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オーバーセンス  作者: 茜雲
零章 星が灯す道
2/71

始まりの灯


 ティオ達は雨の中、ランタンの明かりを頼りに商隊の停泊地を町の方へ進んでいた。そして予想通り、そこには商隊員たちが集まっていた。中心にはイグスの姿が見える。3人はそこへ向かって歩いて行った。


「父さん!」


「ティオ!? トリウスとオルトも……。何故来た! テントにいろと言ったはずだ、ソルチェは何を――」


「アリンを!!」


 イグスは指示に従わなかったティオ達を叱りつけようとするが、ティオが突然大声を上げたために遮られる。ティオは矢継ぎ早に続けた。


「アリンを……助けたいんです。足手まといにはなりません。一緒に連れて行ってください。お願いします!」


「父上、僕からも――」


「俺からもお願いします! 必ず力になります!」


「…………」


 イグスはティオ達が領主の娘のことをアリンと呼び捨てにした時点でおおよその事情は飲み込めた。加えて、ソルチェが行かせたということはその想いが本物だろうということも。だとすれば、父親として、確認することは一つだけだった。


「――二次災害の危険もある。……辛い現場に立ち会うことになるかも知れんぞ」


「承知の上です」


 ティオが即答する。他の2人も顔つきを見れば答えずとも意志は伝わった。


「いいだろう。商隊の大人から離れないように。それから、無茶をしないようにな」


「「「はい!」」」


 イグスは一つ頷くと、ティオ達を引き連れて商隊の先頭へ向かって歩いていく。


「あ、父さん。母さんから伝言です。よろしくお願いしますね、だそうです」


「……そうか。了解した」


 イグスはその言葉の意味を察して表情を少し引きつらせた。同じく察しているであろうトリウスとオルトも苦笑している。


 要は『子供たちのこと、よろしくお願いしますね』ということだろう。この状況ではそれ以外ありえない。しかし、自分で送り出しておいて人に丸投げとはどうなのか、とイグスは思わないでもない。信頼されていることの証でもあるのだが、釈然としないのも事実だった。


 そんな心境はさておき、言われるまでもない、と意識を改め、先ほどの指示を若干訂正して繰り返した。


「行くぞ。お前たち、俺から離れるな」


 商隊の先頭に躍り出たイグスは商隊員が集まっているのを確認し、号令する。


「今から領主邸へ救援に向かう! 依然、雨は続いており、二次災害、あるいはまた別の災害が発生する可能性もある。各自十分注意し、事にあたること! 何かあればすぐに大声で知らせるように! では、行くぞ!」


 商隊員たちが一斉に声を上げて応える。護衛の傭兵を含み50人を超える商隊員達は領主邸に向けて出発した。




「これは……!」


 イグス達は現場に辿りついたものの、その絶望的な状況に言葉を失った。


 屋敷の一部に土砂が直撃したらしく、そこの1階、2階部分は完全に砕かれ、土砂に埋まってしまっていた。そこに人がいたのだとしたら即死しているかもしれない。いや、むしろその可能性しか考えられない程だ。


 さらに、町人総出でバケツリレーの様に土砂を除去していくも、その土砂の量を鑑みれば終わりが見えない。しかも、すでに発生から30分は経過しており、アリンの救助を考えれば絶望的に間に合わないと判断できる。もはや人手がどうこうという問題ではなかった。


 町人たちもそれはわかっているだろうに、手を止めるものはいない。その理由は土砂の上にいる人物だと判断できた。


「アリンッ!! くそっ、絶対に助けてやるからな!」


 アリンの生存を信じ、誰よりも土砂を掘り進める。ティリアムの領主であり、アリンの父親であるオルデス・ブライムその人である。彼が諦めない限り、住民も諦めないといった雰囲気だ。


 イグス一行は思わず状況を忘れてその光景に畏敬を感じた。ティオが言っていた領主の繋がりの話を思い出す。領主と領民でお互いに助け合い、確かな絆を感じさせる彼らに敬意を抱かずにはいられなかった。同時に、そんな彼らの仲間になりたいと心の底から思えるのだった。


 とはいえ、今は感動に震えている場合ではない。すぐに気を取り直したイグスは号令をかける。


「各自、土砂の排除を支援! それから、護衛の者はここへ!」


「「「了解!」」」


 イグスの号令を受けた隊員たちは直ぐに散らばり、町民の手助けに移っていく。同時に、イグスに呼ばれた護衛の傭兵10人がイグスの側に集まってくる。


「よく来てくれた。この土砂だが……おそらくこのままでは間に合わないだろう。そこで君たちの力を借してくれないだろうか」


「もちろんです」


 イグスは懇願の眼差しを向けるが、傭兵たちの心は既に固まっていたようだ。ラステナが即答し、他の傭兵も首肯する。


「ありがとう。では、魔術で土砂を除去できるだろうか」


 イグスの問いかけに、ラステナを少し考え込む。安易な答えはこの場ではふさわしくないからだ。自身の知る魔術を状況に当て嵌め、可能性を洗い出す。数瞬の後、ラステナは告げた。


「土魔術の素体に土砂を用いれば可能です。ですが、それでも……」


 ラステナは明言をさけたが誰しもが察した。それでも間に合わないだろうと。それでもイグスは指示する。


「今の状況よりも好転するのであれば重畳だ。では魔術を扱えるものは魔術により除去を、扱えないものは町民たちを支持しながら危険がないよう気を付けてやってくれ」


「はい!」


 イグスの指示で傭兵たちは直ぐに自分の仕事に取り掛かる。この絶望的な状況で無理とも無駄とも言わない彼らを頼もしく思いながら、イグスは次の行動に移った。


「オルデス殿!!」


「なんだ! ――貴様、確か商団の……」


「イグス・マグナーです!」


 イグスはオルデスの元へ走り、声をかける。協力を申し出るためだ。だがオルデスは取り合わなかった。


「邪魔だっ!! 今は貴様と話している暇はない! とっとと失せ――」


 イグスが余所者だからか、それとも焦っているからか、話を全く聞かずに追い返そうとする。だがその声は、豪雨の中に響いた、魔力を帯びた声に遮られる。


「根差す大地よ、我が声に応えて集え! アースアグリゲイション!」


 次の瞬間、周囲の土砂が少しずつ、空中のある一点に集まっていき、直径2メートルほどの塊へと変貌する。術者であるラステナが手を振るえば、その塊は脇にある空地へと飛び、着弾した。


「皆さん! これから魔術で土砂をあそこへ移していきます! 危険ですのであそこへは近寄らないでください!」


 ラステナがそう叫んだ後、他の傭兵も同じように魔術で土砂を集め、空地へと放っていく。それでようやく、彼らの目的は自分たちと同じであると理解し、指示通りに空き地から距離を取っていった。


「…………」


 オルデスはその光景を見た後、イグスに視線を戻す。それは探るような視線で、おそらくはイグス達の魂胆を測り兼ねているのだろう。オルデスの口が動く前に、イグスは畳み掛けた。


「ご息女の救出、我々も微力ながらお力添えを。それについての褒賞や対価は求めません。もちろん、先日からの商談とも何も関わりありません」


「……なに?」


 オルデスは訝しげに眉を顰める。そんなことをして商隊に何の利益があるのか、何を企んでいるのかを考えている風だ。


「……アリンを助けた後、貴様らとの商談を蹴ってもかまわないんだな?」


「もう一度言いましょう。これは商談とは何の関わりもありません。ただの、道理です」


 威圧するようなオルデスの言葉に、イグスは微塵も怯まずに堂々と答える。対してオルデスは逆に気圧されたように表情を強張らせた。


 数秒、二人は何も言わずに睨み合った。やがて、オルデスは一つ息を吐き、頭を下げた。


「すまない、手伝ってくれ……!」


「もちろんです」


 イグスの言葉を受けたオルデスは直ぐに威厳のある表情に戻し、声を張り上げた。


「みな、手伝ってくれて感謝する! もう一息だ、マグナー商会の者たちと協力し、娘を助けてくれ!!」


 町民達がオルデスに応えて叫ぶ。それに合わせて商隊員達もより一層、救出に励むのだった。


 ティオ達は少し離れたところでそんなイグス達を見ており、尊敬の念を抱いていた。


「流石だな、父上は」


「そうだな」


「うん。僕たちも――」


 ティオの言葉に、トリウスとオルトは頷き、商隊員達と同じように土砂の除去を手伝い始める。流石に大人達のようにはいかないが、それでも彼らに出来る範囲で必死に力になっていた。




「はあっはあっ……」


 ラステナは膝に手をつき、荒れる息を必死に抑える。


 すでに商隊が合流してから30分、土砂崩れが発生してからはおよそ1時間が経過していることになる。その間、その場にいる全員が一つの目的に向けて休むことなく励み続けた。


 その奮励の甲斐あって3割ほどの土砂を除去することが出来た。否、奮励の甲斐なく、3割しか除去できなかった、というべきだろう。無論、短時間でそれだけの土砂を除去出来たのは妙妙たる結果だと言える。だが、現実は残酷だ。


 ようやく、アリンが巻き込まれたであろう屋敷の一角、子供部屋の一部が見えてきたところだというのに、周囲を見れば限界の二文字が否応にも頭をよぎる。


 すでに魔術師はラステナを残し、商隊の護衛も、ちょうど町にいて支援に来た傭兵たちも限界を迎え、地面にへたり込んでいる。残ったラステナも、肩で息をしており、限界が近いのは明らかだ。人力で土砂をどかしていた者達も明らかにその速度を落としていた。


 オルデスは土砂をどかしながら、横目でそんな状況を眺めるも、何も言わない。ただただ一心不乱に目の前の土砂を取り除いていた。


 イグスは冷静に状況を見て、良案を模索する。だが浮かぶのは否定の可能性だけだ。悔しさに歯噛みし、俯いた。そこでどさっと物音が聞こえ、イグスは何気にそちらに視線を向けた。


「――ティオッ!?」


 そこではティオが尻餅をつき、バケツの中身をぶちまけていた。イグスはティオがまだ土砂の除去を続けていたことに驚きながら、すぐに駆け寄る。


「ティオッ! 大丈夫か!?」


「大丈夫、ちょっとバランス崩しただけ……」


 言いながらティオは再び立ち上がろうとするが、力が入らないのか、うまく立ち上がれない。


 まだ諦めないティオを、イグスは抱きしめて止める。そして告げた。


「もういい、もういいんだ。ティオ」


「でも、まだ……」


「いいんだ……」


 耳元で囁かれるその言葉の意味を、ティオは察せなくて、察したくなくて、いやいやと首を振る。まだ足掻こうとするティオの頭に、ふと手が載せられる。


「――貴殿のご子息かね。イグス殿」


「オルデス殿……。ええ、そうです。息子のティオです」


 いつの間にか土砂の上から降りてきていたオルデスがティオの頭を慈しむように撫でる。そして一瞬堪えるような表情をした後、頭を下げた。


「そうか。……ティオ君、イグス殿、二人には感謝している。ありがとう」


 ティオはオルデスから受け取ったありがとうの意味を察した。察してしまった。最後まで諦めないであろうその人物が諦めたことを、知り合ったばかりだけど大事な友人となった少女が終焉を迎えたことを。


「――約束……したのにっ……!」


 ほんの数時間前にした約束。明日また遊ぼうと約束したのに、それは実現しなかった。溢れた感情は涙となってティオの頬を濡らした。


『――っ』


「え?」


 不意に何かが聞こえた気がした。聞き取ることも出来ずに、不思議に思いながら顔を上げる。涙と雨で滲む視界で、ティオはイグスの肩越しにそれを“視た”。


「――あれは……?」


「ん……? どうした、ティオ」


 ティオの呟きを聞き、視線を後ろに回すが、異常は見当たらない。訝しがりながら、ティオに聞き直す。


「見えないんですか? あそこ……光ってる」


 再びイグスが振り返る。オルデスも視線を向けるが、やはりそこには絶望の色をした土砂しか見当たらない。僅かなランタンの灯りしかないこの暗闇では、少しでも光っていれば見逃すはずはない。


 イグスとオルデスは訝しく思いながらも、ティオの疲れが出たのだと判断した。


「ティオ、疲れているんだ。向こうで休もう」


 イグスが休むよう促し、ティオを抱えようとする。だがその前にティオはスッとイグスの腕を抜け、しっかりと地面に立つ。そして土砂を睨めつけ、呟いた。


「いる……あそこに」


「ティオッ!?」


 直後、ティオは駆け出した。咄嗟のことに、イグス達は反応できず、数秒してから慌てて追いかけた。


「ラステナさん!!」


「え、ティオ……様?」


 突然呼ばれたラステナは肩で息をしながらティオの方を見る。全身泥だらけのティオを見てラステナが心配の声をかけるよりも早く、ティオが声を上げる。


「ラステナさん、まだ、魔術は使えますか?」


「え、ええ。あと1回くらいならなんとか……」


 ティオの突然の質問にどもりながら答える。


「よかった。じゃああの光っているところに魔術を……!」


「光っている……ところ?」


 ラステナがティオの指差す方を見るが、何も見られない。困惑しているところにイグス達が追いついてきた。


「ティオッ! もういいから休みなさい!」


「イグス様。これは?」


 状況が把握できず、混乱していたラステナは助けを求めるようにイグスに問いかける。イグスは辛そうな表情で簡単に説明した。


「先ほどから、ティオが妙なことを言っている。おそらく、疲労と……ショックからだろう。早急に休ませてやる必要がある。手伝ってくれ、ラステナ」


 ようやく状況を把握できたラステナは冷静になると共に、イグスの言い分から捜索を断念したのだと察する。悲痛そうな表情をした後、首肯し、ティオに向き直った。


「さ、ティオ様」


「――ラステナさん」


 ティオがもう一度、力強くラステナの名を呼ぶ。それにより、ラステナは導かれるようにティオの眼を見た。


(これは……虚偽の眼でも、絶望している眼でもない? いや、これは……)


 ティオは強い決意と、確固たる意志を秘めた眼で、ラステナを見つめ続ける。その眼は、炎を宿し紅く輝いているようにさえ見えた。


 動かない二人を不審に思ったイグスが声をかけようとするが、先にラステナが口を開いた。


「ティオ様、その光はまだ視えますか?」


「はい」


 ティオの返答を聞き、ラステナは祈るように一瞬目を瞑った後、イグスに提案した。


「イグス様、最後は……ティオ様に賭けましょう」


「ラステナ? お前まで何を――」


「もしかしたら。……もしかしたらティオ様には、希望が視えているのかもしれません」


 イグスの言葉を遮り、ラステナは話し続ける。イグスは訳が分からないといった風で言葉を詰まらせた。構わず、ラステナは杖を構える。


「ティオ様、光っているのはどこです?」


「ラステナさん……。――あそこ、あの倒木の中心から左に4メートル、そこから奥へ1メートル50!」


 ティオは信じられないようにラステナを見て、次の瞬間には再び毅然とした表情に戻す。そして視線を土砂へと戻し、出来るだけ正確に、それの位置をラステナに伝えた。


「わかりました。――根差す大地よ、我が声に応えて集え。アース……アグリゲイション!」


 ティオに応えたラステナは、残る力を振り絞って魔術を繰り出す。寸分違わずティオの指示した場所の土砂が浮かび、集まっていく。その瞬間、ティオは走り出していた。


「ティオッ!!」


 イグスは咄嗟にティオを追いかけようとするが、視界の端で倒れそうに体をふらつかせたラステナに阻まれた。


 ラステナは見事な集中力で集めた土砂を脇へ退かした後、疲労で倒れそうになったがイグスに支えられて事なきを得る。申し訳ありません、と消え入りそうな声で呟くラステナに、イグスは困ったような表情で頷き応えた。


「ぐっ!」


 ティオは土砂の上を走りながら何度も転げていた。足場が悪い上に疲労困憊もいいところなのだ、無理はないだろう。だがそれでも、転げた次の瞬間には立ち上がり、再び駆けていく。


 そしてようやくラステナが死力を尽くして土砂を除去した場所に辿りつく。そこには、木で出来た人工物らしき何かが土砂から覗いていた。おそらく何らかの家具だろう。


 ティオは導かれるように家具へ走り寄り、それを手で掘り出していく。


「いったい、何を……」


 追いついてきたオルデスは不思議に思っただろう。突然訳のわからないことを言ったかと思えば今度は家具を掘り返している。そんなティオにどう対応したらいいものか判断しかねていた。だがそんな領主の悩みは次の瞬間、霧散することになる。


 ぼこっと音を立てて、ティオの掘っていた場所が奥に(・・)崩れた。それを見てオルデスは目を見開く。奥に崩れるということは、そこには空間があったということ。その空間にティオは手を伸ばし、何かを引っ張り上げる仕草をする。その手の先には――。


「う……」


 少女がいた。全身泥に塗れ、息も絶え絶えではあるが、確かに、生きている。


「――見つけたっ……!」


 引き上げた少女を抱きながら呟いた声は、豪雨の中、明瞭に響いていた。



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