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オーバーセンス  作者: 茜雲
零章 星が灯す道
1/71

出会い

人生初投稿です。突っ込みどころも多いと思いますが、どうぞ突っ込みながら楽しんでください。

m(__)m

 

 

 切っ掛けは、光だった。


「あれ?」


「どうした、ティオ」


 ある夏の日の穏やかな陽だまりの中、森で遊ぶ3人の少年がいた。その中の1人、ティオと呼ばれた少年はある一方向を見て急に立ち止まり、首をかしげた。


 ティオの少し前を歩いていた、ティオより一回り大きい少年がそれを訝しげに思い、同じく立ち止まる。


「うん、なんかあの木が光った様な気がして……」


「……木?」


「なんだ、どうした?」


 木を指差して話すティオ達のところへもう1人が近寄ってくる。ティオは答えず、指差した木の方へ近づいて行った。


 木に近づくと、木の端から布がちらちらと覗いているのが見えた。


「布……?」


 訝しく思ったティオが木の裏に回り込みそれを確かめようとする。そして布でなく服の裾であると解かったと同時、それと目が合った。


 そこにいたのは女の子だった。ティオと同じ年頃だと思われるその子は、赤みがかかった茶髪を肩ほどまで伸ばしており、見ていて安心するような素朴さと可愛らしさを兼ね備えていた。


 よくよく見ると子供の目で見ても高価とわかる服を着ており、すぐに大きな家のお嬢様だと分かる。


「「――!」」


 お互いに予想外のことだったのだろう。二人して言葉を失い、硬直する。


「おーい、ティオ。 何かあったのか?」


 少年達からの声に反応し、我を取り戻したティオは改めて、少女に声をかけた。


「――初めまして。どうしてここにいたの?」


「あ、それは……その……」


 尻すぼみに声が小さくなっていき、顔も俯き加減になる。やがて、言葉にならなくなってしまった。


 ティオはそんな少女をじれったく思い始める。離れたところでティオを待っていたはずの少年2人はすでに待ちあぐねてどこかへ行ってしまった。遊びたい盛りな年頃である彼らからすればこの時間は酷く惜しいのだ。


 流石に少女を放っておくほど自分本位な性格ではないティオは、どうしたものかと考え、やがて閃いたとばかりに提案した。


「ねぇ、一緒に遊ばない?」


 ティオは予期した訳ではないだろう。単純に、幼心に、素直に状況の改善を考えた結果である。だがそれは、少女が最も欲していた言葉であった。


「……いいの?」


 不安そうに少女は尋ねる。それを嫌がってはいないと判断したティオは、少女の手を引くことで応えた。


「ぁ……」


「僕はティオ! 君は?」


 まだ会って間もない少年に手を繋がれ、若干赤くなりながら少女は答える。


「わ、私は――アリン!」


 混乱もあって、思わず大声で答えてしまった。家族の前以外でそんな大声を出したのは記憶の中では初めてのことで、その事実を身の内で噛みしめる。


 ティオに手を引かれて走りながら、視界の先に少年2人が見える。そして少女は予感した。今日は、今までで一番“初めて”で溢れた日になると。




「じゃあね、アリン」


「うん……じゃあね、ティオくん」


 そう、アリンは呟くように答える。さっきまでは花のような笑顔で一緒に遊んでいたのに、とティオは不思議に思う。そしてまた予期せず、なんとなく、アリンが欲していた言葉を贈るのだった。


「また、明日遊ぼうね」


「――うんっ!」


 今度こそ、笑顔の花を咲かせて頷いた。

 そんな二人を通り過ぎていく大人達が微笑ましモノを見るように見守っている中、空気を読まない声が割り込んでくる。


「ティオ、アリン! 早くしろ、一雨来るぞ!」


 声に釣られて空を仰げば、確かに雲が多く、流れが速い。雨に降られるのは御免とばかりに少年2人は先に歩き出した。


「またね、アリン」


「うん。またね、ティオくん」


 先ほどと同じやり取りだが、アリンの顔に影はない。今度こそティオは満足し、2人を追って走って行った。


「ちょっとくらい待ってよ、兄さん」


「お前らがもたもたしてるからだろ。雨に濡れて帰るのは嫌だぞ、俺」


「まだしばらくは降らないさ。それよりティオ達を二人きりにしてやりたくてだなぁ」


 少年3人は兄弟だった。実年齢以上に大人びている、もといマセているトリウス。少々空気は読めないが意外と兄貴肌のオルト。3人でよく遊ぶくらいには仲の良い兄弟だ。


「なんで二人きり?」


「あ~……ティオにはまだ早かったかな」


 トリウスは困ったような顔をして、ティオの頭を撫でる。そのまま、ティオの質問には答えず、さっさと歩いて行ってしまった。


 ティオはよくわからないといった顔をするも、すぐに気を取り直して兄達を追って家路についた。




 町の郊外にとある商隊が滞在しており、いくつものテントを張っていた。その中でもひときわ大きなテントの中では、商談について話し合う会議が行われていた。テントの隅にはティオ達の姿もある。


 今まさに会議の中心となっている商隊の長、イグス・マグナーは他でもない、ティオ達の実の父親である。


 国内でも比較的大きな商家であるマグナー商会に生まれたティオ達は、当然家を継ぐ者として度々会議などに出席させられていた。流石に幼い彼らを客の前に出す訳にはいかなくとも、身内の会議などを経験させ、商人としての知識や立ち振る舞いを学ばせようとしていたのだ。さらに言えば、この町、ティリアムへの遠征に付いて来させたのもその一環である。


「ティリアムでの商談はやはり難しいかと。領主が随分なよそ者嫌いのようですね」


「やはり諦めざるを得ないか……」


 会議は難航を極めていた。基本的に部外者が領内で商売を行うには領主の許可が必要なのだが、その許可が一向に下りないのだ。すでに交渉にあたって1週間になるが、事態の好転は望めそうになかった。


「……ふむ。トリウス、お前はどう思う?」


 不意に、イグスはトリウスに質問を投げかける。イグスは時折息子らに質問を投げ、答えさせていた。しかも今回のような会議が行き詰った場合であることが多い。それは教育の一環であると同時に、流れを変えるような良案を出してみろという挑発でもある。


 当然だがそれに応えるのは容易なことではない。トリウスもそれは承知している。今まで、有効な打開策を提示出来ずに歯がゆさを感じたことは幾度もあるが、それでも自分の意見が最善であると信じ、相応の態度でいることを彼は信条としていた。


「――難しいかと。ティリアムは自然豊かな土地であり、ほぼすべての資材を自領で賄っています。故に交易に頼る必要は薄く、仮に商談が成ったとしてもあまり利益は出せないでしょう」


 はっきりと意見を口にする。事実、ティリアムは周辺を森や山に囲まれており、食材や木材などには事欠かない。加えて、それほど大きい町ではない故にあまり利益は期待できない。


「うむ。オルトはどうだ?」


「自分も兄上と同意見です。商隊を食べさせるのもただではありません。早急に撤退してしまうべきかと」


 2人とも、まだ10といくつかといった程度の歳だというのに、しっかりとした状況判断と根拠を示して意見を述べる。これもイグスの教育の賜物だろう。打開策を出せなかったとはいえ、イグスも心なしか満足そうな表情を見せる。


 2人の意見を聞いた後、イグスは少し悩むような仕草をした後、告げた。


「そうだな、では……ティオ、お前はどう思う?」


「――えっ?」


 兄弟の末であるティオは、年齢ゆえかまだ会議においてイグスから意見を求められたことは無かった。本人もまさか自分に振られるとは思わず、変な声を出してしまう。だが周りはそんな反応も予想していたのか、それについて指摘があがることはない。


 どうして自分が、などと間抜けなことを聞く気はない。マグナー家に生まれついた時点でいつかは兄達の様に意見を出すことはわかっていたし、今までも意見を口にはせずともいつも自分なりに考えてはいた。


 故に、恐れる必要はない。ティオは意識を切り替えて佇まいを直し、自らの意見を述べた。


「……僕は、もうしばらく交渉にあたるべきかと思います」


「――ほう」


 ざわ、と周りが騒がしくなる。誰もがティオはトリウス達に続くと考えていた。それが妥当であるし、何より彼らの案は正しい。ほぼほぼ撤退で落ち着いていた空気に一石が投じられる。


 イグスは騒がしくなった周囲を手で制し、静かになったところでティオを見つめる。続きを、と目で語っている。ティオはそれを受け、臆することなく続けた。


「領主様は余所者嫌いではありますが、その分領主様が味方とする方々からの信頼は厚く、その繋がりは領外にも伸びています。ここで領主様の味方となることが出来れば、それらの繋がりは今後の我々にも利となるでしょう。逆に、ここで交渉を断られたままではその繋がりが障害になる可能性があります。また、長らく生活のほとんどを自領の資材で賄っていたため、目新しい品を選んで卸せば十分に利益をあげられるかと」


 あたりがしんと静まり返る。誰もがティオの意見に耳を傾けていた。それだけの説得力はあったのだ。周囲の期待に満ちた視線を受け、ティオは申し訳なさそうに、最後に呟いた。


「ただ……領主様に受け入れられるような案は、まだ、ありません」


 それを聞き、周囲は明らかに落胆の色を強くした。肝心な部分がまるで出せていないのだ、当然だろう。むしろ中途半端に交渉を続けるメリットだけを提示し、会議を混乱させただけかもしれない。


 そんな考えを抱いて泣きそうになるティオを、いつの間にかすぐ傍にいたイグスが大きな手で安心させるように撫でた。


「そうか、ならばそれを考えるのは俺たちの仕事だな」


 一瞬何を言われたのか分からず、イグスを見上げる。自分の意見を取り入れると言われた気がしたのだ。


「ティオの意見にも……いや、3人の意見にはそれぞれ理はある。よって、我々は1週間を期限としてここへ残り、交渉を続けようと思う。異論はあるか」


「1週間滞在する程度の蓄えはあります。問題ありません」


「ちょうど1週間後が娘の誕生日なんだ。せっかくだしいい土産話を持って帰ってやりてえしな!」


「お前それ、帰りの行程入れてないだろ……。ここからトーライトまで3日はかかるぞ」


「あっ…………大将! さっさと交渉済ましちまいやしょう!」


 周囲に笑い声が溢れる。ティオはまだ状況に追い付いていなかった。おろおろしながら隣を見ると、兄達が目に入る。


 トリウスは少し複雑そうに、しかし嬉しそうにティオを見ている。オルトは悔しそうな表情だが、小声で良かったなと囁いた。


 正面を見れば、イグスが優しくティオを見つめている。ティオはこの家族に、この商隊に囲まれて、幸せだと、心の底から思うのだった。


「さて、ティオ」


「ふぇっ?」


 感傷に浸っていたところに唐突に声をかけられ、本日2度目の変な声を出してしまった。今度こそ周囲から笑って指摘され、真っ赤になりながら答える。


「な、なんですか?」


「くくっ、いや、案は全くないのかと思ってな。領主殿の信用を得る案だ」


 恥ずかしい気持ちを落ち着けながら、考えをまとめ、口にしていく。


「……有効、とは言えませんが。領主様が余所者嫌いなのは、以前に余所者が領主様の“敵”となる“何か”があったのだと思います。ならば我々は“敵”ではなく、“味方”であると思わせればいいかもしれません。商売や損得抜きで、領主様の、このティリアムの“味方”であると」


「なるほど。まずは外堀から、住民と信頼関係を築くことから始めれば光明が見えてくるかもしれませんね。手の空いている人で街の清掃でもしますか」


「あんまり好き勝手やり過ぎたらあのおっさん、逆上するだろうから気を付けないとな」


 冗談半分といった風だがトリウス、オルトと順にティオの援護をする。オルトはもはや敬語が抜けているが。集中力が持続しないタイプなのだろう。


「なるほど。とは言っても一番はやはり直接の交渉だろうな。俺の腕の見せ所か」


 言いながら、イグスは愉しそうに笑みを浮かべる。そのまま、具体的な案を叩きだそうと、会議は白熱していくのだった。




「むう、降り始めたか」


 会議が終わり、それぞれのテントへ向かおうとした矢先、雨が行く手を塞いだ。降り始めたばかりだというのにその勢いは凄まじく、雨水がテントにあたって轟音を立てていた。


「イグス様、こちらを」


「ああラステナ、ありがとう」


 どうしようかと立ち往生していたティオ達に、ラステナと呼ばれた女性が傘を差しだしてきた。ラステナはこの商隊の護衛を担う傭兵の1人である。肩ほどまである黒髪を後ろで束ねた、精悍な印象を受ける女性である。まだ20代と若いがその実力は確かで、この商隊を幾度となく守ってくれていた。この遠征以前にも何度も護衛を頼んでおり、確かな信頼関係を築いている。


「そうだ、これから夕飯にするんだが、君も来るといい」


「いえ、私はただの護衛ですし――」


「何、護衛だのなんだのと細かいことはどうでもいいさ。それに護衛としては行動を共にするのは理に適っている」


「そうですね。ラステナさんもご一緒にどうぞ。ご存知でしょうが、母の料理は絶品ですよ」


 イグスがラステナを誘い、トリウスがそれを援護する。ラステナとて、何度もマグナー家の食卓に呼ばれており、そう気を遣う必要もないのだが、根が真面目なので毎回このやり取りをしている。


 やがて根負けしたラステナが提案をのみ、イグス達に続いてテントに向かっていった。


 向かう途中、イグスがティオに話しかける。


「ティオ、怖かったか?」


「えっ……はい、とても」


 ティオは直ぐに提案したときのことだと察する。事実として、あの期待と失望の視線は幼い少年には辛いだろう。泣かなかっただけマシだとすら思える。


「覚えておきなさい。この先、あの恐怖は何度もお前を襲うだろう。提案一つで商隊のゆく先を左右する重圧もある」


「……」


 ティオは静かに聞いている。他の者も何も言わず、イグスの静かな声だけが雨音の中で響く。


「だが、それはお前が一人の商人として認められたということでもある」


 俯き加減だったティオはその一言が咄嗟に理解できず、隣のイグスを見上げた。イグスは微笑みながら続ける。


「ただの子供と侮っているならば期待も落胆もしないからね。これからもお前はトリウス達と同じように意見を求められる。期待しているよ」


「――はいっ」


 商人見習いとしては認めても一人前には程遠いぞ、と釘を刺しながらティオを撫でる。


 ようやく、父親や商隊の皆に認められたことに気付いたティオはまた泣きそうになりながら答える。父親に撫でられ、兄弟達にもみくちゃにされ、終始雨に負けない明るい雰囲気でテントに向かっていった。


「お帰りなさい。あら、ラステナさんも。いらっしゃい」


 テントに入ると、妙齢の美女が出迎える。ティオ達の母親であり、イグスの妻であるソルチェである。まだ20代で通るほど若々しく、これでティオ達3人の子供を持つ親だというのだから、商隊内でのイグスに向けられる嫉妬と羨望は容易に察せられるだろう。


「お邪魔致します。申し訳ありません、ご家族の団欒を邪魔してしまって……」


「もう、そう畏まらないで、って何度も言ってるのに。それに、あなただってもう家族のようなものよ」


「恐縮です」


 言葉通り、ラステナは恐縮しきりであった。これでも初めの頃と比べたらマシな方である。


 それから6人でソルチェの作ったシチューを食べた。イグスとラステナは静かに味わい、子供たちは美味しいとはしゃぎながら食べる。そんな光景をソルチェは微笑みながら見つめている。そこには確かな家族の団欒があった。




「うーん……随分と降るな」


 イグスがテントから外を覗きながら毒づく。


 夕飯を食べて一服した後、自身のテントへ戻ろうとしたラステナは予想以上の大雨で往生していた。


 月明かりすら通さない厚い雲に覆われ、雨で松明も焚けない状況であるため外は完全な暗闇である。うっすらと他のテントの灯りを感じる程度だ。


 無暗に出歩くのは危険と判断し、イグスはラステナに泊まるよう指示した。真面目なラステナは、雇い主と同じテントなど、と最初は首を横に振っていたが、一向に止まぬ雨と足の踏み場もないほど水の溜まった地面を見て、渋々了承したのだった。


「早く止んでくれるといいが……」


 テント周りには夕方の時点で土嚢を積み、簡易堤防を作っていたため今のところ浸水はない。だがそれも万能ではない以上、雨が降り続くと浸水を招く可能性があった。


 そうなれば明日は商談する余裕はないかもしれない、と嫌な考えを思い浮かべ、嘆息する。


 一向に止みそうにない豪雨に一同は落ち着かない様子で過ごしていた。そんな状況だった為か、ティオ達はその騒ぎを敏感に察知した。


「――? 誰か騒いでますか?」


「ん……ここからではよく見えんな。ランタンの灯りが見えるから誰か出歩いているようだが……。少し様子を見てくる、お前たちはここにいなさい」


 商隊内で誰かが騒いでいる。豪雨で何を言っているかまでは聞き取れなかったが、数人が騒いでいる様子なのはかろうじてわかった。


 詳細を確認すべくイグスが傘とランタンを手にして確認に向かう。残されたティオ達は少し訝しく思いながら、何かあった時の為に身支度を整えていた。


 しばらくした後、イグスが戻ってくる。焦ってはいるが、危険を感じているわけではなさそうな雰囲気だ。


 本格的に外に出るようで、雨着に着替えながらティオ達に指示を出した。


「町の方へ行ってくる。外は雨で危ないから出ないように」


「何か、あったんですか?」


 すぐに着替えを終えたイグスがトリウスの質問に簡潔に答え、それによってティオ達が凍りついた。


「領主邸で土砂崩れが起きたらしい。それにアリンお嬢様が巻き込まれたらしく、町人総出で捜索している。人手が足りなくて商会にも応援を頼みに来たんだ」


 ティオ達の反応には気づかず、そのままイグスは出て行ってしまった。外がまた騒がしくなっているので商隊員に召集をかけているのだろう。


 ようやく我を取り戻したトリウス達はお互いに顔を見合わせる。


「な、なあ、アリンお嬢様って……」


「ああ……あのアリンだろうな。いい服を着てるとは思ったがまさか領主殿のご息女だったとは……」


 まだ混乱から立ち直っていない二人は核心を避けて話す。ティオを含めた3人が真っ先に考えたことだ。しかし、行動するとすればおそらく時間に余裕はない。業を煮やしたオルトが話を切り出した。


「……どうする?」


「どうするって……助けに行くかってことか?」


 オルトは無言で肯定を示す。トリウスは悔しそうな表情を浮かべ、出来るだけ無感情に話す。


「助けには……行かない。父上からはテントから出ないように指示を受けたし、なにより……僕たちが行っても力になれない」


「…………」


 絞り出すようなトリウスの言葉を、オルトは黙って聞いていた。実際は2人ともすぐに助けに行きたいと思ってはいるが、トリウスが言うことも事実なのだ。むしろ足手まといになりかねない。


 二人が悔しそうに握りこぶしに力を込める。そんな中、2人の背後からごそごそと物音が聞こえてきた。


「えっ!?」


「おいティオッ! 待てっ――」


 二人が振り向くと、ティオが雨具を着込んでいるのが目に入る。聞くまでもないその理由と目的を察し、2人は制止の声を上げようとするが、ティオがそれを遮った。


「父さんに連れて行ってもらうよう頼むよ。確かに力にはなれないかもしれないけど知恵は出せる。見届けることは出来る! 後悔はしたくない!」


 止めないで、と目で訴えかける。トリウスとオルトも止めるべきか逡巡しているようだ。止めるでもなく、道を空けるでもなく棒立ちとなっている。


 仕方ないとトリウス達の脇を通ろうとしたティオだが、さらに後ろから声がかかった。


「待ちなさい、ティオ」


「……母さん」


 ソルチェだった。静かだがよく通る声で呼ばれ、思わずティオは足を止める。


「母さん、悪いけど僕は――」


「これを持って行きなさい」


 ソルチェが渡したのはランタンだった。イグスが持って行ったのと同じ、傘が付いていて雨の中でも使える造りだ。そしてその行動に驚いたのはまずトリウス達だった。


「母上!?」


「おふくろ!?」


 驚愕した表情でソルチェを見る。ソルチェはそんな子供たちにふと笑いかけた。


「後悔しないように、行きなさい。ただし、何より大事なのは自分自身。それを忘れないで」


「――はい」


 母の言葉を噛みしめる様に返事しつつ、ティオはトリウスの脇を通り過ぎて再び外に向かう。そこで再びトリウスから声がかかる。


「待つんだ。ティオ」


「兄さん。もう止めても――」


「僕も行く。すぐ用意するからそれまで待ってるんだ」


 思いがけない言葉にきょとんとするティオ。それにオルトが半ば諦めたように反応した。


「兄貴まで……。ああわかったよ、待つのは性に合わないしな!」


 苦笑いしながら二人は雨具を羽織る。未だ呆気にとられたままのティオと、柔らかく微笑むソルチェが対照的だった。


 やがて準備を整えた2人がティオの前に立つ。ティオは最後に確認した。


「いいの?」


「いいも何も、このままお前だけ行かせたらそれこそ怒られる。父上にも母上にもな」


「それにアリンのことを心配してるのはなにもお前だけじゃないんだぜ?」


 ティオの問いに2人は即答する。ソルチェは相変わらず笑みを浮かべて3人を見ていた。


「いってらっしゃい。そうだわ、あの人に伝えておいて。よろしくお願いしますね、って」


「わかったよ、母さん。いってきます」


「「いってきます」」


 言って、3人はテントを出ていく。3人の気配は雨によってすぐ消されてしまった。残されたソルチェはそっと呟く。


「あの人に、怒られるかしらね。無茶させるなって。せめて、帰ってきたら暖まれるようにシチューでも作っておこうかしら」


 そう、呟きながら、テントの奥に向かうのだった。


予定ではここはさっと済ませる予定だったんですが、書いてるうちにどんどん膨れ上がってしまいました…。

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