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オーバーセンス  作者: 茜雲
一章 雨夜、灼きつく想い
34/71

共存


「まずは、この状況を説明してくれ。あれから……俺が気絶してから何があった?」


 ティオ達は焚き火を挟んで向かい合う。そして、まだ完全に信用した訳ではない、と前置きをした上でガルドに説明を求めた。


「何が、と言われても特に何も。ただ、少年を治療して、起きるまで見張っていただけだ。治療と言っても、包帯替わりに布を巻きつけただけだがな。体力が戻ったのなら自分で回復しておくといい」


「だから、なんでお前が俺の治療をするなんて流れになるんだ。……いや、それ自体には感謝してるけどさ……ありがと」


 ティオは納得いかないながらも、助けられたことに違いはない、と礼を述べる。実際、あのまま放置されては出血か、魔物に襲われて死んでいただろう。


 見れば、ガルドの服が一部破れている。こんな場所で布など手に入らない。今ある布を流用するしかなかったのだろう。そして、同時に脇腹に血が滲んでいることにも気づく。


 言われた通り自身にヒールを掛けながら、ティオはガルドに近づいた。


「なんだ?」


「いいからじっとしてろ。借りは作りたくない。――大いなる癒しをここに、ヒール」


 自分の傷が回復したことを確認し、そのままガルドの全身にもヒールを掛ける。


 血が滲んでいるのはティオがストームタイガーを斬った箇所だ。原理は不明だが、姿は変えても傷はそのままらしい。後で原理(それ)について問い質そうと決意しながらティオはガルドの傷を完治させる。


「お。おお。これは良いな、あの傷が一瞬とは……。やはり魔術は便利なものだ、少年の技量もあるのだろうが」


「それはどうも。ていうか、あんな傷放置するんじゃねえよ。死にたいのか?」


「くはは、あの程度の傷、唾でもつけておけば治るさ」


 何とも分かりやすいというか、見た印象通りの豪快な反応を受け、ティオは肩を竦める。実際、血は止まり、傷はほとんど塞がっていた。とても数時間前に受けたものとは思えない。言うだけあって、治癒力は大したものの様だ。


 先ほどの位置に腰を降ろし、もう一度、ガルドに質問を投げかける。


「それで、なんで助けた? 俺とあんたは殺し合いをしていたはずだが」


「……先に殺し合いを放棄したのは少年の方だろう」


 ガルドの言い分に、苦い表情をする。ああそうだった、と自己嫌悪を含んで呟く。


「そんな顔をするな。あれは完全にこちらの落ち度だ。真剣な勝負に水を差したのはこいつだ」


 いいながら、子虎の頭に手を置く。子虎の方はしゅんとして落ち込んでいるようにも見える。


「あの時と、今の表情を見るに、自分でも予期しない行動だったのだろうが、おかげでこちらは助かった。あの威力の魔術だ、当たっていれば2人とも死んでいただろう。あの状況で気絶した少年に手を出すのは、誇りも何もない、畜生の行動だ」


「…………」


 ティオは黙って聞いていた。自分の意図しない行動の結果だからか、複雑そうだ。


 難しい表情を浮かべるティオをよそに、ガルドが「それに」と話を続ける。


「少年に興味が沸いたということもある」


「はぁ?」


 意味が分からない、と表情で訴える。だが、ガルドはティオではなく、その隣のアルミラージに視線を移す。


「少年が気絶した後、そいつが俺たちの前に立ち塞がった。まるで、少年を守るように。いや、事実守ろうとしたんだろうな。俺も、あれには驚いた。魔物と人間が行動を共にする時点で珍しいが、魔物が人間を守ろうとするなんて初めて見た。それをさせるこの人間はどんな奴なんだろう、ってな」


 言い終わり、ニカッと歯を見せて笑うガルド。


 ティオは隣のアルミラージに視線を移す。会話についていけないのか、そもそも聞く気もないのか、我関せず毛繕いをしていた。


(逃げろって言ったのに……。お前がこいつに敵う訳ないじゃないか)


 呆れながら、アルミラージをひと撫でする。その表情は優しい。


「きゅ? きゅいっ」


 アルミラージは突然撫でられて首を傾げたが、嬉しかったのかティオの膝の上に飛び乗る。ティオはため息を一つ吐くが退かすつもりはなさそうだった。


「ふっ……。まぁ、そういうことだ。少年がどうしても俺と戦いたいと、それが目的だというのならば受けて立つ。だが互いの生存を賭けて戦う必要はもう無くなった。――少年は、どうしたいんだ?」


 目に僅かな威圧を込めてガルドは問う。ティオに興味があろうと、恩があろうと、敵対するのであれば容赦はしないと、目で語る。


 ティオはこの場に座った時点で答えは出ていた為、実にあっさりと答えた。


「俺にも戦う意思はないさ。俺の目的は生きて、この森から出ることだ。この平野を素通りさせてくれるのならそれでいい」


「そうか、なら俺たちはもう敵ではない。少年、名はなんという?」


 そういえばまだ言ってなかったか。と一人ごちながらティオは答える。


「……ティオだ」


「そうか。俺はガルド。こっちは娘のフィアだ。よろしくな」


 フィア、と呼ばれた子虎は一瞬ティオを見るが、すぐに顔を逸らす。興味がないというか、快く思っていないのだろう。経緯を考えれば無理もないが。


 ティオは、別によろしくするつもりは無い、と内心で反論しながら頷く。彼らに聞きたいことは山ほどあるのだ。無暗に関係を険悪にする必要はない。


 そして会話がひと段落したところで早速、ティオが切り出す。ずっと気になって、内心うずうずしていた事柄を。


「で? なんだその姿は? 人間になれる魔物なんて見たことも聞いたこともないぞ」


 ティオの眼が興味津々に光る。あくまで(商い)に活用できるかもという下心に満ちた興味だったが。


「なに、ただ技能で姿を変えているだけだ。それ以上でも以下でもない」


「いやだからなんなんだよその技能は……。そんなもん魔術でも不可能だ。ていうかなんで言葉が通じてるんだよ」


 ガルドからのぞんざいな返しに、苛立ちを若干覚えながら返す。ガルドはそんな反応も予想通りと言う風に笑っていた。


「そういきり立つな。順に話す」


 ティオを宥めながら、ガルドはこの魔術について詳細を語り始めた。


 曰く、見た通り、人間の姿へと変える魔術であること。自由に姿を変えられる訳ではない。


 曰く、ガルド個人の技能ではなく、高位の魔物で技能、魔素の扱いに長ける者の多くが使える。誰に教えられた訳でなく、自然と習得するという。


 曰く、言語もその技能の一環で、多少の認識共有がなされている。相対している相手の認識を一部借りることにより、自分の考えたことが相手の言語で頭に浮かび、相手の言語で聞いた言葉はその意味が頭に浮かぶ。


 要は、相手の言語を自動翻訳してくれるらしい。ただ頭が混乱するほどの情報量らしく、最初はたどたどしい会話になる。ガルドの場合は単純に長く生きて人間の言葉を覚えた為に言葉が流暢なようだ。


「……その服は?」


 一通り聞いても未だ納得できないティオはさらに質問を投げかける。


「ああ。これは以前に俺を狩りに来たやつから拝借したものだ。服、と言うか身に着けている物は、姿を変えても元に戻したとき着けたままに――」


「意味がわからん!!」


 もう限界だった。聞けば聞くほど現代魔術を凌駕しており、その構築も原理も、全てが理解の外だった。


 理解が及ばないからか、増す頭痛からか、ティオは頭を抱える。そんなティオを尻目に、ガルドは話を続ける。


「時空魔術、って知ってるか?」


「……知ってる。って言っても知識だけだけど」


 時空魔術。それは魔術の一種であり、極致だ。魔術により時空の扉を開き、対象を異次元に転移、保管するものらしい。


 らしい、と言うのは現存する使い手はいないからだ。いっそ法螺話、伝説上の魔術である。


「時空魔術が実在して、その服は時空魔術で別の時空に保管されていると? つまりお前は時空魔術と同等の魔術を使っているっていうのか?」


「前半はその通り。だが後半は少し違うな」


 ティオは確認するように問いかけるが、ガルドがそれを訂正する。


「当然だが、俺は時空魔術なんて使えない。いやもっと言えばこの技能を理解してもいない。だが、それでもこの技能を行使することが出来ている」


「……仕組みも、構築も解せずに行使している?」


 ガルドは頷く。


「そもそも技能であるかも怪しいがな。さっきも言ったが、誰に教えられた訳でもなく、いつの日か自然に出来るようになった。まるで、どこぞの誰かから突然貰った(・・・・・)かのようにな。……そんな力に、心当たりがあるんじゃないのか?」


「ギフテッド・センス……か」


 ここでその名が出るのか、とティオは驚きを露わにする。原理も意味も解からずに発現する力、その突発性。確かに、ティオの知るギフテッド・センスそのものだった。


「そうそう、そんな名前だったか。俺たちはこの技能を“エグジスタ”、と呼んでいる。由来はわからんが、“共存”、という意味だと聞いた。……人間にしかなれない辺り、これを仕組んだ奴の想いってのが含まれているんだろう」


 ガルドは自嘲気味に最後の言葉を紡ぐ。エグジスタの意図を察しても、それを為すことの困難を想ってだろうか。


 対してティオは別のことに考えを巡らせていた。


(……ガルドは技能や魔素の扱いに長けた魔物がこれを使えると言った。条件をクリアすれば使えるというのなら、ギフテッド・センスとは違う。偶然に、突然に発現するギフテッド・センスとは…………いや、そうじゃないのか? 偶然ではなく(・・・・・・)必然・・……、もしかしたらギフテッド・センスは――)


「――おい。聞いているのか?」


「え? あ、ごめ――いたっ」


 突然、指先に痛みを感じて驚く。見れば子虎、フィアが噛みついていた。どうやら話しかけられても反応を返さないティオに怒っているようだ。


「こらやめろ。すまんなティオ」


「いや、こちらこそ……ティオ?」


 ガルドがフィアを叱りながら謝る。それに応えるティオだが、違和感を覚える。


「ん? ティオ、だろう? 発音を間違えたか?」


「い、いや、合ってるよ、大丈夫……」


(今は見た目人間とは言え、魔物に名前で呼ばれるのってなんか違和感……)


 そんなティオの心境など知らず、ガルドは本題だとばかりに身を乗り出し、問いかけた。


「さて、俺のことはあらかた話した。次はお前の番だ」


「え、俺のことなんて言われても別に……」


「あるだろう? 俺のエグジスタと似たような秘密が」


「っ!」


 適当にお茶を濁そうとするティオだったが、次のガルドの一言で思わず息を呑む。そんなティオの反応に、ガルドはふっと吹き出した。


「っく。はっはっは! いやすまんな、言いたくないことは言わなくていいぞ?」


「――いや……聞いて欲しい。それから、もしあんたが知っていることがあるなら教えてくれないか?」


 言って、ティオは佇まいを直す。真剣な雰囲気を察して、ガルドも、その隣でフィアも少し身構えた。


「きゅー……」


 ティオが口を開こうとしたその瞬間に気の抜ける声が耳に入る。


 ティオがため息を吐きながら声のした方へ向くと指先をぺろぺろ舐める白毛玉。ティオがもう一度ため息を吐きながら立ち上がり、ガルドたちに告げた。


「悪い……先に飯にさせてくれ」


 言い終わると同時にティオの腹が哭いた。ティオの頬が赤く染まる。


 ティオとガルドが邂逅したのが昼前。今はもう、月の灯りが辺りを照らしている。空腹も当然だった。


 ティオはすぐさま森へ向かって走る。その後ろでは大きな笑い声が夜空に響いていた。



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