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オーバーセンス  作者: 茜雲
一章 雨夜、灼きつく想い
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命の洗濯

 しばらく森を駆け抜け、火が見えなくなった辺りで立ち止まる。周囲に魔物の気配がないことを確認し、近くの木の陰に座り込んだ。


「ふう、なんとかなったな」


 一息つき、緊張を解く。このまま一息に洞窟まで行きたいところだが、まだそれなりに距離がある。まだ本調子ではない状態であまり動くのは危険だと判断し、ここでとりあえず体力を回復させることにした。


「きゅう……」


 すぐ下から鳴き声が聞こえ、ティオはそこでアルミラージのことを思い出した。


「ああ、悪い悪い。もうちょっと動くなよ? ……癒しを、ヒール」


 言って、ヒールでアルミラージの傷を癒す。アルミラージは体をビクつかせたが暴れることはなかった。傷が癒えたアルミラージを地面に降ろし、手を離す。


「ほら、あとはひとりで何とか出来るだろ」


 ティオは手を振って帰るよう促す。アルミラージは元来た方向を一瞥するが、すぐにティオに視線を戻し、ティオから離れようとしなかった。


「どうした?」


 帰る様子の無いアルミラージに問いかける。当然、アルミラージから返事はない。ただひたすらにティオを見つめていた。


「……はぁ、すきにしろ」


 ティオはため息一つつき、木にもたれ掛かり目を閉じる。流石にこんな何も無いところで寝るつもりはない。目を瞑りながらも周囲の気配はずっと探っていた。


 アルミラージもティオに習うようにティオのすぐ横で体を休めていた。


 一刻ほど経った頃に目を開ける。空気中に漂う魔素を少し取り込みながら休んでいたこともあり、それなりに体力は回復したようだ。まだ全快とはいかないが、洞窟までは問題なく辿り着けるだろう。


「なんだ、まだいたのか」


 ティオが足下のアルミラージを見ながら呟く。ずっと意識を張っていたティオはそれに気付いていたのだが、皮肉を込めて口にしただけだ。無論、アルミラージに皮肉が通じる訳は無いのだが。


 ティオとてそれはわかっているので言うだけ言ってさっさと歩き出す。アルミラージもぴょこぴょことティオについて行った。


 途中、ドードーと遭遇したので食料として確保する。アルミラージはドードーにおびえたり、ティオの強さに驚いたり、喜んだりと百面相していた。


「っはぁ、なんとか帰って来れた……」


 ようやく洞窟に辿り着いたティオは心底疲れたように座り込み、洞窟の壁に背を預ける。


 ゴブリン戦に始まり、悪魔種の相手、魔素生成の過使用、果ては火災からの逃亡と次々と巻き起こるトラブルに、精神的にもかなり参ってしまった。後半は自業自得だが。


 アルミラージは脱力するティオに近寄り、ティオの指の先をぺろぺろと舐める。慰めているのか、元気付けているのか、あるいはかまって欲しいのか微妙なところである。


「結局ここまで着いてきたんだなぁ」


 舐めてくるアルミラージに、顎を撫でて返すと気持ちよさそうに目を細める。さらに懐かれた気がしないでもないが、気にしないことにした。


「さて、飯でも食うか」


 気がつけば辺りは暗くなり始めている。気を取り直して夕飯作りに勤しむことにした。


 たき火を起こすところからドードーの羽根剥ぎ、火にくべるところまで、興味深そうな視線にさらされながらこなしていく。やがて香ばしいにおいがたちこめてきた。


「よし、いただきます」


 姿勢を正して手を合わせると、真似しているつもりなのかアルミラージも姿勢を正し、お辞儀してみせる。その姿に苦笑しながら焼けた鶏肉を取り、頬張る。


「ん……、不味くはないけど、やっぱり調味料が欲しいな」


 そのまま焼いただけなので少し味気ない。塩コショウをかけるだけでかなり変わるだろう。もちろん贅沢は言えないのは分かっているので、気にせず夕飯を続ける。


「お前もいるか?」


 肉を突き出してみる。アルミラージはどうしたらいいか分からず、一声鳴きながらティオを見上げた。


「食べ物を食べる習慣はないのか。じゃあそこらの魔素でも食べてきたらどうだ?」


「きゅい?」


 ティオは話しかけるが、当然言葉が通じる訳はないので首をかしげる。ティオも予想はしていたが、実際どうしようか悩む。


「まぁほっといても勝手に食べに行くだろうが。……ひとつ、試してみるか」


 そう言って、ティオは右手に力を込めた。すぐに魔素が生成され、手のひらの上で佇ませる。もう魔素を生成するまでは完全に使いこなしていた。


 突然ティオの右手に魔素が生まれたことに驚いたのか、アルミラージの視線はそこに釘付けになっている。右手をそのままアルミラージの鼻先に持っていくと、興味深そうに鼻を鳴らした。


(匂いとかあるのか……?)


 などとどうでもいい疑問を浮かべつつ、アルミラージの反応を待つ。


 アルミラージは不安げにティオと魔素を交互に見る。やがて意を決して魔素に鼻先を近づけると、そのまま魔素はアルミラージへと移動していき、消えた。


「きゅ、きゅい!? きゅいーっ!」


 アルミラージは一瞬驚いた様な動きをした後、嬉しそうに飛び跳ねる。少々……いや、かなり喜んでいるのは間違いなさそうだ。


「そ、そこまで喜ばれるとは思わなかったな……。まぁお前のおかげで色々助かったし、好きなだけ食べるといいさ」


 言いながら、自身は焼き鳥を食べ、空いた手に魔素を生成し続ける。よほど嬉しいのだろう、アルミラージはずっと鳴きながらティオの魔素を取り込み続けた。


 しばらくそれを続けるが、流石にティオの体力にも限界があるので適当なところで切り上げる。アルミラージは一瞬物欲しそうな表情をしたが、十分な量の魔素を取り込んで満足したのか、ティオのあぐらの上で丸くなった。


(またえらく懐かれたな)


 懐かれるようなことをした自覚があるとはいえ、実際こうも懐かれると反応に困る。なにせ相手は犬猫の類いではなく、紛れもない魔物なのだ。人類の敵と言っても過言では無い彼らに懐かれても、どうすればいいのか判らない。


(まぁ……俺も似たようなものか)


 推測だが魔物へと変異したであろう己を意識し、自嘲気味に笑う。その表情は複雑そうではあるが、悲観の色は見られない。納得は出来ないが、割り切れてはいる風だ。


 残った鶏肉を頬張りながら空いた手でアルミラージを撫でる。細かいことは気にしないことにしたのだ。


「ごちそうさま」


 食事を終え、一息つく。アルミラージは未だティオの膝の上でくつろいでいた。


 膝の上でくつろぐ小動物の背をたたき、降りるよう促す。膝が軽くなったところで立ち上がった。そして、かねてから考えていた計画を実行に移す。


 食事の後片付けを終えたティオは、ロックブレイクの魔術を使って大きな岩の釜を作り出した。生成した魔素を用いれば、多少なら形も操作出来る。 


 ティオが作った釜は人ひとりが入れるほど巨大だ。そしてその中に水を注いでいき、火をくべて熱する。


 突然始まったティオの奇行にアルミラージも首をかしげる。しかし次から次へと魔素を生み出し、それを操るティオに驚きと畏敬の眼差しを向けていた。


「これで良し。・・・・・・んん、ちょうどいい温度だな」


 お湯に手を浸けながら呟く。そう、これは鍋などではなく風呂である。


 数日間風呂に入っておらず、その上多数の戦闘や逃走劇を繰り広げたのだ。汚れもさることながら臭いがひどい。


 場所が場所なので周りの目は気にすることは無いのだが、これ以上酷くなると人としての尊厳が傷つきそうな気がしたのだ。


 ティオは満足気に頷くと、平たい岩を生成し、釜の底に敷く。釜自体を熱したのでそのまま入ると足の裏を火傷してしまう。故に敷板は必要だ。


 ともあれ、これで風呂の準備は整った。準備が整うや否や、ティオは我慢できないという風にすぐさま服を脱ぎ捨てると、そのまま風呂に突入する。


「っはぁ! 久々の風呂だぁ!」


 数日ぶりの風呂はティオのテンションを一気に最大まで引き上げる。ついでに若干キャラも崩壊させたようだ。


「ああぁ……。気持ちいい……」


 風呂釜の縁だけを水魔術で冷まし、そこに顔を置く。そのまま体の力を抜けば思わず感想が口に出た。普段の毅然とした態度も鳴りを潜め、キャラ崩壊が留まるところを知らない。


「きゅいー?」


 アルミラージが首を傾げながらティオを見上げていた。確かに彼(?)からすれば何しているのか全く判らないだろう。そんなアルミラージを見てティオは笑みを浮かべ、手招きをした。


「お前もこっちに来いよ」


 呼ばれたアルミラージは特に深く考えるでも無く、風呂釜の縁まで移動する。


 すると、ティオは手で湯を掬い、その手でアルミラージを撫でる。


 突然始まった湯浴みにアルミラージは混乱していた。それはそうだろう、湯を掬った手で撫でられているだけとは言え、湯浴みどころか湯そのものが未知の代物であり、初めて体験するものだ。逃げないだけでも褒められるべきであろう。


 実際のところ、謎の液体への恐怖と、ティオに撫でて欲しいという欲求の間で板挟みにされ、硬直していただけだとしてもだ。


 そんなアルミラージの心情を知ってか知らずか、ティオは遠慮無しにアルミラージを撫で回す。


 やがて気持ちよくなってきたのか、あるいは自棄なのかは判らないがアルミラージの体から固さが抜け始めたころ、泥などの汚れが落ちて本来の白い、美しいほどに真っ白な毛並みが姿を見せた。


「おお、ずいぶん綺麗になったな」


「きゅいっ♪」


 言葉の意味など判っていないはずだが、ティオの言葉に明らかに嬉しそうに反応するアルミラージを見て、ティオもつられて頬が緩む。


 そしてその笑顔のまま、宣告する。


「じゃあ、一緒に入るか」


「きゅ――」


 アルミラージが再度硬直する。


 何度も言うが言葉の意味は判っていないはずである。


 それでも反応するのは出会って数時間にも関わらず以心伝心をマスターしたからか、野生の危機察知能力か。


 ティオはアルミラージが硬直している間にひょいと持ち上げ、そのまま湯船の上にスライドさせる。


 アルミラージの緊張は最高潮に達しており、重力など感じさせない程に微動だにしない。


 抵抗しないのは、恐怖よりティオへの信用の方が勝っているからだろう。


 人間社会では出会って数時間で信用もなにも無いかもしれないが、余計な物を全てそぎ落とした様な野生においては、助けてもらったという事実だけで十分だ。


「少し湯がぬるくなってきたけど、この方がお前にはちょうどいいだろ」


 言いながら、ゆっくり、優しくアルミラージを湯に浸けていく。


 最初こそ強ばっていたアルミラージだったが、己に害ある物でないことを理解したのか、やがて緊張を解いていく。


 そうすれば後は意識が湯に溶けていくだけだった。


 アルミラージは脱力し、ティオに身を任せる。


 それはまさに”蕩ける”といった様相だった。完全に水を含んだ体毛も、本体に負けないほど脱力し、皮膚にへばりつく。先ほどまでのふわふわ感は姿を消し、もはや見た目は完全に別の生き物のようだ。野性を忘れたその姿にティオは苦笑いを浮かべた。


 一頻り堪能したティオはそばに置いてあった上着を手に取り、力任せに引き裂いた。上着は切れ布として扱うことにしたのだ。


 幸い、この森は夜でもさほど気温は下がらない為、下着を除き、上下1着ずつで十分だ。


 ティオはまず目の前のアルミラージから拭いてやることにした。お湯で汚れを取った切れ布をアルミラージにあてがい、そのままさっと水気を拭う。アルミラージは終始気持ちよさそうになすがままであった。


「さて、明日も早い。そろそろ寝るか」


 風呂から上がって一服した後、ティオは寝支度を始める。と言っても火を消して洞窟の奥へ隠れるだけであるが。


 洞窟へ向かうティオに当然の様にアルミラージはついてくる。


「きゅーい」


「ん、おやすみ」


 壁に背を預けて瞼を落す。傍らで丸くなるアルミラージを撫でながら意識は微睡みに融けていった。








「――ん」


 洞窟に入り込む朝日で目を覚ます。


 遭難3日目、ティオの未来を大きく左右することになる1日は、穏やかな陽光と共に始まった。







お風呂回(男)



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