蹂躙劇
ティオの周囲を囲むゴブリンの群れ。木の上には弓矢持ち、地上には無粋な作りの手斧や短剣を持った醜い小鬼がティオを睨む。
それに対し、ティオはゴブリン以上に感情を込めて睨み付け、何かを呟いていた。
「…………らが。…………のせいで」
「ギギッ?」
小声のため聞き取れない。聞き耳を立てるもののそれでも聞き取れず、ゴブリン達は困惑の表情を浮かべた。
そんなゴブリン達を尻目に肩に刺さった矢を無理やり引き抜く。
鮮血が散り、激痛が奔る。だがティオは声すらあげない。むしろ、その痛みを噛みしめていた。ソルチェと同じ痛みだと。自分を守ってくれた、痛みだと。
その異様にゴブリン達は困惑の表情を濃くする。剣を構えすらしないティオを見て、ゴブリンの一匹が警戒を一瞬緩めた時、そのゴブリンの頭部が弾け飛んだ。
何が起きたのか理解できず、一瞬で物言わぬ骸と化した同胞にゴブリン達の表情が困惑から驚愕へと変わる。しかしその間にもゴブリン達は次々に肉塊に変えられていった。
緩んでいた警戒の糸を締め直し、それぞれの武器を構え直すが、それは致命的に遅かった。
気付けばティオは既にゴブリンの群れに突っ込み、次から次へと斬って捨てる。
詠唱破棄で瞬時に発動したインパルスとフィジカルエンチャントによって強化されたティオは、圧倒的な力を発揮し、ゴブリン達を蹴散らしていく。
木上のゴブリン達は弓を構え直すが、仲間の隙間を縫うように移動し続けるティオを正確にいることは難しく、そうこうしている間にストーンバレットで撃ち抜かれていった。
最初の一撃もストーンバレットだが、生成した魔素を存分に使って発動したそれの威力と速度は凄まじく、ゴブリン達は認識すら出来ずに撃ち抜かれていく。
「あああああっ!!」
ティオが吠える。獣の様に暴れ、手当たり次第に斬り、貫き、撃ち抜いていく。いつの間にか紅い瞳は輝きを放っていた。
その威容にとうとう群れから離れて逃げ出す者が現れるが、ティオに背を向けたそばから石礫や風の刃によって命を絶たれる。その時点で一匹残らず理解した。自分たちが決して手を出してはいけない相手に剣を向けたことに。
もはやティオ以外の誰もが武器を捨て、完全無欠に一方的な、戦闘ですらない蹂躙が始まろうとしたその時、ティオに向けて正確に火球が飛来する。
不意打ち気味に放たれたそれをティオはあっさりと避けて見せた。しかし流石に無視する訳にはいかず、残っているゴブリンから距離を取り、火球が飛来した方向を見やる。
そこではゴブリンナイトを始めとした、上位のゴブリン種がティオを睨み付けていた。
「ゴブリンナイトに……シャーマンかっ!」
今回の襲撃を見ても判るが、ゴブリンはブラックウルフなどと同じように群れで行動する魔物である。だが、実際は少し他と異なる。単なる群れでなく、ゴブリンキングを中心とした王国のようなコミュニティを築いているのだ。
もちろん、それほど大規模なものではないが、それでも数百匹規模のコミュニティを形成していることが多い。
その中には階級が存在し、基本的に外で狩りを行うのは最下層の雑兵である。それ以外では戦闘技量の高い者は王の護衛隊、逆に技量の低い者は巣での雑用となる。その中でもゴブリンナイトは精鋭部隊と言える。
そして、コミュニティの規模が大きくなればいずれ、王以外にも特異な存在が現れる。それがゴブリンシャーマン、魔術を扱うゴブリンである。
ほとんどの魔物は魔術を使えない。だが例外もある。時折、突然変異のように魔術を操る個体が現れることがあり、それらは変異種と呼ばれる。高いランクの魔物に多く見られる現象だ。
ゴブリン種は基本的に低ランクだが、同種でも個体差が大きい性質と、比較的大規模なコミュニティを形成する習性から、そういった者が現れる可能性は他の種よりは高い。とはいえ、珍しいことには変わりなく、ティオが驚くのも当然と言えた。
「まぁ、いい。真っ向から打ちのめしてやる」
ゴブリンナイトの方はランク2だが、シャーマンはランク3程度の実力である。実際に相対した経験はティオにはないが、知識としては知っていた。
普段のティオであれば警戒するはずであるが、今はそんな様子は見られない。あくまで真っ正面から力押しでいくつもりの様だ。
ソルチェの仇である種を前に頭に血が上っている。また、初めて全力の魔素生成を用いて行う実戦で、敵を敵とも思わない自らの力に、ある種の全能感を抱いていた。
再び構えるティオを見て、ゴブリンナイトが前に出る。精鋭部隊というだけあって、他のゴブリンよりは精巧な剣と、少しばかりの鎧と盾を持っている。
そしてその後方でシャーマンが魔術を唱える。人語ではないので詠唱から魔術の判別はつかないが、唐突に現れた火球が雄弁に語る。
ファイアボール。こぶし大の火球を飛ばす簡単な魔術である。当然、ティオも習得している。
それを証明するように、ティオの周囲にも同じような火球が現れる。数は15個、ゴブリンシャーマンの火球も15個で、全く同じ数だった。
それを解き放つタイミングも同じ。違うのは一つだけだった。それはティオとシャーマンの、ちょうど中間地点で判明する。
お互いに放った火球が同じ軌道を描き、迫る。それの接触が合図とばかりにゴブリンナイトと、彼らの登場によって消えかけていた闘志を再び燃やした全てのゴブリンが身構える。だが、そこから先は彼らの思い描くものと異なっていた。
双方の火球が触れる。そのままお互いに消し飛ぶかと思われたが、ティオの放った火球がシャーマンの火球を丸ごと飲み込んだ。
ゴブリン達は示し合わせたかのように同時に目を見開いた。彼らを尻目に、火勢を増した火球がゴブリンシャーマンに迫る。
流石というべきか、いち早く我を取り戻したゴブリンナイトが盾を構えてシャーマンを護るように前に出た。そしてしっかりと盾で火球を受け止める。
「ギギャアァア!」
防いだかと思われたが、火球は盾に当たった瞬間爆発的に燃え広がり、ゴブリンナイトの腕を焼いた。身をもって盾になった彼らがそのまま全身を焼かれるまでに時間はかからなかった。
自身の魔術をあっさり打ち負かしただけでなく、護衛を一瞬で殲滅されたシャーマンの混乱は当然だろう。信じられず、認められず、そんなはずはないと、再び火球を生み出す。
「ギギッ! ギギャ――!?」
さっきと同じ数だけの火球がシャーマンの周辺に現れる。いざ放とうとした時に目にした光景はシャーマンを完全に硬直させた。
ティオもシャーマンと同じくファイアボールを展開していた。だがその数が問題であった。優に100近い、あるいはそれ以上の数の火球を周囲に浮かべていたのだ。
シャーマンの信じられないものを見るかのような表情を見て満足したように口角を上げる。
「燃え尽きろ」
周囲がざわめいている中で、決して大きくない声量で放たれた死刑宣告は、不思議とゴブリン全員の耳に届いた。そして、全員の視界が真っ赤に染まる。
全方位に向けて放たれたティオのファイアボールは、先ほどのそれと何ら変わらぬ火力を持って、どんな防御もあざ笑うかの様に全てを焼き尽くしていく。
ただのゴブリンも、ゴブリンナイトも、ゴブリンシャーマンすらも平等に炎に包まれ、ほぼ同時にその生涯を終わらせた。




