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オーバーセンス  作者: 茜雲
一章 雨夜、灼きつく想い
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決意を宿して



「やさしいんだね」


「……別に? 情報の対価を渡しただけだよ」


 拠点の場所を聞きだし、もう一人の負傷した賊にもヒールを掛けた後、ティオはミネアのもとに戻ってきた。


 ミネアの言葉に適当に濁して返すが、ミネアはくすくすと笑うだけでそれ以上は聞いて来なかった。


 その代わりとばかりに、ティオの足元を指差しながら質問を投げかける。


「ところでさっきから気になってたんだけど、それ(・・)は何?」


 自分たちのことを言われているのだと気づき、フィアとアルミラージが顔を上げる。フィアは突然“それ”呼ばわりされた為か、少し眉間に眉を寄せる。


「ああ~……、話せば長くなるんだけど。とりあえず、こいつらも一緒に連れて行きたいんだけど、いいかな?」


「へぇ。アルミラージに……ちょっと変わってるけど猫? まぁそういうことなら馬車の中でゆっくり聞かせてね」


 言いながら、ミネアは馬車の幌に手をかける。ティオは意外な表情で問いかける。


「馬車に乗っていいの?」


 ティオとしては護衛としてついて行くので他の護衛と同じく徒歩だと考えていた。


 だがミネアはあっけらかんと答える。


「確かにティオ君は護衛だけど、同時にお客人で、わたしの話し相手でもあるの。わかったらほら、おいでよ」


 言いながら、馬車の上から手を差し伸べるミネア。ティオは苦笑しながらその手を取った。


「いらっしゃい。と言っても何もないどころか馬車の中だけどね」


 ミネアが言う様に、何もない。正確には、商品以外何もない。それも商用の荷馬車であるから当然である。


「いいよ。王都まで乗せてくれるだけで十分ありがたいから」


 言いながら、ミネアの正面に腰を降ろす。フィアとアルミラージも乗ってきており、興味深そうに馬車の中を眺めていた。


「むー」


 ティオがふとミネアの方を見ると、何故か頬を膨らませて睨んでいた。何かしたかとティオが困惑していると、ミネアが口を開く。


「ティオ君って、まだ態度堅いよね。他人行儀というか」


「え、これでもかなり緩くしてるつもりなんだけど……。他人行儀って言われても――」


 他人だし、と言う言葉は飲み込んだ。それは正解だったろう。


「まぁ今はいいや。今後の目標ね」


「ははは……」


 ティオは苦笑いしながら思う。目の前の少女となら、確かにそのうち気安い関係になるのかも、と。


 一人納得したミネアは視線をフィアたちに向ける。


「さて、それじゃあその子たちだね。ティオ君が飼ってるの? 名前は? どこで見つけたの?」


 ミネアは目を輝かせながら矢継ぎ早に質問を投げる。当のフィアたちはその剣幕に引き気味だ。ティオも少し引きながら、順に答えていく。


「か、飼ってる訳じゃないよ。1匹は預かってて、もう1匹は……まぁ偶然、懐かれちゃったんだ」


「懐かれたって、アルミラージの方かな? 確かに懐いてるみたいだね。どこで拾ってきたのさ、こんな可愛いの」


 ミネアがアルミラージを捉え、抱きしめながら聞いてくる。


 アルミラージは魔物である。が、その無害な特性ゆえ、一般的には普通の兎に近い扱いである。あくまで生態が魔物のそれであるというだけだ。


 数は少ないが、実際に飼われている例もある。


「ま、まぁ旅してた時にちょっとね」


 言葉を詰まらせながら答える。まさか常夜の森で遭難していたとは言えまい。半ば気付かれているかもしれないが。


「ふぅん? それじゃあ名前は何て言うの?」


 ティオの言い様に少し反応するが、何か察したのだろう、あっさりと流す。


 その代わりとでも言う様に名前を聞いてくる。言われて、ティオはようやく名前(そのこと)に思い至った。


「ス……猫の方はフィアだけど。アルミラージの方は……名前あるのかな?」


「きゅい?」


 呼ばれたと思ったのか、アルミラージがティオの方を見る。


 同時にミネアも視線をアルミラージからティオに移す。アルミラージと同じように疑問符を浮かべながら。


「ん? 拾ったのなら名前なんてないでしょう? ティオ君が付けてあげなよ」


 さも当然とばかりに言う。事実、それが当然の認識である。


 ガルド達と接したティオだからこそ、魔物も名前を持つことを知っているが、それを言う訳にはいかない。そもそも信じて貰えないだろう。


 ティオは困った表情をしながらアルミラージを見る。


 もしアルミラージにも名前があるのならばその名で呼ぶべきなのだろうが、あいにくそれを知る手段はない。まだない、と言うべきかもしれないが。


 ティオの苦悩を知ってから知らずか、アルミラージはミネアの腕の中で弄ばれ、ご満悦の様子だ。


 こうなっては仕方ないと半ば投げやりに、ティオは命名することに決めた。一時的にでも決めて、あとで当の本人に聞いて呼び名を変えればいいだけの話だ。


「名前……名前かぁ。アルミラージ……。アルミラ……。――ミラ。ミラ、なんてどうだ?」


 ティオは『どうだ!』と言わんばかりの表情でアルミラージを見る。アルミラージの反応は鈍く、きょとんとしている。


「適当だなぁ……。ねぇ? もっとちゃんとした名前が欲しいよね?」


 何故かミネアが不満そうな表情で文句を言い、抱いているアルミラージへと視線を落とす。だが次の瞬間、正反対の反応をアルミラージが示した。


「きゅいっ!!」


 ぴょんっ、とミネアの腕から飛び出し、嬉しそうな声で鳴き声をあげた。


「えーと……ミラ?」


「きゅーい♪」


 ティオの呼びかけに確かに返事を返す。どうやらこの呼び名で満足なようだ。


「え~。まぁこの子が良いならわたしは文句言えないんだけどさ。よかったね、ミラちゃん」


「きゅいっ」


 再度アルミラージ、もといミラを抱え直しながら優しく語りかけるミネア。ミラも機嫌よさそうに鳴き返す。


「それで、あなたはフィアちゃんね。よろしくね?」


「……なー」


 片手でミラを抱きつつ、もう一方の手でフィアの頭を撫でる。


 表面上は嫌そうな仏頂面を浮かべていたが、心地良いのか尻尾は嬉しそうに振れていた。


(何とか誤魔化せたか。でも油断は出来ないな……)


 ミラはともかく、フィアは一般的に危険度の高いストームタイガーである為に、ばれると厄介だ。見た目はまだ猫に近いから何とか誤魔化せたが、詳しい者が見れば一発でばれるだろう。


 とりあえず、2匹には不用意に技能を使わないように言ってある。そうそうばれる機会は少ないだろうが、警戒するに越したことは無い。出来るだけ宿にでも置いておいて人目に触れるのは避けておきたいところだ。


 揺れる馬車の中、チラリと外を見れば、いつの間にか道が逸れ、常夜の森から遠ざかっているのが見えた。


 ティオは連れ2匹の問題を一旦脇に置き、およそ1週間過ごしたそこに、想いを馳せる。


(生きて、抜け出したんだな……)


 遠ざかる森を見て、ようやく実感がわく。あまりに多くを失い、多くを捨て、得たものはない。


 そう、考えながらふと視線を投げる。


「全く無いわけじゃ……ないか」


 ミネアとじゃれ合う2匹を見て、誰にも聞こえないように呟く。


 自嘲気味に笑みを浮かべながら、森へと視線を戻す。もう、森は僅かにしか見えない。


全部(・・)終わったら、報告に来るよ……)


 そう、心の中で呟きながら、あの夜を思い起こす。


 あの雨の夜、受け取った想いは今もなお、心に灼きついている。


(安心して。無茶はしないから)


 心の中で、心配するソルチェに声を掛ける。


 目蓋を閉じ、幼き日の決意を思い出す。もう果たせない、果たせなかった決意。


 新たに決意する。もう決して違えないという決意を。


 失ったものは大きい。だが、全てを失った訳ではない。


(まずは父さんと、それから兄さん達を探さないと)


 可能性が低いことは解かっている。それでも、諦めるという選択肢は存在しない。


(――マグナー商会に喧嘩を売ったこと……後悔させてやる)


 再び目蓋を開ける。ティオの燃えるような紅い瞳に、決意の炎が宿る。


 もう、常夜の森は見えなくなっていた。




一章本編はここまでとなります。ちなみにあと1話、余話を書いていますのでご注意を。

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