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オーバーセンス  作者: 茜雲
二章 真実を求めて
45/71

王都の闇

 ――王都ベルナート


 読んで字の如く、この国、フェリナスの国王が住まう都である。


 当然ながらその規模は凄まじく、直径10キロ弱の超巨大円形都市である。もはやこの都市そのものが1つの国であるかの様な規模だ。


 その中央に聳える王城の主塔は、この国の豊かさ、頑強さを示すシンボルとなっていた。


「……きゅー」


「……なー」


 馬車からベルナートを覗く2匹は、感嘆の息を吐く。


「興味津々だねぇ、あの子たち」


「油断すると勝手に飛び出して行きそうだけどね」


 ティオ達を乗せた馬車隊は、今はベルナートへの入門許可を待つ行列に並んでいる。


 これだけの大都市であれば、出入りする者は日に数万人を下らない。東西南北に門があるとはいえ、相応の行列は出来上がってしまう。


「これから、うちの店に行くから。そこでお礼させてね」


「僕としてはここまで乗せてくれただけで十分なんだけど……」


「駄目だよ! わたしたちはティオ君に命を助けられたんだから、せめてお礼くらいはさせて! ……でも、うちって小さな商家だから大したものは返せないんだけど……」


 ミネアの声が尻すぼみに小さくなっていく。


 ミネアの声を聞いたミラとフィアが、何事かとミネアの方へ寄って来る。ミラはなんとなく察したのか、ミネアの指先をぺろぺろと舐めた。


「うう……ありがとうミラちゃん。わたし頑張って王都一の商家になるからねぇ」


 ミラを抱きしめながら無茶なことを言う。少なくとも一代で成し遂げられるものでは無い。


「お嬢、そろそろ門に着きますんで、通行証の準備頼んます」


「あ、はいはーい」


 御者に声を掛けられてすぐ、下手な小芝居をやめてごそごそと通行証を探し始める。


 荷物の中から探し当てた通行証(それ)を手に持つと、そのまま馬車の外へと向かって行った。


「きゅ?」


 ミネアのが演技だと解からなかったのだろう、ミラがキョトンとしている。フィアがそれを呆れた眼で見ていた。


「王都一の商家、か」


 ティオが呟く。


 それは紛れも無く、ティオが目指していたモノ。そしてその想いは今も変わっていない。


(なんにせよ、全部終わってから、だな)


 馬車から顔を出し、王都を見据える。


 入門手続きを終えたミネアが戻り、馬車は王都の門を潜った。







「はい到着! ここがイスクール商家本店だよっ!」


 馬車から降りたミネアが誇らしげに無い胸を張った。


「へぇ、これは結構……」


 ティオは思わず感嘆の声をあげる。


 ミネアの店は、多品目商店、いわゆる雑貨店だった。見える限り、服や日用品、果ては武器防具といった傭兵向けの品まで売っている。


 店の規模は大きく、都の大通りに沿って幅2・30メートルほどの敷地を広げる大商店だ。


 正直に言ってしまえば、王都にはこの程度の店はありふれている。とは言え、そんなのは大手の商家ばかりだ。


 競争率の高い王都でこれだけの店を開いているというのは、それだけで賞賛に値する。謙遜だとしても“小さな商家”とはよく言ったものだ。


「どうかな~? うちの店は~」


 横を見ると、にまにまと笑みを浮かべるミネアがティオの反応を待っていた。それでティオは察する。予めハードルを下げ、驚くティオが見たかったのだと。


 確かに予想外だったのは事実だ。だが悲しいかな、ティオはこの王都でも名の売れているマグナー商会の子息である。当然この規模の店なら何度も見ているし、マグナー商会でも持っている。感嘆はしても、驚くには値しない。


 だがそれを言う訳にはいかない。自分の正体を知られる訳にはいかないし……何より報復が恐ろしい。


 故に、ここは演技力の見せ所である。


「うん、驚いたよ。凄い商家なんだね、ミネアの家。尊敬するよ」


 そう、笑顔で言ってのける。


「むー? ありがと……?」


 礼こそ言っているが、ティオの反応に納得していないのは明らかだ。ティオの演技力では足りなかった様だ。


「あら、ミネア?」


 店の方から声が届き、その声にミネアがビクッと反応する。


 それを訝しげに思いながら、ティオは声のした方へと振り向いた。


「もう着いていたのね。そちらの方は?」


 妙齢の女性がティオを見る。


 女性が纏う服装や装飾は、決して安物でない輝きを放っているが、主張しすぎることがない程度に抑えられている。仕草や言葉遣いも相まって、“上品”という言葉がよく似合う女性だった。


「――はい。遅くなって申し訳ありません、お母様。そちらの方は、ティオ様。道中、賊に襲われていた我々を助けていただきまして。その謝礼に我が家までご招待した次第ですわ」


 後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。しかしその言葉遣いは決定的に異なっている。


 ティオが恐る恐る後ろを振り向けば、そこにはピンと背筋を伸ばし、雰囲気だけはやたらと上品なミネアが佇んでいた。


 誰だお前は。という言葉を必死に飲み込む。いや、分かっている。初めて会った時と同じ、妙に畏まったミネアだ。仕事用の顔だろうか。


「まあ、賊から……。ありがとうございます、ティオ様。申し遅れました。私はミネアの母、レスカ・イスクールと申します。この度は娘がお世話になりました」


 そう言って、イスカは頭を下げた。頭を下げる所作すらも美しいと思わせるほど、綺麗な礼だった。


「あ、ありがとうございました」


 見れば、後ろでは母に倣ってか、ミネアも頭を下げていた。


 ちらりと覗く耳は真っ赤になっており、彼女の心情を察するには充分だった。


「……いえ、偶然通りすがっただけですので、気にしないでください。それに、僕がいなくても、護衛の方だけでなんとかなったでしょうし」


 視界の端で護衛が首を横に振る。


「ふふ、謙遜なさるのね。そうだわ、よかったらディナーもご一緒にいかが?」


「え……」


 イスカの提案を聞いて、ミネアの肩がピクリと震える。


(恥ずかしいんだろうな……)


 ミネアの心情を察して苦笑する。


 森での護衛の話を思い返せば、イスカの前ではこの話し方なのだろう。そしてどうやら本人はそれを快く思っていないようだ。


「ありがたいお話ですが、僕はこれから所用がありまして……。心苦しいのですが、それはまた別の機会に」


 ティオが頭を下げて断る。助け舟、ではないが、ミネアのことを思っての事だ。当のミネアは隣で驚いた表情を浮かべている。


「そうですか、残念ですわね。では私はこれで。ミネア、失礼の無いようになさいね」


「はい、お母様」


 そう言って、イスカは店の中へと戻っていった。


「……大丈夫だよ。断られたことを根に持つ人じゃないから」


 ミネアがティオに声を掛ける。確かに、ティオとしては気になっていたことだ。だがそれ以上に気になることがあった。


 ティオは意地悪そうな笑みを浮かべながらミネアに問いかける。


「……そんな言葉使いでいいんですか? ミネアお嬢様?」


「……うふふ。何のことかしらティオ様。今日が駄目なのなら、明日のディナーに招待してもよろしくてよ?」


「すいません、冗談です」


 額に青筋を浮かべたミネアが笑顔でそう言い放つ。今のを了承していたら、ティオにはさぞかし居心地の悪いディナーになっていたことだろう。


「もう、母様の前ならともかく、それ以外は普段通りにしてよ。……でも、ありがとね」


「何のことかわからないけど、どういたしまして」


 ミネアが優しい笑みを浮かべながら礼を告げる。ディナーを断ったことに対してだろう。


 少しばかり照れくさくなったティオは適当にはぐらかしながら答えた。


「ふふっ。やっぱりティオ君って、優しいよね。性格は悪いけど」


「なんだよそれ」


 ミネアにつられ、ティオも笑みを浮かべる。そんな二人をミラとフィアが不思議そうに眺めていた。


「ところで、今晩予定あるって言うのは本当?」


「うん、それは本当。今すぐ行かなきゃならないところがある」


「そっか、わかった。ちょっと待ってて」


 言いながら、ミネアは店の方に駆けて行った。


「さて、お前らは宿に連れてくから、そこで少しの間大人しく待っててもらうぞ」


「きゅい?」


「んな?」


 疑問符のついた鳴き声が帰って来る。理由がわからないからなのか、或いはそもそも“宿”と言うものが分からないのか。どちらにせよ、後で説明する必要がありそうだ。


「とりあえず、護衛代を貰わないとな。まぁミネアの話し相手になってただけだけど」


 それで減額されたらどうしようかと不安になる。今現在のティオは当然ながら無一文だ。せめて宿を確保できる程度には欲しいところである。


 とそこで、ミネアが小走りで戻ってくる。


「っはぁ、おまたせ」


「そんなに走って大丈夫? イスカさんに見られたら何か言われるんじゃないの?」


「母様は奥で仕事してるから大丈夫だよ。それより、はい」


 ミネアは少し息を切らせながら、小袋をティオに向けて差し出した。


「これは?」


 言いながら受け取る。ずしりと重量感のある袋だ。中からじゃらじゃらと音もする。その時点で中身の予想はついた。


「護衛代だよ。少ないかもしれないけど」


 言われてティオは中身を見る。そして驚きに声を上げた。


「こんなに!? どう見ても往復分以上は入ってるけど……」


 ティオの言う通り、そこにはおよそ片道、しかも途中からの道程分とは思えない額が入っていた。


「今回の護衛代はそれぐらいの金額だったの! 文句ある?」


 文句などあろうはずがない。おそらく護衛代については嘘だろう。もし本当なら、後ろで荷を降ろしている護衛二人はかなりの高給取りだ。


 しかし今のティオにとってはありがたかった。これでしばらくは宿と食事には困らないだろう。


 だが実質何もしていないので、申し訳なさも感じる。


「本当にいいの?」


「いいから貰ってよ。護衛の仕事なんて、何事も無くて当然みたいなもんだし、それに……何か訳ありなんでしょ?」


 ミネアの言葉にティオは目を見開く。なんとなくそうかなとは思っていたが、やはりティオの境遇に疑いを持っていたようだ。


「――うん、ありがとう」


「どういたしまして」


 礼を言えば、ミネアは笑顔を浮かべて応えた。


 ティオは貰った袋を、落とさないように腰に括りつける。


「色々お世話になっちゃったね」


「お世話になったのはこっちだよ。ていうか、お別れみたいな雰囲気にしてるけど、私からのお礼はまだだからね? 明日か明後日にはお店に来てよね」


 ティオとしては護衛代のお金だけで十分なのだが、ミネアはまだまだお礼し足りないと思っているらしい。どちらかと言えば、気楽に話せる友人を逃したくないのかもしれないが。


「ん、わかったよ。予定が空いたらまた顔出すね」


「約束だよ?」


 ミネアの“約束”という言葉に、ティオは僅かに肩を震わせる。


「……うん、約束」


 ミネアは花が咲いたような笑顔を浮かべる。どうやらティオの動揺には気付かれなかったようだ。


「――じゃあ、またね」


 ティオはそう言ってミネアに背を向け、歩き出した。










「ここでいいか」


 ついたのは宿場街……ではなく、王都の外れにある貧民街にある安宿だ。もはや朽ち果てた空き家とすら思える建物だが、確かに宿屋の看板が出ている。


 ここにしたのはお金の問題……ではない。


 こういった宿はこの貧民街にいくつかある。非常に不衛生で、宿としては下の下もいいところだが、極端に安いことと、客の素性については一切触れないと言う利点がある。


 要は余計なことを追及されたくない、身分を隠したい等といった訳有り(・・・)が泊まる場所である。


「部屋は空いてますか?」


 戸を潜り、雑に組まれたカウンターらしき場所に座る店主に問いかける。すると店主が憮然とした態度で応えた。


「……うちはガキが泊まるようなところじゃないぞ」


「知っています」


 そう返せば、面倒そうな表情を浮かべながら店主が告げる。


「……一泊、銅貨4枚だ。あと、分かってるとは思うが、客同士の諍いは自己責任だ」


 こういう宿は基本的に前払いである。厄介事になった場合、手続きとかは不要だからさっさと出て行け、ということだ。


 こちらの素性を一切問わない代わりに、諍いにも一切首を突っ込まない。それが暗黙のルールだ。宿そのものに損害を与えれば別だが。


「では、とりあえず1泊」


 言いながら、ティオは小銀貨を1枚、カウンターに置く。小銀貨は銅貨5枚分の価値だ。


 小銅貨を基準とし、銅貨がそれの10枚分。銀貨が銅貨の10枚分で、小銀貨がその半分。同じく金貨が銀貨の10枚分で、小金貨がその半分。最期に金貨10枚分という超高価硬貨がミスリル貨だ。これを見る機会はめったに無いが。


「ほら。部屋は一番奥のを使いな」


 お釣りの銅貨1枚を受け取り、言われた通りに奥へと向かう。


 その途中、客であろう男とすれ違った。


「おっと、失礼」


 言いながら、男は階段の隅によってティオの道を空けた。眼鏡を掛けた、育ちの良さそうな優男だ。こんな宿の客としては珍しい。


 自分もか。と内心で突っ込みながら、男の言葉に甘えて空いた道を通る。


「ありがとうございます」


「いえいえ……」


(――?)


 今、男が探るようにティオを見た。ティオが視線に気付いて振り向けば、男はすでに出口へ向かって歩き出していた。


(……気のせいか?)


 そう判断してティオも部屋へと向かった。


「まぁ、こんなもんだよな……」


 部屋に入ったティオを出迎えたのは、藁を布で包んだ程度のベッド。いや、ベッドと呼ぶのもはばかられるが。


 他には、気持ちばかりの毛布に、湯浴み着と手拭い、あとは服掛けが隅に立っている程度だ。窓があるだけマシと思うべきかもしれない。


「ラステナさんに聞いてた以上かも……。まぁその分安かったけど。王都の相場の半額くらいかな」


 当然だが、ティオは今までこの手の宿に泊まったことは無い。全てラステナか、雇った傭兵たちに聞いた知識である。


「きゅーい」


 鳴き声に振り向けば、ミラとフィアが不満そうにこちらを見ていた。


「はいはい、我慢させて悪かったよ。ほら」


 言いながら両手に魔素を生む。少し前から欲しがっていたのだが、とりあえず落ち着ける場所まで我慢させていたのだ。


 待っていましたと言わんばかりに2匹はティオに駆け寄り、魔素が生まれた傍から取り込んでいった。




「きゅいー……」


「んにゃ……」


 ある程度魔素を取り込んだ2匹は、恍惚とした表情で床に転がっていた。食べてすぐ横になると太りそうなものなのだが、魔素の場合はどうなのだろうか。激しくどうでもいいが。


(さて、行ってみるか……)


「少し出てくる。お前らはこの部屋の中で待っていてくれ、夜には戻る。絶対、ぜっっっったい、外には出るなよ?」


 少し強めに釘を刺す。ミラは最初きょとんとしていたが、一応伝わったのか、『きゅいっ』と答えた。


 フィアも返事こそしないが、片目を開けて反応していたので大丈夫だろう。


 一抹の不安を感じながら、ティオは宿を出た。


 目的は一つ、王都にあるマグナー商会の店舗に出向き、情報を集める。あわよくば、当主家の息子である立場を利用して、集めさせる。無論、自分のことは口止めするが。


 頭の中で王都の地図を浮かべ、最も近い支店を洗い出す。そして、そこへ向けて駆け出した。


 そして、マグナー商会の王都最大の支店、そこには信じられない光景があった。


「――なんだ……これ」


 唖然とする。


 何度かイグスと共に視察に来た王都の支店。そこは全ての扉が閉ざされ、1枚の張り紙が貼られていた。


 『売地』


 休業や閉店などではない。店の土地そのものが売られていた。


 その店だけではない。ここまで見てきたいくつかの支店。王都すべての支店が、売られていたのだ。


 そしてその張り紙の下には、こうも書かれていた。


『――――責任者 トリウス・マグナー』

















「確か、ここだったよな……」


 ティオは今、とある館に訪れていた。ここは貴族と、一部の富裕層が住む貴族街、その一角。


 貴族の館というには小さいが、この場所に居を構えられる時点でかなりの財産を持っていることは確かだ。


 その館の持ち主はイワン・クルーガー。マグナー商会王都支店の支配人である。


 ここに訪れた理由は言わずもがな、勝手な店舗売却の真実を問いただす為だ。が、事はそう単純ではない。だからティオは屋敷近くの木の影で様子を見ているのだ。


「勢いで来たけど、どうしたものかな。トリウス兄さんがあんな指示を出すとは思えないし、もしクルーガーさんが仕組んだことなら……真っ向から行くのは危険すぎる」


 ザンギから聞き出した、マグナー家当主二人の暗殺計画。その仕掛け人が商会内にいるのは可能性として考えていた。なにせタイミングも準備も良すぎた。少なくとも情報を渡していた何者かがいるのは確かだ。


 そして、王都に来てのこの不自然な売却措置。はっきり言ってしまえば、イワン・クルーガーは怪しい。


「とは言え……こうして外から見てても仕方ないしなぁ。忍び込む……ことは出来るだろうけど、それで都合よく証拠やらが出てくるとも思えないし」


 ルミナ・ロードがあるティオに潜入は容易いだろう。だがそれでもリスクはあるし、確実に手掛かりを掴める保証は無い。


 ティオがどうしたものかと考えていると、屋敷の様子に変化があった。


「――? 誰か出て来た?」


 屋敷の門が開かれ、何者かが出てくる。若い男のようだ。


「クルーガーさんの客かな…………ッ!? あの男は……」


 その男は確かにさきほど、宿ですれ違った眼鏡の優男だ。


 ティオはすぐさま身を隠す。ティオに気付かなかったのか、男はそのまま夜闇の向こうへ姿を消した。


「……なんでクルーガーさんとあの男が? いや、もう決まりだな。何か(・・)があるのは間違いない」


 ティオと男の泊まる安宿、あそこに泊まるのは大抵がやましい事情を持つ者。そんな人間と関わりを持っている時点で、クルーガーは黒と言って過言ではない。


「今夜にでも忍び込んで――」


 ゾクッ――


 耳の奥でそんな音が聞こえるほど、強烈な悪寒が全身を走った。


「――ッ!!」


 咄嗟にフィジカルエンチャントを発動しながらその場を飛び退き、背後の夜闇の向こうを見据える。すると雰囲気にそぐわない呑気な声が返って来た。


「へぇ? よく気づいたね。しかもその身のこなし……ただの子供じゃないとは思っていたけれど……」


「お前はッ……!」


 闇の中から姿を現したのはつい先程クルーガー家の屋敷から出てきたあの優男だった。


(――こいつ、強い……!? ルミナ・ロードがあるのにここまで近づかれるまで気付かれないなんて……いや、違う……!)


「ついさっき、宿で会ったね。こんなところでも会うなんて、奇遇だねぇ」


 男は何食わぬ顔で言ってのける。随分と気の抜けた声だが、それとは正反対に、ティオは警戒を強めていく。


(今の今まで、こいつが手練れだと思わなかった。――思えなかった! いや、今もそんな気配を感じないッ!?)


「今はあの兎と猫はいないのかい? ちょっと撫でてみたかったんだけど」


 今もティオの目の前でふざけたことをのたまう優男だが、事実、その気配も雰囲気も、見た目と相違ないのだ。


 だが、先程感じた強い悪寒、ルミナ・ロードを持つ自身の背後をついたこと、いずれも男がそんな見た目通りの優男ではないことを示している。


 じりっ、と後ずさる。気休めだが、少しでも距離を離す。


「そんなに警戒しなくても、なにもしないよ」


(よく言う……。あの殺気、こっちが気付かなかったら間違いなく、やられてた)


 それほどに強烈な殺気。あのガルドと同じかそれ以上のものをティオは感じていた。


(くそっ……宿に剣を置いてきたのは間違いだったか。いや、戦うこと自体が下策か……)


 戦うのは不利と悟ったティオが逃げる算段をする。それを知ってか知らずか、男はティオとの距離を詰める。


「――ッ! ストーンバレット!」


 近づかれれば終わりだと判断し、牽制の魔術を放つ。


 浮かび上がる石礫が男に殺到する。圧倒的な数を誇るその弾幕は、逃げ場はおろか避ける隙間すらも与えない。


 だがその速度は本気には程遠く、なんとか目で追える(・・・・・)程度。一応殺しはしないようにとの配慮だ。だがそれが無用なものであることがすぐに証明される。


「跪け。エアプレッシャー」


「――上級魔術ッ!?」


 瞬間、男の周囲にある全てが頭を垂れる(・・・・・)。虫も、草も。無論、ティオの放った石礫も。上方から押し寄せる圧倒的な重圧プレッシャーに、全てが地に落ちた。


 風系統の上級魔術であるエアプレッシャー。空気圧によって対象を抑え付ける高等魔術だ。そしてありえないのはその発動速度と威力。


(たった1節の詠唱で発動!? しかも全方位をカバーする範囲に俺のストーンバレットを根こそぎ叩き落す威力!)


 ルミナ・ロードを持ち、魔物化によって魔素の制御能力も向上したティオだが、目の前の男は確実にその上をいっていた。


 男の周囲を埋め尽くす超重圧の壁。逃げる為の牽制だとしてもそれを超えられるだけのものでなければ話にもならない。そこに配慮や余裕の入る余地はない。故に、ティオは使い慣れた、最強の槍を選択する。


「っく! ライトニング――」


 男の姿が消える。否、見失った。


 ルミナ・ロードが示す感覚の通りに左へと視界を移動させれば、次に目に映ったのは首に向けて軌道を描く刃。


(――避けれ、ない)


 防御も、回避も許さないその単純で圧倒的な殺意(一撃)に、死を覚悟する。そして、その絶対致死の一撃は、ティオの首筋に触れた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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