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オーバーセンス  作者: 茜雲
二章 真実を求めて
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試験官ダラン



「おはようございます、ティオ様。本当に来たんですね……」


「おはようございます。もちろん、Fランクで遊んでいる暇が惜しいですからね。それと、昨日はありがとうございました」


 ギルドを訪れれば、ティオを迎えたのは昨日と同じ受付嬢だった。軽く挨拶を交わしながら、昇格試験について話す。


「……ギルド内でのトラブルはお断りですので。試験を受けられるのはティオ様だけですね?」


「私も受けるのです」


「ミラもーっ」


 フィアとミラが応える。受付嬢としては確認だけのつもりで聞いたのだろうが、予想外の応えに、非難の視線をティオに投げる。昨日私が言ったことを理解してねぇのか、と言わんばかりだ。


「ま、まぁ大丈夫ですから」


「はぁ……、受験者の方はあちらの部屋の中でお待ちください。では、ご武運を」


 わざとらしくため息を吐いた後、受付嬢が奥の扉を指す。


「ありがとうございます」


 礼を言ってその場を後にする。


 指示された扉を開け、中に入る。その部屋の中にいたのは数人の傭兵達だった。


(意外と少ないんだな)


 そんなことを考えながら、フィア達を引き連れて空いているところへ座った。


 空気が張っている。試験前だからか、皆ピリピリしているようだ。流石のミラも、今は空気を読んでいる。


「ねー、試験ってなにやるの?」


 ……なんてことはなかった。


 ミラの言葉に、空気がさらに張り詰める。というか軽く敵意すら向けられていた。場違いだと思われているのだろうか。


 だがそんな空気を吹き飛ばす笑い声が室内に響いた。


「はっはっは! 面白れぇな嬢ちゃん!」


 見れば30代くらいの傭兵だった。その傭兵はどかどかと音を立てながら近づき、ミラの頭を撫でた。


「えへぇー」


 ミラは気持ちよさそうにされるがままにされている。ここいらはフィアとの性格の違いか。


「俺はつい最近傭兵登録したジルバだ。お前らと同じだな」


 そう言ってニカッと顔を綻ばせる。それなりの体格をしているが、威圧感や圧迫感を感じさせないのは彼の人柄によるものか。


「僕らのことを知ってるんですか?」


「ああ、昨日のあの場に、俺もいたからな」


 フィアが馬鹿を吹き飛ばした時のことを言っているのだろう。


 周囲には結構な衝撃を与えただろうから、覚えられていても不思議ではない。


「あれは流石に驚いたな。まさか嬢ちゃんがぶちのめしちまうとは……」


「フィアは……まぁ少し特殊ですから」


 少し答えに悩み、そう告げた。


 あまり追及してくれるなという意味を込めて言ったのを、ジルバは察したようでひとつ頷いて話題を変える。


「名前はフィア、ってーのか、よろしくな」


「ミラはミラだよーっ」


「ティオです。よろしく、ジルバさん」


 警戒しているのか終始無言を決めこんだフィアを除き、お互いに自己紹介を交わしたところで部屋の扉がノックされる。一拍後に入ってきたのはあの受付嬢だ。


「失礼します。時間になりましたので、これより傭兵ランク昇格試験を執り行いたいと思います。御存じの方もいるでしょうが、試験は訓練場にて行われます。試験官は既に準備しているようですので、皆様も移動ください」


「ほう、あのダランが時間通りに準備してるのか。竜でも攻めてくるんじゃないか?」


「まあお気持ちは分かりますが……今回はどうやら随分と乗り気の様ですよ」


「へぇ……」


 一部の者がちらりとティオ達の方に視線を流す。それを向けられている当の本人は知らんぷりだが。


「さて、行くか。ああティオ、お前は訓練場の場所知らないだろ? 連れてってやるよ」


「ありがとうございます、ジルバさん」


 ティオはそう言ってジルバに追従する。


 そして着いた先はギルドの敷地内にある大きな広場。およそ200平方メートル弱だろうか。


 隅には人型の的や武器なんかが置いてあり、まさに訓練の為の広場だ。


「よう! 来たな!」


 突然上がった気勢の方を見れば、ティオの身の丈ほどもある巨大な大剣を背負ったダランが広場の中央で仁王立ちしていた。


「……ダランさんって、ギルドの用心棒かなにかですか?」


「ん? ああ、違うぞ。一応ギルドの職員だが、傭兵だ。ギルド直属ってやつだな」


 ジルバはそこで一旦言葉を区切り、視線を細めながら呟くように告げた。


「……あの人のランクはBだ。見て解かると思うが、コネで獲れたランクじゃないぞ」


「……ええ。解かります」


 今この時も、ダランからは凄まじい気迫が発せられている。受験者の幾人かはそれだけで委縮してしまっているほどだ。


(……昨日も思ったけど、本当に強い。これでランクBか。それ以上のランクの奴はどれほど……)


 ティオが考えているとダランと目が合う。否、ダランがティオを見ていた。


「……怖いのに目を付けられたかな?」


「鏡見ろです。今のティオさん、嬉しそうですよ?」


 隣からそんな指摘が上がる。言われて初めてティオは気付いた。自分が笑みを浮かべていることに。


(ああ……ガルドとの戦いを思い出したかな)


 ティオにとって、あの戦いは生死を賭けた戦いだったが、それを越えた心の奥底で、確かに愉しんでいた。


 今回もあれに近い戦いが出来る。そう思い、ティオが薄く笑みを浮かべながら視線に応えれば、ダランも口角を上げた。


「はい、では私の方から説明させていただきます。試験方法は純粋な戦闘力を測る為の実戦形式、試験官はダランさんが担当します」


「おう、よろしくなお前ら」


 ダランは言いながらその巨大な剣を軽く(・・)振って見せる。ひゅんひゅんと見た目にそぐわない音を立てた後、地面にザッと突き立てた。


「もちろん手加減はするが、獲物は本物だ。間違って死なねぇようにな」


 まるで殺気の様に降り注ぐ威圧に、何人かが体を震えさせる。その中にはティオもいた。


 もちろん、他の傭兵とは違う意味での震えだったが。


「戦闘の内容で昇格ランクの評価を下すのがダランさんと、こちらの2人になります」


 審査員として紹介された男性2人は、軽く会釈する。見た感じで言えば正に事務員と言った風だ。


 不正防止の為の見届け役といったところだろうか。


「試験は受験者が降参するか、試験官が“止め”を指示するまでになります。何かご質問は?」


「はいっ!」


 元気よく手を上げるは、もはや皆ご存じの天然白娘だ。ティオ達はもはや諦めの境地でそれを傍観している。


「えーと、ミラさん? なんでしょう」


「勝ってもいいの?」


 ミラの発言に、数人の傭兵が噴き出した。彼らを責めることは出来ないだろう。


「え……ええ、そうですね。彼に降参と言わせても問題ありません」


 受付嬢の言い分に、傭兵達は腹を抱えて肩を震わせている。視界の向こうではダランが豪快に大笑いしていた。


 もはやミラに対して怒る声はない。何もわからない天然だと思われているのだろう。


 その代わりに、そのミラを連れてきたティオへと非難の視線が突き刺さる。


「ほ、他には質問はありませんか?」


 あくまで冷静に、粛々と試験を進めようとする受付嬢に、ティオは感心と感謝を抱いた。


「では、質問も無いようですので、始めたいと思います。名前を呼ばれた方は進み出てください。まず、1番、ジルバ・シェザードさん」


「お、いきなり俺か。んじゃ、先に行ってくるぜ」


「ご武運を」


 それだけ言って、ジルバを送り出す。


 訓練場の中央にダランとジルバだけ残し、他は少し離れてそれを見守る。


「ジルバ・シェザードか。軍の出身だってな。期待できそうだ」


「高名なあんたにそう言われちゃ、光栄で涙が出そうだね」


 そう言って、2人が剣を構える。後は開始の合図を待つばかりだ。


 そして、合図を担当する審査員の1人が声高らかに宣言した。


「始めっ!」


「せあっ!」


 開始と同時にジルバが距離を詰め、勢いのままにダランを切り上げる。当然、ダランは剣で受け止める。


「むんっ」


 ダランはただ剣で受けただけだというのに、ジルバは顔を歪めた。まるで岩でも切ったかのような硬さだ。


「おおあっ!」


 その痛みにも怯むことなく一瞬で剣を引き、流れるように斬撃を繰り出していく。


 一見力任せの様に見えて、その実、動きに無駄がない。軍で習得した剣術だろうか。


「なかなかやるじゃねぇか」


「そりゃどうもっ!」


 ジルバの事を評価する風なことを口にしているが、2人の実力差は傍目にも明らかだ。


 ダランの方は連続剣舞を難なく捌き切っている。あれだけ巨大な剣を自在に使いこなすのに、いったいどれほどの筋力が必要なのか。


「とんでもないなぁ……」


「ええ、彼は己の力だけでBランクまで登り詰めた強者ですから」


 独り言だったはずのティオの言葉に、応えが返って来る。あの受付嬢だった。いや、今は司会か。


「己の力だけ、ですか?」


「ええ、正規の手順で昇格するには、相当数の依頼をこなさなければなりません。普通は、パーティやクランを組んで依頼をこなすのですが、彼はほとんど誰の力も借りず、己1人の力だけでBランクに昇格するほどの依頼をこなしたのです」


 たった1人、誰とも組まず、という事実にティオは驚く。


 見たところ、性格や気性に問題は無さそうなダランがそうした理由はなんなのか。


 傭兵が互いの秘密や素性を追及するのは禁忌(タブー)だ。だが、気にならない訳ではない。


「もちろん、他のBランクの方々も、その実力は相応のものです。ですが、個人の戦闘力で言えば、ダランさんはAランクにも引けを取らないでしょうね」


「Aランクにも、ですか……」


 ティオは今戦っているダランを見る。戦ってみたいという感情が再び体を震えさせた。


「貴方は……そんなダランさんと戦う勇気はありますか?」


 ティオの震えをどう受け取ったのか、受付嬢が問いかける。


 もし、ティオが勇気(それ)を否定すれば、棄権という扱いになるのだろう。つまりは、最後の忠告だ。


「ええ、もちろん」


 ティオは受付嬢の方を見て、一切臆することなく言い放つ。


 受付嬢は一瞬驚いた表情を浮かべた後、諦めたようにため息を吐いた。


「……そうですか」


「ありがとうございます。気を遣っていただいて……えーと」


「フェリスです。私は忠告しましたよ」


「ありがとうございます、フェリスさん。ええ、忠告は確かに受け取りました」


 聞く気はないですが、と内心で呟く。


 それで会話を終え、再び視線をダラン達に戻した。


 ジルバの体力も限界が近く、決着は近そうだ。


「ちっ……インッパクトォ!」


 連撃の狭間、フェイントで得た一瞬の隙を狙って、ジルバが叫びながらダランの腹部に拳を振るった。


 インパクト、打ち込んだ箇所から衝撃を伝播させる単純な技だが、単純故に扱い易いという大きなメリットがある。


 衝撃を受けたダランが体勢でも崩せば、それは致命的な隙になる、はずだった。


「――ふう。呪文の破棄とは、不器用そうに見えて器用なことするじゃねぇか」


「まじかよっ……」


 ジルバのフェイントを寸前で読み切ったダランは、瞬時に剣を片手持ちに変え、空いた手でジルバの拳を受け止めた。


 それでも魔術の衝撃を受けたはずだが、それも含めて受け止めたのだ。


「どうする? 降参するか?」


「……ああ、降参だ」


 その言葉を合図に2人は剣を降ろした。




「フェリスさん。降参を宣言するということは棄権ではないんですか?」


 試合を見収めたティオは素朴な疑問を隣のフェリスにぶつける。


「ええ、これはあくまで自分の戦闘力を披露する為のものですから。一通り見せ終われば、“降参”して評価は終わり、ということですね」


「なるほど」


 フェリスの答えに、ティオは納得を示す。


 ついでとばかりにもう一つ質問を投げた。


「ところで、どうして実戦形式なんです? 模造剣でも使えばより安全だと思うのですが」


「“実戦”の力を見る試験ですから。それと、危険がないならとりあえず受けてみよう、という未熟な受験者が出るのを避ける為です」


 貴方の様な、とフェリスは目で語る。


 苦笑いを浮かべるティオを無視して、司会へと戻っていった。


「はぁくそっ。ほんと、とんでもないなぁあの人……」


 フェリスと入れ違いにジルバが戻ってくる。汗はかいているが、まだぴんぴんしているようだ。


「お疲れ様です。軍の出身だったんですね」


「ん、ああ。ちょっといろいろあってな。詳しくは聞かないでくれ」


 言いながら座り込む。流石に疲れているようだ。そしてその間に、次の試験が始まった。


「ダランさんは連戦ですか」


「ああ、あの人なら俺らくらい1日中相手出来るだろ」


 それは流石にどうかと思ったが、見たところ汗一つかいていない。少なくともスタミナとパワーは化け物クラスのようだ。


「ところで試験の順番は何の順なんですかね?」


「試験の申請順だと。お前らは昨日申請したから多分最後だろうな」


「そうですか……」


 ティオは早く戦いたいと疼く体と戦いながら、試験が進むのを待っていた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回は短めです。

というのも、今10000字程度で週一更新しているものを、5000字程度に分割して週二で更新するためです。

何度も更新頻度が変わり、ご迷惑をおかけします。

初心者ですので色々と手探り状態です、どうかご容赦ください^^;


さて、肝心の更新日ですが、土曜0時はこれまで通りとして、水曜0時にもう1話更新する予定です。

詳細は活動報告にて


では、次回は9/21(水)0時ごろとなります。

『うたわれるもの 二人の白皇』の発売日ですよ。うたわれファンの方、お忘れなきよう。自分はタイにいるため買えませんが…orz

では、次回もどうかよろしくお願いします。

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