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オーバーセンス  作者: 茜雲
二章 真実を求めて
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敗北

 夜の闇に紛れてティオを襲う、死を纏う一撃。だがそれがもたらしたのは、首筋の触れるひやりとした感触だけだった。


「……言ったでしょ、やりあうつもりはないって。寸止め(これ)で信用してくれないかな」


 頬から滴る冷や汗が、首筋の剣に伝わり、血の代わりに剣を濡らす。ティオが歯を食いしばりながら頷けば、男は実にあっさりとその剣を引いた。


「少し驚いたよ。あの数のストーンバレットもそうだけど、無詠唱でのライトニングスピア。うん、初めて見た時から強いとは思っていたけれど、思った以上だ」


 そんな、訓練でもしていたかのような感想に、息一つ乱れないその立ち振る舞いに、ティオは理解した。敗けたのだと。疑う余地など無く、完全完璧に、自分を超えられたのだと。


「……何者なんだ……あんた」


 掠れながらも辛うじて声を捻り出す。自分でも無駄と知る質問。しかし、問わずにはいられなかった質問だ。


「名はゼノス、家名は秘密だよ。年齢も趣味も居住地も秘密だね。あ、好きな物はかわいいものかな?」


 どこまでもふざけた口調と態度の男、ゼノスにティオは苛立ちを募らせる。それでも頭は冷静だった。


(あの魔術に身体能力、戦闘の技術。人間業じゃない。ともすれば、俺に近い(・・・・)存在かも知れない……)


「あんたは、あそこで何をしていたんだ?」


「……まぁどうせ感付いているだろうから言うけれど、クルーガーさんからとある依頼を受けていてね。依頼内容は当然教えられないよ」


 予想通りの答えだ。思わず聞いてしまったが、まともな答えが返ってくるとはティオも思ってはいない。秘密の厳守は取引を交わすものとして当然。あのザンギですら、核心的なことは口にしなかった。


「さて、次は僕が質問しようか。君の質問をそのまま返そう。君は、何者だい?」


 そう、僅かな威圧を含んだ問いかけに、ティオは答えに窮する。目の前の男がマグナー商会を襲わせた連中と関わりがあるのならば、ティオ・マグナーであることを知られるのは拙い。


 どうしたものかと悩んでいると、ゼノスは突然笑い出した。


「……ははっ、冗談だよ。詳しく聞くつもりは無い。僕に向けての妙な視線を感じたから聞き出しに来たけど、その様子じゃ僕に用があるわけじゃなさそうだし、クルーガーさんの関係かな」


 ティオの答えを聞かず、一人納得して続ける。


僕ら(・・)は基本的に同業者に対して不干渉だ。喰い合う関係でもない限りね。そして、僕のクルーガーさんとの取引はつい先程完遂した。つまり、君がクルーガーさんに何をしようが、僕には関係ないわけだ」


 そんなことを言ってのける。取引相手に対して不義の様にも思えるが、無闇に敵を増やさないための処世術だ。


「という訳で、僕は行くよ。ちなみに、僕はあの宿は今日が最後だからね、気にせず泊まるといい」


 言いながら背を向ける。最後までゼノスのペースだ。


 ティオは内心で安堵する。文字通り、九死に一生を得た思いだ。それほど、力の差は圧倒的だった。


「あ、そうだ。最後にせめて名前だけでも教えてくれないかい?」


 思い出したように、ゼノスが振り向いて問いかける。ティオは一瞬緩みかけた緊張の糸を再び張りつめる。


「……必要ないだろう。あんたとはこれっきりだ」


「いや、君とはまた会うよ。確実にね」


 そう、確信めいた口調で告げる。その言葉にティオは訝しそうな表情を浮かべたあと、薄く笑みを作りながら応えた。


「それなら、その時にでも教えてやるよ。会えればな」


 そう返されるとは思っていなかったのか、ゼノスは目を見開いて驚いた表情を浮かべる。そして一拍置いた後、たいそう愉快そうな笑い声を上げた。


「――あはははっ! やっぱり君はおもしろい! それも思った以上、期待・・以上だよ」


 警戒を続けるティオをよそに、ゼノスはひとつ頷いて話を続ける。


「うん、分かった。なら君の言う通り、名前は次に会った時の楽しみにしておくよ」


 言いながら再びティオに背を向け、歩き出す。


 その姿が闇に消え、最後に夜闇の向こうからゼノスの声が届く。


「じゃあね。あの兎ちゃんと猫ちゃんによろしく」


 その言葉を最後に、ゼノスの気配が消えた。


 その姿と気配が消えてからも、ティオはしばらく警戒を緩めず、闇の向こうを睨み付けていた。


「…………行った、か。――はぁああぁ……」


 深く、深くため息を吐き、近くの木にもたれ掛かる。張りつめた緊張と警戒の糸をようやく弛めた。


「ほんと何者だよ……あいつ」


 何も、出来なかった。する前に、終わらされた。


 おそらく、生成した魔素を使って詠唱破棄した魔術でならば、地力は対抗出来る。問題となるのは、戦闘の、特に対人戦の……経験。


 つい最近まで普通の商家の子息でしかなかったティオには無いに等しく、ゼノスの様なおそらく裏稼業の人間には事欠かないモノ。


「……ならないとな……もっと、もっと強く……!」


 別にその手の稼業に就くつもりはない。だが、マグナー商会を襲った悲劇には黒い影が見え隠れしている。


 ティオの目的を果たそうとするならば、おそらくこの先もゼノスの様な人間と相対することになるだろう。その時にティオが今のままであれば、次こそは首を落とされる。


 ぐっ、と拳を握り混む。強くならねばならない。死なないために。目的を果たすために。


「……戻るか」


 体力を使ったわけではないが、ゼノスとのやり取りで少し乱された(・・・・)。潜入に向いている心境とはとても言えない。


 とりあえずは王都での商会の状況を確認出来ただけで良しとして宿に戻った。








「やぁ。さっきぶりだね」


 宿に戻ると出くわしたのは、ついさっき殺されかけた相手だった。悪戯が成功した子供の様な笑みが素晴らしく神経に障る。


「……なんでいる?」


「言ったでしょ? 今日泊まるのが(・・・・・・・)最後だって」


 頬をヒクつかせながら問いかけるティオに、にんまりと笑みを浮かべてゼノスは答えた。


 確かに今日が最後だとは言った。だが話の流れや言い方を鑑みると今日宿を引き払ったのだと思わせる言い方だ。わざとそういう風に言ったのだろうが。


 ティオは自分を殴り付けたい想いだった。


 ゼノスがわざとそういう言い方をしたとは言え、それに騙されたのは自分だ。そもそも直前まで殺し合いをしていた相手の言葉を信じた時点で軽薄だった。


「はははっ。ねぇ、さっきした約束、覚えてる?」


 心底愉快そうに笑みを浮かべるゼノスを、全力で殴りたい衝動に刈られる。どうせ避けられるだろうが。


「…………ティオ」


 迷った末、名を告げる。


 流石に家名は告げない。マグナーの名はそれなりに有名である為にティオの境遇を容易に想像出来てしまうからだ。そもそもゼノスも名乗っていないので名乗る義理もない。


 名前だけならばミネア達にはもう告げているし、この先も商会の件に関わる者以外に隠すつもりもないのだ。ゼノスであれば、調べればすぐにわかることだろう。むしろ、いっそこの場で明かした方が良い事もある。


 ティオは名を告げながら、ゼノスの反応を観察する。ティオの名に反応を示すようであれば、対応を考えねばならない。最悪、勝ち目が薄くとも戦う必要がある。


「ティオ君か。よろしくね」


 言いながら、右手を差し出してくる。


 ゼノスの反応に不自然なところはない。マグナー商会の件とは無関係なのか、関係はあるがティオの名を知らないのか、或いは演技か。


「握手には応えてくれないのかい?」


「……よろしくするつもりはないからな」


 ルミナ・ロードは“不自然”を見抜く。それは演技も例外ではない。相手に多少の動揺や虚偽があれば、多少なりとも呼吸などの表面に現れるが、ゼノスにはそれが見られない。


(関係は、ないのか……?)


 無論、今度こそ無条件にゼノスを信じるつもりはない。この男ならば内心を誤魔化す術も持っていそうだ。


「そうか。残念だ」


 あっさりと差し出した手を戻す。この男は得体が知れない。距離は取るべきだろう。


 ティオはゼノスの横を通り抜け、自室へと向かう。が、ゼノスのそれに追従した。


「……なんでついて来る」


「ティオ君には振られちゃったからね。あの兎ちゃんと猫ちゃんに癒してもらおうかと思って。可愛いものが好きだって言ったでしょ?」


 確かに言ったが事実かどうかも怪しい。いや、そもそもそんなこと関係なくミラとフィアと会わせる義理は無い。


「知るか。関係ない」


「ちょっと触らせてくれたら大人しく自分の部屋に戻るから」


「信用できない」


 二人は言い合いながら廊下を進む。実力でゼノスを排除出来ない以上、口で断り続けるしかないのだが、ゼノスは首を縦には振らなさそうだ。


(どの道、宿は変えるしな。支度している間だけ好きにさせるか。流石に宿を出てまでは追ってこないだろう)


 ゼノスが何を企んでいるのかは分からない。何も企んではいないのかも知れないが、それは楽観だ。


 とは言え、何かを企んでいたとしても、なすがままにさせるつもりはないし、向こうもそうは思っていないだろう。こんな場所では強硬策にも無理がある。


 ゼノスは知らないだろうが、ミラもフィアもそれなりの実力者だ。一方的にどうこうされるということは無い。下手に敵対するよりはある程度好きにさせた方が得策だろう。


 などと考えながら、半ば諦めの境地を持って部屋の戸を開いた。


「ただい……ま……」


 部屋の中は静かだった。物音一つしない。誰もいないかのように。


「あれ? あの子達はどうしたんだい?」


 ゼノスがティオの後ろから誰もいない部屋を覗き見る。そう、誰もいない。


(絶対出るなって言っておいたのに……。攫われた? いや、初見ではただのアルミラージと猫だし、あいつらが何もせずに攫われるとは思えない。ゼノスほどの相手ならともかく……)


 考えながら、後ろで困惑するゼノスを見る。その視線に、ゼノスは首を傾げた。


(……ないか。理由も無いし、もしそうなら今ここでこうしている時点で不自然だ。と言うか……)


 一応攫われた可能性について考えてみたものの、考えれば考えるほど、別の可能性しか思い浮かばない。すなわち、2匹が軽い気持ちで勝手に外に出たと。


(部屋から出た時の反応もあれだったし、嫌な予感はしてたんだよなぁ……)


 頭を抱え、どうするかを考える。


 2匹を捜すといっても、あても無くこの広大な王都を捜し歩くのは難しい。かといって、土地勘も無いはずの2匹がここに戻って来られるとは限らない。


(……とにかく、捜しに行くしかないか)


 待っていて状況が改善する可能性が低い以上、外に出て直接捜すのが現状打てる最善策だろう。そう判断し、ティオは踵を返した。ゼノスを無視して。


 宿から出る。何かと煩いゼノスも付いて来るかと思ったが、宿に残ったようだ。


「まぁ明らかな面倒事には関わらないか。それより早く捜さないと。この辺りは金になりそうなものは手当たり次第に手を出すからな……」


 アルミラージはペットとして売れるし、フィアは猫としては一風変わった風貌だ。猫ではないから当然だが。


 この貧民街では、少しでも金になりそうなもので、持ち主不明のものがあれば1時間と持たずに消えるだろう。今回の場合はあの2匹だ。


 しかし問題は別にある。なぜならあの2匹は高い戦闘力を持ち、ついでに人間社会の知識も常識もない。つまりは、悪意を持って近づいた人間を返り討ちにしないか、だ。


 ……いや、するだろう。特にフィアが。なればこそ急がなくてはならない。自業自得とはいえ、犠牲者を出すのは忍びない。


「あいつら、と言うかミラは食べ物とかの匂いに釣られそうだな。あとは人の多いほう……大通りの方に向かって捜してみるか」


 ため息を吐きながら、ティオは大通りの方へと向かっていった。











「やぁティオ君。何度も会うね、今日は」


 大通りでティオを待っていたのはそろそろ見飽きたゼノスの人を食ったような笑み、そし

て、2匹の毛玉だった。


「お前ら……!」


 思わず2匹に苦言を呈そうとしたティオだったが、ゼノスがそれを手で制した。


「まぁまぁティオ君、今はいいじゃないか。場所が場所だしね?」


 ゼノスの言う通り、ここは大通り。遅い時間とは言え、多くの人間が行きかう場所だ。大声を出して不用意に目立つのは避けたい。


「ゼノス、あんたは何でここにいるんだ?」


「ようやく名前で呼んでくれたね。言うまでも無く、この子達を捜しに来たからだよ」


 言いながら、腕に抱いたミラの頭を撫でる。当の兎はもう眠ってしまっているようだ。


(捜しに来た、だと? 見つけるのが早すぎる……! それにここで待っていたのは何故だ。まるで俺がここに来るのを分かっていたかのように……)


 宿からここまでミラ達を捜しながら来たとは言え、宿を出てまだ30分も経っていない。その間にゼノスはミラとフィアを見つけ、更に大通りに先回りをして俺を待っていた。それが果たして可能なのか。


 だが、事実としてゼノスはここでティオを待っていた。偶然で済ませるには些か無理がある。だが、偶然でない何かしらの要因を、この男が素直に言うことは無いだろう。


「さて、僕はもうこの子達を堪能したし、宿に戻るよ」


 言って、ミラをティオに渡す。本当にミラ達を可愛がりたかっただけなのだろうか。


「……とりあえず、礼は言っとくよ」


「僕がそうしたかったからそうしただけさ」


 それだけ言って、ゼノスは宿の方へと去っていった。後に残されたティオはやりきれない思いを抱き、それを腕の中で呑気に寝こける毛玉にぶつけることにした。


「すぴー……すぴ――きゅっ!?」


「お前らが勝手に部屋を抜け出すから……」


 ミラの頬を引っ張る。眠りを妨害されたミラは涙目で止めるよう訴えるが、ティオは手を緩めない。もちろん手加減はしているが。


「…………」


「お・ま・え・も・だ!」


 こっそりと逃げ出そうとしていたフィアを後ろから摘み上げる。


「ふかーっ!」


「お前ら部屋に戻ったら説教するからな」


 暴れるフィアとミラを纏めて腕に抱え込みながら宿へと戻る。宿を変えるつもりはもう無い。時間も遅いし、これだけゼノスと交流を重ねておいて今更距離を取るのは、本当に今更な話だ。


「ほんと、疲れたよ今日は……」


 常夜の森から脱出し、そのすぐ後に盗賊騒動。王都の商会を調べてみれば既に売地で、真相を探りにいけば殺されかけて。果てはこの2匹の捜索。


 そんなこんなで気付けばもうすぐ王都も寝静まる時間帯。よくよく考えれば夕飯も食べ損ねている。本当に散々だ。


「きゅーい……」


「んなー……」


 ため息を吐けば、すぐ下から声が届く。声の方を向くと生暖かい感触が頬を撫でた。


「…………怒ってないよ」


 苦笑しながら呟く。頬を舐めていた2匹はその言葉に安堵して腕の中で丸くなる。


 慰めているのか、怒られるのが怖かったのか。どちらにせよ、反省はしているようだ。


「――帰るか」


「きゅい♪」


「にゃ」


 現金なもので、ティオが怒ってないと知るやすぐに腕から飛び降り、2匹仲良く駆けて行く。先程の殊勝な態度はなんだったのか。


「ったく……」


 もう一度、ため息と笑みを零し、2匹の後を追った。


 途中の出店で適当な夜食を購入し、宿に戻る。ゼノスも空気を読んでか、絡んでは来なかった。


 夜食を平らげて、ティオはベッドもどきに入る。ミラとフィアは罰として今夜はティオの魔素はなしである。不満の声は上がったが、威圧して黙らせた。


「明日はもうちょっと商会のことを調べてみよう。……ああ、ミネアのところにも行かなきゃな……」


 まだまだやることはある。目的のために、遊んでいる暇は無い。ティオは明日の予定を考えながら、いつの間にか意識を闇に落としていた。










「あははっ。ミラちゃんたち、部屋から抜け出しちゃったんだ?」


「うん。大変だったよ、こいつら捜すの……」


 言いながら、ミネアの腕の中で身体を丸めるミラの額を指で突く。ミラは遊んでいると思っているのか、嬉しそうに鳴きながら身をよじる。


 今、ティオたちはミネアの店へと来ていた。例のお礼の件と、王都でのマグナー商会について、ミネアに聞くのが一番の近道だと思ったからだ。


「でも、よく見つけられたよね」


「それは……行きずりの人が手伝ってくれて……」


 ティオは少し言い淀むが、ミネアは特に追及することも無かった。こういうところの気遣いは流石である。


「さぁて、ミラちゃんとフィアちゃんで遊んだことだし、お待ちかねのお礼の時間にしましょうか」


「僕としては昨日のお金だけで十分なんだけどね」


 そう呟きながら、店に向かうミネアについて行く。


「私が納得してないの。それでお礼だけど、何か希望はある? お店の商品から選んで貰おうかと思ってるんだけど」


「んー……特に、無いかな」


「そ。んじゃ一緒に見てまわろっか♪」


 最初からそのつもりだったのだろう。ミネアは足を止めることなく店を案内し始めた。


「ここは傭兵用の武器防具売り場! ティオくんは傭兵じゃないけど戦うこともあるでしょ? どうかな?」


 ティオは商品を見渡す。多目品店故に品数は本職の武器防具店には及ばないが、ティオから見ても魅力的な品が並んでいる。市場や客のニーズをよく調べているのだろう。


「ちょっと惹かれるけど、今は必要ないかな」


「はーい。次はこちらになりま~す♪」


「きゅ~い♪」


 ミネアと、ミネアに抱かれたミラが楽しそうに声を上げる。ティオとフィアは少々呆れ顔だ。


 ちなみに今日は母のレスカは出ているらしい。だからこそのこのハイテンションでもあるのだろう。


「次は生活用品売り場! ティオくん今は身一つでしょ? 必要なんじゃない?」


「……必要だけど、必要なのが多すぎるね……。これは今度ゆっくりと買いに来るよ」


「うーん、確かにその方がいいかもね。じゃあ次行こうか」


 そんなこんなで次々と売り場を案内される。それぞれの売り場の品揃えは確かなもので、この先、商店としてまだまだ成長するであろうことを窺わせた。


「それじゃあ次は装飾品売り場ね」


「僕には縁遠い場所だなぁ……」


 フェリナス王国内でも名の売れているマグナー商会に生まれたティオは、一応富裕層の子息ということになるのだが、装飾品に商品以上の興味は無かった。


「じゃあ次の売り場に行く?」


「うん。そう……いや、やっぱりここにするよ」


 言いながら、目の前にあったリボンを手に取る。単純なステッチ柄のリボンだ。


「お前らにも、目印はいるだろ」


 そう言って、ミラには青いリボンを、フィアには紫のリボンをあてがう。それぞれ白と銀に映える色だ。


「なるほどね。虫除けも兼ねてるのかな? 俺のモノに手を出すなーってやつ」


「虫除けって……」


 確かに、2匹が飼われているということを分かり易く示すという理由もある。だが別に独占欲を発揮した覚えは無い。


「まぁとにかく……お礼はこのリボンってことでいいかな」


「いいも何も、むしろ安過ぎるんだけど……。まぁ、ティオくんがそれでいいならいっかー」


 ミネアは少々不満そうだが納得を示す。ティオはそれに一つ頷き、リボンをミラとフィアの首に括り付ける。


「リボンていうか首輪だね、もう」


「まぁ正直、目的はそっちのが近いね」


 2匹はされるがまま、首輪、もといリボンを着けた。首輪の意味がわかっていればフィアは確実に抵抗するだろうから、そうしないということは、そういうことなのだろう。


「きゅ?」


「んな?」


「ティオくんからのプレゼントだよ♪」


 突然着けられたモノが何か分かっていない2匹に、ミネアが的外れなことを言う。通じるとは本人も思ってはいないだろうが。


「きゅい♪」


「……」


 残念ながらミネアの戯言が通じてしまった2匹がティオを見る。1匹はきらきらした目で。もう1匹は懐疑的な目で。


 どっちの視線も面倒そうで、ティオはサッと目を逸らした。









「ミネアにちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「ん? なぁに?」


 ミネアは午前中の仕事を人に投げてきたそうで、一緒に昼食をとっている。ミラとフィアはその隣で陽気に当たって丸くなっていた。


「マグナー商会って知ってるよね? ここ最近の商会の動向を知りたいんだ」


「マグナー商会? そりゃあ商売敵だし、ある程度は知ってるけど……」


 ミネアが首を傾げながら答える。この反応から察するに、あまり踏み入ったことは知らないだろう。それは当然であるし、ティオも責める気は無かった。


「知っていればでいいんだ。王都の商会が根こそぎ売り地になってたのが気になって……」


「ああ、あれねー……。私も気にはなったから調べさせたの。あんまり大したことは分からなかったけど」


 調べた、というミネアの言葉にティオが食いつく。


「うんっ! それについて、教えて欲しい……!」


 ミネアはティオの剣幕に目を丸くして驚きながら、察したように頷いた。


「分かった。まずは経緯から説明するよ。……と言っても、お店の売却は本当に突然だったよ。5日前、突然マグナー商会の店先にあの張り紙が貼られて、お店も閉められた。お客さんはもちろん、お店の従業員も知らされてなかったらしくて、結構な騒ぎになってたよ」


 ミネアの言葉を聞きながら、ティオは思考を巡らせる。


(5日前……ザンギ達に襲われた夜から2日後。夜襲の成功を聞いて行動に出たにしても早すぎる……。クルーガーさんが連中と通じてたとして、そこまで急ぐ理由は……?)


「私たちからすれば大きな商売敵が消えた訳だからね、内心喜びはしたけどそれ以上に、同じ商人として納得がいかなかった。それで、色々調べさせたんだけど、どうにも支配人のイワン・クルーガーの独断に近かったらしいよ。申し訳程度にどこからか当主ご子息の証文を持ってきたらしいけど……」


(やっぱり、クルーガーさんか。それにしても兄さんの証文……。兄さんがそんな指示をする訳はない。なら無理やり証文に印を捺させられた……だとすれば兄さんは――)


 頭を振って想像を振り払う。所詮、想像の話だ。今はそんなことに考えを乱されている場合ではない。


「もちろん反対意見もあったらしいけど、その証文と、お金で無理やり黙らせちゃったらしいね。それに…………」


「――? ミネア?」


 ミネアが口ごもる。不審に思ったティオが声をかけると、ミネアはばつが悪そうにティオを見据える。


「えっと……落ち着いて聞いてね? 未だ手に入れたばっかりの情報だし、真偽の確認も出来てないから……」


「――うん」


 ティオは異様な喉の渇きを感じ、唾を飲む。だが一向に渇きは癒されなかった。


 汗が流れ、心臓が大きく鼓動する。なぜか、これから何を言われるのか、知っているような気がした。


「……商業都市トーライトの、マグナー商会当主の家が全焼したって。当時、家には当主家の子息二人と使用人達がいたそうだよ」



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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