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オーバーセンス  作者: 茜雲
一章 雨夜、灼きつく想い
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圧倒


 迂闊だった。


 こんな開けた場所に1匹も魔物がいない方がおかしい。仮にそうなら何かしらの理由があると考えるべきだ。どこかに隠れているか、あるいは……強大な魔物が支配する場所であるか。岩の影で見えなかったなど、言い訳にもならない。


 突然降りかかる最悪の事態に己を叱責する。せめてもう少し慎重に動くべきだったと。しかし今更後悔したところで事態は好転しない。


 頭を切り替え、状況を把握しようとするが、相手はそれを許さなかった。


 ストームタイガーが前足を振るう。距離は離れており、当たる訳が無い。


 ティオはそれを見て、一瞬呆けたあと、魔素の気配を感じて咄嗟に体を横に逸らす。次の瞬間、ついさっきまでティオの体があった場所を不可視の刃が薙いでいき、ティオの服に切れ目が入った。


 おそらくエアストラッシュの様な風で出来た刃だろうと判断できたが、ティオはこれ以上ないほど衝撃を受けていた。


 ほとんど視認すら出来ないほどの薄さ、速さで飛来した刃。切れ味は確かめるまでもないだろう。


 並みの制御能力で出来ることではない。そんな攻撃を殆どノーモーションで放ったのだ。魔素の動きすらほとんど感じ取れなかった。


 魔術師だからこそ理解(わか)る。いっそ神業と言っても差し支えないその業に、ティオは敬意すら覚えた。


「――くっ」


 呆けた意識を無理矢理覚醒させて後ろに跳び、ストームタイガーから距離をとる。それを追ってくる気配は無かった。


「きゅ……きゅい」


「お前か」


 足下から声が聞こえる。確認するまでもなく、あのアルミラージだ。その鳴き声は恐怖からか少し震えている。目の前には自分とは次元の違う敵がいるのだ、当然だろう。


「お前は早く森に戻れ」


「きゅい……」


 目線はあくまでストームタイガーを捕らえながら、アルミラージの背を押す。ティオの意図を察したアルミラージは森へ向かうが、途中で振り返り、心配そうな声をあげる。


「行け! 邪魔だ!!」


「きゅっ」


 見かねたティオが大声で叱咤する。それを受けてアルミラージは逃げるように森へ向かって去っていった。


(それでいい。しかしまさか魔物に心配されるような日が来るとは思わなかったな……)


 などと場違いなことを考えながら剣を構える。今の今まで攻撃してこなかった理由は不明だが、ストームタイガーからは明らかな敵意を感じる。少なくともこのまま逃がしてくれるとは思えなかった。


 ティオは感覚を研ぎ澄ませながら活路を模索する。


 相手はランク6であり、勝てる相手ではない。先ほどのあまりに洗練された攻撃を見ても、それは疑いようが無い事実である。正面から争うことは何が何でも避けなくてはいけない。


 森に逃げ込むしかない。


 とはいえ、容易ではない。魔術で距離をとりながら戦いつつ、戦場を森の方へ寄せていくしかないだろうしかないだろう。


 そこまで考えたところでついにストームタイガーが動いた。


 ゆったりとして速度で歩き、距離を縮めてくる。ティオは同じ速度で後ずさり、ストームタイガーとの距離を保つよう努める。


 ティオの意図がわかったのか、ストームタイガーが不機嫌そうに眉を顰めた。直後、ストームタイガーがその身に風を纏う。戦闘態勢。つまりは、逃がすつもりは毛頭ないということだ。


「ちっ」


 舌打ちを一つしてティオも魔素を練る。逃げることだけ考えていてはまともに打ち合うことすら出来ないとティオの直感が告げていた。殺すぐらいのつもりでいかないと牽制にすらならないと。


(インパルス。フィジカルエンチャント)


 ティオはまず自身の強化を施す。反射神経の強化に、身体能力の強化魔術である。さらに生成した魔素のみを使い、効力を増大させている。


 彼我の圧倒的な差を少しでも埋める為に打てる手は全て打たねばらない。出し惜しみしていては逃げる前に殺されるとの判断だ。


「いくぞ、ストーンバレット! ファイアボール!」


 叫ぶと同時にティオの周囲に数多の石礫と火球が浮かぶ。それを見たストームタイガーが驚愕からか一瞬歩みを止める。


 ティオはその瞬間を逃さず、礫と火球の一部を解き放った。初撃としては完璧だったろう。しかし相手は常識が通じぬ化け物であることをティオはまだ正しく理解していなかった。


 ストームタイガーは豪速で迫る攻撃を一瞥し、次の瞬間にはその場から姿を消していた。


「――なっ!?」


 文字通り眼にも留まらない速度で横へ飛び退き、攻撃の軌道上から外れる。言うのは簡単だが、それを実践するには並みの身体能力では到底不可能だ。


 だがそれに衝撃を受けている時間もティオにはない。ストームタイガーは勢いそのままにティオへと迫る。


「疾っ!」


 ティオは縮まったストームタイガーとの距離を再度あける為に後方へ駆け出した。


 ストームタイガーの身体能力には驚かされたが、生成魔素を使用して身体強化を図っているティオとてもはや常人のそれではない。


 ストームタイガーには及ばずとも、およそ見た目からは考えられない身体能力を発揮して駆ける。だが、ストームタイガーとの距離を離すには至らない。


 ならば、と手を振るえば周囲に従える数多の礫と火球がストームタイガーに殺到する。


 下級魔術とは思えない威力を実現するティオの魔術と、それを圧倒的な身体能力で回避するストームタイガー。先ほどとなんら変わらぬ構図だが、牽制という目的は達しており、おかげで距離をそう縮められずに済んでいる。


(このまま、森まで逃げ切れるか……!)


 牽制を続けながら森を見やる。森まであと200メートルといったところだろうか。今の速度なら一息で駆け抜けられる距離だ。


いける、そう考えた次の瞬間、ティオはまだランク6というものを過小評価していたことを思い知らされた。


「――っっ!!」


 背後からの魔素の気配、それもかつて感じたことがないほどに圧倒的な気配に、回避以外の選択肢を瞬時に捨て去った。


 駆ける勢いをそのままに全力で横へ跳ぶ。冗談のような魔素を孕む何かがティオのすぐ後ろを過ぎ去っていった。


 本能的ともいえる咄嗟の回避で受け身も満足に取れず、無様に地面に転がる。だが、それを気にする余裕はすぐに吹き飛んだ。


 瞬間、爆音と呼べるほどの激しい音と共に烈風が吹き荒れ、進路上にあった森の一部が殆ど更地になってしまった。


 ティオの傍まで木片が飛んでくるが、あまりの威力に呆然としており、目に入っていない。そして、背後に気配を感じた。


 即座に飛び退きながら後ろを確認すると、ほんの10メートルほどの距離でティオを睥猊していた。


 今、ティオは隙だらけで、その気になれば確実に終わっていたはずだった。だが、ストームタイガーはそれをしなかった。


 遊んでいるのか、なぶっているのか。いずれにせよ、ストームタイガーからは殺意というものがほとんど感じられない。


 ティオはこの森で敵対したすべての魔物は殺意を秘めた眼で睨んできたことを思い出す。そう、ゴブリンやブラックウルフ、トロールもだ。


 理由は明白、敵だからだ。そんな単純で当たり前の理由で殺し合う。ここはそういう場所なのだ。


 だが目の前の化け物は違った。敵愾心は感じるが殺すという強い意思は感じられなかった。つまり、ティオでは本当の意味で“敵”とすら思われていないということだった。


「舐めてくれるな……」


 積極的に殺すつもりはないが逃がすつもりもない。そんなストームタイガーの意図は図りかねるが、舐められていることは確かだった。


 ティオは悔しさを噛み殺し、冷静さを失わないよう努める。


 視線だけは射殺さんばかりにストームタイガーを睨めつけ、それとは相反するように体から無駄な力を抜いていく。そして一呼吸挟み、覚悟を決めた。


(たぶん勝てる相手じゃない。けど……)


 絶望的なのは承知の上であるし、勝てると思っているわけでもない。


(けど――約束したんだ)


 ソルチェへの誓いを思い出す。生きている限り、生き抜くと、諦めることだけはしないと、自身を奮い立たせる。


 ソルチェとの約束を守るためなら、不可能も可能にしてみせると、その瞳は語っていた。



ポケモンGO配信されましたね

早速歩きスマホがちらほらと……

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