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オーバーセンス  作者: 茜雲
一章 雨夜、灼きつく想い
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馬車隊を率いる少女

「いやぁ助かった。ありがとう!」


「いえ。たまたま通りすがっただけですから」


 頭を下げて感謝を示す馬車隊の護衛に、ティオは手を振りながらそう言って見せる。


 ふと、今護衛の手によって縛られている賊の方を見る。そして先ほどのやりとりを思い出した。


(自分でも驚くくらい、殺すことへの抵抗が無かったな……。正直、降伏してくれてよかった)


 森での生活か、あの夜の出来事か、或いは全部の影響かはわからないが、ティオは命のやり取りに恐れも迷いも無くなっていた。


 自覚はあっても、実感がない。それほど、殺意はティオにとって自然となってしまった。


 だが、良識を失った訳ではない。だからこそ、可能なら人間を手に掛けたくなかった。それも越えてしまえば、戻れないような気がして……。


「あ、お嬢。彼が手助けしてくれた少年です」


 護衛の声に反応して思考を中断する。


 そして護衛が声を掛けた方向を向けば、そこにはティオと同年代ほどの少女がいた。


 僅かに癖の残る黒髪をショートに揃え、可愛らしい花のデザインが施されたヘアピンを着けている。顔立ちもどこか活発そうな雰囲気を携え、少年味を感じさせるショートヘアといかにも女の子らしいヘアピンの調和が、活発そうで可愛らしいという変わった印象を抱かせた。


「そうですか。この度はわたくしどもを助けていただき、まことに感謝しております。随分と魔術に長けた方だと聞き及びましたが、高名な傭兵の方でしょうか」


 少女はそう言ってほほ笑む。少女の言葉の一部が気になったティオは返事を忘れ、じっと少女を見つめていた。


わたくしどもの(・・・・・・・)……? まだ俺と同じくらいなのに、この娘がこの馬車隊の責任者なのか?)


 じっと見つめるティオに『?』マークを浮かべながら、少女は首を傾げる。そしてハッとした表情を浮かべて、自己紹介をしていないことに気付く。


「これはわたくしとしたことが……。申し遅れました。わたくしはこの馬車隊を率いるミネア・イスクールと申します。以後お見知りおきを」


「いえ、こちらこそ失礼しました、イスクール様。僕はティオ・マ……ティオで結構です。残念ながら傭兵ではなく、根無し草の旅人です」


 イスクール嬢に倣い、頭を下げながら名乗る。


 家名を名乗らなかったのは、商会の現状が分からなかったからだ。下手に名乗れば、また狙われかねない。


 狙ってきたところを返り討ちにすることも考えたが、それは時期尚早だろう。まずは情報を集めるべきだとティオは判断した。


「……旅の人、ですか。いえ、いいでしょう。でしたらお互いに堅苦しいのは不要ですね。わたし(・・・)のことはミネアで結構ですよ。呼び捨てでね」


「い、いや流石にそれはどうでしょうかイスクールさ――」


「ミネア」


 満面の笑顔を携え、有無を言わせない。ある意味ガルドに勝るとも劣らない威圧で迫るイスクール嬢改め、ミネア。


 ティオはその迫力に負け、渋々頷いた。


「ミ、ミネア……」


「うん、よろしい。わたしはティオ君って呼ぶからね? 同い年くらいだし、いいよね?」


 ティオはこくこくと頷く。お嬢様ではなかったのか。最初の恭しい女の子はどこへ行ったのか。そんな疑問がティオの頭をぐるぐる回る。


 そんなティオに助け舟を出すように、護衛が会話に割って入った。


「お嬢……。言葉使いをちゃんとしねぇと、また奥方様に怒られますよ?」


「お客の前ではちゃんとするよ。ティオ君はただの旅人だって言うんだから別にいいじゃない」


「じゃあそれ、奥方様の前で言えますか?」


「い……意地悪」


 ミネアは苦々しい表情で顔を背けた。が、すぐに頭を振ってティオに向き直る。


「そ、そんなどうでもいいことは置いといて。ティオ君にお礼がしたいんだけど、王都まで一緒に来てくれる? それとも他に用事があったりする?」


 言葉使いを直すつもりは無いらしい。最初は面食らったが、ティオとしてもその方がやりやすいので指摘はしない。


「いや、大丈夫だよ。僕も王都へは行きたかったんだ」


「そう! よかった!」


 笑顔の花を咲かせて喜ぶミネアに、ティオは苦笑する。そこで、元々彼女らを助けた理由の一つを提案することにした。


「お礼っていうのなら、一つお願いがあるんだけど」


「うん? なにかな?」


 笑みは崩さないが、一瞬こちらを探るように目を光らせた。この歳で馬車隊を率いるだけあって、ただのお調子者ではないようだ。


「大したことじゃないよ。王都までの護衛に、僕を雇って欲しいんだ。もちろん、報酬は残ってる道程分だけでいい。僕は傭兵じゃないから非公式だしね」


「……ふぅん?」


 ミネアはあごに人差し指を当てて考える。やがて、考えが纏まった様でよし、と呟いて頷いた。


「わかった。残った道程分、君を雇うよ。もちろん、王都に戻ってからのお礼とは別でね!」


 ウィンクしながらミネアは言い放つ。


 ティオとしては喜ばしい話だが、それほどのことをしたつもりもないティオは遠慮しようと口を開く。が、言葉にする前にミネアに遮られる。


「ただし! 条件が一つ!」


 真剣な表情を浮かべるミネアに釣られ、緊張からゴクリと喉が鳴る。構えるティオに、ミネアは現実を突きつけた。


「着替えなさい。服はあげるから」


「え」


 ティオはミネアのよくわからない要求、むしろ命令の様に有無を言わせないそれに、疑問符を浮かべる。だがそれも一瞬のこと。ティオは冷や汗を流しながら自分の格好を見る。


 上着は手拭いに使ったため、上は1枚着のみ。それも、数多の戦闘にさらされて所々に破れや解れがあり、ズボン共々小汚い。


 さらに、7日……実に7日もの間、遭難していたのだ。無論その間の着替えはない。直接的に言えば、…………匂う。


 ティオは膝から崩れ落ちる。そうだと直接言われた訳ではないが、間違いなく、ミネアもティオと同じ感想を抱いただろう。年頃の男子として、人として、心が折れそうだった。


 いやこればかりは不可抗力なのは頭では分かっている。気にしていられる状況でもなかったのも確かだ。だが理屈ではないのだ。


「…………手拭いもお貸しください」


「了解だよ」


 ティオの心境を察し、ミネアが苦笑しながら頷く。


 ティオは着替えと手拭いを受け取ると、ふらふらとしながら森の奥へと向かっていった。








「くそ……恥ずかしい」


 ティオは貰った服に着替えながら、愚痴っていた。


 辺りに人の気配はない。人目に付かない場所で、魔術で濡らした手拭いで全身を拭いていたのだ。水浴びとはいかないまでも、随分とマシになったように思える。


「すん……まぁとりあえずはいいだろ」


 着替え終わり、腕に鼻を押し付けながら呟く。


 王都に着いたらまず水浴びをしようと決意し、ミネア達のところへ戻ろうとしたところで、ガサリと音がする。そちらを見ると、茂みからフィアとアルミラージが出てきた。


「あ、お前ら」


 ティオが思わずといった風に驚きを露わにし、その反応でフィアたちは忘れられていたのだと悟る。


 フィアが目を細めながら少々大き目の風弾と形成し始めたので、ティオが慌てて制止する。


「待て待て! 忘れてた訳じゃないからっ」


 事実、ティオとてつい先程までは2匹のことを覚えていた。ただショックでまるごと吹き飛んだだけだ。


 フィアはティオを睨めつけながら、とりあえず風弾を消す。まだ疑っているのは一目瞭然だ。


「お前らも馬車に乗せて貰うよう頼まないとな」


 ティオは一先ずの許しを得て安堵する。


 ぽりぽりと頭を掻きながら2匹を連れ、ミネア達の元へと向かった。








「あ、おかえり~」


「うん。おまたせ」


 馬車隊の方へ戻ると、ミネアが出迎えた。


 ひと言返した後、見れば護衛達が賊を簡単に治療しているところだった。


 治療と言っても、折れた肩を固定する程度のものだ。流石にその状態で王都まで引っ張っていくのは哀れに思ったのだろう。


 ティオはおもむろに賊の方へ近づき、肩を砕いた賊の前でしゃがみ込む。


「なぁ。一つ聞きたいことがあるんだけど」


「ああ? んなもん答えると思って――」


 賊が立場も弁えず反抗的な言葉を返した次の瞬間、指突を繰り出す。狙いは手当てしたばかりで包帯の巻いてある肩口。とりあえず(・・・・・)、寸止めだ。


 賊は冷や汗をだらだら流しながら、掠れた声で言葉をひねり出す。


「お、お答えします……」


 ティオは満足そうに頷き、質問を投げかける。


「なんでこの場所だったんだ? 王都からそう離れていないし、拠点に出来るような場所も近くにはないだろう?」


 それは当初から気になっていた。常夜の森という危険地帯の傍であり、王都とも距離が近いこの場所は、盗賊が平然と活動できるような場所ではないのだ。


 ティオの質問に、賊は得心を示しながら答える。


「ああ、そのことか。本当はもっと南の方にいたんだが、追い出されてな(・・・・・・・)。拠点に出来る場所を探してたんだ。そんで、どうせすぐトンズラするし、ここらで馬車の一つでも貰って行こうって話になったんだよ」


「追い出された? 仲間にか?」


「……わからねぇ」


「わからない?」


 ティオは賊の答えに怪訝な表情を浮かべる。すると、別の男が俯きながら答えた。


「一仕事終えて、拠点に戻ると突然襲われたんだ。拠点の仲間はもう皆殺られてて……一緒に戻ってきた奴らもいつの間にか数を減らしてって……」


 怯える男の言葉を引き継ぎ、最初に話していた賊が続ける。


「結局、奴らの姿形も見れなかった……。最初はもっと人数もいたのに、いつの間にか10人くらいになって。それも少しずつ殺されながら、なんとか命からがら逃げてきた。生き延びたのは俺達だけさ」


 賊はそういいながら、握りこぶしに力を込める。仲間の死を嘆いているのだろうか。


 ティオは黙って聞くだけだ。同情はしない。因果応報。今までしてきた所業を鑑みれば当然の報いとすら言える。


 ただ、その想いを否定することはしなかった。


 ティオは賊の肩に触れる。ビクッと怯える賊をよそに、詠唱を始めた。


「癒しをここに。ヒール」


 ティオの手から発した魔素の光が賊の肩へと移り、困惑する賊の表情を照らす。


「何を――」


「もう一つだけ、教えてくれ」


 困惑する賊に、ティオは最後の質問を投げかける。賊の言うことをまるごと信じた訳ではないが、どうにも気になったのだ。


「お前らの拠点があった場所はどこだ?」


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