脱出
「怖いくらい、順調だな」
先行するフィアとアルミラージに追従しながら、率直な感想を口にする。
既にガルドと別れてから約1日が経過しており、ガルドの言葉が正しければそろそろ森の終わりが近いはずだ。事実、ここ1時間ほどは魔物とも遭遇しておらず、外が近いことを証明していた。
「きゅ?」
ティオの呟きに反応したアルミラージとフィアが寄ってくる。
この2匹も随分と打ち解けていた……といえば少し語弊があるか。打ち解けたのは確かだが、どちらかと言えば丁度いい競争相手といったところか。
ライバル視しているのはフィアだけで、アルミラージは競って遊んでいるという印象だが。
ともあれ、お互いに競い合ってこの1日で随分と成長したように思える。元々戦闘経験などないに等しかった様なので当然かもしれないが。
「なんでもない。それより、もうすぐ外だ。もう魔物はいないと思うけど、最後まで気を引き締めて――」
自分でも小煩いかと思いつつも注意するティオだったが、その言葉は途中で遮られる。
ティオの視界の向こう、ルミナ・ロードで強化されてようやく見えるほどの距離に確かに見えた。木々の狭間から零れる光、外の光を。
訝しげに見上げるフィアたちをよそに、ティオが光に向かって駆けだした。
「見えた! 外だ!」
光を目指して駆ける。つい数秒前に自分が何を言ったのかも忘れ、一心不乱に森を駆けていく。後ろに付いてくる2匹からジト目で見られていることにも気付いていない。
やがて、外の光はフィアたちにも見えるほどに近づく。彼女らも、初めての外に高揚しない訳がない。いつの間にかティオに並び、我先にと外へ向けて駆け出していた。
「――っ!!」
勢いそのままで一気に外に飛び出した。
眼前に広がるのはどこまでも続く蒼い空と白い雲、遠くには山が見え、うっすらとだが王都も見える。間違いなく、“外”だった。実に7日ぶりの外に、ティオは思わず目尻に涙を浮かべた。
「――父さん、母さん……」
自分を助けてくれた、守ってくれた家族に想いを馳せながら、握ったこぶしに力を込める。二人のおかげで今の自分がいる。いくら感謝しても足りない。
「きゅい」
足元からの声に視線をそちらへ移す。アルミラージとフィアが期待に満ちたような表情でティオを見上げていた。
「そんな目で見られても困るんだけどな。まぁまずは王都に向かって――」
途中で言葉を途切れさせるティオにフィアが首を傾げる。
耳の良いアルミラージも聞こえていたようで、ティオと同時に同じ方向へと視線を投げる。ここからでは何も見えない。だが確かに聞こえた。
「……早速問題発生、か」
「きゅい♪」
傍らのアルミラージが『どうする?』とでも言う様にティオを見上げる。まだ未知の世界に出たばかりで高揚が収まらないのだろう、何とも楽しげだ。
ティオは呆れたように息を吐き、2匹に告げる。
「――行くぞ」
そしてティオは2匹を引き連れて駆け出した。悲鳴の聞こえた方へと。
***
「普通の……賊、だな」
「きゅい?」
ティオの呟きにアルミラージが首を傾げる。言っている意味がわからなかったのだろう。
目の前では、今まさにどこかの商人の馬車隊が賊に襲われているところだった。
賊は見えるだけで3人。護衛らしき傭兵は2人で応戦しており、その実力は拮抗しているように思える。
ティオ達は今、森に隠れて戦況を窺っている。状況を見極めるためだ。
(こんな真昼間から、しかも王都からもそう離れていないこんな場所で? ……見た限りは普通の賊に見える。技量も、連携も、奴らとは比べ物にならない)
今のティオにとって、賊と言えばまずはあのザンギ達を思い浮かべる。連中が普通の賊ではない事は解かっているが、どうしても思い浮かべ、比べてしまう。
自分の強さも状況も、あの時とは違うとはいえ、万が一にもあれほどの相手と真っ向から戦う訳にはいかない。故に、まずは状況の把握へと回ったのだ。
(奴らじゃない。いくつか気になることもあるけど、あの程度なら問題ないか)
目の前の商人たちを見捨てる、という選択肢はティオには無い。商売敵だが、同時に商売仲間でもあるし、単純に人としての道理がそうさせる。王都まで馬車に同乗させて欲しいという打算もある。
だが何より、“賊”を見て心穏やかでいられるほど、あの夜の熱は醒めてはいなかった。
ティオは眼の奥に僅かな熱を感じながら、腰の剣に手をかける。そこで、ルミナ・ロードが隠れた敵をあぶりだした。
(馬車の横に2人、奥の岩陰に1人。2人は人質、もう1人は奇襲の為か)
馬車の横、ティオ達と同じように森に隠れる2人の存在を看破する。同時に少し離れた岩陰も、ルミナ・ロードが差し灯した。こちらはおそらく奇襲の為の弓使いか魔術師だろうと当たりをつける。
(まぁ、この距離で気付ける程度だ。どうとでもなるだろ。……探ってる時間もなさそうだしな)
森に隠れた2人組から不穏な気配を感じ取る。ティオは手遅れになる前に行動を起こした。
「お前らはここにいろ」
足元の2匹にそれだけ言って、森の中を駆ける。フィジカルエンチャントで強化したティオは、一瞬で2人組の背後へ回り込む。
今まさに飛び出そうとしていた2人組は、すぐ後ろに現れたティオに気づき、迎撃の構えを取る。だが、ティオ相手には些か以上に遅すぎた。
「バインドウェイブ」
「がっ!?」
「うわっ!」
2条の雷線が地面を奔り、2人を昏倒させる。
「なんだっ!?」
「新手か!?」
異変を察知した表の5人が騒ぐ。特に、声で仲間がやられたことを察したのか、賊側に大きな動揺が走る。その隙を、ティオは見逃さなかった。
「ストーンバレット」
十二分に手加減したストーンバレットを1発、賊の1人に向けて飛ばす。
森の奥から突然飛来したそれを、避けるどころか視認することも出来ず、肩口に受けた賊が叫び声をあげた。
「ぎゃあああああっ!? なんだってんだよ畜生っ!!」
飛来した石礫は貫通こそしなかったものの、肩の骨を砕くには十分な威力と速度だった。賊は剣も取り落とし、尻餅をついて激痛に喘ぐ。
突然の事態に困惑する賊と傭兵。そこに声が掛けられる。その場に似つかわしくないほど落ち着いた声で。
「剣を捨ててうつ伏せになれ」
「――!?」
茂みから出てきたティオが歩み寄りながら勧告する。その歩みは自然で、いかほどの気負いも、恐れも感じさせなかった。そのことに気付く者が何人いたか。
「ぐっ、この糞餓鬼が! 舐めた真似して――」
「ストーンバレット」
気付かなかった馬鹿が何やら叫ぶが、ティオが遮る。まるでティオだけ違う状況にいるかのように、平静と、平坦とした声色だ。
ティオの詠唱に応え、数十個もの礫が浮かび上がる。先ほど声を上げた賊でさえ、驚きに声を失った。
ティオがふと、視線を投げる。その瞬間、礫の一つが豪速で射出された。
「がっ!」
その先には岩の影から弓を構える賊がいた。いや、正確には構えようとしたところをティオによって阻止された。
その賊も肩を砕かれ、戦闘力を奪われる。少なくとも弓はもう使えないだろう。
最後の伏兵も倒され、賊の眼から戦意が消える。仮に戦意があっても身体が震えて戦えそうもない。
「もう一度だけ言う。剣を捨てて、うつ伏せになれ」
言い聞かせるように、ゆっくりと勧告する。先ほど声を上げた賊も今度こそ気付いたろう。そこに気負いも、威圧すらも含まれていない事を。
自分たちと殺し合うことに何の気負いもなく、降伏勧告にも威圧を込めない。まるで日常の一部であるかの様に。
賊の一人は悟る。眼の前の少年にとってこちらの答えは大して重要でないと。生かすか、殺すか。ただそれだけの違いでしかないのだと。
ここで言う通りにしなければ、自然に、なるべくして、自分たちは殺されるだろう。少なくとも、眼の前の少年にはそれだけの力があるのは明らかだった。
「――こ、降伏する」
賊の一人がそういえば、未だ健在なもう一人も剣を捨て、うつ伏せになる。
肩を砕かれた賊は動けないまでも、痛みと恐怖に涙を流しながらこくこくと頷いた。