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オーバーセンス  作者: 茜雲
一章 雨夜、灼きつく想い
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実験


 しばらく歩き、新たな魔物を見つける。


 ブルック。下顎から飛び出すほどの長い牙を持った猪だ。


 その突進力とタフネスからランク2に位置づけられる。あくまで単純な攻撃力が売りであって、技能などはない、はずだったのだが。


「フゴッ!」


 こちらを見つけた途端、突進の構えを見せる。やたらと好戦的だが、それ以上に気になる点があった。


「あれは、身体強化か?」


 ブルックが戦闘態勢になった途端、体全体を淡い光が覆った。特に足先には強い光が宿っている。間違いなく、魔素であった。


(こいつの突進力とタフさは技能で底上げしていたのか。もしかして、トロールのあの異常な身体能力も……)


 そこまで考えていると、ブルックが突進してきた。


 強化しているだけあって勢いは申し分ない。直撃を受けると吹き飛ばされるか、牙で貫かれることだろう。だがもちろん、真っ向から受けるつもりはない。


「インパルス。フィジカルエンチャント」


 フィジカルエンチャントは目の前のブルックと同じく、身体能力を向上させる魔術である。


 傭兵の間では半ば必須とされている魔術だが、やはり身体に直接影響を与える魔術であるが故にそれなりに難度は高い。


 だがこれがあるとないとでは狩りの効率、ひいては生存率にも大きな影響を及ぼすため、傭兵の中ではこれが使えるかどうかが大きな評価基準になることもある。


 ティオは強化した反射神経と身体能力を駆使し、ブルックの突進をあえて紙一重で避ける。


 この魔術もやはり強化されているようで、いつも以上に強化された反射能力と身体能力は、ブルックの攻撃を紙一重で回避するという無茶を完璧に実行させた。


 攻撃を回避されたブルックはあわてて足を止める。その瞬間は隙だらけである。


「よし、ストーンバレット!」


 一つだけ石が浮かび、ブルックに向かって飛んでいく。だがその威力は先ほどとは比べ物にならないほど、弱かった。


「フゴッ」


 ペチッ、と情けない音を立てて命中するが、無論ダメージはない。


 ブルックは馬鹿にされたと思ったのか、微妙に怒ったように鼻息を荒め、再び突進の構えをする。


「弱すぎたか。今の感じであれなら……これぐらいか、ストーンバレット!」


 再び石の弾丸がブルックを襲う。今度はうまくいったようで、昨日までのそれとほぼ同じ威力で放つことができた。


 先ほどとはうってかわってドゴッという重い音を響かせて命中する。だがブルックのタフさも相当なもので、大して効いた様子もなくそのまま突進を続行する。


 それを再び紙一重で回避してやれば、ブルックが急停止する。さっきと全く同じ展開だ。


「ストーンバレット!」


 今度は十数発の弾丸が再びブルックを襲う。今度はさらに威力が上がり、正確にブルックの牙の一点に集中する。こういった細かい制御はティオの得意分野だった。


 すでに一般的なそれとは一線を画す威力であり、さらに牙の一点を集中攻撃され、ブルックの牙は半ばから折れてしまった。


「よしっ!」


 魔術の制御と魔物へのダメージの両方で確かな手応えを感じ、思わずガッツポーズをするティオ。


 一方、ブルックの方は自慢の牙を折られ、怒りが抑えられないようである。


「フゴァア!!」


 憤怒の雄叫びを上げてそれまで以上の勢いでティオに突進する。怒り心頭でも攻撃手段を変えないブルックを見て、猪突猛進という言葉が頭をよぎった。


 ティオは避ける様子も見せずにスッと右手をブルックに向け、今度は手加減なしで放った。


「ストーンバレット」


 自然の魔素とティオの魔素が交わって周囲の石へと宿り、数十ものの石が浮かび上がる。


 ティオの目にはそれらすべてに光り輝く魔素が集まっているのが見え、まるで星の様だ、と場違いなことを思い微笑する。そんなティオとは対照的に、ブルックは驚愕で目を見開いた。


 次の瞬間、魔素の光による軌跡を残し、全ての弾丸がブルックに殺到する。多数の弾丸に撃たれ、ブルックの体が宙に舞った。


 ブラックウルフ達を貫いたそれと変わらない威力であるが、一発も貫通していないのは流石というべきだろう。しかしその衝撃を受け止めるには至らず、全身の骨が砕かれ、もはや意識もなさそうであった。


 嵐のような暴威を受け切ったブルックの体は、木に衝突して落下する。落下後もピクリとも動かず、絶命しているのが見て取れた。


「これは、思ってたよりとんでもないな」


 唖然とした表情で立ちすくむ。


 普通、1人でランク2以上の魔物と戦うのであれば、中級程度の魔術か、それに比する戦闘技術が必要となる。


 その威力もそうだが、フェザーウィンドやストーンバレットなど、初歩とも言える魔術だけでランク2を一方的に屠るという事実に、驚きを隠せなかった。


 さらに、ティオにはもう一つ気になっていることがあった。


「やっぱり勘違いじゃない。魔素の制御が随分楽になってる」


 ティオの言う通り、魔素の制御も数段レベルが上がっていた。


 ストーンバレットにしても、今まではせいぜい20個を制御する程度であったが、今回は50近い数の石を撃つことができた。しかもまだ余裕があり、集中すればさらに数を増やすことも出来そうだった。


「魔素の制御能力が上がったのは魔物化の影響か? いや、それだけじゃない。これは……」


 言いながら、手を正面に翳して集中する。すると、詠唱したわけでもないのにティオの右手が魔素により淡く光りだした。そして光の粒子が浮遊し、近くの石に宿る。


(よし……飛べ!)


 ティオが念じると、その石が浮かび上がり、まるで意志があるかのようにティオの周りを旋回し始めた。


「やっぱり。俺が生み出した魔素は俺の意思で動くのか」


 浮遊した石はティオの思うままに動く。ティオの魔素と、それによる魔術はまるで体の一部のように制御できるようだ。


 周囲を2周、3周とさせた後、正面の木を見据える。


(往け!)


 ティオが念じると、目の前の石が視界から消えた。


「――え?」


 突然の事態に思考が停止した。しかし次の瞬間、轟音によって無理やり覚醒させられる。


 激しい音をたて、正面の木に大穴が開いた。幹を半ば吹き飛ばされた大木は、メキメキと嫌な音をたてながらゆっくりと倒れていく。


 ティオは茫然とそれを眺めることしか出来なかった。


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