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オーバーセンス  作者: 茜雲
一章 雨夜、灼きつく想い
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風の鎧


 明らかにこれまでと異なる雰囲気を醸すティオに、ストームタイガーは不愉快そうに顔をしかめた。


(逃げずに戦う意思を見せたのが気に入らないって顔だな。随分な態度だけど、つけ入る隙があるとするなら……)


圧倒的な強さをもつストームタイガーであるが、それ故にこれまでに真っ向から戦意をぶつけられたことはなかったのかもしれない。


 だからこそ、彼我の差を理解しながらも諦めを感じさせないティオが、その瞳と気迫が、気に入らないのだ。


それは強者としては至極全うな驕りだろう。それを否定できるものはおそらくこれまでいなかったに違いない。


 その、強者故の奢りこそ、ティオが唯一勝機を得ることが出来るかもしれない“隙”だ。


 そこまで考えると同時に駆け出す。身体強化の効力は続いており、高速でストームタイガーに迫る。


 格下が格上に勝つには、カウンターか、あるいは反撃を許さないほど攻めて攻めて、攻め抜くことだとティオは思う。


 とは言え、あの風魔術にカウンターは難しいだろう。ならば、油断している間に一気に決めてしまうしかない。無理無茶は承知の上、それでも譲れないものがあるのならば押し通すのみだ。


 ストームタイガーは戦意をぶつけるどころか真っ向から打って出てきたことに少し目を見開くが、大して慌てる様子も無く、風の刃で迎撃する。


 対して、ティオは冷静にストームタイガーの足の動きを見極め、軌道を読む。危なげなく回避し、さらに距離を詰めていく。


 だが容易く接近を許す相手ではない。先ほど刃を繰り出した足でそのまま中空を薙ぐ。


 横薙ぎの一閃。見えないが、おそらく左右に回避は出来ない。飛び越えるなり、潜り抜けるなりしても、どうしても動きが制限されてしまう。その瞬間を見逃す相手ではないことは明白だ。


 ならば、とティオは剣を握る手に力を込める。


「エアストラッシュ!」


 剣を正面に向けて振るった。剣が烈風を纏い、剣先から相手と同じ、風の刃が飛翔する。生成した魔素も込めており、並の威力ではない。


 真っ向から衝突した両者の刃は、激しい音を立てて凌ぎ合う。だがそれも一瞬のこと、お互いに弾け、旋風が巻き起こる。


 ティオはそれをわかっていたかのようにその渦中へ突っ込み、ストームタイガーを剣の間合いに入れる。ストームタイガーは驚きからか、微動だにしない。


(もらった!)


 外しようがない、避けようもない、そんな距離で首を狙って剣を振り下ろす。躊躇など出来ない。こちらは格下なのだから当然である。


 そう、格下なのだ。その事実は次の瞬間、嫌というほど思い知らされる。


「――嘘、だろっ……!」


 剣はストームタイガーには届いたが、皮膚を傷つけることさえ叶わず、体毛を数本斬るに留まった。


 剣さえも弾くその強靭な筋肉と体毛も驚異的だが、何より纏う風に阻まれ、威力を大きく削がれたことが大きい。


 ティオの体格的に剣撃がどうしても軽くなってしまうのは仕方ないだろうが、それでもフィジカルエンチャントで全力の強化を施したのだ。客観的に見てもそこいらの冒険者に劣るものではないだろう。それにも拘らず、傷一つ付けられなかった事実に衝撃を受ける。


 唖然とするティオをよそにストームタイガーは平然としており、驚きから動かなったのではなく、動く必要すらなかっただけであること悟る。


 ストームタイガーがティオを睨みつける。すると纏う風に変化が起きた。ティオの目には魔素の光が一点に集まるのが見え、すぐさま横へ飛んで距離を取る。


 次の瞬間、風が弾丸となって解き放たれる。ティオを掠めて草原を突き進んだそれは、やがて岩に直撃して破裂したかと思うと、後には大部分を削り取られた岩だけが残っていた。削岩機の様なその威力に、ティオは改めて戦慄した。


 削られた岩を眺め、背中に冷たいものを感じた。岩と同じように消し飛ぶ自分を幻視し、体が硬直する。一瞬のことだったが、戦闘においてそれは致命的だった。


 気配にハッと振り向く、今まさにストームタイガーがティオに向けて飛びかかろうとしていた。


 そのまま圧し掛かるように飛び掛ってきたストームタイガーを、強化した身体能力をフルに使って避ける。なんとか直撃は回避できたものの、攻撃はそれだけでは終わらない。


 ストームタイガーは着地の瞬間、まとっていた風を解放する。圧縮されていた空気が解き放たれ、周囲に暴風を吹き散らす。至近にいたティオはそれをまともに受けた。


 それはただの風でなく、魔素を含み、殺傷力すら秘めていた。ティオは体のあちこちを切り裂かれながら十数メートル吹き飛ばされる。着地もままならず、地面を転がりながら鮮血を撒き散らした。


「つっ……、うあっ」


 激痛に呻く。たった一撃受けただけでこの様である。しかも、直撃ではなく余波だけでだ。


 だがこの程度で済んで幸運とも言えるだろう。これまでの全ての攻撃は直撃すれば即死の威力を秘めていた。ランク6というのはそれだけ強大な存在であり、他の魔物とは一線を画す強さを持っている。


 わかっていたことだが、現実に見せつけられると心が折れそうになる。だが折れるわけにはいかないのだ。


「ふっ、ぐ……あぁっ!」


 歯を食いしばり、痛む全身に鞭打って体を起こす。ストームタイガーの方を見やると、また起き上がったことが意外なのか、驚いた表情でこちらを見据えている。


「はぁっ……、ヒール!」


 ティオの体を暖かい光が包み、みるみるうちに傷が癒えていく。ストームタイガーはそれを観察するように見つめる。邪魔するつもりは無いようだ。


「はっ、とことん舐められてるな。その余裕、無くしてやるよ」


 ティオは自嘲気味に乾いた笑い声をあげた後、ストームタイガーに剣先を向ける。


 無謀。不可能。そんな言葉が過ぎる。だがそれでも、ティオは覚悟を決めた。もう逃げることは考えない。ならば、斃すだけだ。


 ティオは剣先を向けながら笑みを浮かべる。これはティオからランク6(ストームタイガー)への、宣戦布告だ。


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