魔素の質
「ありえん!」
「わかったからとりあえず落ち着け」
「きゅい」
叫ぶガルドに声を掛ける1人と1匹。
ティオの隣に座る毛玉は落ち着いたもので、のんきに毛繕いをしている。この騒動の原因が自分と気付いていないのか、それとも気付いていてこの態度なのか。後者であれば意外と大物かもしれない。
あの後、少女の姿をしたアルミラージがティオの頬を舐めたり、裸なのに気付いたティオが赤くなったりともうひと騒動あったが、1分と経たない間に元のうさぎ姿に戻った。
少女の姿でも微妙にうさ耳が残っていたりと不完全な部分もあったので、おそらくまだ制御できていないのだろう。
そしてしばらく頭を抱えていたガルドだったが、正気に戻るなり、この一言である。ティオとしても気持ちはよくわかったので同意を示しながら落ち着くよう促す。
「あ、ああ、すまん。少し取り乱した」
「気にするな。それより……」
言いながら、ティオは隣に視線を移し、ガルドもそれに追従する。
「……こいつが特別変なのか、ガルドの知識が間違っているのか、或いは別に理由があるのか。どれだろうな?」
「少なくとも、2番目はないぞ。俺はこれでも100年以上生きているんだ。その経験で得た知識だ、間違いなどありえん」
「そ、そんなに生きてたのか……」
少し態度を改めた方がいいかと思うティオ。しかしそれをガルドは一笑に伏す。
「気にするな、生きた年数など瑣末ごとだ。それよりそいつの話だ。そいつが特別変なのもあるだろうが、それ以上に別の要因があるはずだ」
「なんでそう言える? あれだけの技能を扱えたんだ。エグジスタも絶対にないとは……」
ガルドは首を振ってティオの言葉を遮る。
「何度も言うがありえない。いいか? 俺がエグジスタを習得したのは生まれてから10年以上経った時期だ。高位級で、魔素の扱いに長けた俺が、10年掛かったんだ。当時は既に高位級としての力もあった。だがそいつは明らかに子供、まだ生まれてせいぜい数ヶ月かそこらだろう」
ティオはそれを聞いて納得する。10年生きたストームタイガーと比べ、いくら才能があってもたかが数ヶ月しか生きていないアルミラージが、同等だとはとても思えなかった。
「なるほどな。確かに才能や運でどうにかなる問題じゃなさそうだ。だとしたら、考えて解かる問題じゃないんじゃないか? 偶発的な何かか、何かしらの外的要因かは知らないけど、これ以上は考えるだけむ――」
無駄、と言いかけて口を噤む。一つの外的要因に心当たりがあったからだ。
ガルドも同じ考えに思い至ったのか、じっとティオを見つめる。
ティオは頬を引きつらせながら否定の言葉を呟いた。
「いやいや、流石にそれは――」
「――昨日も言ったが……」
だが、その言葉もガルドに遮られる。
「そいつはお前を守ろうと俺達の前に立ち塞がった。が、その時は雷撃なんて使う素振りも無かった。戦うつもりだったのなら、それはおかしくないか?」
「い、いやでも……」
「それに……」
尚も反論しようとするティオだが、ガルドは捲くし立て、それを許さない。
「森でお前がそいつを助けた時、あの威力の雷撃が使えるのなら、倒木ぐらいどうにか出来たと思わないか?」
「…………」
ガルドはティオから視線を外し、アルミラージに移す。
「まぁ、そうだな。当人に聞いた方が早いか」
言いながら、アルミラージの傍まで歩み寄る。
ティオは複雑そうな表情だが、邪魔するつもりは無いようだ。
「……言葉の意味は解かるか?」
ガルドはアルミラージに向けて問いかける。
アルミラージは一瞬不思議そうに首を傾げた後、頷いた。どうやら不完全ながらも、確かにエグジスタは機能しているらしい。
ガルドも一つ頷き、質問を続ける。
「言葉が解かるようになったのは今朝からか?」
アルミラージは頷く。
「雷の技能は以前から使えたか?」
頷く。
「さっきと同じか、それに近い威力は今まであったか?」
首を横に振る。
「最後だ。ティオの魔素を取り込むようになってから、魔素は扱い易くなったか?」
アルミラージは頷いた。確かに、頷いた。
「……そういう、ことだな」
ガルドはティオに視線を戻す。ティオは額に手を当て、ショックを隠し切れないでいた。
「……ったくお前は。どれだけ変な特徴を持っているんだ。節操がないぞ」
「う、うるさい! 好きでそうなった訳じゃないから!」
茶化すようなガルドの言葉に、ティオは涙目で返す。決してそんなややこしいものになりたかった訳じゃない。決して。
ガルドとしても冗談のつもりで言ったのだろう、ティオの反応を笑いながら考察を続けた。
「冗談は置いておいても、これは面白いな。取り込む魔素の、おそらく質によって魔物の成長度合いに大きな影響がある、か。現状はティオにしか実現出来ないんだろうし、もし知られたら悪魔どもに狙われるかもな」
「いや笑えないから……」
(能力がバレたら人間にも魔物にも狙われるとか、なんの冗談だよ……)
もはやため息しか出ない。本当に冗談のような己の能力に頭を抱える。
「なぁティオ、俺も試しにお前の魔素を取り込んでみたいんだがいいか?」
「はぁ?」
軽くやさぐれた表情で顔を上げるティオ。
別にそれぐらいはかまわないと答えようとして、思わずその場面を想像する。そう、ティオが指先に出した魔素を舐める、目の前の偉丈夫の姿を。
「――無理! いや無理だから無理! 無理無理!!」
「む。何故だ、別に大量に貰おうとは思っていないぞ。そこのアルミラージと同程度でいいんだ」
思わずティオは距離を取るが、その分ガルドも距離を詰める。明確な理由がなければガルドは諦めるつもりはなさそうだ。
「む、無理だって! それに俺の魔素なんてそんな大したもんじゃないから!」
「それを確かめようというのだ。ええい! いいから魔素を寄越せ!」
言って、ガルドはティオに向けて手を差し出す。それを受けてティオは疑問符を浮かべる。
「ん? この手は?」
「だから魔素を寄越せと言っているだろう?」
ティオの疑問に、ガルドも疑問で返す。ここでティオはようやく思い至った。自分も、別に口から取り込んだ訳ではなかったことに。
魔素は別にどこからでも取り込めるのだ。アルミラージなどは体格的に、仕方なく口から取り込んでいるだけである。
ティオは己の勘違いに気付き、赤面する。それを誤魔化すために俯いた。
「どうした?」
「い、いや、なんでもない。少し集中するから待ってくれ」
ガルドはティオの行動や急な心変わりに疑問を抱かないでもなかったが、魔素を貰えるのであればいいと、気にしなかった。
ふと足元を見ると、いつの間にいたのかアルミラージとフィアが見上げていた。
きょとんとしているアルミラージはともかく、フィアが何やらジト目をしているような気がしたがティオは気にしないことにした。
そして、深呼吸をしてから顔を上げる。
「はぁ、ほら」
言って、手を突き出せば、ガルドが待ってましたとばかりにその手のすぐ下に己の手を持っていく。
それを確認したティオはいつも通り、魔素を生み出した。
「ほぉ……」
ガルドはその光景を感心したように見つめる。そして生まれた魔素を取り込んでいく。一つ、二つ、三つ目を取り込んだところで、感嘆の声を上げた。
「これは……すごいな」
「そんなに実感を得られるようなものなのか?」
大仰な反応を見せるガルドに、訝しげな視線を向ける。
「ああ。いや、正直半信半疑だったんだが……取り込んだ傍から力が充実するのを感じる。そこいらの魔素とは比べ物にならん」
「へぇ……」
ティオは気のない返事を返す。いや、そう返すしかない。自分はガルドの言っていることを確かめられないし、自分の生み出したものに対して、そりゃあすごい、と返すのも違和感がある。
ふと足元を見れば、アルミラージが物欲しそうにティオを見ている。その隣ではフィアが……そっぽを向いているが、興味があるのかちらちらと視線を投げてくる。
「……ほら」
ティオはしゃがみこみ、魔素を出してやる。そうすればすぐにアルミラージが寄ってきた。フィアも警戒しているようだが、おそるおそる近づいてくる。
アルミラージが嬉しそうに、舐めるようにして魔素を取り込んでいく。夢中だからか、空気を読まないからか、フィアに場所を譲るつもりは無いようだ。
仕方なしにティオがもう一方の手で出してやれば、フィアはじっと、ティオの顔を見据える。
しばらくそうした後、信用してくれたのか、ティオの手に鼻先を近づけた。ティオの信用が勝ったのか、興味が勝ったのか、実際のところは解からないが。
「……んにゃ!?」
魔素を取り込んですぐ、フィアが驚いたような声を上げる。それからちらり、と遠慮がちにティオへ視線を向ける。ティオはその意を察し、さらに魔素を生み出した。
(やっぱり驚くような代物なのか……。味とかあるんだろうか)
などとどうでもいいことを考えながら、ティオは魔素を生み出し続けた。
「……はい、これで終わりな」
少量ならば問題ないが、あまりやり過ぎると流石に体力を奪われるため、適当なところで切り上げる。
毛玉2匹が物足りないような表情をしていたが無視した。何事もやり過ぎはよくないのだ。
エサやり、もとい魔素やりを終えて顔を上げれば、なにやら真剣な表情でガルドが考え込んでいた。
「どうした?」
「ん、いや、少し考えていてな……」
そりゃあ見ればわかる、と呟きながらティオは腰を降ろして一息吐いた。
実感するほど体力を消耗した訳ではないが、先のことを考えるのであれば、可能な限り万全を期しておいた方がいいだろう。
そう考えながら、ティオは平野の向こう、鬱蒼とした森を見据える。
「……行くのか?」
「ああ。少し休んでからな」
ティオの意図を正確に察したガルドが問いかける。
ティオが肯定すれば、再び顎に手を当てて考え込み、やがて意を決したように、ティオへと向き直った。
「ティオ、お前に頼みがある」
「……もう魔素はやらんぞ」
ガルドの言葉に、ティオはおどけて返す。だがガルドの声色で解かっていた。真剣な頼みであることを。
再び立ち上がり、ガルドを正面から見据える。ティオなりの誠意だ。
それを受け取ったガルドはひとつ笑みを浮かべてから、言い放った。
「こいつを、フィアを一緒に連れて行ってやってくれないか?」
その言葉に、ティオは耳を疑った。