白い少女
「ん……」
刺すような光に目蓋の奥を刺激され、ティオは目を覚ました。
目蓋を開ければ、ちょうど太陽が顔を出したところの様だ。
二度寝しろという脳からの指示を無視しつつ、体を起こす。
「起きたか」
声のした方を向けば、ガルドが何やら見覚えのある白い球体をもてあそんでいた。
「おはよう。体の調子は大丈夫か?」
「ああ、おはよう。……うん、大丈夫みたいだ、頭痛もしない」
ティオは体を確かめながら答えれば、ガルドは満足そうに頷いた。
「そうか、それは何よりだ」
「心配してくれてありがと。ところで、それは何してるんだ?」
言って、ガルドの手に浮かぶ白い球体を指差す。ティオはそれで何度か死にかけたのでよく覚えていた。
「それ、あの風を凝縮したような炸裂弾だよな? 正直、見ていて怖いんだが……」
「ははは! それはすまんな!」
ガルドはティオの言い分に大笑いした後、風玉を空に向けて放る。やがて空気が抜けるような音を出しながら萎んでいき、最後には空気に溶けていった。
「あれを維持するのはちょうどいい訓練になるのでな。それに、ここは何も無いからいい暇潰しになる。それと、ほら」
言いながら、片手に持っていたもう一つの球体を投げて寄越す。
「……林檎?」
「ああ。ほれ」
ガルドが指で示した方を見れば、確かに平野の向こうに果実がなっている木がある。あれが林檎の木だろう。
「貰っていいのか?」
「もちろん。俺たちは魔素を取り込めば生きていけるから、大事な食料というわけでも無い。食べられない訳ではないが、まぁ一種の贅沢と言うか、嗜好品のようなものだな」
言いながら、もう一つ持っていた林檎に齧り付く。
いったいどういう体の造りをしているのか疑問を抱きながら、ガルドに倣ってティオも林檎に齧り付くのだった。
「きゅー……」
「ん?」
横から奇妙な声が聞こえ、そちらを見てみるとアルミラージとフィアがいた。
未だ気持ちよさそうに寝ているアルミラージのうさ耳を、フィアがぺしぺしと叩いて遊んでいる。
適度な刺激が心地良いのか、アルミラージは起きる様子もなくふらふらと耳を動かしていた。
(異種族間交遊? 片方寝てるけど)
などと下らないことを考えながら笑みを浮かべ、林檎を咀嚼しながらその光景をしばし眺める。
まだ森を脱出したわけでもないのに、心安まるのをティオは感じていた。
――ペシ……ペシ……
「きゅぅ……」
アルミラージは気持ちよさそうな寝息を立てている。
――ペシペシ
「きゅ」
楽しくなってきたのかフィアの叩く速度が上がってきた。
――ペシペシペシペシペシペシ
「きゅ……きゅう……」
ついに両前足を使って叩き始める。もはやゲーム感覚だ。アルミラージは異変を感じ始めたのか、体を揺り動かす。
――ペペペペペペペペペペペペペペペ
目に見えないほどの高速叩き。爪を立てず、決してうさ耳を傷つけはしない。
激しくどうでもいいところで高位級の血脈と才能を遺憾なく発揮し、無駄に高い技術を見せつけるフィアに、ティオは苦笑いを浮かべる。
「きゅぴっ!?」
「~♪」
流石にここまでされてはアルミラージが飛び起きる。と、同時にフィアはぴたりとうさ耳叩きゲームを止め、満足そうにガルドの方へ戻っていった。
未だ状況を飲み込めていないアルミラージはきょろきょろと周りを見渡したあと、首を傾げる。そこに小さな水球が飛来し、器用に顔だけを濡らした。
「いい加減起きろ、ねぼすけ」
「きゅいっ」
ティオの水球でようやく目を覚ましたのか、前足で顔を拭いたあと、一鳴きして返事する。とそこで、ティオの手にしているものに視線を注ぐ。
「ん? これか?」
ティオが手に持った林檎を掲げれば、アルミラージの視線もそれを追う。ティオは仕方なしに分けてやることにした。
「んっ、と」
フィジカルエンチャントで筋力を底上げして、力業で林檎を割り、その一欠けらをアルミラージの前に差し出した……後、引き戻し、明後日の方へと投げる。
フィアのじゃれ合い(?)に感化されてなんとなく自分も毛玉をいじめ……もとい、いじりたくなったのだ。
「きゅー……」
アルミラージは一瞬非難めいた視線をティオに投げるが、興味が勝ったのかすぐに林檎へ向かっていった。
「いじりがいのある奴……」
そんな独り言を言ってガルドからジト目で見られているのに気付かずに、ティオはアルミラージを眺めていた。
そして林檎のかけらまで後1メートルといったところで……かっ攫われた。
「……あれは普通の鳥か?」
「……だろうな。魔物なら、わざわざ俺の縄張りに侵入してまでアレを盗りはしないだろう」
アルミラージの目の前で林檎が鳥に奪われる。鳥はそのまま上昇し、空へと向かった。
ティオやガルドであれば撃ち落とすのは可能だろうが、わざわざ林檎の為に魔素を使う気はない。
仕方なしに、今度は普通に分けてやろうかと考えていた時、それを感じ取った。
同じく感じ取ったであろうガルドも、瞬時に視線を向けた。魔素の気配のした方へ、アルミラージへと。
「きゅいーーー!!」
アルミラージが叫ぶ。それと同時に、無いはずの角の先に小さな雷球が生まれる。
次の瞬間、雷球から解き放たれた一条の雷閃が空を奔る。雷閃は林檎を持った鳥を正確に穿ち、声を上げる間もなく絶命させた。
やりきった顔で鼻息を鳴らし、鳥と共に落ちた林檎に向かっていくアルミラージを眺めながら、ガルドはやや掠れた声で呟く。
「まさか変異種だったとは……。それに、なんだあの雷撃の威力は……」
「アルミラージの変異種、か。確かに悪くない一撃だったけど、あんたにとってはそう脅威になるものでもないだろ?」
ティオの言う通り、驚きはしたがティオやガルドには通用しない程度の威力と速度だった。それ故に、ガルドの驚き様に違和感を覚える。
「そういう問題ではない。原種に無い技能を持った変異種は稀に生まれるが、その基礎能力は原種とそう変わらないはずだ。つまり、低位の魔物が変異種として何かしらの技能を持って生まれたとしても、その技能はそれ相応にしか扱えないはずなんだ」
「……本来技能のないアルミラージが、ああも旨く、それも強力な技能を使えるはずがない。……ってことか?」
ティオはガルドの言い分に納得を示す。
変異種の定義としては“原種に無い特徴や技能を備えた個体”である。
アルミラージ種としては本来持ち得ない、“雷を生む技能”を備えたアレは正しく変異種なのだろう。だが、それだけだ。
技能を持っていない、ということは種として魔素への適正が低いことを意味する。魔素の適正が低い故に、技能が使えないのだ。
そしてそれは、例え変異種でもそれは例外ではない。元々魔素が扱えない種であれば、変異種でもまともに技能は使えないはずなのだ。
「けど、実際あれはランク3か4でも通用する威力だったぞ」
「だからおかしいんだ。個体差の大きいゴブリンなどならまだしも……」
「きゅっ」
そこまで話したところで、アルミラージが戻ってきた。林檎を咥え、どやっと見せびらかす。
猫かお前は、と内心で突っ込みつつ、仕方なしに撫でてやると嬉しそうな鳴き声をあげた。
「まぁ、あまり難しく考えなくても、こいつが特別、魔素を制御する才能があったってことでいいんじゃないか?」
「……そうだな。納得は出来んが、な」
若干不服そうにガルドが同意する。そこでティオがふと気になったことを口にした。
「そういえば、こいつに魔素を制御する才能があるんだとしたら、将来的にはエグジスタを習得出来るのかな?」
「それはない。いくら才能があったとしても、所詮アルミラージだ。エグジスタは最低でも高位級以上の能力が必要だ。低位級のこいつが習得することは絶対にありえ――」
「出来るもんっ!!」
「――なに?」
ティオとガルドが目を見開く。視線は目の前の少女に注がれていた。
ティオより1歳か2歳ほど幼いと思われるその少女は、地べたに座り込み、可愛らしく口をへの字に曲げながらガルドを睨んでいた。
シミ一つない玉の肌と、汚れを知らない真っ白い髪が日光でよく映えている。
その白髪の頂点には未だティオの手が乗っている。先ほどまでその手を乗せていたのはなんだったか、その左右に生えている白くて落ち着きのなく動くものには見覚えがないか。
混乱する思考の中、何とかティオは声をひねり出した。
「お前……アルミラージ、か?」
ティオの声に反応し、少女は振り向いてティオに視線を向ける。それからニカッと笑みを浮かべ、ティオに抱きついた。
咄嗟に対応できず、そのまま後ろに倒れこむティオを見ながら、ガルドが表情を引きつらせて掠れる声で呟いた。
「…………ありえん」
今日で初投稿からちょうど1ヶ月です!
1ヶ月…………1ヶ月かぁ、小説関連で色々悩んだりしてすげぇ濃かったなぁ --;
まぁとにかく、あまり執筆力が上がった感もありませんが、まだまだ活動は続けていきますので、どうかよろしくです^^ヾ




