目覚め
ぺろ
(――くすぐったい)
ぺろぺろ
(――べたべたして気持ち悪い……)
ドスンッ
「――おふっ!?」
突然の腹部への衝撃にティオは目を覚ます。視界が暗い。視界の端に見える焚き火だけが灯りの元だ。
夜かと考えながら、未だ感じる腹部の重量物へと視線を移すと、そこには白い毛玉がいた。
「きゅいっ!」
もとい、角無しアルミラージがいた。ティオが目を覚ましたからか、嬉しそうに飛び跳ね、その度にティオの腹部に衝撃が伝わる。
来ると分かっていれば、子アルミラージのボディプレスぐらい問題ないのだが、気持ちのいいものでは無い。
ティオが体を起こす。それによってアルミラージは転がり落ちるが、それでも懲りずに膝の上に飛び乗った。
「きゅっ!? きゅっ」
「ったく……。それにしてもいったい――」
「起きたか、少年」
「――!?」
ティオは突然声を掛けられ、驚きながら声のした方を向く。そこには2,30代かと思われる、若々しくも厳めしい雰囲気の偉丈夫が座っていた。
「えっ? あ、え? あ、あなた……は?」
他に聞くべきことがあるにも関わらず、ティオは咄嗟にそんなことしか聞けなかった。あまりに予想外だったために。
「ふむ、俺は……そうだな、お前たちの発音ではガルド、と言う」
(発音? 他国から来たのか……? その割には言葉がしっかり通じて――)
――ツキン
「っ……!」
頭痛が奔る。一瞬だけだが、頭の芯から響くような痛みに、思考が中断された。
「どうした?」
異変を察したガルドと名乗る男が問いかける。ティオは大丈夫だと首を振り、まずは状況を確認すべく、疑問を口にする。
「いえ、大丈夫です。あの、ガルド、さん? ここにストームタイガーが、白い大きな虎がいませんでしたか? それに、どうしてこんなところに……」
ティオは周囲を見渡し、記憶にある最後の平野と場所が変わらない事、ストームタイガーの姿が見えない事を確認しながら問いかけた。それに対してガルドが腕を組みながら答える。
「ストームタイガー、か。確かにいたな」
「……なら、そいつはどこに? もしかして、僕を助けて追い払っていただけたのですか?」
時折奔る頭痛に頭をおさえながら質問を連ねる。
ガルドの言葉を信じるならガルドはストームタイガーと相対したことになる。
ティオの感覚は、ガルドがストームタイガーと同等か、それ以上の力を持っていると訴えている。故に、追い払うことも可能だろう、と。
それほど力強い魔素が満ち満ちており、迫力を感じた。
「少年を助けた、と言うのはその通りだな……」
「そうですか、ありがとうござ――」
ティオは礼を述べる。その途中で、ガルドの隣に佇む白銀の子虎が目に入り、言葉を詰まらせた。
「だが、追い払ったという訳ではない。そもそも――」
――俺はここにいる。
そう、ティオには聞こえた。同時に、ガルドが光に包まれ、眩さから反射的に視界を塞ぐ。そして光が収まり、塞いだ手をどければ、そこにいたのはまさしくあのストームタイガーだった。
「――ッ!?」
ティオは隣のアルミラージを抱き、全力のフィジカルエンチャントをもって後方へ跳び退く。その間も、ストームタイガーは佇みながらティオを睥睨するだけで、特に何をするでもない。
ティオは訝しく思いながら着地する。咄嗟の跳躍だったため、姿勢が悪く、片腕をついて幾分無理やりな着地だ。そして不安定な姿勢から顔を上げれば、目に入ったのは白銀の虎ではなく、ガルドと名乗った男だった。
「ふむ。戦っているときにも思ったが、やはり詠唱無しで魔術を行使しているな。そんな人間、少年が初めてだぞ?」
やけに落ち着きながら、ガルドは問いかける。だがティオはそれどころではない。数多の疑問が頭の中を駆け巡り、ガルドの言葉など全く耳に入らない。それでも戦闘態勢だけは整えようと腰にある剣を抜こうとする。
「これか?」
「――ぐっ……」
ガルドはティオの剣を掲げてみせる。ティオは得物が敵の手にあることに歯噛みしながらも、すぐに動けるように構える。
「ほらよ」
「えっ……」
ガルドが腕を振り、投げる仕草をする。だが身構えるティオの元に飛来したのは攻撃などで無く、ティオの短剣だった。
ティオは疑問に思いながらもそれを受け取る。そして疑問を込めた視線をガルドに投げた。
「気持ちは分からないでもないが、一旦落ち着け。俺に少年と戦う意思は無い。言っただろう、少年を助けたと。助けたと言っても、寝かせて周囲を見張っていただけだがな。まぁそんな恩人の言葉を信じてみてもいいんじゃないか?」
ガルドは視線に対して、肩を竦めながら返す。
ティオは思考を巡らせる。相対する男があのストームタイガー本人なのはおそらく事実だ。信じがたいが、目の前で起きた現実を否定して逃避する意味は無い。
次に、戦うつもりは無いという言葉。これも信じられる。自分の挑発を真っ向から受け止めたあのストームタイガーがそんな嘘をつくとは思えない。そもそも騙し討ちするつもりなら、その機会はいくらでもあった。
ガルドが投げてよこした剣にちらりと視線を乗せながら考える。戦う必要があるのか、と。
自分の目的はあくまで生き残る事であり、ストームタイガーを倒すことではない。それを強行するほどの恨みがある訳でもない。殺されかけたものの、あれは人間と魔物の邂逅としては当然の流れであり、取り返しのつかない被害を受けた訳でもない。
ティオはもう一度ガルドへ向き直る。ガルドは腕を組み、ただティオの答えを待ち続けていた。
「……はぁ」
ティオはため息を一つ吐き、短剣を腰に収める。それを認めたガルドは不敵な笑みを浮かべ、腰を下ろした。




