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オーバーセンス  作者: 茜雲
一章 雨夜、灼きつく想い
39/71

いつか、隣に立つ為に

 何を言っているんだお前は。と言ってやりたい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。


 視界の端では、突然の話に首だけガルドに向けて硬直するフィアが見えた。


 ティオは頭を振り、一呼吸入れてから話しを続ける。


「……理由は? まぁおおよその見当はつくけど」


「ああ、お前の魔素を時折与えてやって欲しい。それに以前から思っていたんだ。こいつはこの場所しか知らないから……外を、世界を見せてやりたいとな」


 予想通りの答えにティオは頭を抱える。


 ティオに一片のメリットもない話であり、本来話を聞くまでもなく、即断即決で断る話だ。それをしないのは、命を救ってもらった借りがあるから。それと、あまり認めたい話ではないが、目の前の魔物をもう赤の他人とは思えなかったからだ。


 だがそれを了承するかどうかは別問題だ。少なくとも、納得もせずに首を縦に振るつもりはティオには無い。


「それは立派な考えだな。けど、幼いとはいえこいつは正真正銘、ランク6の魔物であるストームタイガーだろう? わざわざ他人に預けてまで成長を急がせる必要はないように思うが。それに……」


 ティオは一旦言葉を区切り、ガルドを睨めつける。非難と……警告を込めて。


「それに、信用するのか? 昨日今日会ったばかりの奴を? ましてやお前らは魔物で、俺は人間。決して相容れない存在のはずだ。仮に連れて行ったとして、俺がその気になればフィアを……」


 そこで言葉を止める。実際にそれを口にするのには抵抗があった。だが、言いたいことは伝わったはずだ。


「――俺は、あいつを守れなかった」


「…………」


 ティオの言葉を受け取り、ガルドは目を瞑る。そして一拍置いた後、ガルドは悲痛な表情を浮かべ、呟くように言葉を紡ぎ始める。或いはそれは、懺悔のようにも思えた。


奴ら(・・)が来たのはちょうど、俺が出払っていた時でな。戻ってきた時はもう、遅かった」


 ガルドが言うには、フィアの母親を殺した狩人たちは、その遺骸を持ち去ったという。それは狩人としては当然のことだが、遺された者にとっては堪ったものではいだろう。


 ガルドが戻った時はちょうど、荷車に乗せて運び出すところだったらしい。


 それを見たガルドは怒り狂い、せめて遺骸をどうにか奪い返そうとするが、相手もストームタイガーを狙うだけあって相当の腕の持ち主だった。


 数人は屠ったそうだが、足止めされている間に遺骸は持ち去られた。それが当時の顛末だと、ガルドは語った。


 ガルドが語るすぐ隣で、悲痛そうにフィアが俯いていた。


 フィアは母親に言われて岩陰に隠れていた為に難を逃れたそうだが、それはつまり、その一部始終を見ていたということだ。その心境はティオには量れない。


「おそらく奴らはもう一度、次は俺を狩りに来るだろう。いや、必ず来る。俺はその場で、決着をつけるつもりだ。無論、負けるつもりは毛頭ない。だが、どう転ぶにしろ、少なくともその場にフィアを置いておきたくはない」


 それにはティオも同意する。フィアはまだ幼い。おそらくそこらの魔物にはおいそれと後れをとりはしないだろうが、相手はガルドさえも止めうる強者だ。人質か足手まといか、どちらにせよいい方向には転ばないだろう。


 フィアもそれは解かっているのだろう。俯いてたまま、反応を返さない。


「だから頼む。この通りだ!」


 言って、ガルドは頭を下げた。


 無責任、だと思わない訳でもない。理由はどうあれ、フィアからその手を離すのだ。フィアのことを第一に想うのであれば、それこそフィアを連れて、他所に逃げればいい。仇など忘れ、どこか長閑な場所に移り住めばいいのだ。フィアを連れていても、ガルドであればそれぐらいは問題ないだろう。


 だがティオには仇討ち(それ)を否定することなど出来そうになかった。未だティオの内に燻る憤怒の炎がそれを許さなかった。


「……はぁ」


 ため息を吐いて考える。


 ティオとしても、メリットこそないがフィアを連れて行くことが嫌な訳ではない。すでに似たような毛玉を連れていることもあり、今更ではある。そもそも好きで連れ回している訳でもないのだが。


「……俺で、いいのか?」


 ティオは今一度、警告の意志を込め、問う。自分を信じるのかと。仇と同じ、人間でいいのかと。


 ガルドはティオの視線を受け止める。そして、笑い飛ばした。


「はっ! 見くびるなよ? 恨むべきはあの狩人どもであって人間ではない。それくらいのこと、解っている」


「っ……」


 ティオは言葉に詰まる。


 種そのものを恨まないというガルドの言葉は、ぐさりと響いた。


 つい先日、直接の仇でもない相手を虐殺してしまったばかりなのだ。実際、先に手を出したのはゴブリンたちなのだが、それは結果論であり、先にこちらが気付いていれば、間違いなく先制攻撃しただろうとティオは自覚していた。


 魔物相手なので問題ないといえば問題ないのだが、目の前のガルドのような例を知ってしまうと、そうも割り切れない。


 言葉に詰まるティオをどう捉えたのか、ガルドは笑みを浮かべながら堂々と宣言した。


「それに、当然信用するさ。友人のことだからな」


「ゆ、友人……?」


 再び、言葉に詰まる。流石に友人扱いは予想外過ぎた。


 種族そのものも違うし、見た目、年齢と共通点など無いに等しい二人だ。友人と言われても違和感しかない。だが、ティオは不思議と悪い気はしなかった。


 ティオはガシガシと頭を掻きながらどうするか考える。いや、考えるまでもなくティオの中で答えは出ている。恩もあるし、何よりここまで言われて引き下がる事など出来ない。


 それでも、確認すべきことがあった。ティオは足元に視線をやる。


「お前は……どうする? どうしたい?」


 ティオはフィアに向けて、語りかける。それでフィアは察する。自分が頷けばティオはガルドの頼みを聞くと。あとは自分次第だと。


 フィアはガルドの方を見上げる。ガルドはしゃがみこみ、フィアの頭に手を置いた。


「安心しろ。負けるつもりはない。また、逢える」


 優しくフィアを撫でながら、一切の気負いなく話す。自分が負ける訳がないという絶対の自負を感じさせた。


 大人しく撫でられながら、フィアは意を決した。


 本当は共に戦いたいし、離れたくはない。だが自分にはそれを実現する強さがない。それを得るにはどうすれば良いか。答えは、目の前にある。


 フィアは視線をティオに移す。その眼をじっと見つめる。ティオもそれに応え、見つめ返した。しばらく視線を交差させるが、フィアが突然フイッと視線を逸らした。


「フィアも、ついて行きたいそうだ」


「いや、今のは絶対違うだろ……」


 自信満々に言うガルドに、思わず突っ込む。とは言え、連れて行くことになるだろうと察して、ティオは深く、それはもう深くため息を吐くのだった。



  ***



「本当に、いいのか?」


 森と、見えはしないがその向こうにあるはずの王都を見つめていたティオは、振り向き、最後の確認をする。内心では心変わりしてくれることを願いながら。


「もちろん、これが最善だ。フィアもそう思うだろう?」


「…………」


 ガルドは当然だとばかりに言い放つ。足元のフィアにも同意を求めるが、返事はない。


「ほら、フォアもお前のことが気に入っ――がっ」


 最後まで言い終わる前に風弾がガルドの額を撃つ。何気に低ランクの魔物ぐらいなら絶命しかねない威力だ。殺虎未遂の犯人は言うまでもない。


「……適当なこと言うなってよ」


「適当なことを言った訳では……いやなんでもない」


 再び風弾を形成し始めるフィアから目を逸らし、話を戻す。


「こほん……王都ベルナートに行くのだったな。この先を真っ直ぐ進めば、1日ほどで街道に出る。そこから街道沿いに北西へ進めば半日で着くはずだ」


「随分と詳しいんだな」


 すらすらと王都までの道のりが出てきたガルドに、ティオは疑問をぶつける。


「まぁ……色々とな」


「……ふぅん?」


 ガルドにしては珍しく歯切れの悪い返事に、ティオは興味を引かれる。だが歯切れが悪いということは言い難いということだ。わざわざ聞き出すつもりはない。


「さて、行くか」


「きゅいっ」


「……」


 ティオがそう宣言すれば、アルミラージとフィアがティオの傍へと寄ってきた。そうだろうとは思っていたが、アルミラージもついて来るつもり満々のようだ。


「……じゃあな。世話になった」


「大したことはしていないさ。そんなことより……フィアを、頼んだぞ」


 ティオは頷き、森へと向き直る。そして脱出に向けての一歩を、再び踏み出した。


 振り返ることなく森へ向かうティオと、それについて行くアルミラージ。だがフィアは、動かなかった。


 目線だけはティオ達に向けたまま、足が地面に縫い付けられたかのように動かない。そんなフィアの頭に、大きな手が添えられる。


「またな、フィア。外の世界を見て、色んなことを学んで、強くなって。そんで、帰ってこい」


「……なー」


 フィアは一度振り向き、鳴き声を上げる。それに含まれた想いは本人以外にはわからない。だが、ガルドは笑みを浮かべて頷いた。


 フィアは再びティオ達の方へ向き直り、そのまま駆けていく。ガルドがまたなと、帰ってこいと、そう言ったのだ。帰る場所はガルドが守ってくれる。ならば、自分はガルドの隣に立つために出来ることをするのだ。


 やがてティオ達に追い付き、その隣を歩く。そんなフィアを見て、ティオは微笑んでいた。


「ウオオオオオオン!!」


 背後から巨大な魔素を込めた叫び声が響く。何事かと振り向けば、ストームタイガーに戻ったガルドが雄叫びを上げていた。


 それがガルドなりの激励である事を察し、1人と1頭は視線を交差させる。


「……行ってくる」


 それだけを口にして歩みを再開する。


 ガルドはその言葉を確かに受け取り、ティオたちが見えなくなるまで、見えなくなってからも、見送り続けた。


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