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オーバーセンス  作者: 茜雲
一章 雨夜、灼きつく想い
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約束


 雨はいつの間にか止んでいる。


 ティオは湖のほとりに佇んでいた。岸から岸まで、遠いところで500メートルはありそうな大きな湖だ。


 この湖はティオが食べ物を探していた最中に見つけたところだった。辺りには少しだが花も咲いており、月明かりが反射して幻想的な雰囲気を醸し出している。周囲に魔物の気配はなく、危険地帯の森にいるとは思えないほど静かであった。


 ティオは背負っていたソルチェの亡骸をそっと下ろす。浮かない表情だが、落ち着いてはいるようだ。


 ソルチェを木の幹にもたれかけさせると、花が最も多く咲き誇っている場所へ向かって歩いて行き、呪文を唱えた。


「壁よ、グレイブウォール」


 唱えると、深さ1メートルほどの穴が開き、直ぐそばに土の壁が出来上がる。花は極力避けたが、少し散ってしまったようだ。


 グレイブウォールは周囲の土を集めて硬質化し、壁を作る魔術だ。が、壁の素体とする土を限定すれば、このように地面を掘る用途としても使える。ただし、かなりの熟練が必要ではあるが。


 穴の深さを見てひとつ頷いたティオは、ソルチェの元へ戻り、壊れ物を扱うように、優しく抱きかかえる。そのまま穴の中まで行き、そっと下ろした。


 穴から出て、振り返る。ソルチェの亡骸を見つめ、何かを想って目を閉じる。しばらくそうした後、決心したように頷き、再び目を開ける。


 グレイブウォールの魔術を解く。すると硬質化していた壁がただの土に戻り、ソルチェと穴を埋めていく。ティオはその光景をじっと見つめていた。


 その後、ロックブレイクで岩を作り出し、剣でソルチェの名を刻む。


「レヴィテーション」


 作った墓石を魔術で浮かせ、ソルチェの墓まで運ぶ。簡素だが、これで一応の完成である。


 ティオはソルチェの墓の前に立ち、手を合わせる。


「ありがとう、守ってくれて。ありがとう、育ててくれて。ありがとう……今まで……」



――涙は流さない。また、心配させてしまうから。



――俯かない。ソルチェから目を逸らしたくないから。



――後悔はしない。それはソルチェの覚悟を否定することだから。



「約束するよ。僕は、生きる。生きている限り、生き抜いていく。母さんが守ってくれた命を、僕も、守っていく。何があっても、何が、相手でも」


 ぽつり、ぽつりと言葉を紡いでいく。相手のいない約束。あるいは、誓い。静かでも力強く、ソルチェと、己に向けて。


 ティオは墓石の隣に腰を下ろす。ふと見上げると、空を覆う星空が目に入った。


「きれい、だな……」


 こういうのは母さんが好きだったな、と思い出しながら寝転ぶ。そうすると直ぐに眠気が襲ってきた。


 一仕事どころか数時間以上、肉体的にも、精神的にも負担を強いたのだ。疲労は限界に達していた。


 ティオはいつものようにソルチェがそばにいるような気がして、すんなりとまどろみに意識を落とした。






 朝、ティオは目を覚ました。疲労のせいか、予想以上にぐっすり眠ってしまったようだ。朝と言っても、もう少しすると昼と言える時間帯だった。


「はくしゅっ」


 夏の時期とはいえ、夜の森で身の着そのままで寝ていたのだ、多少体を冷やしてしまったらしい。


 寝ぼけた頭が覚醒し、昨夜のことを思い出す。一瞬暗い表情をしたが、直ぐに気を取り直す。ソルチェと約束し、生き抜くと決めたのだ。後ろを向いてばかりはいられない。


「――おはよう、母さん」


 瞳に強い意志を秘め、ソルチェの墓に向かって呟くと、ザァっとそよ風が頬を薙ぐ。周囲の花畑も風に揺られて花びらを舞わせた。ソルチェが応えてくれたような気がして、ティオは笑みをこぼすのだった。




 湖で顔を洗い、気を入れなおす。それから現状を整理していく。


 現在位置は常夜の森の中で、細かい位置は不明。商隊が停泊していた場所と森の位置関係は覚えており、そこからおおよそ北に向かってきたことは分かっている。


 進んだ距離と、記憶している森の広さを考慮すれば、元いた場所を目指して南に向かうのが一番の近道だろう。


 賊も流石にもういないであろうし、あわよくば父さんと合流できるかも、という淡い期待が胸をよぎる。可能性が低いのはティオも分かっている。だが諦め切れなかった。


 しかし問題もある。途中で出会ったトロールだ。


 まだあの周辺にうろついている可能性は高い。ザンギでは倒しきれないであろうし、そもそも倒す必要がない。ザンギほどの実力者ならば逃げることはそう難しく無いだろうからだ。


 よって、中途半端に攻撃を受け、さぞかし機嫌が悪いであろうトロールが徘徊している可能性は否めない。出会っても逃げることは可能かもしれないがどうしても賭けになってしまう。出来れば避けたいところだった。


 北に進むのは論外だ。北には森がさらに広がっているのみである。


 ならば東か西か。おそらくどちらに行っても同じぐらいの距離で街道に出ることが出来る。しかし距離的に2,3日は掛かってしまう道程であり、容易ではない。


 そして、当面の問題として、食料である。昨夜見つけた野草や果実はソルチェのところへ向かう際に邪魔で捨ててしまったので、もう一度探し直さなくてはならない。


 湖で魚でも採れればいいのだが、いるかどうかもわからないのに釣りで長時間無駄にすることも出来ない。潜って採るのは論外だ。水中では魔物に対しての戦力は無いに等しく、水棲の魔物でもいれば一巻の終わりである。


 いろいろな要素を考慮した結果、南を目指して進むことにした。見つからないように、慎重に。途中で食料も探しながら行くつもりだ。


 ティオはソルチェの墓へ振り返る。うまくいけば今日中に森は抜けられる。またいずれ、傭兵を雇ってでもここに来るつもりではあるが、それは当分先になるだろう。


 少し後ろ髪を引かれる思いだったが、決心して墓を背にする。


「行ってきます。母さん」


 墓に背を向けたまま、声をかける。そのまま振り向くことなく、森へ向かって歩き出した。



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