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オーバーセンス  作者: 茜雲
一章 雨夜、灼きつく想い
33/71

目覚め


 ぺろ


(――くすぐったい)


 ぺろぺろ


(――べたべたして気持ち悪い……)


 ドスンッ


「――おふっ!?」


 突然の腹部への衝撃にティオは目を覚ます。視界が暗い。視界の端に見える焚き火だけが灯りの元だ。


 夜かと考えながら、未だ感じる腹部の重量物へと視線を移すと、そこには白い毛玉がいた。


「きゅいっ!」


 もとい、角無しアルミラージがいた。ティオが目を覚ましたからか、嬉しそうに飛び跳ね、その度にティオの腹部に衝撃が伝わる。


 来ると分かっていれば、子アルミラージのボディプレスぐらい問題ないのだが、気持ちのいいものでは無い。


 ティオが体を起こす。それによってアルミラージは転がり落ちるが、それでも懲りずに膝の上に飛び乗った。


「きゅっ!? きゅっ」


「ったく……。それにしてもいったい――」


「起きたか、少年」


「――!?」


 ティオは突然声を掛けられ、驚きながら声のした方を向く。そこには2,30代かと思われる、若々しくも厳めしい雰囲気の偉丈夫が座っていた。


「えっ? あ、え? あ、あなた……は?」


 他に聞くべきことがあるにも関わらず、ティオは咄嗟にそんなことしか聞けなかった。あまりに予想外だったために。


「ふむ、俺は……そうだな、お前たちの発音ではガルド、と言う」


(発音? 他国から来たのか……? その割には言葉がしっかり通じて――)


 ――ツキン


「っ……!」


 頭痛が奔る。一瞬だけだが、頭の芯から響くような痛みに、思考が中断された。


「どうした?」


 異変を察したガルドと名乗る男が問いかける。ティオは大丈夫だと首を振り、まずは状況を確認すべく、疑問を口にする。


「いえ、大丈夫です。あの、ガルド、さん? ここにストームタイガーが、白い大きな虎がいませんでしたか? それに、どうしてこんなところに……」


 ティオは周囲を見渡し、記憶にある最後の平野と場所が変わらない事、ストームタイガーの姿が見えない事を確認しながら問いかけた。それに対してガルドが腕を組みながら答える。


「ストームタイガー、か。確かにいたな」


「……なら、そいつはどこに? もしかして、僕を助けて追い払っていただけたのですか?」


 時折奔る頭痛に頭をおさえながら質問を連ねる。


 ガルドの言葉を信じるならガルドはストームタイガーと相対したことになる。


 ティオの感覚は、ガルドがストームタイガーと同等か、それ以上の力を持っていると訴えている。故に、追い払うことも可能だろう、と。


 それほど力強い魔素が満ち満ちており、迫力を感じた。


「少年を助けた、と言うのはその通りだな……」


「そうですか、ありがとうござ――」


 ティオは礼を述べる。その途中で、ガルドの隣に佇む白銀の子虎が目に入り、言葉を詰まらせた。


「だが、追い払ったという訳ではない。そもそも――」


 ――俺はここにいる(・・・・・・・)


 そう、ティオには聞こえた。同時に、ガルドが光に包まれ、眩さから反射的に視界を塞ぐ。そして光が収まり、塞いだ手をどければ、そこにいたのはまさしくあのストームタイガーだった。


「――ッ!?」


 ティオは隣のアルミラージを抱き、全力のフィジカルエンチャントをもって後方へ跳び退く。その間も、ストームタイガーは佇みながらティオを睥睨するだけで、特に何をするでもない。

 ティオは訝しく思いながら着地する。咄嗟の跳躍だったため、姿勢が悪く、片腕をついて幾分無理やりな着地だ。そして不安定な姿勢から顔を上げれば、目に入ったのは白銀の虎ではなく、ガルドと名乗った男だった。


「ふむ。戦っているときにも思ったが、やはり詠唱無しで魔術を行使しているな。そんな人間、少年が初めてだぞ?」


 やけに落ち着きながら、ガルドは問いかける。だがティオはそれどころではない。数多の疑問が頭の中を駆け巡り、ガルドの言葉など全く耳に入らない。それでも戦闘態勢だけは整えようと腰にある剣を抜こうとする。


「これか?」


「――ぐっ……」


 ガルドはティオの剣を掲げてみせる。ティオは得物が敵の手にあることに歯噛みしながらも、すぐに動けるように構える。


「ほらよ」


「えっ……」


 ガルドが腕を振り、投げる仕草をする。だが身構えるティオの元に飛来したのは攻撃などで無く、ティオの短剣だった。


 ティオは疑問に思いながらもそれを受け取る。そして疑問を込めた視線をガルドに投げた。


「気持ちは分からないでもないが、一旦落ち着け。俺に少年と戦う意思は無い。言っただろう、少年を助けたと。助けたと言っても、寝かせて周囲を見張っていただけだがな。まぁそんな恩人の言葉を信じてみてもいいんじゃないか?」


 ガルドは視線に対して、肩を竦めながら返す。


 ティオは思考を巡らせる。相対する男があのストームタイガー本人なのはおそらく事実だ。信じがたいが、目の前で起きた現実を否定して逃避する意味は無い。


 次に、戦うつもりは無いという言葉。これも信じられる。自分の挑発を真っ向から受け止めたあのストームタイガーがそんな嘘をつくとは思えない。そもそも騙し討ちするつもりなら、その機会はいくらでもあった。


 ガルドが投げてよこした剣にちらりと視線を乗せながら考える。戦う必要があるのか、と。


 自分の目的はあくまで生き残る事であり、ストームタイガーを倒すことではない。それを強行するほどの恨みがある訳でもない。殺されかけたものの、あれは人間と魔物の邂逅としては当然の流れであり、取り返しのつかない被害を受けた訳でもない。


 ティオはもう一度ガルドへ向き直る。ガルドは腕を組み、ただティオの答えを待ち続けていた。


「……はぁ」


 ティオはため息を一つ吐き、短剣を腰に収める。それを認めたガルドは不敵な笑みを浮かべ、腰を下ろした。



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