表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーバーセンス  作者: 茜雲
零章 星が灯す道
3/71

奇跡

 

 暗闇の中、どれほどこうしていただろう。何も見えず、何も聞こえない。そんな空間に閉じ込められて、時間を把握する術を私は持ち合わせていなかった。


「誰か……誰か助けてよぅ……」


 呟く。その言葉は響きすらせず、すぐに暗闇と土砂に吸い込まれて消えた。その様に己を幻視する。自分もまた、この暗闇と土砂に溶かされて消えるのだと。


 息苦しさと不安に、意識が朦朧とする。もはやまともな思考も許されず、絶望に沈むよりほかはなかった。


(明日……また遊ぼうって約束したのに。行かなきゃいけないのに)


 どこともなく手を伸ばす。だがその手には何も掴めず、暗闇に溶けただけだった。


「ティオ……くんっ……!」


 ごめんなさい。そんな謝罪すらも声にはならず、意識を手放しかける。走馬灯か、幻想か、最後の思い出を思い返していた。


(ティオくん……勇気がなくて声もかけられなかった私を……見つけて、くれた。初めてできた友達……、初めて遊んだ友達……)


 水滴が頬を伝う。意識は闇に沈んでいく。


 どれほど時間が経ったろうか。もう夢想さえも許されない無意識の中、確かに光を感じた。次の瞬間、手を引っ張られたかと思えば、いつの間にか温かい何かに包まれていた。


「――見つけたっ……!」


 幻聴ではない、確かに聞こえたその声に、沈んだ意識は浮かび上がる。


「あ……うぅ……」


 気を抜くとすぐにまた意識が沈みそうな感覚に襲われながら、気力で目蓋を持ち上げる。そこにはついさっきまで二度と会えないと思っていた、大事な、初めての友達の顔があった。


「――ティオ……くん?」


「うん、アリン。見つけたよ」


 ああ。また、見つけてくれたんだ。


 嬉しさが胸を満たす。気づけばさっきまでの恐怖や不安はどこかに吹き飛んでいた。


 見ればティオくんの後ろにお父様の顔があった。随分と心配をかけたようだ。その顔は私でも見たことがないほど涙で濡れている。何か私に話しかけてくれているようだけどもう耳に入ってこない。


 抗いようのない眠気が襲ってくるが、不思議と恐怖は感じない。むしろいつも通りに眠るかのように、私は目を瞑る。そこで、何故かティオくんの声ははっきりと聞こえてきた。


「おやすみ、アリン。また後で」


 うん、おやすみなさい。


 そう、心の中で呟いて、私の意識は微睡みに飲まれていった。




   ***




「――ここ、は……?」


 アリンは目を覚ましてすぐ、疑問を浮かべた。視界の先には見覚えのない白い天井が広がる。どこだろう、とはぼんやり思うものの、意識がはっきりしないせいかそのまま天井を見据え続ける。そこで、ふと声がかけられた。


「よう、起きたか」


 声のした方を見やると、アリンの数少ない友達の一人がにやけた表情で自分を見下ろしていた。


「オルト……くん?」


「おお、オルトくんだ。体は? 大丈夫か?」


 オルトは答えながらアリンの容体を確認する。質問されたアリンは、体を起こしながら何のことかわからないとでも言うように首を傾げた。


「お前、もしかして覚えてないのか? 昨日の……」


 アリンの仕草に驚いたオルトは確認しようとするが、まだ万全でないのに無理に思い出させるのはどうなのだろうと思いとどまる。だが少しばかり遅かったようだ。


「う……、いや、覚えてる……よ? なんだろう……夢でも見ていたような感覚」


 頭を押さえて少し苦しそうにしながら、ぽつりぽつりと話す。話している間にかなり記憶が戻ってきたアリンは、すぐにティオに助けられたことまで思い出す。


 胸が再び温かくなり、落ち着いたアリンは事故のことなど忘れたように弾んだ声を上げる。


「そうだ。ティオくんにお礼言わないとっ! ねぇオルトくん、ティオくんはどこ?」


 急に威勢がよくなったアリンにオルトは一瞬たじろぐ。そして表情を暗いものへと変えた。


「ティオは、その……」


「――え?」


 辛そうに顔をしかめ、言いよどむオルトにアリンの表情が凍りつく。


「オルト……くん?」


「…………」


 再度の呼びかけにも、オルトは答えない。


 二人の間を静寂が流れる。アリンがオルトに詰め寄ろうとしたその時、ため息と共に声が聞こえた。


「もう、兄さんってば……」


 アリンはこれでもかという速度で声のした後ろに振り向く。そこには困ったような顔をしたティオが、アリンと同じ様にベッドに座り込んでいた。


「ティオくん?」

「ん、おはよう。アリン」


 アリンは再び表情を凍らせる。そしてすぐに自分を罠に嵌めた憎き相手に視線を戻すと、その憎き相手は笑いを堪えるように腹を抱えていた。


「もうっ! オルトくん!」


「兄さん……悪趣味だよ……」


「ははっ、悪い悪い。だってアリンが起き抜けにティオの事聞いてくるし、そのティオはすぐ後ろにいるしで、めちゃくちゃおいしい状況だったからつい、な」


 アリンから怒りの、ティオからは呆れの視線を受け、オルトは面白がるように答えた。


 全く悪びれた様子のないオルトに、二人は非難の視線を強くする。流石にオルトはからかい過ぎたと察し、逃げの一手をとる。


「んじゃ、俺は帰るぜ。あ、途中で誰かに言っといてやるよ、アリンが起きたってな」


 言いながら、オルトはさっさと出て行ってしまった。もともと荷物を持っていた為、行動は早かった。


荷物を持っていたのは、おそらくティオの見舞いから帰るところだったからで、ちょうどそのタイミングでアリンが目を覚ましたのだろう。だからアリンを挟んでティオの反対側にいたのだ。と、アリンはオルトが出て行った扉を睨めつけながら当たりをつけていた。


「アリン、体は大丈夫なの?」


 未だ怒り(あるいは羞恥)冷めやらぬアリンに後ろから声をかける。びくっと反応したアリンはおそるおそる振り向きながら、改めて話し始めた。


「うん……、大丈夫。ありがとう、心配してくれて。ティオくんは? 大丈夫なの?」


「ああ、僕はちょっと疲れて休んでただけだから」


 言いながら、ティオはベッドから出て、隣の椅子へ座った。そんなティオを見て安堵したアリンは佇まいを直し、ティオを見据えて想いを口にした。


「……ありがとう、助けてくれて」


 一旦、言葉を区切る。続く言葉を選ぶように、ゆっくり、ポツリポツリと紡いでいく。


「ほんと言うとね? 怖かったし、今でも、怖いよ。でも、ティオくんが助けてくれたから……。ティオくんの声が聞こえたから、もう、大丈夫なんだ」


「……うん」


 少しずつ紡がれる言葉を、ティオは静かに聞き入る。


「だ、だからね。何度も言うけれど……、助けてくれて、ありがとう。……私、ティオくんが――」


「アリン!!」


 唐突に扉が開け放たれ、同時に男の叫び声が部屋の中に轟いた。不意を突かれた二人は体を硬直させる。構わず闖入者はアリンの正面に回り込み、力任せに抱きしめる。


「アリンッ! ああよかったあぁっアリィン!!」


「お父様っ……! ちょっと、痛いですっ」


 オルデスに抱きつかれたアリンの額にうっすらと青筋が浮かぶ。大の男に全力で泣きつかれても正直鬱陶しいだけである。抱きつく腕の力加減が下手で、普通に痛いのもマイナス点だ。何よりティオとの時間を邪魔されたのが許しがたい。しかもいいところで。


 遅れて部屋に入ってきたイグスと、白衣を着た、おそらく医師であろう人物がオルデスの豪快な泣きっぷりに苦笑いしていた。


「ああもうっ、お父様! 私は大丈夫ですから出てってください!」


「アリン! なんてこと言うんだ! 父さんがこんなに心配していたというのにっ!」


「そ、そうだよ、アリン。オルデスさんはとても心配していらしたんだから……」


 耳元で叫ぶ父と、正面でそんなことをのたまう同い年の友人に、アリンの額で青筋が致命的に刻まれた。


 そして胸いっぱいに息を吸い、いろんな感情と一緒に吐き出す。


「お父様もティオくんも!! 今すぐ部屋から出てってくださあい!!」


「そんな!? アリンッ!」


「えっ、僕も!?」


「うっさい! 出てけぇええ!!!」


 顔を真っ赤にしながら叫ぶアリンに追い出されるティオとオルデス。それから2人に付き添う形でイグスが部屋から出てくる。医師は診察の為と残ったが、なんとか受け入れられたようだ。


「うう……アリン……」


「僕、一応けが人なんだけどなぁ……」


 かたや魂の抜けた様子で、かたや困ったように苦笑いしながら廊下を歩いていく。部屋に入った時の雰囲気とアリンの態度からだいたい察していたイグスは、そんな二人に呆れの視線を向ける。同時にアリンの様子に安堵と驚きを覚えていた。


(元気になったのは良かったけど、前に一度見かけたときとは随分印象が違うな。身内には強く出る内弁慶タイプなのかな……)


 などと考察しながら、しっかり“身内”として数えられている我が子を微笑ましく思う。


 イグスがほっこりしているところで復活したオルデスから声がかかった。


「コホンッ。さて、イグス殿。先ほどの続きといこうか」


「ええ、そうですね」


「――続き、ですか?」


 何やら話し合うオルデスとイグスに、ティオが反応する。ティオもあれからすぐに意識を失っていたので、状況を把握しきれていないのだ。一応いろいろと当事者になったティオとしては気になるところだった。


「ふむ、そうだな。ティオ君も関係者だ。ではティオ君が気を失った後のことを説明しようか」


「お願いします」


 3人はアリン救出後の話をしながら廊下を歩いて行った。



   ***



「アリン!」


「大丈夫です、オルデスさん。気を失っただけです。それより、早くお医者様に」


 意識を失ったアリンにオルデスが焦りを見せるが、ティオは冷静にアリンの脈をとり生きていることを確認する。素人の自分にはこれ以上は無理だと、医者の手配を指示した。


「あ、ああ。そうだな、済まない」


 それだけで即座に冷静さを取り戻すオルデスはやはり有能だ。土砂の上ではいつ崩れるか分からないと、ティオからアリンを受け取り、抱えて広場の方へと向かう。


「先生! 先生はどこだ! アリンを頼む!」


 急ぎつつも転ばないようゆっくりと土砂を下りながら、医師を探す。目的の人物は直ぐに見つかった。


「オルデス君、アリン君をこっちへ」


 白衣を羽織った白髪の老人が、広場の端に建てられた急ごしらえのテントに誘導する。そこで容体を見るのだろう。


 すぐにテントに駆け込んだティオ達に、イグスが合流する。さらにテントの外には町民たちが集まり、みんなで祈るように手を合わせていた。


「ああ、アリンッ……」


 テントの中に入るとすぐに女性が駆け寄ってくる。雰囲気から察するにアリンの母親だろうか。


「イーシャ、大丈夫だ。アリンは無事だよ」


 オルデスがイーシャと呼んだ女性に優しく語りかける。イーシャは安堵したようにオルデスに体を預け、アリンを見守った。


 医師に促され、オルデスはアリンを見つけた際の状況を説明する。家具の下から出てきたことや、わずかながら意識があったことを話した。


 やがて診察が終わり、医師は結果を告げる


「――問題ありませんな。呼吸、脈拍共に正常。体温は少し低いが、大事は無いでしょう。一晩寝かせてやれば目を覚まします」


 そこまで聞いたところでオルデスとイーシャは互いに強く抱きしめ合い、ティオはようやく緊張を解いた。そこで、限界が来たのか意識を手放す。


「ティオッ!?」


 倒れかけたティオを咄嗟にイグスが支える。医師がすぐにティオの容体を確認しにかかった。イグスに支えられたままのティオを数秒診て、すぐに笑みを浮かべる。


「ご安心を。ただの疲労でしょう。もう少ししたらアリン君と一緒に診療所で休ませてあげましょう。じきに雨も止みます」


 気づけば、あれだけ激しかった雨音も、今は随分和らいでいる。ようやく終わったと実感できたイグスは、安堵して息をついた。


 とりあえずこちらへ、と案内されたベッドにアリンとティオを寝かせたところで、オルデスは真剣な表情で話しだした。


「イグス殿。此度の支援、心より感謝する。貴殿が……貴殿らがいなければ娘は助からなかった。本当に、ありがとうっ!」


 言って、深く、深く頭を下げた。領主として、父親として、ただただ感謝の気持ちが伝わってくる。イグスはそんなオルデスを見て温かい笑みを浮かべた。


「オルデス殿、頭を上げてください。言ったはずです、これは道理だと。我々は道理を通しただけで、感謝は必要ありません」


「しかし――」


 きっぱりと感謝は不要だと言い放つイグスに、オルデスは納得がいかないのか食い下がる。しかしイグスがそれを制した。


「何より、アリン嬢が助かったのは、最後まで諦めなかった貴方と……」


 言いながら、ベッドの方を見やる。オルデスも釣られて見れば、納得したように優しく微笑んだ。


「――この子の力です。我々はそれの手助けに過ぎません。ですからどうか」


 お礼はこの子に――。イグスの想いは口に出さずとも伝わり、オルデスは大きく首肯するのだった。

傍でそのやりとりを眺めていた医師が噛みしめる様に呟く。


「――奇跡、とはこのことでしょうな」


 イグスとオルデスは真剣な表情のまま医師の言葉に耳を傾けた。それを一瞥し、医師は続ける。


「アリン君はおそらく土砂崩れの揺れを察知してすぐ、机の下に隠れたのでしょう。英断だ。そうしなければおそらく、間に合わなかったでしょう」


 オルデスが息をのむ。ついさっきまでその土砂の上にいたのだ。無理やり考えないようにはしていたが、あれに巻き込まれて助かるとは到底思えなかった。


「机が傘の役割を果たし、偶然……いや、これも奇跡ですな、奇跡的にアリン君の周りに空間が出来た。それがなければ窒息していたか、圧死していたか……。そして」


 そこで言葉を区切る。次に言うことを察し、一同の視線がそこへ集まった。


「その少年、ティオ君でしたか。彼がいなければ、奇跡は奇跡となり得なかったでしょう。よく、あの土砂の中でアリン君を見つけられたものだ。随分と勘のいいご子息の様ですな。ほっほっほ」


 僅かに生やした白い顎鬚をいじりながら愉快そうに笑う。だがイグスとオルデスはそれが勘や偶然ではないと知っていた。


 オルデスがイグスに視線を送る。ティオについて聞きたいと、その眼は訴えている。しかしそれに対してイグスは首を横に振るしかできなかった。まだ情報が少なすぎる。ティオが起きるまで保留にするしかなかった。


 オルデスは一つため息を吐くとテントから出て行く。テントの外にいる町民にアリンの無事を知らせるためだ。それを見届けた後、イグスは誰にも聞こえない声で、ティオに向かって囁いた。


「ティオ……お前には、何が見えているんだ?」


 その問いに答えるものはおらず、わずかな雨音がテントに響くだけだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ