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オーバーセンス  作者: 茜雲
一章 雨夜、灼きつく想い
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獣の食事

「インファレド」


 ティオは何度目かの暗視魔術を唱えた。見えたのは果てのない洞窟だけだ。


 もう魔術の効力が幾度も消えるほどの時間、洞窟を歩いていた。時間にして3、4時間といったところだろうか。


 ちなみに普通に明かりを作る魔術もあるが、それだと無闇に魔物を呼び寄せてしまう恐れもあるため、使っていない。


「もう結構歩いたのに……とんでもない洞窟だな。魔物がいないのが不幸中の幸いだけど、問題は……」


 そこまで言ったところでティオのお腹から音が鳴る。僅かに頬を赤らめるが、他に誰もいないのでどうでもいいと直ぐに気を取り戻した。


 問題とは、言うまでも無く食料である。


 昨晩から丸一日何も食べておらず、何度も戦闘や逃走劇を繰り返してきた。疲労も相まって、限界が近い。


 魔術で水を生み出し、無理やり空腹感を紛らわせるもいい加減限界である。しかし今はそれでも、ただひたすら歩くしかなかった。




 さらに2時間ほど歩いた頃には、ティオは言葉を出す余裕もなくなっていた。


 暗視魔術をかけているとはいえ、暗闇の中、足場が悪い洞窟を歩き続けていたのだ、無理も無い。


 いよいよ足元が覚束なくなってきた頃、視界に僅かな明かりが映った。


 渇望していた光に、空腹も忘れてよろけながらも駆け出す。そしてようやく洞窟を抜け、その先の景色を見た時、ティオの表情が凍りついた。


「はは……そりゃ……そうだよな」


 なんのことはない。何度も見てきた枯れた森が、目の前に広がっていただけだ。


 分かっていたことだ、洞窟を出た先には枯れた森しかないと。


 トロールを撒く為に洞窟へ入ったのだ、目的は果たしている。むしろ喜ぶべきだ。


 しかし、体は限界だと告げていた。もう、食料を探す体力は無い。


 それを証明するかのように、ティオの意思とは関係なく、膝が崩れ落ちる。


「グルルルル……」


 この時を待っていたかのように、どこかから現れたブラックウルフがティオに迫ってきた。


 幸いにも1頭だけの様だが、ティオはもう限界である。それでも諦めずに剣を握るが、やはり、足が言うことをきかず、立つこともままならない。


「ガウァッ!」


 そんなティオを見て、好機だと思ったのかブラックウルフが飛び掛る。


 ティオにはもう魔術を使う体力も残されていない。せいぜい剣を突き出すことした出来ない。


 だが、ティオは微塵も諦めるそぶりを見せず、それでも生き延びる道を探す。そして、大きく開くブラックウルフの口に向かって剣を突き出した。


 牙が掠り、腕から血が滴る。だが剣先はブラックウルフの頭蓋を貫き、一撃で絶命させていた。


 文字通り最後の一撃で、両者は同時に地面に倒れ伏した。


 ティオは朦朧としてくる意識を必死に繋ぎとめ、考える。


 もう食料を探しに行くのは無理だ。生き延びるためには覚悟を決めなければならない、と目の前にあるブラックウルフの死骸を眺める。


 そう、魔物とはいえ、目の前にあるのは食料となりえる肉だ。


 魔物の素材は昔から取引されている。武具や道具の素材になるのでそれは当然である。しかし、肉だけは取引されず、基本的に捨てることになる。


 何故か。それは魔物の肉は人間には毒と言われているからだ。


 実際に試した人間がいるかは不明だが、好き好んで試す者はいない。メリットなど無いし、仮に毒というのが嘘だとしても、周囲から異端だの、気味悪いだのと迫害されるのは目に見えている。


 しかし、ティオが今生き延びるには目の前の肉を食べるしか道は無い。


 毒で死ぬかも知れない、それがティオを躊躇させるが、どうせ食べないと確実に死ぬ。そしてティオは、覚悟を決めた。


 信仰か、慣習の類かは知らないが、地域によっては食べると化け物になるとも言われているそうだ。それを思い出し、ティオは上等だ、と鼻で嗤う。


 自分がどうなっても生き残る、と。それがソルチェとの約束だと自分に言い聞かせる。


 ソルチェがそこまでの意味を込めて言った訳ではないのは、ティオも頭の奥底では分かっている。それでも、考えを改める気は無かった。


 それはもう、憑かれていると言ってもいい。狂気に似たそれは、僅かだが、確実にティオを歪めていた。


 ティオはブラックウルフの死骸に剣を突き立て、無理やりに皮を剥ぐ。欲を言えばせめて焼きたいところだが、もう魔術を撃つ体力も、焼けるまで待つ気力も無い。


 むせ返る血の匂いと吐き気を我慢し、それを、貪った。


 だが頭では分かっていても体が拒否反応を起こす。口に含んでは何度も吐き出した。それでも、最後には無理やり胃に収めていく。その姿は、獣と幾分の違いも無い。


 食事という拷問が終わり、未だ収まらない吐き気と気怠さを抑え、体を引きずりながら洞窟の奥へ進む。気休めに過ぎないが、魔物に見つからないよう外から見えない位置に移動して休むつもりだった。


 ようやく休める位置に落ち着き、瞼を落とす。限界に達した体が意識を手放すまでに、そう時間は要しなかった。










「――っが!?」


 突然の体の痛みに目を覚ます。


 全身の痛みに無理やり意識が覚醒させられるが、あまりに突然の事態に理解が追いつかなかった。


「ぎっ……あ、ぐっ……」


 あまりの激痛に目尻に涙が浮かぶ。原因は明白だった。


(や、やっぱり、毒かっ……。く、そ……)


 ほぼ間違いなく、原因は魔物の肉だろう。タイミング的にも、症状的にもそれ以外は考えられなかった。


「あき……らめて、たまる、かっ!」


 ティオは意志の力で無理やり体を起こす。岩壁にもたれかけ、無駄とわかっていても抗うのをやめない。


「ぐ、ぅ……。っはぁ……癒しと、安らぎを、ここに、ヒール」


 ヒールは傷こそ癒すものの、毒には効果はない。それはティオも判っているが、何もせずにはいられなかった。


 ティオの体を癒しの光が包み込む。気のせいかも知れないが、症状が少し和らいだ気がする。


 ティオは痛みに耐えるように膝を抱えて、正面を見据える。時折自分の体にヒールをかけ、ただひたすらに耐えた。


 痛みに耐えながら虚空を睨みつけるティオの瞳は、比喩でなく、炎の様に紅く揺らめいていた。



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