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オーバーセンス  作者: 茜雲
一章 雨夜、灼きつく想い
32/71

家族

「ガアッ!」


 ストームタイガーが叫ぶと同時に、2条の竜巻が出現する。その竜巻は蛇の様にうねり、ティオに向けて飛来した。


 竜巻がティオを挟み込むように左右から迫る。避けられない、と瞬時に判断したティオはライトニングスピアの1本を解き放ち、片方の竜巻と相殺させる。


 1条だけならば、ルミナ・ロードの恩恵で完全に見切れる。五感、いや六感を最大限に活かして竜巻の軌道を読み、回避行動に移る。


(よし、避けれるっ…………――動いた!)


 ティオは竜巻に集中し、視線をストームタイガーから外している。そして、それを好機と見たストームタイガーが、身動きの取れないティオを粉砕する為、飛びかかった。


 だがそれはティオにとっても好機だった。生物が最も無防備なのは攻撃する瞬間、今、この瞬間だ。


 ティオは意識さえしていれば、視界に捉えられなくとも音、気配、そして魔素の動きで対象の動きを認知することが出来る。強化されたルミナ・ロードであれば、もはや手に取るようにわかるのだ。


 ストームタイガーに向けて2条の雷閃が奔る。ティオが解き放ったライトニングスピアだ。


 不意を突いたはずが、逆に寸分違わず己を襲う攻撃に、ストームタイガーは焦りを抱く。もう眼前に迫るそれを避ける術はない。それを悟ったのか、覚悟を決めたように、吼える。


「ガアアアアアアア!!」


 ライトニングスピアが直撃する。間違いなくダメージを受け、攻撃を受けた場所はわずかに煙をあげている。だが、その気迫も勢いも、微塵も衰えず、ティオに向かって突き進む。


『――流石だよ。お前ならそうすると思った』


 喋っている暇など無いはずの一瞬の攻防の中、ストームタイガーは確かに耳にする。そして目に入る。笑みを含んだティオの表情が。


 ティオは竜巻を避けた姿勢のまま、足を踏ん張って剣を構える。明らかに無理な姿勢で体が悲鳴を上げている。だがそんなことは関係なかった。


 奴なら間違いなく耐える。そう判断して次なる攻撃の準備をしておいた。


 密かに剣に纏わせていた風。ストームタイガーの纏う風(それ)とは比べ物にもならないものだが、ここにはティオの覚悟も乗っている。


「ぐっ……あああっ!」


 気合で体を動かし、剣を振るう。狙いはルミナ・ロードが教えてくれていた。


「そこだああ!」


 ストームタイガーの右脇腹、ティオの視界に映る淡い光。魔素の光とはまた異なるそれは星の輝き。ルミナ・ロードの指し示す突破口だ。


 そこに向けて剣を振れば、最初の抵抗など嘘のようにすんなりと、ストームタイガーまで届いた。


「ガアアアアッ!?」


 悲鳴。今度こそ間違いなくストームタイガーは悲鳴をあげた。だが、ストームタイガーは王。この地に腰を据え、数多の魔物を下してこの森を総べた王なのだ。この程度で負けるなどありえない。


 それを証明するように、ストームタイガーの眼光は些かも衰えず、体は(ティオ)を屠る為の一手を繰り出す。


 ティオの眼には見えた。ストームタイガーが纏う風が、融解するように不安定になるのを。そしてその現象には見覚えがあった。


(やばいっ!)


 頭ではそれが分かっても体はもう追いつかない。身体はすでに無理をしたばかりだ。そんな余裕も、時間もなかった。


 次の瞬間、ストームタイガーを中心に爆風が吹き荒れる。一度ティオが余波を受けて大打撃を受けた風の爆発だ。しかし今回の威力はその比ではない。ストームタイガーは防御を捨て、残った風を全て解き放ったのだ。周囲の土や草も、全てを引き裂かれながら風が吹き荒れる。


「ぐっ!」


 爆心地から数十メートル離れたところにティオは着地する。いや、落ちたと言った方が正しい。受け身も取れず、鮮血を撒き散らしながらそのまま地面を滑る。


 普通ならば即死してもおかしくないが、魔術によって強化されたおかげでそれを免れた。しかし、致命傷である。


「かはっ! ……ぐ、ヒールッ」


 ティオはヒールの魔術を使う。しかしただでさえ難易度が高く、加えてこの重症だ。まともに集中できるはずがなく、十全の効果を得られない。それでも多少なりとも傷を癒し、致死の状態から脱したのはティオだからこそだ。


「ああっ! はっ……はっ……」


 ティオは立ち上がる。痛みに耐え、恐怖に耐え、それでもソルチェとの約束を違えぬ為に生き抜く姿勢を崩さない。顔を上げ、未だ爆心地に佇むストームタイガーを睨めつける。


 対するストームタイガーも確実にダメージを受けている。体毛の一部は焦げ付き、斬られた脇腹の傷は激しく出血している。纏う風も、もうない。しかし、それでも王者然とした姿勢で佇む。


 ティオはそれを見て歯噛みした。明らかに満身創痍のティオと違い、ダメージは負っているもののまだ余裕のあるストームタイガー。対してティオに残された魔素は多くはなく、先ほどと同じだけ戦えるかも怪しい。このままでは敗北は必至だった。


(攻防では互角でも、地力が違い過ぎる……。勝てる見込みは……無い、か)


 冷静に評価する。だが、諦めたわけではない。


 ティオは天に手を翳す。そこに出現したのは一つの雷球だった。


 ストームタイガーは訝しげに眼を細める。今更ライトニングスピア単体でどうしようというのか。しかも今までと違い、数は一つ。戦意は尽きなくとも限界が来たのかと考えていると、ティオの表情が目に入る。


「……グルル」


 ストームタイガーが不機嫌そうに唸る。ティオは笑っていた。その真意は次の瞬間に理解する。


 ティオから大量の魔素が生成され、雷球に集約されていく。それに比例して雷球はより大きく、より激しく稲光を鳴らす。


 ティオが放とうとしているのは間違いなく最大の一撃。不敵に笑うのは挑発だ。ストームタイガーはそれを察する。


 今現在のティオは隙だらけであり、攻められれば別の魔術で迎撃するか、おそらく不完全であろうあの雷球を放たねばならない。


 それはティオの本意ではないだろうし、再び乱戦に持ち込めばストームタイガーの勝ちの目は揺るがない。無論、それは両者が理解している。にも拘らず、ストームタイガーは動かない。王者としての矜持がそうさせた。


 『勝負する勇気はないか』。分かり易い挑発だ。


 だがストームタイガーは敢えてそれに乗る。競う価値もないそこらの雑魚ならいざ知らず、目の前の人間は久方ぶりに自分に傷をつけ、多少なりとも追いつめた相手だ。ここで退けばもう王者を名乗れない。


「ガアアアアアッ!」


 ストームタイガーが大きく吼え、再び嵐を纏う。だがそれは身を守るためのものでは無い。


 嵐はやがて形を持ち、凝縮され、一つの球体となった。西瓜ほどの大きさのそれは、小さい身の内に嵐の全てを内包する。


 まごうこと無き暴威の塊。それを見たティオは笑みを浮かべた。


 勝てると判断した訳ではない。自分の安い挑発を真っ向から受けて立った相手に、全てを賭けるに相応しい一撃に、恐怖より、絶望よりも、喜びを感じたのだ。


「――正真正銘最後だ。全部持って行け!」


 ティオは叫び、さらに魔素を供給する。もはや立っているのがやっとと言うほどに体力を持っていかれるが、その結果は劇的だった。


 雷球に変化が現れ始める。少しのエネルギーも無駄にしないよう稲光は鳴りを潜め、球体は槍状へと姿を変える。雷と呼ばれる“現象”は、雷槍という“物体”へと変わり、実体を持つ。


 見た目はもはや、白く光る槍そのもの。時折抑えきれない紫電が宙を奔る姿が唯一その源流を想起させる。


 ティオは笑う。


 ストームタイガーは笑う。


 今この瞬間、1人と1頭は、お互いに、この世の誰よりも、心を通じ合わせていた。


((勝負!))


 ティオは雷槍を放つ。発光の軌跡は美しい流星を描く。


 同時にストームタイガーも嵐玉を射出する。それはちょうど両者の中間地点で接触した。


 数瞬、それらは鬩ぎ合い、次の瞬間には轟音と共に局地的な嵐が発生する。ストームタイガーの嵐玉が炸裂したのだ。いや、されられた、という表現が正しいか。


 ルミナ・ロードで強化されたティオ視覚は確かに捉えていた。雷槍が嵐玉を貫き、発生した嵐を突き抜ける様を。そして、嵐の向こうにいる2頭(・・)を。


 先ほどまで争っていたストームタイガーの、その手前に決意を秘めた表情で佇む、1頭の子虎。猫ほどの体格だが、白銀に美しく光るその毛並みは、間違えようもない、ストームタイガーと同じものだ。


 その後ろではこれまでの戦闘で見せたものとは比較にならない程の焦燥を浮かべるストームタイガー。


 1秒にも満たない、その一瞬で、ティオはそこに家族を幻視した。まるで、その子虎が盾になるように見えて。焦燥を浮かべるストームタイガーが自分に、盾になる子虎が、ソルチェに見えて。


 ティオの放った雷槍は、そのほとんどを生成した魔素で構築している。その威力は今証明された。小さな子虎が盾になってどうにかなるような、生易しいものでは決してない。あと1秒もあれば、2頭は共に、仲よく終焉を迎えるだろう。


 それはティオにとっては最高の結果と言える。自分が生き残り、敵対していた、敵対するであろう敵を屠れるのだ。だが、心がそれを、否定した。


 繰り返すが、雷槍はそのほとんどを生成した魔素で構築している。それは圧倒的な威力と、優れた制御性を保証するものだ。故に(・・)雷槍は(・・・)その軌道を逸らせた(・・・・・・・・・)


 2頭をやり過ごした雷槍はその勢いを衰えさせず、平野の彼方にある大岩に命中する。直後、激しい轟音と雷光を発し、周囲の生物から視覚と聴覚を奪う。光が消えた後には、大きく抉れた地面だけが残っていた。


「――なん、で」


 訳が分からない、という表情で呟く。だが、ティオも本当はわかっていた。あの瞬間、生き抜こうとする決意も、敵を倒そうとする殺意も届かない心の奥底で、確かに思った。思ってしまった。『当たるな』、と。


 一瞬だが、強い想いを受けた魔素は、それにしたがって雷槍の軌道を変えた。ただ、それだけのことだ。なにも不思議ではない。ティオ本来の、相手を、家族を想う優しい心が出ただけのこと。そしてその結果がこの状況だ。


「ここまで、か」


 もはや立つ力を使い果たし、うつ伏せに倒れこむ。もう、魔素も尽き果てた。生き抜くという想いも、もう動かない体では意味を持たない。


 薄れゆく意識の中で、ティオに近づいてくるいくつかの足音が聞こえる。自分にとどめを刺しに来ているストームタイガーだろう。もはや視線をそちらに向ける体力もない。


(ごめん、母さん……父さん……。トリウス兄さん、オルト兄さん。ラステナさん、商会のみんな。……アリン。今度、遊びに行くって約束したんだけどなぁ……)


 絆の深い家族や仲間、友人に想いを馳せ、目蓋を閉じる。自分の傍で足音が止まってすぐ、ティオは意識を闇に落とした。


戦闘描写が難しい……慣れたらマシになるんだろうか

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