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オーバーセンス  作者: 茜雲
零章 星が灯す道
4/71

星の導き


「そうですか。とりあえず、アリンに大事はないんですね。良かった……」


 アリンを助けてからの話を聞いたティオは、安心したように一息吐いた。


「それから、お前たちをこの診療所に連れてきた。ここまでが昨日の出来事だ」


 そう言って、イグスは用意された茶をすする。そこから先はオルデスが引き継いだ。


「そして今日、先ほど言っていた“続き”の件だが、我々は正式にマグナー商会を招くことにした」


「え、それって……」


 ティオは期待を込めた視線をオルデスに投げかけ、オルデスは笑みで返す。そして堂々と宣言した。


「君たちマグナー商会は、信用に足ると判断した。いや、判断した、などと大それたことは言えんな。思い知らされたよ」


 自嘲気味な笑みを浮かべながらオルデスは続ける。


「余所者だというだけで君たちを見ようともしなかった。領主として失格もいいところだが、それでも私はこのティリアムの領主だ。間違ったままではいられん。“道理”……とイグス殿は言ったな、誠意には誠意で返すのも“道理”だろう」


 オルデスは机の上に手を置き、イグスとティオに向け頭を下げた。


「すまなかった! 君たちを不当に蔑ろにした事、領主として謝罪する! 償いになるかはわからんが、私、オルデス・ブライムの名において、貴君らのこの町での商いを認めるものとする! それから……」


 オルデスは一旦顔をあげて真っ直ぐにティオを見詰めた。


「――感謝する。私の娘を救ってくれたことを。領主として、父親として。本当に、ありがとう……!」


 最後に、もう一度頭を下げた。


「僕は……、僕が助けたいと思ったから助けたんです。勝手にやったことですので、お礼を言われては困ってしまいます。助けたいから助けた、それもまた”道理”ですよ」


 オルデスの言葉を聞き届けた後、困ったように、そう返す。オルデスは顔をあげ、ティオ以上に困った表情に変えて呟いた。


「本当に、君たち親子は。それではこちらの立つ瀬がないではないか」


「感謝、ということでしたら商会を認めていただいたことで十分です。僕たちには信頼が一番の報酬ですから」


 その言葉を聞いたオルデスが半ば呆れたようにため息を吐く。


「全く……、大したご子息だな? イグス殿」


「ええ、自慢の息子です」


 賞賛やら皮肉やらを詰め込んだ口撃をあっさり躱されたオルデスはもう一度大きなため息を吐いた後、表情を真面目なものに戻す。そこには若干の悲痛さも感じさせた。


「……ひとつ、確認したいことがある。先に言っておくが、恩人を疑うつもりはない。だが、領主として、当事者としてはっきりさせておきたい。――ティオ君、君はどうしてアリンの場所がわかった?」


「っ……それ、は……」


 ティオは思わず口ごもる。


 その質問を予期していないわけではなかった。それだけ特異なことを口走った自覚はある。だが、せっかく築いた信頼関係を崩してしまうかもしれないという恐怖がティオに緊張を走らせた。


 数秒、静寂が場を支配する。イグス達はただ静かに答えを待っている、それは信頼の証だ。無言の信頼を受け取ったティオは意を決してその言葉を口にした。


「――わかりません。……ただ、あの時、呼ばれたような気がしたんです」


「呼ばれた? 誰にかね?」


 オルデスの質問に首を振ることで答える。


「本当になんとなくで、記憶もはっきりしないんです。ただ、何かに呼ばれて顔をあげたら、土砂の一部がぼんやり光って見えて……。根拠もなにもなく、理解ったんです。アリンはあそこにいる、と」


 話し終えたティオは俯く。客観的に見て自分の話は不自然どころか滑稽でさえあると思っていた。イグス達の反応を見るのが恐ろしくなったのだ。


「ふむ、わかっているのはそれぐらいかね? ティオ君」


「え、ええ。そうです……」


 ティオの予想に反して驚くほど軽い声音で問われ、ティオはどもりながら答える。


 ティオの言葉を受けて真剣に考え込んでいるように見えるオルデスとイグスに、ティオはおそるおそる問いかけた。


「あ、あの……疑わないんですか?」


「うん? 初めに言っただろう、恩人を疑うことはしないと。そもそも助けてもらったその張本人を疑うなど、それこそ道理に反する」


「まあ、息子の言葉を信じられない父親のままでは……いたくないね」


 オルデスは実にあっけらかんと言い放ち、イグスは若干思うところがあるのか、自嘲気味に微笑む。おそらく昨晩ティオの言葉をすぐに信じなかったことを言っているのだろう。普通は信じられるものでもないし、イグスの判断はあの状況においては妥当といえるものではあったのだが。


 ともあれ、二人が自分を信じてくれていることが分かり、ティオは安心したように笑みを浮かべた。


「ありがとう、ございます」


 ティオの言葉に、二人も笑みで応えた。


「とはいえ、これでは調査のしようもないな……」


「オルデス殿。私に一つ、心当たりがあります」


 オルデスがどうしたものかとため息を吐くと、イグスが言った。ティオとオルデスはイグスの方へと視線をやるが、イグスは構わず扉へ向けて声をかける。


「ラステナ、いるね?」


「はい」


 すぐに扉の向こう側から返事が聞こえ、遠慮しがちにラステナが室内に入ってきた。そこでオルデスが怪訝そうな声を上げる。


「彼女は確か傭兵の……。彼女が何か知っているのかね?」


「昨日の彼女の反応を見てなんとなく、ですね。それをこれから確認するところです。――ラステナ、君があれについて何か知っているのであれば、教えてくれないか」


 イグスがラステナに問いかける。あくまで優しい声ではあるが、有無を言わせない強い思いが感じ取れた。


 ラステナは首肯し、答える。


「――はい。おそらく……ですが、心当たりはあります。ただ……」


 言いながら、ラステナは困ったようにオルデスの方を見た。それだけでオルデスは察したようで、すぐに指示を下す。


「――少し席を外しなさい」


 オルデスから指示を受けてすぐ、周囲の使用人は部屋から退室してゆく。しかしオルデスの後ろに控える燕尾服を着た初老の男性を除いてだ。


「彼のことは気にしないでくれ。アルノーは私の側付だ。秘密を漏らすことはしない」


「……承知いたしました」


 ラステナは一つ頷き、話を続ける。


「昨日のティオ様の事ですが、私も確信がある訳ではありません。ただ、それと似たような力を知っています。その力の名は――」


 ごくり、と息をのむ音が聞こえる。風の薙ぐ音が響くほど静まりかえる中、ラステナが厳かな声で告げる。


「――ギフテッド・センス」


「まてっ、あれは根も葉もない噂話では……!?」


 オルデスが立ち上がって反論する。だが対するラステナはそんな反応も予想していたのか、あくまで冷静だった。


「いえ、その力を持つ者の絶対数が少ないため噂話で語られる程度ですが、確かに実在します。実際、私の知り合いにもそれに属する力を持つ者がいます」


「むぅ……」


 オルデスは信じられないといった表情でラステナの話を聞く。そこにイグスがすまなさそうな声色で割り込んだ。


「すまない、我々はその“ギフテッド・センス”について何も知らない。悪いがそこから話してくれないか?」


 イグスの隣でティオがこくこくと頷く。当事者である自分の事だ、無知のままではいられないだろう。


 オルデスは咳払いしてから佇まいを直し、それを見届けたラステナが再び説明し始めた。


「そうですね。ギフテッド・センスというのは……『現代魔術の埒外にある魔術的才能』、と言ったところでしょうか」


 イグスとティオの頭に『?』マークが浮かぶが、構わずラステナは続けた。


「簡単に言って、現代の魔術では概ね不可能であろう事象を起こす力、技術の事です。例えば……人間以外の動物と話をしたり、天候を操ったりと。……眉唾ですが、未来を読む能力もあるとか。――大した修練や研究も必要なく、まるで何者かに贈られたかのように突然に発現する超常的で異質な才覚(センス)、故にそれらは総じて贈られた才覚(ギフテッド・センス)と呼ばれています」


「そんな力が……本当にあるのか。まるで、安い伝奇小説の様ではないか……」


 唖然としながら呟いたイグスの言葉に、ラステナは首肯した(・・・・)


「そうですね。あながち間違っていないかもしれません」


「……なに?」


 自分から言っておいて微塵も想定していなかったその肯定に、イグスは思わず聞き返す。オルデスとティオも驚いた表情をラステナに向けていた。


「この力に関しては、ほとんど解明すらされていません。今のところ最も有力な説が『現代魔術では再現できない魔術的な何か』というだけで、実際は魔術も何も関係ない、神の力なのかもしれない。それなら、伝奇小説で語られるような不思議な力と同種かも知れないでしょう? あるいは、世に数多くあるそういった伝奇は、この力に基づいた実話なのかもしれませんね」


「…………」


 もはや言葉もない、と信じられない表情をするイグスや、黙って考え込むオルデス。ティオに至っては青い顔をして身の内に秘めた力に恐怖を抱く。


 三者三様の反応を見せる彼らに、ラステナは笑ってみせる。


「安心してください。少し大げさに話しましたが実際はそんなに大それたものではありません。私の知る限りではもっと些細な力ばかりです。私の知り合いも、ちょっと(・・・・)炎魔術の扱いが上手い程度ですし」


「そうか……。確かに、最初に聞いたような能力がありふれていたら噂話程度では収まっていなかっただろうな」


 少し安心したようにイグスは息を吐く。他の2人も似たような反応だった。そしてラステナは真剣な表情に戻し、話を核心に戻す。


「話を戻しましょう。ティオ様の力ですが……、過去にも同様の力を贈られた方がいたようで、文献で見たことがあります。曰く、感覚を強化し、不審を発見する才覚(センス)。当人にはそれが星の様に淡い光で視えることから星の導き(ルミナ・ロード)、と呼ばれています」


星の(ルミナ)……導き(ロード)……」


 反芻するように呟くティオに、ラステナは首肯し、続けた。


「理論的には魔術により感覚を極限まで研ぎ澄まし、本来知覚出来ない違和感さえ認識・可視化する力だそうです。例に漏れず、原理などはほとんど何も解明されていませんので、あくまで一説ですが」


「なるほど……、昨夜はアリンの声や気配を感じ取ったと考えれば一応の辻褄は合う……か? いや、感覚を強化したと言っても人間の能力でそんなことが可能なのか……?」 


 冷静に分析するオルデスをラステナが制した。


「何度も言いますが、まだ詳細は解明されていません。そもそも、ティオ様の力がそれであるという確証もありませんので、あまり考えすぎない方がよろしいかと」


「そうか……そうだな。いやしかしなんだな、仮にそうだとするなら思ったより地味……へ、平和的というか、安穏とした力だな。伝奇と同等であるかのような言い方をするから身構えたぞ」


「そうですね。僕としてはほっとしたような残念なような、複雑な気持ちですよ」


 安心したようなオルデスと、子供らしく伝奇ものに憧れていたらしいティオはそう言って笑いあう。だがイグスとラステナはそれに反して深刻そうな表情だ。


「……ラステナ、君はどう思う?」


「……そうですね、非常に危険な状況だと言わざるを得ません」


 2人の言い様に、ティオとオルデスは困惑の表情を浮かべる。


「なぜだ? 危険な力だとは思えないが……」


「確かに、センス自体には危険はないでしょう。ですが、それも使い方次第とも言えます」


 疑問符を浮かべるオルデスと、不安そうな表情で続きを待つティオ。ラステナは2人に視線で促され、話を続けた。


「例えば、兵士や護衛。或いは私たちの様な傭兵。感覚の向上による戦闘での優位は説明するまでもありませんし、罠や伏兵、敵の気配を察知できるその力は様々な職業・分野で十二分に活かせることでしょう。……たとえ、それが悪用だとしても」


 ラステナがそこで言葉を区切る。ティオは反論したそうな雰囲気を出していたが、話の腰を折らぬよう口を噤んでいた。


「強盗……暗殺……殺人……窃盗……。どれもセンスを使いこなしたティオ様であれば難しいことでは無いしょう。もちろん、ティオ様がそのようなことをするとは思っていません。ですが、その力を利用しようと考える輩はいくらでもいます。そして、失礼ですが、ティオ様にはまだそのような者達から身を護る術も、力もありません」


「我々がいるではないか! 我々と商会が力を合わせれば不浄な輩などにそうそう後れはとらん!」


 ラステナの言葉を聞き、オルデスはいきり立って反論する。だがラステナは首を横に振った。


「ギフテッド・センスという名は想像以上に人を惹きつけます。財力や暴力、果ては権力さえ敵となるやもしれません」


 静寂が場を支配する。ラステナの言葉にはそれだけの重みがあった。ティオが耐え切れずに口を開く。


「ぼ……僕は……」


「――大丈夫だ」


 体も声も震え俯くティオを、イグスが大きな手で優しく撫でる。撫でながら声をかければ、ティオの震えは嘘のように収まった。


 それでもティオは怯えるように父を見る。イグスは優しい笑みで返し、我が子を安心させるべく、ラステナへと向き直った。


「まだ、大丈夫だ。そうだな? ラステナ」


 言葉を向けられたラステナは少し申し訳なさそうに答える。


「はい。申し訳ありませんティオ様……配慮が足りませんでした。――昨晩、ティオ様の力を見聞きしたのはここにいる3人だけです。仮に人伝に状況が伝わっても、それだけでセンスのことを感付かれることはおそらく無いでしょう。ですので、この件を他言無用とし、今後力の扱いにさえ注意すれば、危険はないはずです」


「そうだな。このオルデス・ブライム、その名に懸けて、この秘密を墓まで持っていくことを誓おう。そして、いざという時は力になるということもな」


 言って、オルデスはにやりと笑みを浮かべる。


 イグス達はその言葉に目を見張った。領主が“その名に懸けて”と言ったのだ。その重みを知るものから見れば信じられないだろう。それほど、オルデスがティオ達に持つ感謝の念は深いのだ。


 イグスとティオはオルデスに深く頭を下げ、感謝を伝えるが、オルデスはそれを当然のことと言って軽く流してしまい、先ほどとは逆転した立場に3人揃って笑い合うのだった。


「さて、この件はとりあえずこれで落着だな。いつの間にかいい時間だ、夕食にするとしよう。屋敷に君たちの分も用意させている。勝手とは思ったが、ご家族も既に招待させてもらっているよ」


 用意のいいオルデスに、既に退路を断たれているイグスとティオは苦笑いしながら承諾した。ただし、ラステナの反応は言わずもがなである。


 ラステナを半ば無理矢理伴って領主邸の食堂へ向かうと、既にイーシャやアリン、テーブルを挟んで反対側にソルチェ、トリウス、オルトが席に着いていた。


「遅かったのですね、お父様。何を話していらしたのですか?」


「待たせてすまない。なに、仕事の話さ。そんなことより、腹が減った。料理を持ってこさせよう」


 流石に政界慣れしており、言いにくいことはさっと流してしまう。オルデスが合図すればすぐに料理が運ばれてきた。


 使用人が料理を並べている間にティオはアリンに話しかける。


「アリン、体調は大丈夫なの?」


「ありがとうティオくん、大丈夫だよ。先生も、あと2・3日は安静にしないとだけど、屋敷の中でなら普段通りに過ごしていいって」


 アリンの言葉に、ティオは良かったと息をつく。そんなティオに、アリンは些か以上に熱い視線を送る。それをトリウスとオルトがにやにやとした笑みで、オルデスが少し不機嫌そうだが複雑な表情で眺めていた。


 オルデスがごほん、と一つ咳払いして空気を改めると、アリンのジト目を受けながら音頭をとった。


「さて、マグナー家諸君。此度の件、真に感謝している。感謝の言葉を幾ら紡ごうとも到底足りるまい。その代わりと言っては難だが、ささやかな宴席を用意させてもらった。存分に楽しんでくれ。では、ブライム家とマグナー家の友好と発展を祈って。乾杯!」


「「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」」


 一斉にグラスを掲げ、叫ぶ。そして各々の飲み物を一気に飲み干し、宴会が始まるのだった。


「おお、これは……」


「我がティリアムで採れた食材で作らせた料理だ。味は保証するとも」


 ささやかとは言えないほど豪華な料理を見てイグスは驚きの声を上げた。それに対してオルデスは自慢げに語る。


 そのすぐ横では子供達が楽しそうに歓談していた。


「おいしい……」


「ふふっ。気に入ったのなら持って帰る分も用意してもらう?」


「お、俺の分も頼むぜアリン」


「はいはい、使用人に言っておいてねー」


 思わず感想が口に出たティオに、アリンが提案する。オルトも話に乗るが、まだ先ほどのことを根に持っているアリンはそれを適当に流す。だがオルトは大して気にした風もなく言われた通りに使用人に頼み込み、トリウスが苦笑いしながらそれに便乗していた。


 宴席は終始笑いに包まれながら、滞りなく終わりを告げる。イグスがお暇すると言えば、ブライム家総出で見送りに出ていく。


「ではこれで失礼します。我々の為に豪華な宴席を用意していただき、感謝します」


「なに、当然の感謝の気持ちだ。無論、これで感謝し終わったなどと思っておらんぞ」


 オルデスの物言いにイグスは苦笑する。この話はきりがなさそうだと、仕事の話に切り替えた。


「商談の件ですが、明日また詳細を説明させていただいても?」

「あい分かった。ただ、昨夜の後処理がまだ残っていてな。昼過ぎからでもよいか?」

「ええ、承知しました。では、また明日、よろしくお願いいたします」


 イグス達が商談の打ち合わせをしているのを眺め、少し離れた場所でアリンはティオ達に話しかけていた。


「ねぇ、明日なんだけど…………また、遊べないかな?」


「ん? 遊ぶって言ったって、2・3日は安静にしなきゃならないんだろ?」


 遠慮がちに提案するアリンにオルトが反応する。


「大丈夫だよ。流石に昨日みたいにお外では遊べないけど、お部屋でなら構わないって先生も言ってたから」


 言いながらアリンはにっこりと微笑む。


 ちなみにアリンの部屋は土砂で埋もれてしまったが、空き部屋を新たに子供部屋に改装していた。その仕事の迅速さが使用人たちの有能さを物語っている。


「そういうことなら大丈夫だぜ。兄貴たちもいいよな?」


「そうだね。昼に父上達に付いて来ようか」


 アリンの言葉を聞いたオルトとトリウスは安心して頷く。だがティオの反応がなかったため、アリンは不安げに問い直した。


「……ティオくん?」


「――っえ、ごめん、なに?」


 ティオは名を呼ばれてようやく反応を返す。ティオは理由もなく人の話を聞き流すタイプではないため、心配になったオルト達が声をかける。


「おい、大丈夫か? まだ全快じゃないんだろ?」


「ティオ、体調が悪いならそう言え。誰も迷惑だなんて思わないさ」


「ティオくん……」


 畳み掛けるように心配の声を掛けられ、ティオはこそばゆいと感じると共に心配させてしまったことと反省する。


 心配してくれて嬉しいとも感じる気持ちを諌めながら、これ以上心配を掛けないように言い訳を口にした。


「ご、ごめん。ちょっと考え事してただけだから大丈夫だよ。体調は全く問題ないから」


「……なら、いいんだけど」


 にこやかに笑いながら問題ないとティオは言うが、その顔にどこか影があることをアリンは見逃さなかった。しかし、この場で追及しても負担をかけるだけだと思い、一応の納得を示した。


「それで? なんの話だったの?」


「ああ、うん。明日、私の部屋で……遊べないかなって」


 少し不安そうに告げる。ティオの様子がおかしいこともあって誘っていいものか悩んでいるのだろう。だがそれはティオの言葉であっさり霧散する。


「うん、いいよ。僕もアリンとはまた遊びたいと思ってたんだ」


「っ!?」


 ティオが満面の笑顔で、本当にうれしそうに微笑んで了承する。その笑顔と言葉にアリンの顔とHPゲージは一瞬で真っ赤になる。大ダメージである。ティオの性格を考えると深い意味はないのだろうが、今のアリンにそれを察する余裕はなかった。


 トリウスとオルトが罪作りな弟を呆れや恐れを含んだ眼差しで見ていると、イグス達からお呼びがかかる。どうやら大人組の話も終わって帰路に就くようだ。


「あっああああありがとっ! そ、それじゃみゃた明日っ!」


「あっ!」


 アリンは怪しい呂律で別れを告げるや否や、安静にするという言いつけを完全に無視して全速力で屋敷に戻っていった。


 その場に残されたのはキョトンとするティオと父親2人、さもありなんと肩を竦める兄2人。それから、大方察したのかにっこにっこと微笑ましそうに屋敷とティオを交互に眺める夫人2人だった。



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