銀の少女、白の少女
「どうかしましたか? ティオさ――わぷ」
銀髪の少女、フィアに手に持っていたローブを投げつける。
「とりあえず、それを羽織ってろ」
「……暑いから断るのです」
「いいから着てくれっ! 頼むから!」
真っ赤になったティオに全力で頼まれ、フィアは渋々といった様子でローブを羽織った。
「これでいいですか」
「あ、ああ……」
何故か少しばかり不機嫌そうなフィアに、ティオが応える。まだ頬は赤いままだった。
(羞恥心がないのか……いや、そもそも感性が違うのか。まぁ魔物とかはずっと裸みたいなものだしな……)
ティオは深く息を吐いて何とか心臓を落ち着かせた。こめかみをポリポリと掻きながら仕切り直す。
「……で。フィア、なのか?」
「はい、私ですよ。見て解からないですか」
「解からないから聞いてるんだよ……」
フィアは少し機嫌を損ねたような表情を浮かべる。そんな表情を浮かべられても見た目で解かれと言うのは無理だ。魔物がどうやって個人を特定しているのかは知らないが、それを求められても困る。
「……エグシスタか」
「はい。おかげさまで、完全に習得出来た様なのです」
ガルドの話では、習得には10年ほど要したらしいが。それだけフィアの才能に溢れているのか、ティオの魔素によるものか。
「大したもんだな。でも装飾品とかはそれぞれの姿で別なんじゃなかったか?」
フィアの首に着けられたリボンを指差しながら尋ねる。
「ああ、このリボンは外れたのです。あっちの姿の時に。あの姿ではどうにも出来ませんので、それでどうしようかと考えていて、試しにエグジスタを使ってみたら……」
「あっさりと成功したと。……ガルドが聞いたらショックで寝込みそうだな」
ミラがエグシスタを使って見せた時も随分とショックを受けていた。あの時はまだ不完全だったが、今度は本人が言うには完璧に習得したらしい。どんな反応が返って来るか気になるところではある。
「父様はそのようなことでは寝込みはしないです」
やけに熱の籠った目で力説される。それで、そういえばよくガルドにくっついていたなと思い出した。
当人の前では素直になれなかったようだが、随分慕っているようだ。残されたたった一人の家族であるし、当然か。
「分かった分かった。とりあえず、服だな。明日ミネアに見繕って貰うか」
距離を取ると決めた手前、早くも頼ってしまうのは情けない話だが致し方ない。年頃の娘の服を調達するなど、年頃の男子には荷が勝ちすぎる。
(まぁ些細な交流だけで目を付けられることも無いだろ。散々世話になったんだ、挨拶ぐらいはしておきたいしな)
「服、ですか。暑苦しいのは苦手なのですけど……」
「慣れろ。ここでその姿でいる限りはそうしないと、面倒過ぎて説明できないほど面倒なことになるぞ」
フィアも頭では分かっているのだろう。嫌そうな表情を浮かべながらも、ティオの言葉に頷いた。
「ところで、ミラはどうしたんだ?」
部屋を見渡すが、それらしき毛玉は見当たらなかった。フィアはここに居るし、昨日さんざん言い含めたので抜け出したということは無いだろうが。
「あの子ならそこです」
フィアがベッドモドキの向こうを指差す。ティオが覗き見ると、白い物体が壁との僅かな隙間で寝息をたてていた。
「暗くて狭いところが気に入ったのか。魔物っていってもここらへんはやっぱ兎と同じなのか」
「いつもこうだと可愛いのですけどね」
フィアも覗き込み、呆れた口調でそんなことをのたまった。フィアから発せられた意外な言葉に、ティオは思わずフィアを見る。
「――? ……っ!? ち、違うのです! 普段と比べたらという意味でっ……!」
赤くなりながらも必死に何かに言い訳するフィア。ティオは一瞬面食らったが、微笑ましくなって思わずフィアの頭を撫でた。
「ふぇっ!?」
「わかってるから」
「ぜ、ぜったい、わかってないのです……」
相変わらず頬を赤く染めたまま、フィアは不機嫌そうにそっぽを向き、なすがままに撫でられていた。
「んじゃ、俺ら寝るか。フィアはその姿で寝るのか?」
「は、はい。そのつもりなのです。その方が訓練にもなりますし」
「そか、んじゃそのベッド使っていいぞ」
「何故です? 今までは床で寝てたですよ?」
「その寝方は人間の身体には負担が掛かるんだよ」
「不便な体なのです……」
そう言い捨てながらベッドに潜り込む。そのやり取りに妙な疲れを覚えながら、ティオは床に寝転んだ。
「何故そっちに? 一緒に寝ればいいです」
「いやそれは……」
ここでも感性の違いという壁が立ちはだかる。魔物とはいえ、少女の姿のフィアと同衾するのはティオにはキャパオーバーだ。
「人は……2人一緒には寝ないものなんだよ……」
嘘は言っていない。一部の人間を除けば一人で寝るものだ。
「そんなものですか。なら私が床で寝るのです。昨日まではそうでしたし」
「い、いや、俺は床で寝るのが好きだから……」
「さっきと言ってることが違うです」
正論だった。
「いいんだよ! 男ってそういうものなんだ!」
「面倒くさい生き物ですね」
まさかこんな所でその台詞を言われるとは思っていなかった。ティオは謎のショックを受け、頬をひくつかせた。
「……いいから寝るぞ」
「はい。おやすみなさいです」
「ああ、おやすみ」
言いながら、床に寝転ぶ。すると、頭上から毛布が降ってきた。
「毛布は要りません。ローブもありますし、暑いのは嫌いなのです」
それだけ言って、ベッドに身体を預けた。不器用な気遣いに、ティオは微笑む。
「ありがと」
「……」
フィアは答えない。早くも寝入ったのか、照れているのか。ルミナ・ロードがあるティオには丸分かりだったが。
(そういえば、さっきまで陰鬱な気分だったのにな……)
いつの間にかそんな気分はどこかへいってしまった。
ティオはもう一度笑みを浮かべ、微睡に身を委ねた。
「ああティオくん。おはよー」
「おはよう。ミネア」
翌朝、ティオはミネアの店に赴いた。ミネアが店に居るかどうかは分からなかったが、運よく居てくれたようだ。
「ミネアにちょっとお願いがあるんだけど」
「ティオくんからお願いなんて珍しいね。お礼の時もあれだけ遠慮してたのに……。いいよ、聞かせて?」
「ありがとう。実は、ミネアに服を見繕って欲しいんだ。下着も」
「…………ふにぇっ!? い、いやいや、服ぐらいならいいけど、いやよくないけどっ! せめて下着は自分で選んでよ!」
「あ、ごめん。僕のじゃなくて、女の子のを見繕って欲しいんだ」
「あ、ああそういう事、それならそうと…………女の子?」
瞬間、時が凍りつく。そしてそれをぶち破るかの如く、力一杯ティオの胸ぐらを掴みあげた。
「ちょっとティオくんっ、どういうこと!? 攫ってきたの!? 昨夜の事はこの胸にしまっておくつもりだったけど、一人の女の子としてそれは見過ごせないよッ!!」
「い、いや何を誤解してるのか知らないけど落ち着いて! 説明……説明するからっ!」
「ふぅん? 貧民街で拾った女の子ねぇ……」
ミネアが訝しそうな目でティオを睨めつける。
ミネアにフィアのおおよその身長や体格を伝え、適当に服を見繕って貰った。今はティオの宿に向かっているところである。
「誓ってやましい気持ちなんてないから……」
「だといいけどねっ」
ミネアはまだ疑っているようだった。ティオはため息を吐きながら、先ほどから気になっていたことを尋ねることにした。
「……気付いてたんだね、昨日の事」
「……そりゃあ、別れ際あんな顔されたら、ね。今朝事件の知らせを聞いて、流石に驚いたけど」
「僕が怖くないの?」
「私が知っているのは、優しくて、遠慮がちで、女の子にだらしないティオくんだけだよ」
「最後のは誤解だってば……」
か細い声で反論をしながら宿の戸を潜る。
「――ありがとう。ミネア」
「……別に服くらい、構わないよ」
分かっているだろうに、分かっていないフリをするミネアに笑みを浮かべながら、部屋の戸を開けた。
「あ、お帰りなさいです」
そこではフィアがミラと戯れていた。全裸で。
緩んだ雰囲気が再び張り詰める。
「なっなっ、なんで裸なのッ!?」
「だって暑いですし……」
ティオは頭を抱えた。
ギッ、とティオを睨めつけるミネア。その眼はティオに対する非難で溢れていたが、この状況を何とかする方が先と判断したようだ。
「ティオくんは出てって! 早く!」
僕の部屋なのに、という反論は飲み込んだ。危機察知能力が全力で警笛を鳴らしていたので。
返事をするより先に部屋を出る。直後、部屋の中から怒号が聞こえてきた。
「あなたッ! 女の子なんだから服ぐらいちゃんと着なさい!」
「いえ、服なんて今まで着てなかっ――」
「そんな訳ないでしょう! ああもう、いいからこっちに来なさい! 服着せてあげるからッ!」
「は、はいです……」
さしものフィアも、ミネアの謎の威圧と勢いには勝てないらしい。ガルドやゼノスに負けずとも劣らない圧力である。無理もない。
ティオは扉の外で密かにガッツポーズを決めていた。そのままフィアに常識というものを植え付けてやって欲しいと思っていたのだ。
「肌と擦れてこそばゆいです……」
「我慢しなさい。すぐ慣れるから」
ティオは扉の向こうの状況に冷や汗をかきながら安堵を浮かべる。何とか服は着てくれているらしい。後はそれを習慣付けないといけないが。
「だいたい、同年代の男の子にはもっと警戒しなさい。裸で迎えるなんて……恋人や夫婦でもしないわよ」
ぐちぐちとミネアが呟く。自分で言ってて照れたのか、最期の方は声が小さくなっていった。
「警戒も何も、ここしばらくはずっとティオさんと一緒に居ましたから、今更なのです。そもそも、裸なのも今更ですし……」
「……ティオくぅん?」
一旦は落ち着いたかと思われた雰囲気の室内に、爆弾が投下された。そしてティオは扉越しにゼノスやガルド以上の殺気を叩きつけられる。
「あとでゆぅっくり、聞かせてね」
「……はい」
頷くしかなかった。他にどうしろと言うのか。
「きゅー……」
僅かに空いた扉の隙間から、ミラが抜け出してくる。どうやら中の空気が耐えられなかったらしい。
ティオはミラを抱き上げ、二人して体を震わせながら、嵐が過ぎるのを待っていた。
「入っていいよー」
部屋の中から声がかかる。ティオはおそるおそる扉を開けた。
「し、失礼しまーす……」
「きゅいー……」
戦々恐々とした態度で室内に入るティオとミラ。そこで、フィアの格好を見たティオは思わず感嘆の声を上げた。
「――へぇ……」
水色を基調にした服は綺麗な銀髪とよく合っている。ゆったりした半袖に、膝上までのスカートは涼しげで、今の季節にも合っていた。少々子供っぽい感じだが、小柄なフィアには丁度良い。
そして肩まで流すだけだった銀髪は、その一部をフィアにプレゼントしたあのリボンを使ってサイドテールに纏められている。
「大まかな特徴を聞いてただけだったから、あんまりアクセサリーの類は持って来なかったんだよね」
「いや、十分だよ。よくあれだけでここまで可愛く仕立ててくれたもんだよ」
「可愛い……です、か?」
フィアが可愛いという言葉に反応して、会話に割って入る。確認の様にティオを見上げ、問いかけた。
「ああ、可愛いよ」
「……そですか」
言いながらフィアを撫でると、フィアは適当な返事だけを返してそっぽを向いた。
「ふふっ。よかったね。あ、そういえば、貴方の名前は?」
まずい、とティオが反応するも、それは少しばかり遅かった。
「私です、フィアですよ。ありがとうございますです、ミネアさん」
「フィア……ちゃん? ってあれ? わたし名前教えたっけ?」
あー、と頭を抱えるティオをよそに、フィアが次々に暴露していく。
「2日前に聞いたですよ? あの森のところで」
「――え、……え?」
混乱も最高潮といったミネアがティオの方を見る。
「……そう言えば、フィアちゃんは? ……猫の。それに見覚えあるとは思ったけど、このリボン、フィアちゃんにプレゼントしたのと同じものだよね?」
スッとティオは顔を背ける。おそらく、ミネアの中では答えは出ているだろう。常識が邪魔をしているだけで。
どうしたものかと考えるが、選択肢は一つしかないことに気付く。
(どうせ何を言っても、答えは出ちゃったようなものだし、仕方ないか)
ティオは最近癖になりつつあるため息を吐き、ミネアに話をする為に座るよう促した。
「フィアちゃんが……魔物……。人間の姿に化けてる……?」
「そうだよ。まぁ信じられないだろうけど」
普通に考えて信じられる訳がない。ティオとて、実際に見なければとても信じられなかった。そう、逆に言えば、見せればいいのだ。
「フィア、戻れるか?」
ティオの言葉にフィアはこくりと頷き、次の瞬間光に包まれた。
「――フィア、ちゃん?」
「んにゃ」
光の中から現れたのは、ストームタイガーの姿のフィア。これで信じられる、信じるしかない。
「大丈夫?」
白々しいとは思いつつ、声をかける。
「あはは……大丈夫、ちょっとびっくりしただけ……」
青い顔で言われても説得力がない。ショックを受けるのも当然だろう。これはある意味、人間社会を脅かす出来事だ。魔物がそこらを徘徊していても気付けないなど、悪夢でしかない。
「あー……。これは自称100年以上生きたっていう大魔物から聞いたんだけど」
「――?」
ミネアが疑問符を浮かべながらティオを見上げる。
「魔物がわざわざ人間の姿になるなんて滅多にないってさ。そもそもコレを使える魔物も数少ないらしいし、人間の街なんて、共存目的でもなけりゃ行かないらしいよ」
その言葉を聞いてミネアが少し安堵したように息を吐く。どこまで信じてくれたかはわからないが、気休めにでもなれば十分だろう。
悪魔種のことはわざわざ言わなくていい。余計な不安を与えるだけだ。
「――ありがと。よく考えたら今までそんなの聞いた事ないし。ないっていうことは、そういうことだよね。それに、フィアちゃんやミラちゃんみたいな可愛い娘なら大歓迎だよ」
言いながらフィアとミラに抱きつく。僅かに肩が震えていた。
強がりなのは丸わかりだが、ミネアはいつまでも引きずるタイプじゃない。じきに治まるだろう。
「あ、そうだ。ミラちゃんも人の姿になれるの?」
「うーん、どうだろう。一度はなれたんだけど、不安定みたいで……」
ちらりとミラに視線を投げる。受け取ったミラはミネアの腕から飛び出し、フィアと同じ光を発した。
「ティオーッ!」
光の中から見覚えのある白髪の少女が飛び出し、そのままティオに抱きつく。そのまま……裸の姿で。
「ミ、ミラ!? ちょっと!?」
「――ティオくん?」
ミネアからの冷たい視線がティオに突き刺さる。状況的にティオは悪くないはずなのだが。
ティオの頬が赤く染まっていく。ミラの格好もそうだが、小柄なフィアと比べて大きいのだ。体躯や、他がいろいろと……。
「あ、貴方……いや、ミラちゃん! 離れなさいっ!」
「やーっ」
子供かっ、という突っ込みをする余裕は今のティオには無い。
「ミラ……離れてくれ」
「えー……はぁい」
ティオの言葉には素直に応じる。これまでの経緯があるからか、素直に慕ってくれているようだ。
「ミネアー♪」
「わきゃっ!?」
ならばミネアだ、と言わんばかりに今度はミネアに抱きつく。随分な甘えたがりのようだ。
少々不機嫌そうだったミネアも、こうも純粋な好意を向けられると弱いようで、苦笑しながらミラを撫でていた。
「――でも、服は着ようねー」
「やーっ!」
そして再び降り広げられる戦いを尻目に、ティオはそっと部屋を出た。
「一応大き目のサイズ持ってきておいて良かったよ」
ミネアが用意してくれたのは動きやすいスポーツタイプの服。落ち着きのないミラにはぴったりだった。
リボンを着けたまま人の姿になった為、今はリボンを着けていない。折りを見てティオが着けてくれるという話になった為、ミラは喜んで了承した。
「わーいっ!」
「子供みたいだねぇ」
正しく子供の様に部屋をはしゃぎまわるミラを眺め、ミネアがぽつりと零す。ティオも概ね同意見だ。
身長はティオやミネアとそう変わらないのに、その仕草は幼い。それもミラらしいと言ってしまえばそれまでだが。
(まぁガルドが言うには生まれて数か月かそこららしいからなぁ……)
実際幼いので、責める謂れはない。生まれは近いはずのフィアと比べると少々あれだが。
と、考えていると突然、ぽんっという間の抜けた音と共にミラが兎の姿に戻った。
ティオ達が突然の事態に困惑していると、人の姿に戻ったフィアが近付き、ミラと抱き上げる。
「まだまだ未熟なのです」
「きゅぅ……」
フィアの腕の中でミラが残念そうな声を上げる。大事では無いようで、ティオ達はほっと安堵の息を吐いた。
「人の姿で居続けるのは消耗が激しいのか?」
「いえ、姿を変える時には多少消耗しますが、一旦なってしまえば維持は大したことはないです。別の大きな消耗があれば別ですが。まぁこの子のは単純な練度不足です」
言いながら、ミラの頭を撫でる。ミラは気持ちよさそうに喉を鳴らせた。
「なんか、姉妹みたいだね。フィアお姉ちゃんかな?」
ちょうど、ティオも同じことを考えていた。当のフィアは頬を染めながら心外だと言わんばかりに声を荒げる。
「はい? ありえないのです。そもそも私達は同じ種という訳でも――」
そこでフィアが硬直する。視界にミラが入ったのだろう。“姉妹”という言葉に反応して、きらきらとした眼でフィアを見上げるミラが。
「うなっ……」
フィアも、ミラの無邪気な好意には弱いようだ。案外、ミラはこのメンバーをコントロールする存在になるかも知れない。
「じゃあ、私は戻るね」
「うん、今日はありがとう。でも服貰っちゃってほんとにいいの?」
「いいの。ティオくんへのお礼、安すぎだったしね。私からフィアちゃんたちへのプレゼントってことで。でも2着目以降はティオくんがプレゼントするんだよ?」
「ははっ、分かってるよ」
「じゃあね。またお店に来てね」
「ミネアさん。服、ありがとうございました」
「きゅいー」
それぞれが別れを告げ、それを受け取ったミネアは手を振りながら店へと戻っていった。
(あ、しばらく距離を置くって言うの忘れてた……。まぁいいか、どうせすぐミラ達の服は買わないといけないんだし、その時にでも)
「ティオさん、この後はどうするのです?」
「ん? とりあえずちょっと行きたい場所がある。悪いけど、また部屋で待機しててくれるか?」
「そうですか……」
分かり易いほどしょぼんとするフィアに苦笑し、慰めるように頭に手を置く。
「明日、王都見学に連れて行ってやるよ」
「――! はいです!」
部屋で退屈だったのだろう、フィアが嬉しそうに返す。腕の中のミラも嬉しそうに鳴いていた。
「随分と静かだな……」
ティオは再び富裕街に訪れていた。目的は言わずもがな、クルーガーから聞き出した協力者、ディノ・ライセンである。
そしてそのディノ・ライセンの館だが、特に変わった様子はない。
(昨夜の事件は耳に入っているはずだ。なのに何故、こうも警戒せずにいられる……?)
イワン・クルーガーの件は、王都でも結構な騒ぎになっていた。警備も憲兵もあっさりと突破されたという内容もさることながら、犯人が捕まっていないのだ。犯人の目的も不明瞭な為、今は王都、特に富裕層は軽く恐慌状態である。
故に、無関係な貴族や富豪も、その多くが警備体制を厳重化している。だというのに、実際に被害者と通じているディノ・ライセンが、警戒している様子が見られないのだ。普通なら最大限の警戒態勢を敷いてもおかしくない。
(クルーガーの虚言だったか? いや、虚言を言っている気配はなかった。なら……誘いか?)
警備が手薄の様に見せかけ、自身を狙わせてのこのこ現れたところを捕える。奇しくもティオと同じ手口だ。
(だとしたら、流石にこのまま行くのは危険か。そもそも本当に誘いなのかもわからないし……少し探ってみるか)
「ディノ・ライセン? 確か少し前に王都を出たはずだ」
「そうですか……」
何のことは無い。今は不在だったというだけだった。それが真実かどうかはさておき。
ここは王都のとある酒場。傭兵達がよく利用している酒場だ。そういうところには自然といろんな情報が集まるものだ。そしてそれを生業にする者も、いる。
いつも決まった席に座っている怪しさしかない男。いわゆる情報屋というやつだ。無論、ラステナから聞いた事である。
「ところで、出かけたのはいつ頃ですか?」
「今朝のはずだ」
(今朝……行動が早すぎる、か? クルーガーの件を知って即座に逃げたか、知る前に入れ違いになったか。或いは……)
「行先や、詳しいことを知りたいのなら調べるが……」
情報屋はそこで言葉を区切る。その含むところは言うまでも無く、対価だ。そして、ティオにそれを断る選択肢はない。
「お願いします。行先や、可能ならその行程、それから……本当に王都を出たのかも」
「……金貨1枚だ」
法外な金額だ。ティオ達が泊まっている宿が銅貨5枚で、その20倍の価値。だが情報屋はそれだけの価値があると踏み、事実、ティオはそれを断れない。この辺りは情報屋として流石の嗅覚とでもいうべきか。だが、だからこそ信用に値すると考えることも出来る。
ティオは財布から金貨の半額分、小金貨1枚を机に置き、告げる。
「残り半分は情報を受け取った時に」
「……いいだろう。3日後のこの時間、この場所だ。それと、この場の清算もだ」
小金貨を懐に入れると、それだけ告げて情報屋はさっさと店を出て行った。ついでとばかりに酒代を払わさられたが、その強気な態度は、仕事に対する自信の表れでもある。
「子供相手にも容赦ないなぁ」
苦笑しながら呟く。そして予想以上の出費にため息を漏らした。
「……金策が必要か。どのみち長期戦になりそうだし、いい機会だな」
ミネアに貰った金は、情報屋での支払いでほぼ底をつく。とりあえず支払いは後回しにはしたが、早急に金が必要だ。
そして、身元不明の人間でも出来て、すぐに稼げて、ティオに、ティオ達に向いた仕事と言えば、1つしかない。
「傭兵登録、するか」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
さて、次回はいよいよ異世界ファンタジーに欠かせない(個人的主観)、冒険者要素が出てきます!
王道から超展開まで、色々出来ればいいなと思っています。キャラも増やしたいですしね。
それから、ご存じの方もいるかもしれませんが、執筆の合間に書いた『転生古龍の遊者道』という小説を新たに投稿しました。タイトル通り異世界転生モノで、気軽に読めるものに仕上がっているので、気が向いたらご一読どうぞ。下部にリンクがあります。