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オーバーセンス  作者: 茜雲
一章 雨夜、灼きつく想い
24/71

魔物の糧

「ふぅ、ごちそうさま」


 手を合わせて自然に感謝する。かなりの量があったはずだが、すぐ食べ終えてしまった。


 およそ2日ぶりのマシな食事で気力、体力共に充実しているのを感じる。


 水魔術で火を消した後、また洞窟の奥に潜る。


 今朝は何もなかったが、あの現象には謎が多い。万が一にも戦闘中にあの激痛に襲われれば死に直結するだろう。もうしばらくは、食後は洞窟に隠れるつもりだった。


「さて、時間を無駄にするのもなんだし、軽く訓練でもするか」


 食事を終え、多少体力が回復したので再び訓練に精を出す。とはいえ、またあの激痛に襲われたときにヒールが使えないのも問題なので、主に自然の魔素を使う訓練することにした。


「アライト」


 ティオの手のひらに小さな火が灯る。その際、ティオの手から魔素は生まれない。自然の魔素のみで魔術を使用することができた。


「よし。でもまぁ、俺の魔素を使わないっていうだけなら今まで通りだし、簡単なんだよな。問題はここから先だ。――アライト」


 感想を呟き、再びアライトを使用する。今度は少し、ティオの魔素が含まれ、先ほどより大きい火が生まれる。


 生み出す魔素の量を調整し、魔術の威力をコントロールする。まだ少し集中する必要はあるが、下級程度の魔術であれば完全にコントロール出来ていた。


 さらに、もう一段階先へ進む。


「さて、出来るかな……」


 言いながら、右手に力を込める。もはや見慣れた魔素の光がティオの右手に宿り、アライトの火へと少しずつ移っていく。すると、まるで燃料を得たかのように、火勢が増した。


 ティオは継続して魔素を送り続け、それに呼応して火勢はどんどん増していく。


 やがて洞窟の天井に届こうかというほどになり、そこで魔素の供給を止める。火もそこで成長を止め、それを満足そうに見つめたティオが一つ頷き、右手を握りしめる。するとまるで嘘のように火は消失した。


「よし! やっぱりこの魔素は使い勝手がいいな」


 魔素の追加供給。制御能力の高い、ティオの魔素ならではの技術である。一応、自然の魔素でも可能な技術だが、こうもスムーズにはいかない。


 自然の魔素だとかなりの技術が必要であるし、普通に魔術を行使するより多くの魔素が必要で効率が悪い。その点、自然のものより効果が大きく、制御しやすいティオの魔素はうってつけと言えるだろう。


 ただ、やはり普通に魔術を使うよりは効率が悪いので、体力の浪費を抑える意味でもそこまで出番のある技術ではなさそうだ。


「一つの選択肢としては有用だな。けど、実戦でも使うにはこの魔素の扱いにもっと慣れる必要があるか」


 ティオは冷静に利点と問題点を整理する。


 物事を客観的かつ冷静に把握できる能力は、魔術師として魔術の技術以上に重要で得難い才能である。


 ルミナ・ロードがあったとは言え、この齢でここまで魔術師として成長できたのは、ティオがそれを兼ね備えていたからということが大きかった。


 そこで、少しの眠気が襲ってくる。もう少し隠れておきたかったのもあり、ティオはそれに身を任せることにした。


「ん、おやすみ……」


 何処かを見つめ、呟く。それに返事はないが、満足したように微睡に身を沈めていった。








「――んっ……」


 目を覚ます。2時間ほど眠っていただろうか。どうやら今回も例の激痛には襲われなかったようだ。顔色もよく、疲労の色も見えない。


「んっーっ、よしっ、全快!」


 まだ寝ぼけ気味の意識を伸びで覚醒させる。軽い足取りで洞窟から出て、今後の計画を立てる。


(さて、どっちに進むか。いや、ここが森のどこかわからない以上、まだ進む先を決めるべきじゃないか)


 午前中に周囲をしばらく歩いたが、現在位置を把握することは出来なった。


 ここまで来た洞窟は右へ左へ、あるいは登って降りて、と蛇の様に伸びていた為、おおよその位置さえ掴めていない。


 まずは少しずつ、周囲を把握していくべきだろう。適当に進んだ結果、すぐ近くに出口があったのに逆に奥に入り込んでしまったなど、笑いごとではない。


 森の中心にある山が見えれば目印になるのだが、この森の木はどれも背が高く、周囲の景色を完全に隠していた。まさに天然の迷宮のようだ。


 とりあえず、周囲の探索を続行、開けた場所を探して現在位置を特定する、というのが当面の目的となる。


 そこまで考えて探索を再開する。朝は洞窟の周辺をしらみつぶしに探索したが、そのまま全方位に範囲を広げると迷う可能性がある。そこで、ある程度方角を定めて探索ことにした。そして今回は洞窟から見て正面の方角だ。


「よし、いってきます!」


 誰かに向かって言った訳ではない。ティオも特に何かを意識した訳ではないが、自然とその言葉を呟いていた。






 森の中を突き進む。


 今までと同じく隠れながらだが、避けられない相手は魔素生成の練習とばかりに屠っていく。


 見かける魔物はブラックウルフやドードーを始めとした低ランクの魔物ばかりである。それはつまり、まだ森の浅い場所であることを示していた。


(出口はそう遠くはないはず……。進む先は慎重に選ばないと)


 周囲を注意深く観察しながら歩を進める。低ランクの魔物が多いとはいえ、それでも油断が死に直結することはこの数日で嫌と言うほどわかっていた。たとえ出口が近いとしても無闇な行動は慎むべきだ。


「しかし、周りの景色も全く変わり映えしないな。目印は見失わないようにしないと」


 真っ直ぐ進んでいるつもりではあるが、周りの景色はただひたすら森が広がっているのみである。目印を見失いでもしたらおそらく……、いや間違いなく元の場所へは戻れないだろう。


 別に戻らないといけないわけではないのだが、周囲から隠れられる場所は貴重である。まさか森の真っ只中で無防備に眠りこける訳にもいかないだろう。


 目印をしっかり確認しながら、ついでに道すがら野草も採取していく。やはり数は少ないが、それでも食卓を彩るのに重要なものだ。見つけた端からブラックウルフの皮で作った即席の腰袋に入れていった。


「野草や果実の類も変わりなしか。ほんとに生き物の住んでる森かよ」


 多少愚痴めいたことを呟いていると、視界に魔物が目に入った。


「アルミラージ、か? ……まぁ無視で良いか」


 見えたのはアルミラージだった。ランク1……の中でもほぼ最弱、と言うより戦闘能力を持たない種だ。一本角が生えている以外は、実質、ただ大きめの兎と相違ない。


 ただ、目の前のアルミラージは少し様子が異なっていた。目印の一本角が根元近くで折れてしまっていたのだ。初めにアルミラージかどうか疑問系だったのはそれが理由である。


 体はまだ小さく、おそらくまだ子供であるのだろうとわかる。角が無いこともあって見た目は普通の兎とほぼ変わらなかった。


 子供のアルミラージが1匹で行動している時点で妙である。とはいえ、ティオとは関係ないことなので妙とは思いつつも特段気にはしなかった。


 アルミラージはおとなしい魔物で、自分から人間を襲うことはめったに無い。まぁそもそも戦闘能力がないので当然ではあるが。


 ティオもこの森の中で何度か遭遇したが、大抵こちらが何かする前に逃げてしまった。おとなしいというより臆病なのだろう。今も隠れるように、なにやら木の根元でこそこそしている。


 特に相手にする必要もないので無視して先に進もうとする。だがそこでアルミラージの行動に違和感を覚えた。


「あいつ、なにやって――!?」


 即座に木に隠れ、注視する。アルミラージは気付いた様子もなく、相変わらず木の根元で何かをしている。


(今のは……。見間違いじゃないなら……――!)


 今度こそ確かに見えた。木の根元にあったが、アルミラージに取り込まれるのを。取り込まれた光はやがてアルミラージと同化するかのように消えていく。


 そこにあった光をあらかた取り込み終えたアルミラージは満足げに鼻息を鳴らし、ご機嫌な様子でティオが元来た方向へ去っていった。


「……そういう、ことか。これで謎が解けたな」


 驚きを浮かべながらも、どこかすっきりした表情で呟く。先ほどの光、そう、魔素である。


 アルミラージの、おそらくは他の魔物たちも、エネルギー源は魔素だということだ。魔素を生成できる体質といい、魔物は魔素と関わり深いようだ。


 謎が解けたところで大した意味は無いのだが、やはりずっと気になっていた事柄なので胸のつかえが取れる程度にはすっきりした。


 しかし同時に新たな疑問も湧き起こる。だがそれを解決するのは簡単だ。


「さて、試してみるか」


 言うと同時に目の前を漂う魔素に触れる。否、触れること叶わずすり抜けた。そこまでは今まで通りだ。だが、今回はそれで終わらない。


「ん……」


 魔素の傍に手を添え、集中する。当然ながら今まで試したことのないことだが、魔術も含めて人並み以上に魔素の扱いに長けていると自負するティオには根拠のない自信があった。数秒後、それは事実で裏づけされる。


「おっ!」


 手を添えていた魔素は引き寄せられるようにティオに寄っていき、やがて染み入るようにティオの手と同化した。アルミラージと全く同じ現象である。


「出来た出来た。……でもなんの感覚もないな」


 アルミラージを真似てみたものの腹が膨れるわけでもなく、元気100倍! というわけでもない。いまひとつ納得がいかないティオはもう少し試してみることにした。


「近くに魔素溜まりはっと……。お、あった」


 体質が変化してから気付いたことであるが、地形などによって魔素が溜まりやすい場所が時折見られた。原理は空気溜まりと似たようなものだろうか。


 ちなみに、先ほどアルミラージが魔素を食べていたところにも魔素溜まりがあった。魔物にとっては餌場になるのだろうか。


 首尾よく魔素溜まりを発見したティオはそこに近寄っていき、手を添えた。魔素の光一つだけで変化を感じないのなら、より多く取り込もうというわけだ。


「これなら……。ん」


 再度集中する。今度は数秒待たずに魔素が集まりだす。


 ティオの周りに浮かぶ魔素が次から次へとティオに取り込まれていく。それを数秒続けた頃、ティオは異変を感じた。


「これは……」


 ティオの体を僅かに充足感のようなものが包み込む。同時に魔素を生成したことによる怠さのようなものが少し和らいだ気がした。


 原理は不明だが、どうやら魔素を取り込むことによって魔素生成による消耗をある程度回復できるようだ。ティオ自身の体の構造自体が変わっていそうなので原理などわかる由もない。


 取り込んだ量と回復の感覚を鑑みれば、劇的に回復するというわけでもないが、それでも有用だ。魔素の生成は強力ながらも、相応のリスクがある。そのリスクを軽減出来るのは非常に大きい。魔術を戦闘の軸とするティオにはなおさらだ。


 有用な情報を得たものの、自身が魔物であることを証明してしまったようで、苦笑いを浮かべる。だが既に納得したことだと頭を振った。


 さておき、これでひとつの疑問が解けたわけである。その分確認することや調べることが増えたのは、まぁ致し方ないことであろう。


「魔素生成の負担を抑えられるのはありがたいな。これも日常的に取り込めるように訓練していくか」


 実際、自然の魔素から補給できるのは非常に喜ばしいことである。だが、周囲への注意を散漫にしすぎた。ティオがそれに気付いたのは事が始まってからだった。


「――ぐっ!」


 肩口から激痛が奔る。見ると、肩に矢が突き刺さっていた。簡易な作りのそれに既視感を覚える。振り返れば、それは正しく、あの夜と同じであった。


「ゴブリンッ!!」


 数にして数十はいそうな小鬼の群れを前に、ティオは眼の奥が熱くなるのを他人事のように感じていた。


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