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オーバーセンス  作者: 茜雲
一章 雨夜、灼きつく想い
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悪魔


「――っはぁ。ぐっ……」


 周囲を埋める炎の中に、動く影がなくなったことを確認し、ティオは膝をついた。原因は明らかである。それはティオも自覚していた。


「使い、過ぎたな」


 息を整えながら一人ごちる。


 理由は言うまでもなく、生成した魔素の過使用による体力の消耗だ。


 そもそもシャーマン達はともかく、普通のゴブリン相手にそれを使う必要はなかった。明らかにティオの自業自得である。


(ゴブリンが相手だったとはいえ、無茶しすぎだな。俺ってこんなに熱くなりやすい性格だったのか……)


 矢で貫かれた箇所をヒールで治癒しながら考え込む。ティオ自身としても今回のことは意外だった。


 ティオは自身を感情の起伏が少ないくらいの人間だと自己評価していた。クール、という程ではないが、よほどの事でなければそうそう熱くなったり、怒りを現したりはしない、と。


 仇の同種とはいえ、直接の仇でもない相手を見ただけで我を失うとは思わなかったのだ。


(使う魔術の選択も、ちょっと暴走気味になるな……)


 ティオは燃え続ける周囲を見渡しながらため息をつく。


 ファイアボールは下級の割に攻撃力が高く、戦闘では扱いやすい部類である。それでもこれまで使わなかったのは、周囲の木々に燃え移ることを恐れてだ。


 他の魔物を呼び込んでしまう恐れもあるし、火の規模が大きくなれば自分が危険になることもあり得る。実際ソルチェの時はそうなりかけ、また今回もそれに近いことになっている。これらは反省すべき点であった。


「さておき、この状況どうするか……」


 反省は後回しにし、まずは現状をどうにかする必要があった。


 100もの火球で生み出された炎は、そう易々とは消えないほどの火勢となっており、消火するにはいささか以上に手間取るだろうことは容易に想像できる。体力を消耗した今のティオには出来れば避けたいところだ。


 逆にこのまま放置したところで洞窟に逃げ込めば最悪は回避できるはず。案外あっさり鎮火してしまう可能性もあるのだ。そう考え、ティオは後者の選択をとる。


 そうと決まれば一刻も早くここを去るべきだと判断し、炎に背を向けて駆けだした。


 走る途中で何体か魔物を見かけたが、彼らはティオの背後の炎を見るとそそくさと退散していった。侵入者の撃退よりは我が身を優先するのは当然だろう。


 だが例外もいる。ティオの正面に人型の魔物が立ちふさがった。


「キキキッ」


「レッサーデビルかっ」


 レッサーデビルと呼ばれたそれは、悪魔種で(・・・)最低位であるランク4(・・・・・・・・・・)の魔物である。羊に似た頭を持ち、三叉の矛を振り回す、炎の悪魔というのが一般的な評価であるが、あえて付け加えられていない評価もある。


 “悪魔種と遭遇したら、即座に斬りかかるか、神に祈れ”


 それが一つの常識であり、真理だった。


 悪魔種は知能が非常に高く、また、理由は不明だが人間を敵視しており、執拗に狙うのだ。さらに、ほぼ全てが圧倒的とも言える力を有し、上位の悪魔の出現はその被害、規模、理不尽さの全てが天災と同等である。


 故に、実力が無ければ、逃走も抗いも難しく、それこそ神に祈ることしか出来ない。それが悪魔種に対する一般的な認識である。


 それはティオであっても例外ではない。ただし、抗い難い、ということまでだが。


 ただ神に祈るような殊勝な心がけはしていなかった。少なくとも、あの夜以降は。


「ライトニングスピア!」


「キギャッ!?」


 祈る暇があれば一手でも生還に向けて手を打つ。それがこの数日でティオが得た価値観であり、信念だ。


 神など助けてはくれないし、信じてもいない。信じているのはソルチェが信じた自分だけである。故に、ティオは活路を見いだした。


 レッサーデビルに向けて放たれる三条(・・)の雷閃。出会い頭の不意打ちで、しかも至近距離から放たれたそれを避けられるはずもなく、レッサーデビルを貫いた。


 悪魔種は総じて魔術耐性の高い種族である。だとしても並以上の威力を持つ中級魔術を至近から受けて無事であるはずがなく、レッサーデビルの体から焦げた臭いと煙が立ち上る。


 しかしそれでもティオを睨み付け、反撃の為に矛を構えようとしているのは流石と言えるだろう。だが衝撃とダメージからか、その動作に機敏さはない。


 そして、それを見逃すティオではなかった。


 まだ残っているフィジカルエンチャントの効果を活かし、レッサーデビルが矛を持つ手に力を込めたときには既にティオは目の前に迫っていた。そして無防備なレッサーデビルに向けて剣を思い切り突き刺す。


「ギ、ギッ……」


 生命力も並ではないようで、胸を貫かれても死なず、逆にティオを貫こうと矛を構える。だがティオの攻勢はこれで終わりではない。


「――ディスチャージッ!!」


「――――ッ!!?」


 剣先から稲妻が迸る。いくら魔術耐性が高いとはいえ、体内に直接攻撃を受けては無事ではいられない。レッサーデビルは矛を取り落とし、瀕死の状態だった。


 ティオは即座に剣を引き抜き、そのまま体を回転させた勢いで横薙ぎに剣を振るった。剣閃は支えを失って崩れ落ちていくレッサーデビルの首筋目掛けて軌跡を描く。


 振り抜いた後には、首を飛ばされたレッサーデビルが残り、それも次の瞬間には砂となって風に散っていった。災厄と呼ばれる悪魔種は、ティオ相手に何も出来ず散っていったのだった。


「っはぁ……勝った、のか? なんで…………いや、まずは早くここを離れよう」


 災厄と言われる悪魔種を一気呵成に倒してしまったことに内心動揺しつつも、まずは落ち着ける場所に移動することを優先する。


 再度駆け出そうとするが、疲労で足がもつれそうになる。レッサーデビル戦では、つい魔術名を唱えてはいたが、実際はほとんど魔素生成で威力を上げていたのだ。


 ゴブリン達との戦闘も含め、魔素生成を行使しすぎた。相手が相手だったので致し方ない部分もあるが。


(今はそれを言っても仕方ない。とりあえず、今は――)


 すぐ背後に炎が迫ってきている。今は反省している場合ではないと判断し、力を振り絞って再び駈け出そうとする。そこで近くのあるものに気がついた。


「――魔素溜まり……」


 ティオは今にも倒れそうになりながら魔素溜まりまで近寄っていく。そして、魔素溜まりのそばで跪き、縋るように手を添えた。


(少しでも足しになれば……)


 ティオは神など信じていない。それでも祈るような気持ちでそれを取り込んでいく。決して量は多くなかったが、それは確かにティオの体力を回復させた。


「よし、これならっ」


 言いながら立ち上がる。限界に近いからこそ、体力の回復をより実感できる。その事実は同時に気力も回復させた。


 ティオは前を向き、再び駆け出す。体力が回復したことで思考にも若干の余裕が生まれ、視野が広がっていく。


「そうだ、目印!」


 咄嗟に周囲を見渡す。このまま逃げても、迷うだけだ。とはいえ、ここまで無軌道に走ってきたのだ、目印が見つかる可能性は限りなく低かった。目を凝らして目印を探しながら、必死に思考を巡らせる。


(どうするっ! 迷うのを覚悟でこのまま行くか? それとも多少の危険を冒してでも目印を探すべきか)


 焦る内心を必死に押さえ、最善手を模索する。そこで、巡らせた視界に気になるものが映った。

 

「あいつは……」


 視界の端に捉えたのは1匹の、角の折れたアルミラージ。特徴的なそれには見覚えがあった。


(――あいつは、さっきの。 確か、あいつが向かった方向は――!)


 考えるなりアルミラージに向かって走り出す。記憶が正しければ、あのアルミラージはティオの来た道の方へ向かっていったはずだ。ならば近くに目印があるかもしれないと考えた。


 そして、アルミラージの方へ向かえば目的のものが視界に映った。


「あった、目印!」


 木に付けた斬り跡。これまで散々着けてきたものだ。見間違うわけがない。周囲を見渡せば点々と続く目印が見える。これで元の場所に戻れると、安堵した。


 あとは目印を辿って帰るだけだと、ティオは再び駆け出した。が、すぐに足を止める。それから元来た方を見やった。


(あいつ……怪我でもしてるのか?)


 視線の先には先ほどのアルミラージがいる。すぐ近くに炎が迫っていると言うのに動く気配はない。いや、動こうとしているが前に進めていないといった風だった。


 周囲の様子を見るとすぐ近くに木が倒れているのが見て取れた。それに巻き込まれて怪我をしたのだろうか。


「こっちも余裕はないんだ、悪いが……」


 そう言って目印の指す方へ向き直る。だが視線はまだアルミラージに向けられていた。アルミラージは特にティオを見ようともせず、ひたすら逃げようと体に力を込める。


 後ろ足を引きずるようにして少しずつ前に進むが、誰がどう見ても火から逃げおおせるものではない。しかしアルミラージは諦める様子は無かった。


「~~~~~~ああ、もうっ!!」


 ティオは再び振り返り、アルミラージに駆け寄る。どんなに絶望的でも諦めようとしない姿にティオは自分を重ねた。重ねてしまった。


 アルミラージは突然の事態に驚き、一瞬体を硬直させた。ティオはそれを無視して無理やりにアルミラージを抱え込む。


「ヒールかけてる時間も余裕も無いんだ。我慢しろよ」


 アルミラージは当然抵抗しようとするが、暴れられないように抑えられているのでどうすることも出来ない。


 ティオは改めて目印の方へ向き直り、炎から逃げるために駆け出した。アルミラージも炎から離れていくことを理解したのか、やがて力を抜き、ティオに身を任せた。







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