い音を発してミラは地面を蹴った。


 正に電光石火。残像さえ見せないその動きを、捉えられたのは何人いたか。


 しかし、相対するダランは確実にその動きを捉えていた。


(やっぱはえぇなっ!! だがッ……)


 ミラは再びダランの右側へと回り込む。今度こそミラから目を離さず、感覚を研ぎ澄ませたダランはその動きを捉え、大剣で迎撃せんと力を込めた。


 ダランが迎撃する為に踏み込んだことを認めたミラは、自身も全力で踏み込む。


 再び重い音が響き、地面が爆ぜる。ミラはその並外れた脚力で地を蹴り、自身の進む方向を無理やりダランの左側へと修正した。


 その強引で、神業的なミラの動きに、ダランは驚愕を浮かべる。が、今度は対処を鈍らせなかった。


 既に剣を振るう体勢に入り、その動きを容易に変えることは出来ない。だが、ダランはミラと同じように、圧倒的な身体能力に任せて力ずくでそれを覆す。


 踏み込んだ右足を軸に身体の向きを変え、全身で大剣を振るった。


 無理やり振るう方向を変えられたとは思えない程の豪速をもって、大剣は振り抜かれる。だがミラも、それを黙って受けるほど甘くはなかった。


 ダランの動きを見て、この奇襲にも対応されると察したミラはその場でしゃがみ込み、ダランの斬撃をやり過ごしていた。


 ミラは笑みを浮かべ、地に手を突きながらダランを逆立ちの要領で蹴り上げる。が、ダランはそれを、いつの間にか剣から離していた右腕で受けた。


 空気を震わせるほどの蹴り。だがその衝撃を、ダランはしっかりと受け止めていた。


「うぅ……また防がれたぁっ」


「ふう、あぶねぇ。おらよっ!」


 ダランはそう叫びながら右腕を力任せに払う。ミラの蹴り足を払ってバランスを崩させるためだ。


 だがミラは即座に足を引き、その駿足でダランと距離を取った。


「んーっと。次はなにしよっかなぁ?」


 ミラはまるで次の遊びを決めるように、楽しそうに呟く。


「好きにしな。思う存分相手してやるぜ」


 ダランもまた、まるで遊びに付き合うかのように言ってのける。


 ミラはその言葉に、笑みと魔術で応えた。


「あはっ♪ じゃあいくよ? 稲妻(レミラ)っ!」


 ミラが右手を突き出しながら叫ぶ。


 その瞬間、掌から稲妻が飛び出し、空を切り裂きながらダランに迫った。


「ちいっ!」


 ミラのことを自分と同じ近接特化タイプだと考えていたダランは、高速発動の魔術に不意を突かれ、まともに受けてしまう。


 しかしそれは、単発な上にティオのライトニングスピアほどの威力はない。ダランはあっさりと耐え切った。


 だが、それにより一瞬動きを止められた。そしてその一瞬で十分だった。


 ダランが意識をミラへと戻すが、そこにミラの姿は既にない。


「――上ッ!」


 数多の経験と研ぎ澄まされた感覚、そして本能で、ダランは飛び上がっていたミラを捉える。


 ミラはそれでもお構いなしに、空中からダランに特攻した。


 稲妻(レミラ)によって対応が遅れたことで、ミラは既にダランの目前にまで迫っている。


 剣では間に合わないと即座に判断したダランは、剣を捨て、腕を交差させて防御姿勢を取った。


「うりゃあああッ!!」


「ぬんっ!」


 勢いと体重の全てを乗せて繰り出したミラの踵落としを、ダランが真っ向から受け止める。


 両者が激突した瞬間、空気が爆ぜ、ダランの足が少し地面にめり込む。それだけでミラの蹴りの重さと衝撃の程が察せられる。


 ダランの腕を蹴り、地面に着地したミラは本当に楽しそうに笑みを浮かべ、そのまま前のめりに構えた。


 ミラの表情と構えからミラの狙いを察したダランは、同じく笑みを浮かべ、素手のまま、腰を落として迎え撃った。


「やあッ!」


 持前の俊足でダランとの距離を詰めたミラは、そのまま真っ直ぐ蹴撃を叩きこむ。


 ダランはそれを読んでいたように真っ向から受け、そのまま反撃に転じた。


「おらあッ!」


 ミラの蹴撃を左腕で受け、右手の殴打で迎撃する。しかしミラは紙一重で避け、空いた足で蹴り上げる。


 それをさらにダランが受け、迎撃。それをミラが避け、追撃。


 今やダランの動きもミラに劣らず、超高速での近接戦闘が繰り広げられる。


 その打ち合いの一打一打が空気を震わせ、轟音を響かせる。


 ダランはミラの全ての蹴撃を受け止め、ミラはダランの全ての殴撃を避けていた。


「あは、あはははッ♪」


「くははっ! もっとだ! もっと楽しませてくれ!!」


 そこいらの人間にはまともに見ることも叶わない程の凌ぎ合いをする2人は、心底楽しそうに笑いあっていた。


 それが十数秒続いた後、ダランの一撃がミラの身体を掠める。押し負けそうになったミラがすかさず飛び退き、距離を取った。


「うぅ……もう疲れたかも~……」


 ミラは少し体をだらけさせ、肩で息をする。だが限界という訳ではなさそうだ。


「はっはっは、だらしねぇな! まぁもう昇格には十分すぎるほどのもん見せたろ? ここいらで終わってもいいぜ。俺個人としては、もうしばらく戦り合いたいとこだがな」


 一応相手は子供であるが故に気を遣ったのか、ダランが終わりを提案する。その言葉と表情はそれが本音と異なる事を示しているが。


「ん~、でもまだ降参させてないしなぁ……」


 試験前にも降参させてやると言っていたミラだが、あの時と違い、今はその言葉を嗤える者はいない。


 そのまましばらく唸った後、一つ頷き、宣言した。


「うん、決めた。次で最期! 最後にもう一発だけいくッ!」


「ほぅ? まだ何かあるってのか。いいぜ、来な!」


 ミラの宣言に、ダランは再び構えながら応える。


 傍に転がっている剣は取らない。ダランはなんとなく予感していた。剣では間に合わないと。ならば、自慢の肉体をもってそれを受け止めるだけである。


 そして、ミラは力一杯地を蹴った。


(さっきよりも速いッ!)


 ミラは今までを凌駕する俊足でダランに迫る。


 だがそれをも完全に捉え、ダランは迎撃の体勢を取った。


 あくまで試験だとは言っても、ダランはただ攻撃を受けるだけなのを良しとしない。相手の一撃を受け止め、ねじ伏せる。それでこそ“実戦”形式だと考えていた。


 ダランは正確にミラの蹴撃にタイミングを合わせ、左腕で受け止める構えを取る。これまでの蹴撃の威力を鑑みて、これで受けることが可能だと判断したのだ。


 そして、ミラがダランの目と鼻の先まで迫った時、瞬きも許されない一瞬の攻防の中で、ダランはミラの呟く様なそれ(・・)を聞いた。


「……雷迅(トール)


 瞬間、構えた左腕越しに、凄まじい衝撃がダランを襲う。


 それはただの衝撃だけでなく、同時に発せられた迅雷がダランを貫いた。


「ぐっ……あっ……!!」


 ダランは自分の身体が浮かび上がるのを感じながら、己を蹴飛ばした相手を見る。


 視線の先では、右足に稲妻を纏わせ、蹴り込んだ姿勢で残心しているミラの姿があった。








「……っかは……!」


 気付けばダランは地面に転がり、空を見上げていた。


(なんだ? 俺は……何をして……)


「おじちゃん、大丈夫?」


 唐突に声が聞こえる。


 声の方に視線を向ければ、そこには先ほどまで戦っていたミラが、覗き込むようにしていた。


(ああ、そうか。俺は……)


 そこでダランは気付く。数瞬か数秒か、自分は意識を手放していたことに。


 自覚すると、ぼやけた記憶が少しずつはっきりとし始める。そして、自分が目の前の少女に蹴り飛ばされたことを理解した。


 ダランはおもむろに右手、左手と順に握りこみ、力を込めてみる。それは問題なく叶い、身体的に大事ない事を示していた。


(まだ戦える。が……そういう問題でもねぇな……)


 ふ、とダランは自嘲気味な笑みを浮かべ、もう一度ミラの方を見る。


「……くはは」


 自分をきょとんと、のんびりした眼で見るミラに、今度こそ笑みを零した。


 そして脱力して空に視線を戻し、周囲にも聞こえるほどの大声で宣言した。


「――参った! “降参”だッ!」


 その宣言に周囲は静まり返り、一拍置いたのち、歓声に沸くのだった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


いやぁ、書いてて楽しかったですここらへん^^

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