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オーバーセンス  作者: 茜雲
二章 真実を求めて
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フィア VS ダラン -銀槍-

すいません、少しばかり更新が遅れました。


「さて、嬢ちゃん。準備はいいか?」


「いつでもどうぞです」


 フィアとダラン、睨み合う2人に緊張が走る。


「武器はなし、か。嬢ちゃんも魔術師タイプか? いいぜ、先手はやるよ。好きに撃ってきな」


「では、お言葉に甘えて」


 フィアがそう呟いたことを合図に、審査員が試験開始を宣言する。


「始めっ!」


「――吹き荒べ嵐の爪撃、シュトルムナーゲル」


 特に構えもせずただ呟く。そして、それ(・・)が顕現する。


「……なんだよ、ありゃ」


 辛うじてひねり出したようなジルバの声が、言葉を失う傭兵たちの心境を如実に表していた。


 フィアの近くに現れた3つの球体。内部が透けて見えるその球体の中には、嵐が渦巻く。


「……初めて見る魔術だな」


 そう呟いてダランが構える。その雰囲気に、気迫に、戦いを見守る者達は察する。


 あの魔術を迎え撃つ為にダランが本気で構えていると。それほどの、魔術だと。


「行くです」


 フィアがそう呟けば、3つの球体が炸裂した。


 だがそれは爆風を起こす訳でなく、内包するその嵐の一切をいくつもの白く輝く風刃に変え、ダランへと迫る。


「――っ!」


 すぐさま反応したダランはその場を飛び退く。ティオ戦での身体強化がまだ生きており、その速度は迅速だ。


 ダラン(狙い)を外して地面に着弾したいくつかの風刃は、その場に多くの傷跡を残した。その威力はティオのエアストラッシュにも劣ってはいない。


 だが、その数は比べるべくもない。


 地面に沈んだ数発に続き、更なる風刃が軌道を修正しながら飛来し、再びダランへと迫る。


「とんでもねぇなっ!」


 ダランはギリッ、と剣を握りこみ、まるで片手剣の様に大剣を振り回す。


 キィンキィン、と剣同士で斬り合うかのような音を響かせ、迫り来る風刃を弾いていく。


 トロールもかくやというその身体能力で次々に風刃を弾き消すダランだが、その物量に、威力に、少しずつ、その身を切り裂かれてゆく。


「嘘だろっ……! あの旦那を押してるってのか!?」


 ジルバの驚愕を含んだ声が響く。


 その声に応答はなくとも、周囲の人間の表情を見れば同じ心境であることは察せられた。


 だがそれでも、ティオを除いてダランの勝利を疑うものはいない。まだ、この時は。


「っらあ!!」


 ダランが裂帛の気合を発しながら最後の一太刀を振るう。


 それにより、風刃は全てダランの大剣のもと斬り伏せられた、はずだった。


「次、行くです」


 いつの間に詠唱を終えていたのか、そこには新たな風刃の卵が4つ。


 それを形成していたフィアが右手を掲げながら淡々と告げる。それはまるで死刑宣告の様だ。


 それにより戦い見守る傭兵達は、ようやく一つの可能性を脳裏に浮かべた。すなわち、ダランが負けるのではないかと。


 やっとの思いであの風刃を防いだというのに、防いでいる間に新たな風刃の卵が形成される。そんなもの、どうすればいいのか。


「“降参”を宣言すれば、いつでも止めてやるですよ?」


 フィアが右手を振り下ろせば、同時に炸裂する球体。そして再び光り輝く風刃がダランに殺到する。


「――そりゃあ……甘く見過ぎってもんだぜ」


 ダランはそう呟くと同時に、前屈みに構える。そしてダランは、土を蹴った。


 地面を爆ぜさせながら駆け、行く手を阻む風刃はその大剣で切り裂いて行く。


 風よりも速く駆けるダランを捉えられず、風刃のほとんどはダランを素通りして地面を抉った。


 勢いを緩めずに、そのまま風刃の嵐を文字通り斬り抜ければ、目と鼻の先にフィアがいる。流石に意表を突かれたフィアは驚いた表情で硬直していた。


 ダランが剣を振りかぶる。もはや詠唱する時間はない。敵の接近を許した魔術師(フィア)の末路は、敗北ただ一つだ。


 ――フィアが魔術師という小さな(・・・)括りに収まるのなら、だが。


 フィアを殺さない為か、剣脊(けんせき)をぶつけるように振るわれた大剣は、ブォンという風切り音と呼ぶには鈍い音を伴って振り抜かれた。


 だが、“甘く見過ぎ”ていたのはダランだったと、すぐに証明される。


「――っな!?」


 一瞬前までそこにいたフィアの姿が消え、振るわれた大剣は空振りに終わった。


 目の前の人間が消えるなどという非現実を前に、ダランは驚愕を浮かべる。


 そう、フィアのすぐ近くにいたダランには、正に消えた様に見えて(・・・)いただろう。


 だが人が消えるなどありえない。これまで数多の死闘を潜り抜けてきたダランは瞬時に思考を切り替え、その答えへと辿り着く。


「――上かッ!」


 ダランが上を見上げれば、そこには風に乗って空高く舞い上がったフィアがいた。


「身体強化は使っているにせよ、姿を見失う程の速さに、あそこまで飛びあがる跳躍力……。近接戦闘の才能もありそうだが、今回は悪手だな」


 にやり、とダランは笑みを浮かべながら左手をフィアに向けた。


「炎の礫よ、敵を撃て! バーニングブラストォ!」


 ダランの左手から炎の塊が生まれ、フィアに向けて次々と射出されていく。


 その数は十数個。魔術は苦手であるようなことを言っていたが、下位のランクでなら十分魔術師として通用する腕前だ。


 だが、フィアにとってその程度の魔術は児戯に等しい。


「――パルス」


 空中のフィアが呟く様に唱える。


 瞬間、フィアを中心に一陣の烈風が吹き、迫る炎の礫が全て、あっけなく吹き散らされた。




 人前で行使する魔術についてティオ達が相談し、定めた詠唱のルールは大きく2つ。


 1つ。人前ではもちろん、周囲に人がいない時も、可能な限り魔術名は唱えること。


 これはある意味当然である。仮に覗かれても言い訳が出来るように、予防線は必要だ。フィアには不評だったが。


 2つ。シンプルな魔術であれば普段から呪文を省略して構わない。


 例えば防御用、例えば牽制用の魔術に、短いとしてもいちいち呪文を詠唱していては戦闘能力に大きく影響する。故に、呪文の省略についてはティオとフィアは同意見であった。


 そして今しがたフィアが行使したのはその防御用の魔術。正確には技能だが。


 周囲に単発の烈風を生み出す単純なものだが、烈風の威力次第では非常に有用だ。それはつい先ほど証明された。


「やるじゃねぇか。……だが」


 ダランが笑みを浮かべながら剣を構えるその場所は、フィアの着地点。


 苦手な魔術は掻き消されても、鍛え上げたダランの肉体であれば、あの程度の烈風は無視できるだろう。


 その程度、フィアとて承知している。故に、ダランの一手を打ち払うため更なる魔素を練った。


「――穿て、銀の嵐槍、シルヴィムハウアー」


 フィアがそれを唱えた直後、風が渦巻く。


 そしてそれは3つに別れながら形を成していく。


「竜巻っ……!?」


 ジルバが驚きの声を上げる。


 そう、それは正しく竜巻。ティオと戦った時にガルドが使った、あの竜巻だ。


 竜巻は槍の様に真っ直ぐ、ダランに向けて突き進む。


 流石に迎え撃つのは難しいと判断したダランはそれをその場を飛び退き、回避する。


「ったく! 次から次へとっ!」


 文句の様な台詞の割に、その表情には笑みが浮かんでいる。本当に戦闘を愉しんでいる風だ。


 フィアが生み出した竜巻は、ダランを追って軌道を変える。その際に僅かに地面に接触するが、竜巻はその部分を綺麗に削り取った。


「なっ、なんて威力だよっ……! あんなもん食らったら一溜りもねぇぞ!」


 ジルバの悲鳴の様な叫びに、周囲は同調する。


 当然だ、地面を抉るどころか、削り取る様な攻撃を人間が受ければ、どうなるかは自明の理である。


 今それに狙われているのは、ティオに言わせれば“人間とは思えない”レベルの人物だが。


「うおっとぉ!」


 ダランは先ほどの風刃と同じかそれ以上の速度で迫る竜巻を、全て避けていた。


 その身体能力と戦闘技術には呆れるところだが、避けたところで竜巻は引き返して再びダランに襲い掛かる。


「トンデモねぇ威力に、トンデモねぇ魔術制御ッ! ハッ! ほんとに愉しませてくれる奴らだぜ!」


 この状況でも“愉しんで”いるダランも相当だが、状況はそう芳しくない。


 なにせどれだけ避けても追って来るのだ。これをどうにかするには、竜巻そのものをどうにかするか、術者を狙うしかない。


 その術者(フィア)は既に地上に降りて魔術の制御に集中している。


 狙えはするのだが、自身を狙われることはフィアも認識している様で、ダランが近寄れない様、絶妙に竜巻をコントロールしている。


 ならば竜巻そのものをどうにかすれば……と思う人間は少ないだろう。


 あの威力の魔術を粉砕できる魔術などそうはないし、真っ向から剣で打ち破るなど正気の沙汰ではない。並みの使い手では剣ごと細切れにされて終わるだろう。


 だからこそ、次のダランの行動を見て周囲は悲鳴に近い声を上げた。


 3条の竜巻を辛うじて回避したダランは、その場で剣を構える。その視線の先には、己に向けて方向を転換してくる竜巻。


「ダランの野郎ッ! まさか迎え撃とうってのか!?」


 傭兵の誰かが叫ぶ。


 そしてその疑問が正しいであろうことは、ダランの獰猛な表情が証明していた。


「流石にこれを迎え撃つのはきついだろうさ。……このままじゃな」


 迫る竜巻に、ダランは祈るように目を瞑る。集中しているのだ。


 その胆力は流石と言わざるを得ないが、見ようによっては自殺に思えるその所業に、周囲は焦燥を浮かべる。


 囁く様な声量で唱えられた、その詠唱を聞き取ったティオを除いては。


「――もっと力を寄越せ、ブレイクアウト……!」


(――ッ!!)


 瞬間、ダランが魔素を纏う。否、ティオには纏ったように見えたほど、大量の魔素を取り込んだのだ。


 そしてなおも迫る竜巻を前に、ダランはただ剣を振った。


 残影を見ることすら叶わない剣速で振るわれた大剣は、3条の竜巻を同時に切り裂いた。


 切り裂かれた竜巻はフィアの制御を離れ、自身を形成する空気を全て弾けさせた。それは烈風を生み出し、巻き上げた粉塵と共に待機エリアの者達の視界を奪う。


「ぐっ! 何が起きたってんだ!?」


 ジルバを初め、傭兵達のほとんどは状況を掴めていない。唯一ダランの動きを捉えられていたティオも、今は視界を遮られている。


 そして風と粉塵が収まり始め、その先の光景を傭兵達は固唾を呑んで見守っていた。


 視界が晴れた時、そこに見えたのは剣を突きつけるダランと、悔しそうな表情のフィアだった。


「……愉しかったぜ、嬢ちゃん」


「……フィアです。いつか、絶対リベンジしてやるですよ。……――降参です」


 フィアが降参を宣言する。


 それを受けた審査員が終了を宣言すれば、次に発せられたのは傭兵達からの賛辞や声援だった。


「大したもんだ! 嬢ちゃん!」


「惜しかったな! ダランなんてぶっ倒されちまえばよかったのによぉ!」


 笑い声や拍手と共にフィアに言葉が贈られる。


 そんな反応にフィアは今までで一番驚いたような表情をした後、ぷいっと顔を背けてしまった。それによってさらに笑い声が溢れることになってしまったが。


「お疲れさま。上出来じゃないか?」


「イヤミですか。不甲斐ない戦いをしてしまったです」


 周囲から声を掛けられながら、それを無視して待機エリアに戻ってきたフィアに声を掛ける。が、お気に召さなかったらしい。


 自分に厳しいのか、単なる照れ隠しか。


 どちらにせよ、あれだけ頑張ったのだ。もう少し褒めてやらねば。と、ティオはフィアの頭に手を置き、そのまま優しく撫でた。


「……何です?」


「頑張ったな」


 ティオはそれだけを口にし、フィアを撫で続ける。


 フィアは諦めたように、なすがままだった。


「不甲斐ないのは事実です。これでは、まだ父様の隣には立てません」


 たった1週間やそこらでここまで強くなれれば上出来だろうと、ティオは内心で突っ込む。


「……ですので、もうしばらく、お世話になるですよ。ティオさん」


 口調は素っ気なく、されど口元に笑みを作りながら言い放つ。


「はいはい」


 ティオは軽く返事をしてから撫でる手を止め、視線をダランへと向けた。


(それにしても、最後のアレは……)


 ダランが唱え、ティオだけが聞き取れた呪文を思い出す。


(アレの直後、一瞬しか見えなかったけど、ダランの身体能力がさらに爆発的に上がった。身体強化の魔術? 既に身体強化をかけているところにさらに重ねるなんて、聞いたこともないけど……)


 ティオが知る限りでは、同系統身体強化魔術の多重掛けは出来ない。2つめの魔術は無効化されてしまうのだ。


 ティオがやっているように、身体能力の強化と反射能力の強化を併用することは出来る。が、そこにさらに身体能力を強化する魔術は使えない。


 それが常識(・・)、の、はずだった。


(粉塵が晴れたら元に戻っていたし、短時間しか持たない魔術なのかもしれないが……)


 なんにせよ、現状の情報では確かなことは分からないし、本人に聞いて教えて貰えるものでもないだろう。


 つまり、考えるだけ無駄だ。


 故にティオはそこで考察をやめる。が、最後に一つだけ、思い当たる可能性に笑みを浮かべた。


(――もしかしたら、俺と同じ……)


 常識の通用しない、人知を超える能力。それならば説明はつく。そして、心当たり(・・・・)も。


 だがそれでも、確証はない。


 ティオは試験を終えた時のやりとりを思い出す。あの時ダランは、いずれまた機会があるだろう、と言った。


(なら、俺もそれを待つか)


 いずれ訪れるかもしれない,ダランとの再戦に期待を抱き、ティオは拳に力を込めた。


「では、次で最後となります。最後はミラさんです。前へどうぞ」


 前方から、司会であるフェリスの声が届く。


 これまでティオ、フィアと周囲の予想を覆す力を見せつけた。


 次はそのティオパーティの最後の1人。自ずと周囲の雰囲気も張り詰める。


 そして、その最後の挑戦者というと……


「くぴー……」


 寝ていた。先ほどから変わらず。


 何となくイラッとしたティオはミラの傍まで近寄り、力を込めたその拳を思い切り振り下ろした。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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