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オーバーセンス  作者: 茜雲
一章 雨夜、灼きつく想い
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猪肉っぽいナニカ


「……………………さて、と。とりあえず今日は猪肉かな」


 たっぷり間を置いても思考が現実に追いつかなかった。若干の現実逃避を交えながら深呼吸し、気を落ち着ける。


「はぁ……つまり、俺から生まれた魔素はもう、完全に別物って考えた方がいいってことか……」


 倒れた木を眺めてひとりごちる。


 ティオが放った石は、文字通り目に見えない程の速度で飛び、直径30センチ近くの大木をなぎ倒した。もはや異常と言って差し支えないほどの威力になっている。


 その原因がティオの魔素であることは明らかだ。最後の一発以外も、魔術の威力向上の要因はティオの魔素を含んでいたことだと察する。


 ティオの表情が厳しくなる。確かに、魔術の威力や制御能力も扱いに困るほどのものだ。しかしそれ以上に、もうひとつの事実が問題だった。


「魔術名すら必要ない完全な無詠唱……詠唱破棄、か。修練すれば、もっと……」


 無詠唱で自由に魔術を行使する、ということは魔術師であれば誰もが夢見るものであると同時に、魔道の極地とも言える技術である。


 ティオは一部の下級魔術で実現している。逆に言えば、ティオ程の才能、ルミナ・ロードの補強があっても、そこまでなのだ。中級魔術以上で実現するのは普通では不可能とすら言える。


 だが、今のティオのそれは本来必須であるはずの魔術名すら不要だった。もはや、魔術という括りからも外れるかもしれない。それほど異常なことだ。


 戦闘におけるアドバンテージは言うまでも無い。いや、戦闘以外・・・・でも、だ。ティオは今更ながら、身の内に宿る力に戦慄する。


「この力があればトロールも……」


 言ってから首を振って考えを捨てる。目的は生還することであってトロールを倒すことではない。


 とはいえ、トロールを倒せるほどの力を得ることは実質、生還を確定させるようなものである。なにせ、トロールはこの森で1,2を争う魔物だ。


 どちらにしても、いざという時にすぐさま対応できるよう、自身の能力は十全に扱えるようにしておくべきである。


 今後は周囲の探索と共に魔術の訓練も行っていくことに決め、木が倒れて多少見通しが良くなった空を見上げた。


「そろそろ昼、だな」


 久々に見えた太陽の位置でおおよその時刻を確認する。言いながら、ブルックの屍を見やった。


 魔物を食べることに抵抗がなくなってきている自分にため息を吐きながら、魔術でブルックを浮かせ、拠点の洞窟へと向かうのだった。






「さて、訓練すると決めたなら日常から取り入れるべきだな」


 洞窟に戻り、早速訓練を開始する。


 枯れ木を集め、魔術で火を点す。今朝火柱を上げたアライトの魔術であるが、先ほどの戦闘である程度威力をコントロールするコツをつかみ、問題なく点すことが出来た。


 血抜きしていたブルックから肉を切り出して火にくべていく。


 肉をあらかた火にくべて、振り返る。肉を焼くのと並行して、訓練ついでに色々試してみるつもりだった。


 おもむろに正面に手をかざし、力を込める。生まれた魔素はそのまま地面に宿り、丸ごと宙に浮かせた。


 浮いた土は超圧縮され、片手で持てるほどの塊となる。そこからさらに硬質化し、擬似的な岩を作り出す。小規模だが、ロックブレイクの魔術である。


 手の甲で小突いてみる。ティオが生み出した魔素を使ったため、通常よりも硬度は高くなっているようだ。


 これを攻撃に用いるとすれば、先ほどのストーンバレットに近い速度で叩き込むことになるのだろう。それを想像し、若干頬を引き攣らせる。


「さて……」


 正面にある木を見据える。それから浮かぶ小岩に、魔素に、意思を込めた。


(行けっ!)


 その意思に呼応するように、ロックブレイクで作り出された小岩は正面の木へと飛翔する。が、その速度は普通のロックブレイクと変わらない。当然……、


 ガッ


 木に弾かれる。弾かれたことで制御を失った小岩は地面に向けて落下する。


 しかし、地面に触れる直前に停止する。そして小岩は自分の意思を持ったかのように再浮上し、隣の木へ向けて飛翔する。


 無論、小岩に意思が宿ったわけではない。ティオによる魔術操作である。


 小岩は木に激突しては弾かれ、再び隣の木へ向かって飛翔する。そうして激突した回数が2ケタなったあたりで、突然小岩はポトリと地に落ちた。


「ん、当然限界はあると。まぁこんなものかな」


 ティオの制御が限界を迎えたようだ。時間によるものか、仕事量によるものか。まだまだ検証は必要ではあるが。


「しかし、魔術……いや、魔素を直接操ってるみたいだな」


 ティオの言う通り、詠唱を必要とせず、思うままに魔素を生成して操るそれは、もはや魔術とは別種とも言えた。


 それは言い換えれば、既に効果の決まっている一般的な”魔術”と違って、ティオ自身の、新しい何かを生み出せる可能性と言える。


「今はあくまで既存の魔術に沿ってるけど、突き詰めれば、もっと――」


 そこで考えを振り払う。確かに魔術師であるティオとしては心震える可能性ではあるが、同時に恐ろしいとも思う。具体的に“何が”かは判らない。いや、判らないこと(・・・・・・)が問題だと、ティオは思う。何が、どこまで出来るかすら判らないことが、だ。


「ともあれ、まずはこれの扱いに慣れること。そして、生きて帰ることだ」


 瞳に確かな力を宿して呟く。もう幾度となく口にし、その度に支えとしてきた言葉である。今回も余計な考えを振るい落とし、自分のするべき事を思い出させてくれた。


「しかし、いつまでも”これ“ってのもなぁ……。魔素生成?」


 この力の呼び名を考えるが、そのまま過ぎる名称である。


「まぁいいか、呼びやすい名前で」


 とりあえず呼び名が決まったところで、訓練と調理の続きに手を掛けていく。


 取っておいた野草を持って来ようと立ち上がったところで、ティオを異変が襲った。


「――うっ!?」


 視界が歪む。足元が覚束なくなり、転びそうになるが何とか踏ん張って持ち堪えた。そしてその場に座り込む。


(ただの立ちくらみか? いや、訓練に夢中で気付かなかったけど全身に疲労が出てる。これは……)


 当然と言えば当然かもしれない。ティオの魔素には未だ謎が多いが、紛れも無くティオが生み出しているものである。何の消費も無しに生み出せはしない。今回の場合、それは体力だった、ということなのだろう。


 そりゃそうだ、と納得を示しながら再び立ち上がる。全身を襲う疲労感は相変わらずだが、限界と言うわけでもない。先ほどまでの戦闘も含め、相当量の魔素を生成しているがこの程度で済んでいるのは不幸中の幸いだろう。


 しかし、何が起こるかわからない森の中ではこれ以上は避けるべきだと判断し、魔素生成の訓練もここまでとにすることにした。


 気を取り直して野草を用意し、魔術で水洗いしていく。今度はティオの魔素は極力使わないように意識し、自然の魔素で魔術を使う。


 ティオの魔素にも制限があると分かった以上、基本的には今まで通り、自然の魔素を主軸において魔術を行使していく必要がある。それはそれで訓練して慣れていこうと結論を出した。


 しばらくして焼けた猪肉を切り分け、野草を交えながら頬張っていく。


「……意外とうまいな」


 ブルックの肉は独特の歯ごたえを持っていた。味は普通の猪肉っぽいけどナニカ違う感じだ。


 多少味の癖は強かったが、逆に野草と良く合っていた。


 やはり人間、味覚は満足させるべきである。それひとつで気の入りようが違う。ティオはさらに力を蓄えるべく、箸を進めていった。



肉食いたい……どうでもいいですね、すいません

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